助けて!ケモナーが好きそうな獣人(ゾナウ族)に転生したけどなんにも覚えてないよぉ!   作:ハチリ

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モブから見た二人

最初1話に入れてた話そのまま移動したやつです


奇妙な二人組の話

しどけなく雨が降り注いでいた。

男は雨戸を閉じながら、湿気りきった空気にため息をついた。今日のところは客足が途絶えそうであった。男の朝は早く、日の出よりいくぶんも先に目を覚まして、馬の健康状態を調べたり、家畜に餌や飲み水を与えたり、馬宿の営業準備をしたりしなければならない。男は始まりの台地、時の森付近にある、家族経営の馬宿の主だった。

 

雨が降っているだけなら良い。適度な雨は植物に必要だからだ。しかし、このところどうにもぼんやりと、霧雨のような雨が続いている――時たまこうして大ぶりの雨になり、恵みだけではなく、川の増水や、ぬかるんだ地面などの問題をも運んでくるので、憂鬱に頬杖をつかざるを得なかった。お天道様の機嫌は誰にも取ることはできない。今日のところはかみさんに繕いものと頼んでいた新しいレシピの確認をして、それから宿の中を軽く掃除でもしようか。こうも雨が降っていては、外出にも大きな支障がある。

泥を含んだ濁流のような川は近づくだけでも危険なことを、男はよく知っていた。自分の爺さんの弟がまさしく、その暴君の激流に飲み込まれて帰らぬ人となってしまったので、家訓のように子供の頃から口酸っぱく言い含められているのである。

 

未明の色をまだ少し残す、寝ぼけたような空は、分厚く積もった灰のような雲で覆われていた。男が手慰みのように、貸しベッドの利用記録をつけた帳簿を見返していると、ふと耳が自然音以外をとらえた。ぱじゃぱじゃと足音が聞こえる。まさしく、ぬかるんだ地面と、その上にみっしり生えた青草を踏みしめる音に違いなかった。

 

振りかぶるように頭を素早く上げる。もはや馬宿主の宿命というか、習性のようなもので、たとえ気持ちの良い午睡に浸っていようと、近づいてくる蹄鉄や人の足の音で目が覚める。

 

「いらっしゃいませ~」

 

大して急かなくて良いにもかかわらず、慌てて厚い幕を上げて、にこやかに受付口から顔を出す。けれど男はすぐに眉根を寄せ、奇怪なものを見つけた顔立ちになった。

それが当然といえる程度には奇妙な二人組であった。双方実に小柄なように思える。意識せずとも胡乱げな視線を一瞬向けてしまったのは、ふたりとも、厚ぼったい外套をまとっていたからである。目深に被ったフードからは、これまた奇怪な緑翠色の仮面がちらりと見え隠れし、その素顔さえも伺い知れない。

 

「あのー、ちょっと夜まで、ベッド貸してもらえますか。雨宿りがしたくって。あ、雨が止まないようならもう少し延長するかも」

「はぁ……ええと、ベッド1台で20ルピー、合計40ルピーになりますが。あ、ふかふかなベッドのほうをご希望で?」

「いえ、普通ので大丈夫です」

 

特段受け答えにおかしな点は見られないが、片方は一言も頑として喋らない様子であった。男か女かさえもわからない。喋った方は声で女だとわかった一方、華奢な手でルピーを差し出された時に、少し抱いていた違和感がすぐに腑に落ちた。女の腕は身長に対して長く、反対に足はハイリア人と比べ短い。これは、ゴロン族、リト族やゾーラ族にしかみられない特徴である。また、体型が巌のようにいかついわけでも、手が大きな翼状になっているわけでもないとすれば、ははぁ、この女、というより身丈からして少女なのかもしれない彼女は、ゾーラ族なのだ、と名推理が脳裏をほとばしった。

 

もう一方の方はやや小柄に見えるが、多分ハイリア人だろう。だがここまでゾーラ族が足を運んでくる事態なぞ、馬宿を経営して長く経つが、ほとんど経験がなかった。一体何のために、ゾーラの里から遠く離れたこの場所にやってきたのか。連れのハイリア人とはどのような関係なのか。馬宿主に必須ともいえるゴシップ魂は、ちょっとした種火を投げ入れられるだけで、すぐに篝火のごとく燃え上がってしまう。

 

雨宿りすると言ったわりに、二人は濡れた外套を脱いだり、体を拭う素振りも見せない。ハイリア人の方はベッドのそばで、壁に寄りかかったまま、ほぼ微動だにしなかった。立てかけた奇妙な形状の長い棒は、護身用かなにかだろうか。槍に見えなくはない。

ゾーラ族の方も、木製の丸椅子に座っているだけだ。時折外套の雨粒を払うような仕草を見せるが、一向にその厚ぼったいマントを脱ごうともしない。

注視すればするほど、ますますおかしな点ばかりが見えてくる。

 

「……で。する、……は?」

「……」

 

カウンターを布巾で磨いているが、それは実際見せかけに過ぎず、男の意識はすべて二人の会話に向けられていた。馬宿内に男と、その二人以外には誰もいないので、静けさの中に僅かな会話と湿った布が台を擦る音だけ、はっきり響いている。

 

「なんでそんなに急がなきゃいけないの?君も万全じゃないみたいだし、やっぱり歩いてくしかないよ。私、馬には乗れないしさ……」

「……」

「この分だと雨が止むまでは進めないよね。仕方ないって。濡れっぱなしだったら、君はともかく、私は風邪引いちゃうかもしんないし。申し訳ないけど」

 

何やら、ハイリア人の方を、ゾーラ族がなだめているような口ぶりである。急ぐと言っても、どこへ行くのだろうか。何の用事で?

 

「ねぇ」

「えっ?」

 

とことこと、いつの間にいたのだろうか、小柄なこどもがふたりのそばに立っていた。馬宿主である男の、末の息子である。

 

「おねーちゃん、どうしてそれ脱がないの?」

「ええっと」

「あ、こら!!……っすみません、ウチの息子が」

「いえいえ。可愛らしいお子さんですね」

「ねぇ~、なんでぇ?」

 

男は慌てて息子の頭を押さえつけ、下がらせようとしたが、今年4つになる息子は、ぷらぷらと体を揺らし、ゾーラ族の女を見上げていた。

 

「私、ゾーラ族なんだけど、肌が弱くって。マントをあんまり脱がないほうがいいんだ。この人は昔傭兵をやってたんだけど、その時についた傷があるから、あまり人前で姿を晒したくないんだって」

「ふぅん。お外は雨ばっかりなのに、どこに行くの?」

「ええっと、始まりの台地に。あそこに、時の神殿があるから、参拝しに行くの」

 

息子は気になっていることを何でもかんでも聞いてしまう年頃なので、男が頑なに口に出さなかった疑問は、すべて言葉にされてしまった。咎めるように注意する。

 

「お前、お客様に失礼だろう」

「大丈夫ですよ。あはは、気になりますもんね、これ、ずっと脱いでないし」

「いえ、そんなことは」

「大丈夫ですよ。雨が止んだらすぐ発つんで」

 

二人はどうやら時の神殿に向かう途中、この馬宿に寄った旅客だったらしい。確かに、王国発祥の地である台地には、長く時を経、古びてなお荘厳さを失わぬ神殿が、静かに佇んでいる。

このあたりには宿場町も存在していた。いまも信仰対象として広く知られるあの場所に、礼拝に向かう旅行客で、特にその宿場町や、それらにほど近いこの馬宿は賑わうことがままある。といってもこのような雨の日には大して客入りがないのだが。

 

「おにーちゃんは寒くないの?びしょびしょだよ?」

「……」

「ああ、この人は、昔の傷で喋れないんだ。ごめんね。ただ頑丈な人だからあんまり風邪とか引かないんだよ、大丈夫」

 

疑問が解決したところで、馬宿主は仕事に戻ることにした。流石にこのままにしていくわけにもいかず、息子を下がらせる。

 

雨はその日中降り続いたものの、次の日には無事お天道様がお目見えになったので、二人組は旅立っていった。

大したこともない、田舎で馬宿を営む男の、日常の一部である。

 

二人を見送った後、男は、ふと訝しんだ。

 

「……そういえば、あの手、水かきがあったか?」

 

ゾーラ族には水かきがある。もちろんそれは、泳ぎに適応し、たくさんの水をかいて、水中で前進するための形状だ。

しかしどうにも、記憶を思い起こすと、彼女の手に水かきはなかったと思える。

 

だが疑問に思えど、すでに二人はいなくなってしまい、そのうち忘れる程度に些末なことだった。

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