傀塚魔子
照尽、小石、魔虚羅が合体した姿。
姿は全員の面影が無く、真っ白な髪に紅い眼の全く新しい人間になっている。
呪力は一級相当、術式は焼き切れて使えなくなっており、その上縛りで反転術式でも治せないようになっている。
魔虚羅が術者として調伏の儀を終わらせる為に取った選択の産物。
その過程で行使した術式や縛りの副産物で天元の遺伝が混ざっている。
これの一卵性双生児として自身を改造した長男も同様。
つまり星漿体として至高の領域。
要領を得た時にがこんと言う癖を持つ。
頻繁に呪霊討伐に出陣して家を留守にする。
990年。
975年から15年が経ち、二度の大地震に二度の天皇の移り変わりが起き、特級仮想怨霊「両面宿儺」の噂が平安京から北の地にまで流れて来た頃。
「ふあ…おはよう、魔子」
「おはようございます、姉様。今日の食事はこちら、仕事はあちらです」
「お…先に書類の仕分けをしたのか。ありがとう魔子、助かる。食事も美味しそうだ」
「当然のことです」
その後無事に儀式を終えた白金は鵺染みた存在を妹として受け入れ、一族列伝により引き継いだ情報を元に統治に着手。
元々両親が部下相手でも人前に出ないやり方をしていた事も相まって、公的には傀塚の主人は死なぬまま代替わりに成功。
「ご馳走様でした。さて……ふむ、金に物を言わせた各所の石道に砂利道、寒冷対策に取り寄せた綿の寒冷地栽培の手法も漸く成り立って来たな」
「報告によれば米の栽培は今年も順調に進んでいます。父の代からやっていた対寒の遺伝厳選も成果が出始めたようです」
「本当か! 何年……父がやっていたのも併せて30年くらいか? 遺伝の存在は父が術式経由に見つけていたとはいえ、随分と苦労させられたものだ」
相伝儀式の最中に出来た金脈も相まって公共事業を直ぐに展開した傀塚家は、それと同時に親から継いだ術師衆7名と共に各地の呪霊、盗賊、険悪な仲の豪族掃討を開始。
同時に構築術式で生成された事により呪力の宿った金に3級相当の式神を刻み、魔除けのお守りを量産。
結界の展開に神社の御神体や地蔵の内側、或いは縁起物として呪金をばら撒く事で細やかな人の陰気を祓い人々を活性化。
長い時間を要する政策も実を結び始め、今では平安京には劣るものの、奪い取った領土にも分け隔てなく投資したお陰か、活気賑わう町を幾つも抱える領地へと発展を遂げていた。
「あれから発展したとはいえ……新たな問題も山積みだな」
「そうですね。これまでの活動から既に各所では私達が金山を発見したと思われています。今の所「藤泰平太極図」で飢饉にさせ、米を与える形で抑制してますが……時間の問題かと」
「余り碁石を弄り過ぎるのも良くないしな…」
特級呪具「藤泰平太極図」
傀塚白が儀式の縛りにより死して呪具に変じた姿。
天元の結界範囲全体を地図として描き、その上に転がる黒白の碁石の配置を変える事で日本全土の禍福を操作する呪具。
白の福石、黒の禍石は一つにつき一年を通しての禍福の訪れを現し、特に周囲に被害を撒く呪霊のリアルタイム追跡装置にもなる上、石を自分の物にして持っていく事も可能。
死ぬ直前に四度の黒閃を放った影響か、日本全土の因果を操作可能な破格の性能を誇るそれは、統治を余りにも容易にする呪具。
傀塚家としては一族特権として後10年は使ってから、術師として天皇に奉納する予定の品物であった。
「それもあるが、僕が言いたいのは術師の同輩達が言っている仮想怨霊だ。最近平安で宿儺が暴れてるらしいし、その恐怖の波及が測り知れない。肝心の宿儺もあちこち移動しているそうだし……住民の避難訓練なんて出来ないだろうか」
「宿儺に関しては私と術師衆がやります。最低でも試合と奉事で被害を抑えますので、姉様はご安心なさってください」
「……そうか、ならそっちは任せよう」
この15年の間、統治の業務は非術師案件は姉が、呪霊案件は妹という役割分担が成されていた。
「………はぁ」
(元は調伏も済ませてない式神だ。余り呪い関係で頼りたくないのだが……なんだか、魔子に術師関係の仕事を取られている……そんなに僕は頼りないか)
単純に術師としての力量もさる事ながら、魔子の生来の適応能力は元が元なだけに目を見張るものがある。
「なあ」
「姉様は領地に集中していてください」
呪術師とは死に際で漸く成長する者が多い中、普段の反省からそれらと同等の成長が可能なのは脅威的だ。
「何故僕に関わらせない」
「姉様は傀塚の当主ですので」
例え姉側があまり妹には任せまいと努力をしても、唯一取柄の構築術式も使えなくなった白金に出来る事は少ない。
「僕は呪術師だ。領域対策だって持っている」
「いずれ嫁ぐ身です。傷があってはなりません。では、私はそろそろ出陣を。月末までには帰ります」
「あー…もうか……いってらっしゃい」
自然と呪霊関係は魔子が相手にし、白金は屋敷の仕事や領地の視察が多くなっていた。
暖簾に腕押ししても仕方ないと気分転換に屋敷から出て、町をずかずかと早足に歩く。
呪霊一匹として存在しない活気ある清らかな町だ。
太極図で因果レベルで調整したのだから、そうでなければ困る。
「クソ…確かに僕は争いは好まぬが、反転術式が使えるからの一点で妹を戦場に出す程の外道でもないのだぞ……だがしかし、あの頑固さは照尽を彷彿とさせる。実家の為に尽くすタチは相変わらずではあるのか……」
ふと立ち止まり、華奢な両手を見つめる。
それから長く伸びた絹の如き白い髪を一房持ち……果たしてこれを見て、誰が元は戦場に立つ者だと判断するのかと、自身を嘲笑った。
「笑えてしまうな。陽を浴びても皺一つ出来ぬ身体に、狐だの鶴が化けたと言われた方が納得がいく整い過ぎた顔……15年か」
15年。
赤子が青年となり一端の仕事を覚える程の年月。
青年の身体で産まれたとしても、月日の重みは変わらない。
「すっかり
魂のみであった男の容姿よりも長くこの姿で振る舞った。
表に出る時は顔を隠し、女を隠して表に立ってきた。
術師の世界ならばまだしも、白金が相対した非術師の世界は女は政に関わらない存在だ。
「魂からの改造……必要だったとはいえ、複雑な気分だ」
しかし、今では女らしい身姿と振る舞いが身に付いている。
魂が男であったならばまだしも、白金はそれすらも捨て去った。
自然と女に寄るのが道理。しかし理解しても納得は別だ。
未だ傀塚の女主人の心は、その狭間にて揺れ動いていた。
「──ほう、同類の気配に気まぐれに寄ってみれば……白い女がいるな」
「…!?」
(このゾッとする気配…もしや「両面宿儺」──)
それすらも、腹を空かした呪いの王にとってはどうでもいい事柄であったが。
ぐうううぅぅぅぅ!!!!
「……こ、子供?」
(…異形だが、平安に噂される呪霊の方ではないな……偶然似た手合いか)
「光栄に思え、俺の食卓に並ぶ名誉をやる」
不可視の斬撃を偶然を装いながら避け、振り返った先に居たのは4本の腕に4つの目。
更には腹に大きな口を持った呪力の多い──刺青のような物が施された3歳ほどの子供。
「先ほどは運が良かった様だが次はない。疾く死ね」
そう言うや否や矢継ぎ早に7つの斬撃が白金に襲い、それをヒラリと避ける。
恐らく、力に目覚めたばかりで未だ術式を使い熟せていないのだろう。
呪力操作が甘く、攻撃先が丸わかりだった。
「……腹を空かす余り僕を食べようとしてるのか」
「避けるな女、食えないではないか」
「そして初めての狩だろうにすっごく生意気。包丁振り回して襲う辺り相当腹が空いてると見た」
「包丁ではない、斬撃だ」
「
「──"殺す"」
「"いいぞ、いつでもかかって来なさい"」
(大方食うにも困っている農民か何かの子供だな。呪力操作からしてこれが初の襲撃、つまり空腹が術式の覚醒の切っ掛けと見た。ならば術式は食に関するもの。斬撃も台所関係か。竈と水桶、火と水の警戒も念を入れてしよう。身なりのいい僕を襲ったのは嫉妬か復讐か…いや、"碁石に惹かれた"のだな)
白金は常日頃から太極図で自領に配置された禍石を握っている。
自領に福のみを与え、災いは己の一身で受け止める為だ。
今回この術師の子供に襲われたのもその影響だろう。
「はいそこ!」
「グハっ!」
そう当たりを付け、子供の呪力の流れを読んで容赦なく気絶するだけの一撃を加えた。
素質はあるが空腹と相まってへろへろの、勝てない道理のない相手。
本来ならば非術師が死んで終わりだったであろう出来事も、術師の自分に降り注ぐなら大した事にならない。
人にしては異形な見た目ではあるが、それを言えば自分や先祖の産まれの方が悍ましい。
初代の蘇生を思えば偶然こういう術師が産まれる事だってあるだろう。
「…………ガッ!」
「気絶のフリをするのはいいが、呪力を隠せてないぞ。……よし、家に連れて帰るか。懐きそうにないが、放っておくよりは僕の目覚めが良くなりそうだ」
禍石を握っているとこうして外道に落ちる前の術師を回収出来るのだから、災い転じて福と成すというもの。
それにこの2つの肉体が混ざったような容姿のことだ。最近の両面宿儺の噂を考えれば放ってると虐げられて暴れるに決まっている。
白金は子供を米俵のように担ぎ、風呂で洗ってから居間に転がした。
勿論服は自分のお古である。腕が4本もあるのだ、女物の方が着やすいだろう。
「……少し早いが食事の用意としよう」
(料理は妹の方が腕は良いが、アイツの帰りが遅い日は僕も台所には立つし別に良いだろ……材料的に…溶き卵とご飯と鳥肉の丼にするか。それじゃあ鍋につゆだくだくと入れて〜……)
そうだ、あの大きな腹を持っているからには山ほど食うに違いない。
白金は屋敷で一番大きな丼を玄米で山盛りにする為、10合の米を炊き卵の殻を割った。
質素な屋敷から白煙が昇り、香ばしい匂いが広がっていく……。
▲▽
「腹が減った」
思わず涎の垂れる匂いに釣られて起きると、そこは何処ぞの屋敷の中だった。
何故俺がこんな所に居るのかと疑問を抱いたが、そんな物は目の前にある大量の握り飯と大きな大きな肉と卵を盛られた丼を前にして消えた。
「あー…む?」
早速鷲掴みに丸ごと喰らおうとすれば、前から出された手によって丼を引き下げられる。
不快さに四眼で盗人を睨めば、そこには気絶する前に俺を殴り飛ばした女が胡座をかいていた。
「寄越せ」
「箸と使うか、手を合わせていただきますを言うか選べ」
「殺すぞ」
「出来もしない事を吠えるなよ」
奴の四方から斬撃を繰り出すも、
俺の力と同じ力。そういえば俺は、俺を産んだ奴から自由になった後、俺以外のこの力の気配に興味を持って襲ったのだったか。
腹が空いて尚勝手に惹かれ向かう足……天命かと思い歩んだ5日の旅路も、今にして思えば愚かしい。
「無理をするな。そんな空きっ腹では元気も出ないだろうに」
そのせいで今、俺は飯を前にして倒れ伏している。
情けないことこの上無い。
ならば、どの様にすれば飯を奪い取れるのか。
「………俺は箸の使い方など知らん」
「そうか、ならどうする」
「……………ふん、時間の無」
ぐうぅぅぅぅ!!!
「……ほおれ、ほおれ、飯はここだぞー」
"後で殺す"。
俺は強く強く、そう誓った。
「……"いただきます"」
「"召し上がれ"。たんと食いなさい」
早速手を付けたのは勿論肉も卵も盛り盛りの丼。
「──!!」
口にして、ガツンとした衝撃が脳に広がる。
醤油…つゆ?に浸された焼きたての鶏肉。
噛めば蛋白な肉質に焼けた醤油の甘味と塩気が広がり、そこに卵がとろりと舌の上に広がっていく。
なんだコレは、情報の処理が追いつかない。無限に美味しさが、味が広がっていく。
堪らず米をかっこめば、玄米だというのに銀シャリのように舌触りが良く甘い味が広がる。
いや、白米などという洒落た物など口にした事などないが、そうとしか言えない程の旨み。
「…ウッ!」
「勢いを付けすぎだな。ほれ水」
「ゴクッゴクッゴクッ!!?」
──水に…味がする…?
なんだこれは、俺は今何を喰らっている。
上品な甘味。まるで天上の植えられた仙桃が浸された果実水。
飲めば飲むほど喉が渇いていくと錯覚する。それ程までに、身体がこれを欲する。
「──プハ! "おかわり"だ!」
「"いいぞ、幾らでも食え"」
丼も、水も美味しいと来た。
そうなると握り飯にも期待が膨らむのが人情というもの。
しかし丼を食う手が止まらない。
だが問題ない。俺の口は二つ、手は4つある。
下の口に放り投げれば、なるほど梅の爽やかさ。
しかし他と比べれば見劣りするか。大した事無いなともう一つ口に放り込む。
「!?」
──味噌…味が変わっただと!?
まさか…全て別の味だとでも言うつもりか!?
これは…昆布、こっちは…
ええい手が止まらん! 全て俺が食べなければ気が済まん!
一つとして俺が食べ損ねるなどあってはならない!
「
全てが未知! 全てが俺のもの! 何一つ欠けさせてやるものか!
「術式ではなく、結界術や式神術と同じく、才能があれば覚えられる傀塚家の相伝技法の一つ。薬膳料理や呪具喰いを土台に様々な食事に関する呪法を集め洗練した、食した者に様々な効能を齎す調理技法……今、お前が喰らっているのは肉体の回復を早める精力加算の効果がある」
「───!?」
なんだ……? 女の説明が終わった途端、味が1段階美味しくなった!?
いやそれだけではない……活力がどんどん湧き上がってくる…!
「そして今のが術式開示。呪力に関係する情報を伝えることで、説明した効果の出力を上げる手法」
「…ハ。いいのか説明して。俺はまだお前を殺すつもりだぞ」
「僕を殺せばこの料理は二度と食えないぞ。その上──僕はまだ、九三の
……小癪な女め。
俺に食わせたのは胃袋を掴む為か!
「クク、睨んでももう遅い。お前はこの味を知ってしまった。ただ肉の身体で喰らうだけでは味わえない五感以外で味わう料理……魂で味わい、呪力で堪能する感覚を知った──"これからは二度と、ただの食事に満足する事は出来ない"ぞ?」
…………。
「…やめだ」
飽いた。
美味かったのは事実だが、こんなものに囚われるような俺ではない。
立ち上がり、居間に背を向ける。
「む……このまま立ち去る気か? やめた方がいいぞ」
「飯の美味さに免じて見逃してやる。二度と来るまッ!?」
そうして居間の外に出ようとした瞬間──足が何かに引っ張られ、転げた。
女が呆れた様子で近づいて来る。
「何が…! 何をした女ぁ!」
「"他者間の縛り、契約"だな」
「なんだそれは…!」
「さっき、お前はいただきますと言って、僕は召し上がれと言った。油断したな。非術師同士なら兎も角、僕達術師が取引する時に下手に頷くとこうして無理矢理縛りを結ばれる危険がある」
「出鱈目な…!」
「縛りを結ぶコツさえ分かっていればお前も出来る。お前が扱っている力、呪力の基本原理だ。慣れろ」
どうやら喰い終わらねば此処から出る事は叶わぬようだ。
本当に癪な話だが……仕方がない。
「寄越せ」
「よし来た」
呪いの王がこの程度で根を上げるなど、あってはならない。
「どうした、まだまだ俺は余裕だぞ?」
「汗を流しておいてよく言う。米も肉もまだまだあるぞ」
全て平らげ、この場を去る事としよう。
「…………」
「どうした? 手が止まってるぞ」
「……おい女、この縛りとやらはいつ終わる」
「忘れたのか? お前が"おかわり"と言ったことを」
……嘘だろう?
「…まさか」
「そのまさかだ。"既にお前が食い切るか食料が尽きるまでこの縛りは終わらせられない"」
「ならばどうしろと言うのだ!」
「簡単だ、終わる条件を両者合意の上で追加すればいい」
「ならば"「ごちそうさま」と言うことでこの縛りを終わらせる"。礼を気にするお前の事だ、これでいいだろう?」
はぁ……随分と振り回されたが、これで漸く解放され……。
「僕は、お前が自分の事を話さない限り合意してやらないよ」
この女…! 言わせておけば…!
そうだ。
「──思い付いたぞ、お前を殺せば縛りも解消だ」
「それ、結界で防いだのを忘れたのか?」
「試してみるか?────"解"」
何度か使い、呪力の扱いも斬撃も使い慣れてきた。
言葉を条件とする事で斬撃を増やし、十数もの斬撃を囲って出現させ、本命の斬撃は束ねて威力を上げ、それを織り交ぜる。
行動を抑制するものと火力用を織り交ぜた連撃だ。
観察するにあの結界とやらは面ではなく一点集中に弱い。
これを続ければ勝てる筈。
「──僕は、無駄だと言った」
「なっ…」
しかしどうやってか、幾ら攻撃しても一向に有効打は与えられない。
何故だ。呪力は溢れるほどある。制御も申し分ない筈だ。
なのに、全ての斬撃が当たる直前で何かに阻まれる。
先ほどの見えない壁……結界ではない。感触からして、細い何かを束ねたような……。
「糸の束か!」
「正解。当てられて偉いね。…けど、観察するならもっと周囲を細やかに」
──不意に空中に光が煌めきが漏れ出た。
…光? 何故? 此処に水や金のようなものはない筈……。
空中に手を伸ばすと何かがある。掴んで眼を凝らしてみれば……手中には、金色の糸束があった。
引っ張れば容易く千切れ、空に浮かび消える。
「これを用いて防いだのか」
「そうだ。見ての通り金の糸、僕の術式の産物だ。呪力を通せば自由に操れるし……この糸に至っては眼を凝らさなければ見えない黄金さ」
「だが…単にこれで防いだのではあるまい? 壁とするには脆過ぎる。あくまで媒体、何か別のものを呼ぶ為のもの……」
だが……カラクリが見えない。
自由に動かせる金の糸。利便性は高そうだが、この脆さでは束ねたところでたかが知れる。
結界と組み合わせたとしても、俺の斬撃の方が火力はある筈。
思い出せ、この呪力という力に対し、俺はまだ無知蒙昧だ。
女の言葉に何か……組み合わせ…数押しか?
「式神術…」
「それは金の糸の正体で防ぐ手段ではない。…ああ、紹介が遅れたな。コイツの名前は「金海月」という。僕を自動的に護る式神だ」
女がそういうと、透明な黄金の糸の身姿を晒す。
そうして部屋中に浮かんだ海月の輪郭が現れ、直ぐに見えなくなった。
つまり式神とは猟犬が如き存在。使役された獣のようなものか。
ならば答えは一つ。
「式神に結界を貼り直させてる…だけじゃないな。自己判断で護らせることで壁の厚みも勝手に調整される訳か」
「大正解。分かってみれば単純なカラクリだろ?」
ならば簡単な話、その式神を殺してから反対を倒せばいい。
見えないのを殺す為、斬撃で部屋中を荒らす。
これでいい。女が迂闊にも先ほど位置を晒したおかげで数十は殺せた筈だ。
「だが、分かった所で対処出来ないようにするのが呪術戦の基本だ。術式開示を戦略に組み込むなら尚更ね」
女が指を鳴らし、また海月共の姿を晒させると……そこには、先ほどの倍の海月が浮かんでいた。
「なに…?」
「縛りだよ。お前の攻撃は術式の斬撃と肉弾戦。だから刺突に滅法弱くする代わりに斬撃で増殖し、打撃に強くした。……ここまで増えた以上、打撃も全て結界に阻まれるな」
「…………」
「こうなったら話した方が楽だろう。……せめて飯と知識の分は話せ」
斬撃は使えない。
打撃を選ぶには遅きに失した。
立ち去るのは縛りで禁じられた。
真綿で首を絞められているとは今のような事を言うのだろう。
気付かぬ内に生殺与奪を握られ、惨めな弱者にされる。
折角手に湧いた力が、見窄らしいものに思えて来る。
ふと思い立つ。そういえば俺は、俺を負かした女が何者かも知らない。
「………女、お前はなんだ」
「呪術師。呪い呪われ、祓い祓われる。そんなどうしようもない生を、どうにか律して人の為に使おうとする存在だ」
呪術師。
俺は心の襖に、深くその存在を刻みつけた。
この怨みを忘れないように。
「……俺は、呪いだ」
ずかりと座り、開けたくもない記憶の封を開ける。
未だ生傷が癒えぬ澱みを、掬って口にした。
「産まれてついての異形であり、産まれる前からの化け物。共に胎にいた家族を喰らい、飢えに苦しむ世を生きた」
「産まなければと母に嘆かれた。他人には異形だからと殴られ、蹴られた。人以下の出来損ないとして惨めに過ごし……気付けばこの力を得ていた」
「全て殺した。母も人も全てズタズタに切り裂いた……何も感じなかった」
「そうして、気付けば足がこの地に向かっていた。抗う理由もないから従い……お前の前にいた」
「……それが俺の全てだ」
満たされた腹が煮えくり返る。
漲る四肢に反し、脳髄に泥が溜まる。
血溜まりに沈んだように力が抜ける。
どうすれば良かったと渦巻いて、どうしようもなかったと掻き乱れる。
依然として傷は風化していなかった。
どうでもいいと諦められる程、昔の事ではなかった。
「お前、名前は」
「ない。ずっと化け物として呼ばれてきた」
「そうか……僕にお前の気持ちは分からない。その記憶の何処に後悔があるか、一番助けたかった奴が誰かは知らない。しかし一人だけ、その中で今からでも持って来れる魂がある」
「────お前の兄弟、産んでやろうか?」
思わず、沈んだ顔を上げた。
……今、この女は何を言った?
「……何を言ってるんだ?」
「まあ聞け。この世には魂がある。そして僕の一族は魂の扱いには一家言があってね。産まれてから死んだならば兎も角、産まれる前に消えたような……そもそも生きても死んでもない魂の肉体を用意するくらい出来るのだよ」
俺に飯をやった時と同じ、何食わぬ顔で女は言う。
俺の根本から、何かが揺らいでいた。
「そんな事本当に出来」
「僕は産まれる時に三人の姉妹を殺して産まれた」
「ッ…………」
「お前は偶然そうなったが、この家は意図して同じ事をする所だ。悍ましく思うか? だがそれだけの知識と手段がある……本当に、出来るのだよ」
手が、差し出された。
「だが、所詮産まれるまでの縁。気にしない奴は気にしないだろう。だから問うぞ──"お前、弟が欲しいか?"」
色白の、華奢で
俺にはそれが、罪人を地獄に連れ去る鬼の手に見えて仕方がなかった。
何故こんなにも動揺するか、自分で自分に驚いて……無意識に震える手が、母を求める赤子のように伸びていくのを止めるか否か……何処か他人事のように眺めていた。
そうして心が揺れ動くまま……俺は、その手を握っていた。
「契約成立か──今後とも宜しく」
……そうして俺は、呪いとして生きる道を踏み外した。
「"ごちそうさまでした"」
特級仮想怨霊「両面宿儺」
シムリア星人に似てる方の宿儺とは無関係。
近年起きた大地震の片方が両面宿儺の災いだという噂から発生した。
四つの眼、四つの腕、四種の武器、二つの口、二つ以上の術式、一つの意思を持ってして人々を殺し回っている。
術式は無為転変と考歯。