呪具:一族列伝   作:何処にでもある

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 傀塚家 普段の戦力(992年記録)
 騎馬武者 500人
 長柄隊 5000人
 弓隊  3000人
 旗隊    70人
 人夫  7000人

 総大将「白金」   1人
 式神        24将
 簡易式神    5000将

 総戦力    約2万0595体

 弓で減らし、騎馬隊が撹乱し、長槍隊で押し切る戦法が主軸。
 主に参加希望の農兵で構成されている。
 全員が最低でも一部位分の鎧と自分の武器、御守りを所有。
 特に他と違う所は三種の簡易式神が常に防御、密な連絡、奇襲警戒をしていること。
 その為部隊全体の生存率は高く、見た目以上に硬い。
 普段は式神を封印する代わりに、戦争の最中に術師や呪霊と対峙した時だけ式神を使う縛りで24体の同時運用を可能にした。
 簡易の方は特級呪物「霊牌金冥宮」が行使者であり、白金の管理下にない。


 簡易式神
 三代目が「霊牌金冥宮」に覚えさせた式神。
 簡単な命令を理解し自動的に実行する。
 呪術界には傀塚家が考案した「土地神」に祈るだけで「誰でも使える式神」と説明している。
 金犬(攻撃)金海月(防御)金燕(索敵)金鈴(連絡)の形態がある。


 特級呪物「霊牌金冥宮」
 「一族列伝」に保管された「降霊術」の生得領域は廃退した京だが、その最奥には膨大な呪力を注ぐ事で開く、あの世に続く門がある。
 当時呪術規定を暗記していた傀塚当主「白金」は、呪術界の隠蔽の為に生成した全ての黄金をこの門の中へと廃棄した。

 暫くの時が経ち、構築術式が黄金の変質を感知。
 何事かと当主が「一族列伝」の領域に入ってみれば、降霊術の領域にあったあの世への門が開いている。閉じるのも、扉自体が壊れて出来なくなっている。

 では覗いてみれば……どうしたことか。
 かつて暗く先の見えなかった扉の先は黄金の道が敷かれ、その先には一等煌びやかな黄金宮殿があるではないか。
 試しに術式で道となった黄金を取り出してみると、その黄金は瞬く間に大きくなっていく。
 これはいけないと戻そうとしても、黄金だけが門を通れない。
 既に欠けた道は直り、取り出した黄金は帰る場所を失った。
 だからだろうか。あの世から取り出した黄金の欠片は門を通す事が出来なくなっていた。

 当主が際限なく増える黄金を抑制出来た頃には、黄金は捨てた頃の倍と化した。
 そうして分かった事は二つ。
 この呪金は今やあの世の物であり、呪金がある場所があの世となること。
 当主はできる限りのお祓いを行った後、この呪金を今度はより深く、星の奥へと隠した。
 誰かが拾わぬように。誰かが見つけぬように。
 祓ったせいか最早黄金ですらない意思を宿した何かと化した物を、地の奥に沈めた。

 呪いは付き纏う。
 何を考えているのか、呪物は毎晩当主の術式を通して黄金を枕元に出し始め、欲すればそこに黄金(自らの一部)を出現させる様になった。

 縛りを無視した強制的な構築術式の稼働。されど縛り違反にはならない異常。
 調べれば生成というよりも転移、より正確には交換。金と何かが、毎晩交換されている。

 しかし、そうして渡された黄金自体は悪しき物ではなく、寧ろ破魔の力を持つよう呪われた金であった。
 そうして現在、当主は気味悪がりつつも金を御守りに加工し、一先ずはこれ以上余計な事をさせないようにと、土地神として祀り、在り方を縛っているという。
 故に簡易式神とは呪物に自らを抑えさせる封印であり、その余暇を慰める捧げ物。
 誰もが使えるとは、式神ではなくこの呪物に対しての事だ。

 閉じられなくなった扉、あの世から沸く呪力。
 宮殿にある呪物の核。
 地に落ち続けている第二のあの世。
 霊牌金冥宮とはこれら全ての総称であり……今も無尽蔵の黄金で、現世から何かを得続けている。




992年 幼年期・戦場

 

 

 992年。

 「術師出征約定」という、平安に住まう術師が平安京の外に出られるようになる条件が7月に公布された年。

 

「……………」

「どうした宿儺、緊張でもしてるのか?」

「俺が緊張…? 冗談はよせ。俺にとって人間同士の殺し合いなんぞ、酒の肴でしかない」

「ははっ何処で覚えた冗談だ? それは10を数えてから……いや良い言葉だ、記録に残そうか」

「やめろ」

 

 時は8月。曇り空の広がる寒々しい冷夏。

 呪力混じりの怪しげな風が吹き、日本海から来る寒冷の訪れが青穂を撫でる。

 ザァザァと波打つ青草はその後の実りを想像させ、然るにこれを奪うには絶好の時期と言える。

 だからこそ、それを守る者達の戦いは決して終わりを迎える事はない。

 

「ははは、お前でも初陣はそうなるか。いや、案外普通なお前の事だし、そうなって当然か!」

「だから、緊張なんぞしてないと」

 

「その心、失うなよ。僕の様な人でなしにはなってくれるな」

 

 平安。

 未だ武士に侍という浪漫を持たず、ひたすらに暴力を振る舞っていた時代。

 長きに渡り横たわった時代である為正確な物言いではないが、少なくとも宿儺達のいる900年代後半は最低で一万人が動くような大規模な争いは無かった。

 

 そうなるのは今から100年は前か、先のこと。平安の前半か後半期。

 今は初代傀塚の女が死んだ時代が平の将軍が討ち死にした後。

 時代で言えば今は大きな動乱が終わり、平和な日々を堪能出来る時期。

 

 表の世界の争いの廃棄物である呪霊が跋扈し始め、呪術界の賑わいが全盛となるには丁度いい期間であった。

 それこそ宿儺も傀塚家に従事さえしなければ、のんびりと眼の前の敵を倒し流れるままに旅をするには丁度いい期間である。

 

 しかしそれは何事も無ければのこと。

 争う余裕が出来る。もしくは争わなければ死ぬ。

 そうなれば人は例え病に伏そうと武器を手にし、誰かから奪いに行く。

 

 正気を無くそうと、生きる為にあらん限りの殺意を宿して刀を抜くのだ。

 

「国取りだ。既にこの地(宮城付近)を治める藤原家との交渉は決裂し、どちらかが全滅するまで争うことになった。

 ……僕は今日、根こそぎ殺し、従おうと殺し、逃げようと殺す。宿儺、お前はその間出てきた呪霊を殺していけ」

 

 傀塚当主の顔前を覆って垂れ下がった呪符が風に靡く。

 閉じた四つ目と文字の書かれたそれは、当主が此度の戦の覚悟を表すもの。

 大量の呪力を供給する代わりに、視認した対象を必ず殺す縛りを装着者に科す呪符である。

 

「何度も言うな。自ら殺す趣味などない」

 

「……変わったな。ああ、決して僕らの争いには目を向けてくれるなよ。醜いものだし…全て終わった後を着いて来なさい」

 

 そう言って、傀塚当主は馬を走らせ、宿儺の居る最後尾から隊列の中心へと戻っていった。

 

 宿儺が馬から降りて、走って追従する。

 

(……バレてない、か)

 

 この会話は、傀塚当主は前方、宿儺は後方と縦に並んでいた。

 故に互いの顔を見る事なく、宿儺が好奇に満ちた眼をして話していようとも、傀塚当主が気付く事はなかった。

 

(馬鹿な女め。やはりコイツは俺が隠れて「偽魂の相」と帳・糸印を覚え、改良したのを知らないらしい。この分なら合戦を観戦するのも容易そうだ)

 

 指定した対象そっくりな姿の幻影になる式神と、須くから隠れるのに特化した結界術。

 その二つを覚え改良を行い、宿儺は傀塚当主の戦いを観戦出来るようになった。

 幻影は実態を宿して馬の背に乗り、隠蔽の効果を込めた呪符を自らに貼って身を隠す。

 一時的に、宿儺はしがらみから解放されたのだ。

 

(あの式神モドキが絶対に負けると断言する実力……呪力量こそ大した事ない様に見えるが、だからこそ領土全体に居る奴の簡易式神の数は不自然。尋常な手段で成すことは出来ない……去年出会った三身一体の武士呪霊もそうだ。死体を見てもどうやって倒したか、想像が付かないと来た)

 

 その本意は傀塚当主の実力を観ること。

 宿儺は契約に基づいて傀塚に仕えているが、最初の勧誘を除いて傀塚家の門を叩いた事はなかった。

 普段は呪術衆の下で学び、稀に傀塚魔子と呪霊を祓いに行く日々を送っていた。

 今日はそんな最中に訪れた千載一遇の機会。普段は決して合戦に術師を連れない当主が、態々呪霊を祓う為に連れて行くというと言う。

 

(その実力、見せて貰うとしよう。あの家に潜んでいた悍ましい呪力を従える、その実力を)

 

 興奮から武者振るいをし、大地を駆ける。

 呪術戦を好む宿儺にとって合戦の行く先などどうでも良かった。

 そこにあるのは傀塚家という存在に対する好奇心。

 

 そこ知れぬ呪いの底へ、手を伸ばす事であった。

 

 

 

 ▲▽

 

 

「‭─‬‭─突撃」

 

 ヮ嗚呼アアァァアァアアア!!!!!

 

 山道降りて呪霊によって廃れた山村を食し、街道進みて呪詛師によって廃れた町村踏み荒らし、国道荒らして呪霊と呪詛師によって廃退した都を落とす。

 傀塚の合戦の殆どはそのような蹂躙以下の、行軍のお目汚しであった。

 

 とはいえ殺しもする。

 数少ない生き残りを殺し、家に隠された雀の涙以下の食料を略奪する。

 武器を持った者は勿論女子供も関係なく殺し、死体を焼き消す。

 武器、鎧、布、人として必要な物があれば食料を運搬して来た人夫に渡し、兵士は狂騒のままに呑み込む。

 そうしていざ殺そうと近寄ってもあらゆる武器は意味を成さずに直前で止まり、そのまま案山子と化して死ぬのだ。

 

(…今の所変な所は式神くらいか)

 

 しかし、その様子は非術師から見た視点。

 

金燕(こえん)から西方から弓五百距離四百か……金鈴(こりん)、三分後に西方の兵を挟み撃ち出来る様に連絡。位置整えといて。金海月(こくらげ)、いつも通り人の攻撃は初動だけ任せたよ。それ以降は呪霊の攻撃のみ防ぐように。……ふう、やっと敵兵が出て来てくれたか」

 

 実際は不意打ちは簡易式神「金燕」が発見し、自分の声を隊の隅々にまで届けさせ、簡易式神「金海月」の結界により攻撃を防いでいるからに過ぎない。

 

(呪力は呪力の宿らぬものを通さない。呪霊がよく利用しているやり口だが……「追従六面」もそうだが、帳もここまで初動と変形、移動能力を与えると最早別物だな)

 

 術師から見れば大量の式神が隊を補佐し、鈴の音を中心に人々が動きを合わせているのだ。

 単純ながら効果的。術師は秘匿を考えて行わず、呪詛師は個人戦に特化しこの様な大多数に及ぶ手札をそもそも持っていない。

 土地を治める術師かつ結界術と式神術に明るい傀塚家だからこそ取れる手段。

 

金燕(こえん) から敵逃亡一名の連絡。金鈴(こりん)、逃げ延びた奴が居る。近くの足軽に追わせろ。偶然逃げる所を見たと錯覚させる形で知らせるんだ。僕らが都にいる以上、もう逃げ場はないと教えてやれ」

 

 絶えず白金が情報を処理していく。

 兵を流動的に動かし、術師の存在が露呈してない程度に戦場を差配する。

 すると本人達は自身が天運に護られた熟練の兵士であると錯覚し、恐れ知らずに前に出る。

 

「……呪詛師か。金燕が一体やられた。金鈴(こりん)、待機命令を全体通達。もう敵兵は全滅させたし、都も囲んだ。いつも通り略奪の旨みも無い土地だし、暫く休息としよう」

 

 そして蹂躙する中には当然ながら術師や……珍しい事だが呪詛師も居る。

 普段の合戦なら滅多に居ない類いだが、此度の戦は致命的に交渉が決裂した後処理。

 追い詰められるが余り多賀城に居る呪霊と手を結んだ朝廷の代官を殺し、全てを殺して呪霊の痕跡を消し切らなければならない、()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「ひ……ヒィ!」

 

「だからまあ……呪霊を認知したか分からない以上、全員殺さなければならなくなった訳だ。それについての申し開きは?」

 

「し…仕方なかった! ある日妖怪が見える様になった! それが恐ろしくて…死にたくなければと生贄を欲された! 儂が生きるには必要だった!」

 

「そうか、死ね」

 

 呪詛師と化した代官の首を刎ねる。

 運悪く呪いが見える様になっても、力の使い方を知らないなら怪物が見えるようになっただけ。

 脅され、契約を結び、恐れを捧げる悪となる。

 何が悪かったかと言えば間が悪かったとしか言いようが無いだろう。

 

(よく善人面で言えたものだ。あの式神モドキ曰く、禍石を弄った結果だろうに)

 

「……一つ慰めがあるとすれば、此度の長きに渡る不幸に僕は何もしてないこと……いや言い訳か。しかし呪ってくれるなよ。僕は、僕の領地の禍石以外は一切触れてない。あの一面真っ黒な地図を見れば、お前も他を見捨ててただろうさ」

 

(……嘘…いや、アレに太極図とやらを見せてないのか…そして誤解を訂正していないと。用心深いことだ)

 

 宿儺がそういったことを考えていると、呪いの気配を感じ取った。

 あの呪詛師が生贄を捧げていた相手。神の真似事をする呪霊を、どれ一眼拝んでやろうと路傍に座る。

 

『漸く来たか、術師』

 

「こんにちは、特級呪霊。その様子、縛りなりで底上げした類いはしてないようだな」

 

 そして現れたのは、雷雲に似た黒い呪霊。

 雷のように呪力を纏わせる、自然呪霊の一体であった。

 

『あんな紛い物共と同じにするな!!』

 

「だが呪力の練りが甘い…いや、臆病だ。お前、元は三級相当だろう。今は特級…いや一級に相当するが、それは大量の負の感情を食して太ったようなもの。一度戦えば元には戻れないだろうさ」

 

『見下したのか? お前今、俺を見下したのか!?』

 

 傀塚当主の顔を隠した呪符の四つ目が開眼する。

 一時的な縛りが成立し、当主に呪力が供給され始めた。

 

「来い。一瞬で殺してやる」

 

『……コロス。"雷"‭─‬‭─』

 

 雷が束ねられ、一閃の槍へと変わる。

 

 

 ‭─‬‭─‬呪力は、呪力の無い物の影響を無効化する特性を持つ。

 

(ギギ! 俺の雷は空気で減衰せず、俺の意のままに動く! その上で雷が持つ火力と速度はそのままだ! 一瞬で死ぬ? それはお前の方だ!)

 

 それ故に雷の呪霊の攻撃は見た目よりもかなり燃費が良い。

 当主の見立て通りに一戦を全力で戦えば確かに元には戻れないが、そもそも全力を出すまでもなく相手を殺せるのが雷という災害。

 

『‭─‬‭─‭─‬"幕"!!』

 

 形状を整えて一点に来ると思わせての、バラバラに撒く範囲攻撃。

 音を聞きし頃には終わっている光速の一撃。

 一瞬にして数万度に達する温度と電撃が着弾し、遅れて雷鳴の衝撃波が発生する。

 

(…ケホ。地味に痒いな、これは)

 

 路上はえぐれて土煙が立ち登り、その流れ弾は隠れ潜む宿儺の方にも襲いかかる程の隙間のない絨毯雷撃。煙が晴れた頃には、白金が立っていた場所には消し炭も残らなかった。

 

『……ギィイ! 勝った! 勝ったぞ! 俺は強い! 強くなったんだ!』

 

「‭─‬‭─それはよかったな」

 

 しかし……それは当たればの話。

 当主は呪霊を背後から雷斬りに特化した刀の式神で切り裂き、分割する。

 

『ギィッ何故!? 当たった筈…!』

「アレは()だ。僕ではない」

 

 白金は当主になる為の儀式の中で十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)を一度、脳に焼き付けられた過去がある。

 魔虚羅の選んだ適応手段の産物、領域内限定の術式付与を解決する為に改めて術式を脳に刻み込んだ。

 それは人として産まれる過程で消え去りはしたものの、一度刻まれ行使した術式を再現出来ない程、傀塚の血は愚物ではない。

 

 では、何を創り出したか。

 

「"影の式神"。僕は自分の影に通した式神を改造出来る。十種という基盤が消えた真っ新なそれが、僕の式神術だ」

 

 生得術式の基礎を再現した、式神術の極み。

 "無限に使える媒体による式神改造と、構築術式を参考にした式神の高速再構築"。

 二つの生得領域を技術に落とし込み融合させた、新たな式神術。

 

『‭この程度で─‬‭─ギッ!? 呪力が…身体が治らない…!?』

 

「ふむ…どうやら金は通電性が良いらしい」

 

 敵の能力を見てから特効となる式神に再構築する後出し虫拳。

 それが白金が蠱毒の産物から編み出した戦闘スタイルであり‭─‬‭─既存の物を縛りで上手く使う白金の戦い方を更に盤石にする物であった。

 

「呪力吸収を金海月に付け加え、お前と地面を繋げた。雷は地面に散るからな。"呪力の通った電気を吸い取る速度を上げる代わりに、それらを自分の物に出来ない"縛りで加速もさせて……どうだ、結構上手い手口だろう?」

 

 金犬を基に自身そっくりの姿にしただけの身代わり。

 金鈴を基に雷斬りに特化させた刀。

 金海月を基に呪力吸収を付与したアース端子。

 此度に使ったものは僅か三種。24の使役した式神すら使わない小手先のみでの除祓である。

 

『馬鹿…ナ……』

 

 呪霊が死んだのは、それから7秒後。

 身体を上下に分割され、何十体もの透明な海月に急速に呪力を吸われた雷の呪霊はなす術なく消え去った。

 

「……ふう。一先ず終わり……いや、領主としては今からが本番か。一切合切殺した以上、住民誘致から地鎮、呪霊の山狩りに開拓に朝廷への報告と名代拝領の交渉に税納調整……単純に領地が倍なのが心底怠い……本土の西と東の海両方に接する大きさとか、管理し切れるかも分からんな……」

 

 しゃがみ込んで呪符の眼を閉じる。

 そうして頭を垂れて途方に暮れ、先の事を考えた白金はため息を吐いたのだった。

 

(…ふむ、これで終わりか。物足りないが最低限の実力は見れ‭─‬‭─‭─‬…ッ!)

 

 多賀城の呪いは、こうして終わりを迎えた。

 白金にとって問題は更にその先、領地の管理であったが……。

 

 ザッ。

 

「‭─‬‭─漸くその顔を拝めると思ったが……いやはや、顔を隠してるとは思ってもみなかったな」

 

「……何者かね。いや、その在り方には見覚えがある。お前は浄土の……」

 

 しかしそれよりも目先の問題として、傀塚家を観察する者も居た。

 

「おう、源信(げんしん)だ。お主が噂の特級術師「傀塚家の当主」で相違ないな?」

 

 旅の僧侶といった風貌の中年の男が、目深に被った笠を上げて名乗り出る。

 双方共に呪力は練られてない。されど場の空気が張り詰め始めた。

 

「そうだ。お初にお目に掛かる。早速だが要件は? 特段悪い事はしてないと思うのだが」

 

「一つ、この地は藤原北家の物とする。二つ、()()()()()()漿()()()()()()()。星漿体がどの様な物かは前に伝えたな? 相続人が存在しないか、朝廷に認められない場合、傀塚家の全財産は藤原家の物になる。以上だ」

 

 要件は‭─‬‭─政治的な思惑が入り込んだ、もしくは率直的な()()()()()

 星漿体は既に本命は存在し、保険の者すら仕立てている。

 その上で傀塚当主に告げられたのは、出る釘が打たれるような世俗の道理に過ぎない。

 断られれば呪詛師と認定し全てを押収し、受け入れれば相続を認めずに全てを奪う。

 

(……ふざけられた物だ。こんな物、否定し知らぬ顔をすればいい。俺達にはそれだけの力がある。そら、女もきっと‭─‬‭─)

 

 これはそのような、源信ですら憐れに思いながらも伝えた命令であり‭─‬‭─‭─‬‭─。

 

「そうか。僕も、()()()()()()()。相分かった。星漿体の件、受けさせて貰おう」

 

「‭─‬‭─ッな」

 

(‭─‬‭─ッに!?)

 

 "相伝の儀を知ってる物にとって、余りにも容易に達成出来る条件"である。

 

「……良いのか!? かなりふざけた要望だぞ!? てっきり一太刀は交えるものと……」

 

「いやなに、僕が管理している呪物には天元様にお渡ししたい物が幾らかあってね。どの様に誰にも触れさせずに譲るか悩んでたんだ。だからこれは僥倖、運命と言って良い」

 

「……たったそれだけの事で?」

 

(そうだそうだ言ってやれ。女はここで死んで良い様な奴ではなかろう)

 

「あの世と繋がり閉じぬ門、第二冥府、禍福支配、無尽呪霊湖、空死、夢異郷、万病箱、枯水玉に満水玉……術師をしながら土地を治めてると特級呪物にも結構会う物でね、渡りに船まであるのだよ」

 

 狼狽(うろた)える源信を放って傀塚当主はけらけらと笑って言う。

 まるで今晩飲む酒を決めるような気軽さで快諾した当主は、ああそれならと源信に近付いた。

 

「顔を見せよう。僕が産む子なのだから、きっと何処かは似る。お前は中々強そうだからな、見掛けたら手を貸して欲しい」

 

 呪符が捲られ、源信の前に絶世の美女の顔が現れた。

 3人の親とも言える存在を引き継いだそれは新雪のように白く、紅い眼が煌々と光りを放っている。それが薄らと笑いながら見つめてくるのだから、何処か魔性すら感じさせる。

 ぱさりと捲っていた呪符を手放し、再び顔が隠れる。

 

「‭─‬‭─さて、もう良いだろう。特にこの眼は自慢でね。次の子に留まらず子々孫々に絶対継がせると決めてるのだよ」

 

 坊主でもその人外染みた美しさには関心が勝るのか、惚けた顔で呆気に取られているのを見て白金が額を軽く押した。

 軽くのけ反ってから源信は気を取り戻したのを見て、けらけらと白金が笑う。

 

「ではな、6年後にウチに来い。旦那も子供も纏めて見せてやる……そうだ、この事は周知されてるか?」

 

「…あ、いや。藤原家の家長とお前が気に食わぬ貴族の術師、それから俺しか知らん。きっと来ても誰もお前がその為に来たと分からんだろうよ」

 

「ならそのまま隠せ。護衛もいらん。道案内も不要だ。この身体が勝手に正解の道を進むだろうよ。寧ろ……僕が天元に辿り着くのが嫌なら、頑張って妨害するんだな?」

 

 弱音どころか、啖呵を切って傀塚当主はその場を後にした。

 もぬけの殻となった城に簡易式神を何百と貼り付け、兵士を引き連れていく。

 源信もそれを見て変わった奴だと平安京への道を進み、宿儺は仕事をし終わった顔で当主の前に立った。

 

「何故あんな奴に従う。それはお前の身がやるべきでない、下賤な者の役目だろう」

「なんだ聞いていたのか? 兄弟の件なら案ずるな、きっちりやり遂げる」

「違う。お前は嫌では無いのかと聞いている」

 

 宿儺は問う。

 己なら間違いなく伝達役を斬り殺すからこそ、そうした判断を心底理解出来ないとばかりに言う。

 だからこそ、白金もまた本心を晒すのだ。

 宿儺は決して聞いてもスタンスを変えないという確信も以ってして、隠していた顔を晒し、白金として並びたって言う。

 

()()()()()()()()()。だがね、傀塚の当主になるとは、術師として斯くあるべき姿を自分に張らなければならないんだ」

「……例え死ぬ道でもか」

「そうだとも。世代を超えた意地を継いで、生きる意味を繋いだ。宿儺、これはね、僕がその(たすき)を次に渡す時が来たというだけの話だ」

 

 寒々しい風が2人の間を通っていく。

 価値観の谷底を通り抜けるようにして、ヒュルリと通り過ぎた。

 もう秋の時期だ。きっと、今年も憂う事のない食卓になるだろう。

 

「……まるで呪いだな」

「呪いだよ……だから宿儺。兄弟を取り戻した後に呪いとして生きるなら、傍らに誰かが居る様な人生を送れ。沢山じゃなくていい。たった1人でも、自分の何かを継ぐ奴だ。呪いとは、そうして巡るから、呪いなんだ」

 

「……ああ、覚えておこう」

 

 それ以降、再び逢うまで2人が会話する事はなかった。

 

 既に宿儺は異形の忌み子ではなく、白金と出会って呪いを祓い感謝される道を、人として生きる道を知った。

 美味い飯を喰い、暖かな寝床で横になり、日々を人と共に学んで、腹に溜まっていく呪いの熱が萎んでいく事を知った。

 滅多に逢えずとも、文を交わして親交を深められる事を知った。

 それにより宿儺は呪いとして弱くなったが、宿儺はそれが悪い物には思えなかった。

 

 このまま、術師として身の丈に合った生を送りたい。

 

 そんな思いが芽生えたのを、宿儺は決して否定しないだろう。

 しかし……宿儺には今や、かつて踏み外した道が傍らにある事を自覚した。

 

 "己の好悪に従って、自由気ままに殺し、愉悦し、踏み躙り、己すら焼く呪いを抱える道"

 

 過去に踏み外した生き方。

 今となっては、惹かれてしまう道。

 

 きっと、もう一度踏み込めば兄弟は自分の元から立ち去るだろう。

 

 人として生きたからこそ、そんな確信が宿儺の中に合った。

 だからこそ躊躇して、迷い、時間だけが無為に過ぎていく。

 

 

「宿儺、弟を呼ぶ準備が整ったぞ。やるか?」

「………いや、まだ早い」

「そうか。だが余り待たせるなよ。僕の終わりが来る前に決めてくれ」

 

 

 そうして月日は流れ‭─‬‭─西暦1000年。

 様々な思惑が絡む暗闘が、始まろうとしていた。

 

 






 じゅじゅさんぽ
 Q.なんで特級指定が個人名ではなく傀塚当主なの?
 A.大規模な土地を治める領主で術師だから。
  ただでさえ個人で強いのが万単位の兵士を常に動かせる国力まで持ってるんだから、特級指定は順当。
  現代ではなく平安時代なので「国」の格が低いのもある。

  なので天元云々で喧嘩売ったのは嫌がらせを兼ねた交渉術。
  10割承諾されない前提で後から本命を提示する算段だった。
  なんか承諾した。怖い。

三代目「藤原の領土攻め込んじゃったしこれでチャラになるなら安いなって思った。一緒に死んでくれる旦那募集中」

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