呪具:一族列伝   作:何処にでもある

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 じゅじゅさんぽ
淦掬「……一応これ、西方出征戦果か。仮に大将軍にバレたら押収されるな…隠蔽せねば」
花子「すごく〜…自由がないないない〜…!」
淦掬「…調伏は他者間の縛りで人相手にも出来る。恨むならその軽い口を恨めよ」




1022年 朱夏・二

 

 

 1022年。

 西日本制覇を順調に進めていた武士達が呪霊の楽園と化した平安京跡地で足止めをくらい、一旦それまでの戦果を分配し開拓していた頃。

 

朱夏(しゅか)様、本日の患者が来訪しました」

「はぁ〜い。ちょっと待っててね〜」

 

 東京郊外、呪術師本拠地、加茂・傀塚家管理下の「星療院」の最奥。

 加茂花子はすっかり慣れた様子で毎日訪れる老人達に対し、若返りの施術を施していた。

 単に他者に反転術式を使えるだけなら現場に急行させたりして使い倒すが、若返りは話が別というもの。

 

 専用の結界に最大限安全な場所、防衛用の呪具を組み込んだ建築構造。

 更に式神を数百、護衛も二桁に及ぶ厳重さで花子は護られていた。

 

「今日は〜10人ですか〜…」

(う〜ん……歳は取りたくないだろうし治すけど〜……これじゃあ困ってる人の為に村の外に来た意味がないなぁ…護衛だってその分平安京攻略に当てればもっと助かる人は増えるし、なんとかしたいなぁ…何かもっといい事が出来る方法、ないかなぁ…)

 

 現状副作用が欠損した部位が真っ赤なだけなのもあるのだろう。

 人は全く代償がないものより、多少欠点がある方が信用しやすい。

 その点花子の若返りは治療の腕の未熟による、容姿という1番目立つ所に現れる。

 人は代償を払っている気になれば、余りにも軽率な行動をするのだ。

 

「患者が多いですか?」

「ん〜ん〜。少ないなぁ〜って。もっとみんな、気軽に来たらいいのに…」

「去年の狂騒を経験して尚その向上心…ご立派に御座います」

 

 そんな中でも花子は積極的に若返りを施し、本人の要望により受付人数を増やしては治療の腕を磨き続けた。

 その恩恵に預かった数なんと‭─‬‭─2年間合わせ、端数切り捨てで33,000人。

 最早彼女の若返りを…加茂家の赤血操術の極みを疑う者はおらず、花子もまた四肢欠損を数秒で治せる程の、戦場の回復役として実用圏内の技量を手にしていた。

 

「平安京かぁ…地元近くだし手伝いに行きたいな〜」

 

 しかし、その技量を活かせる場がなければ不満は積もるというもの。

 

「物足りないなぁ〜…」

 

 満たされないのは彼女への見返りがないからか?

 否、既に彼女は既に数多の感謝を得ている。

 

 彼女のお陰で前線に復帰した術師も数多く、中には彼女の「治療」を目当てに術師になった呪詛者も多く現れている。

 何かしらの術式対象にならないよう顔や本名を隠し、偽名に「朱夏(しゅか)」を名乗るなどしているものの……既に彼女の存在は呪術界において五条…いや、それ以上の存在感を放っていた。

 それは幾らでも金を集められるだろう技術を無償で施し続けたいという彼女自身の要望の結果であり……中にはその善良さに感銘を受け、天元の生まれ変わりだと主張する宗教団体さえ存在する程。

 

「…ふぅ、今日の患者も治療終わり〜」

(うん、行こっか〜。ここも落ち着いたし、私の方から出向く方が沢山の人を助けられる頃合いだよね〜)

 

 底抜けの善人。

 されど助けた者への興味がない、自走する善意の鉄砲玉。

 

 彼女の中ではこの星療院は効率よく困っている人を助けられる場所から邪魔な足枷へと格下げされ‭─‬‭─村の外に連れ去られた経験が、既に一切の踏みとどまる判断を消し去った。

 

「"麻酔弁" "散花"」

 

「え…なに…こ……」

「はなび……ふにぁ…」

 

 ばたり、ばたはたと。

 

 花子が(おもむろ)に傘を差すと共に周囲に白い花が舞い散っていき。

 護衛を、従者を、治療を受けたばかりの患者が戸惑う内に瞬く間に眠らせると、花子はゆったりとした歩みでその場を後にする。

 最後に治療院の門前で一礼をし、近くにあった鈴の傀式に声を込めた。

 

 チリリン。

 

「それでは〜お暇させて頂きますぅ。治療技術や術式の扱い方は本に(したた)めましたので〜。沢山治療風景も見せましたしし、後は自分達でも出来ると思いますので、頑張ってくださいね〜」

 

 チリリン。

 

 星療院は加茂花子が自らの意思で逃げ出す事を一切想定していない。

 これまでの積極的な貢献実績もさる事ながら、花子自身が戦闘能力や所有する絡め手を披露する間も無く星療院に押し込めた為だ。

 

 一族列伝で薬効を再現する仕組みも、それを花弁から散布出来る事も、花弁の操作範囲が半径300mはあるのも、一切が未公開。

 

「ん〜…なんだかさっきの麻酔、効き目が良かったよね〜? もしかして麻酔自体は術式開示してたからかな」

 

 いや、寧ろ毒性のある花弁を作れない縛りを知っているからこその油断もあるだろう。

 術式を大体開示されているからこそ、逆に些細は詰められない。

 幼い容姿に持ち前のほんわかとして何処か抜けている性格も相まって、花子は非常に油断を誘う存在であり……それ以上に、本人が油断をしているからこそ、突発的な犯行は予測出来ない。

 

 実際、花子は既に逃げ出すに当たって見落とした問題がある。

 背丈が幼く喋り方が特徴的で、何より呪力が炎のように燃えている。

 顔を知られて無くとも一発でバレるシンボルマーク、象徴的存在感。

 術師であれば呪力を見た瞬間……一眼見れば一瞬で正体を見破れるのだ。

 

 故に危ういバランスで成り立っていた秩序の均衡は崩れ去った。

 呪術界に、前代未聞の不老争奪戦が始まろうとしていたが……。

 

「…あ〜、あっちの山が枯れてる…治しに行こっか〜。枯れ木に花を咲かせましょうね〜」

 

 ……最大の問題は、肝心の行動が誰にも予測出来ない事だ。

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

「‭─‬‭─脱走した!?」

「はい! 星療院玄関前の金鈴に音声を残し、花子様はどこかへと消え去りました!」

「内容は」

「技術や術式の扱い方の本は置きました。治療現場も見せてるし後は自分達で出来るよね。以上です!」

「出来たらこうなってない!!!!」

 

 加茂家当主が力の限り叫び、畳を殴り苛つきを誤魔化す。

 彼女目当てに呪師になった呪詛者が多いのは、特権を管理しているのが術師であるからだ。

 その特権が逃げ出せばどうなるか……それが分からないようでは当主は務まらない。

 

「星療院の者に隠蔽工作をさせろ。公にすれば元呪詛者の離反が起こる」

「無理です! 既に桜灰(おうはい)病により枯れた山々の木々に花が咲き、自然を取り戻しています! 燃え続けている残穢から誰がやったかは一目瞭然です!」

「クソッ! 治療に専念させたせいか山をぽんぽん復活させられてる!」

 

 桜灰病。桜島の噴火により降り注がれた灰と共に訪れたそれは植物を枯らし、人々の肺をダメにする。

 呪術界の見解ではかつて討伐した特級呪霊「灰狼」が当時偶然にも山頂付近におり、噴火時に灰に自らの術式効果付与した影響であると周知されているものの……どうあれ、「呪力と灰を媒介に感染る病」であることに違いはない。

 

「流行り病が消えるのはいい…それは構わないんだ…だが脱走してまでやる事だったのか!? ……痕跡は!」

 

 これでは脱走を隠せそうにない事実に頭を抱えるも、これは逆を言えば何処を通ったか明白という事でもある。

 では直ぐに捕えられただろうと加茂が問えば、それは無理だと言う。

 

「それが……山の復活は"全方向に今も広がっています"。誤解を恐れずに評するなら、あれは"反転術式の伝播"です。神話で聴くような歩いた場所から豊かな実りが広がる神の歩み。何処へ向かったか最早分かりません」

 

「ハッ…!? 残穢は! それ程の無茶、花子の呪力だけでは無理だろう。あの病は呪術師ならば呪力で容易に打ち消せるが、限度がある。花子の治療は患者本人の血を利用する。そこから更に拡張させ植物本体に自己治癒させたとしても、そこには花子の呪力が宿る筈……!」

 

 耳を疑うような報告を一旦受け入れ、自分なりの考察で問うも……伝令は首を横に振る。

 伝令も仮にも術師。既にそういった法則や縛りは一通り考え確かめている。

 しかし、違うのだ。

 "全ての治療された植物には花子の呪力の残穢が残り"、"そこから呪力を辿る術式で辿ろうにも本体に辿り着けない"。

 その矛盾が解消出来ず、今も広がり続ける治療の伝播は捜索により混乱を齎していた。

 

「……認めよう。僕らは彼女をみくびっていた。だが一体どういうカラクリで……」

 

 事態が膠着しようとしていた……その時である。

 

「端的に言えば"寄生して感染する抗体"だよ、これ」

 

「五条!」

 

「よっ。呪霊祓ってたら枯れ木が次々花咲かせてさ。残穢的に花子の仕業でしょこれ。なに? 遂に逃げた?」

 

 横入りに与えられた返答に思わず加茂が振り向けば、其処には次々と枯れ木に花が咲いていく異常事態を見て駆け付けた五条が立っていた。

 人手を借りたいのだろう。五条は原子単位に呪力を観る六眼による解析結果を加茂に伝えた。

 

「原理は単純。桜灰病と同じことをしたってだけ。

 植物にある微力な呪力を特定の呪力に自動的に変換させて、それを周囲に散布させる。

 違う点は副作用で枯れるんじゃなく、桜灰病が治って花が咲くってとこ。

 これが原理。だから呪力は花子の物で、使い手は植物自身になる」

 

 "増殖過程で桜灰病が治り花を咲かせ、更に栄養が保管される、桜灰病と同じ原理の呪力ウイルス"。

 花子が桜島からの噴火から広まった病を治療するに当たって用いたのは、そのような"簡易式神をより簡易に作り上げたもの"。それこそ植物にも使える簡単で、目的を達し次第自壊する程脆弱なものを。

 出来るならば最高効率のワクチンの配布方法。しかしそれを行うには幾つもの難題を乗り越える必要がある手段。

 そもそも発想の段階から困難なものを、花子はどうやってか実現せしめていた。

 

「……それが単純なのはお前だけだ、五条。だがそうか……いや、出来るのか? これは」

 

「不可能じゃない。俺と同じくらいの呪力操作とそれに並ぶ式神作成能力があれば」

 

「無理だろ! 縛りをどれだけ結んでも足し引きが……」

 

「出来る。盲点だったが、"赤血操術なら結構簡単に出来る手口"なんだ。

 "血が付着した物を操る対象に桜灰病を指定し、進化先を縛りで指定して促したんだよ"

 "進化を加速させてあげる代わりにその方向性を花子に委ねさせる"…って感じにな」

 

「進化…いや…赤血が病を…操れるのか…? 病に自らを自滅させるように…?」

 

「血から伝染する病なんざ幾らでもあるし、病なら先ず血を伝って体内に広がる。これでもまだ呪力操作の難易度は高いんだけど……若返りを治療に応用するような奴なら出来る範疇に収まる」

 

 五条の言葉に今度こそ理解出来ないと加茂が顳顬(こめかみ)を顰めた。

 今日だけで一体幾つもの赤血操術の新たな可能性を見たのだろうか。

 その全ての出所が同じ人物でさえ無ければもっと喜ばしかったと、加茂は半分諦め気味になりつつも五条の話に相槌をうった。

 

「つまり…この治療感染から辿る事は出来ないと」

「そ。寧ろお邪魔虫だね。俺がよく見て本物と見分け付くレベル。そのくらい残穢が花子そっくりなんだわ。これのせいで呪力由来の捜索方法が全部使い物にならない。降参するしかねーわな。もう」

 

 そして分かったのは、この神の御技としか思えない大自然の復活が大規模な"チャフ"でしかないという事。

 探査機能に対し似たような反応を示す物を大量に撒く事で足取りを掴めさせない。増殖し感染する偽装痕跡。

 既に数時間経過して、この花咲きの異常感染は関東を超えて拡散している。

 五条の見解では起きている事が呪力と到底繋がらないめでたい出来事な為、呪力の世間バレはしないということだが……。

 

「……つまり、大量の人手を使って探すしかない…か」

「そ。呪術界が1番苦手な分野なワケ」

「しかも今回で若返り以外も出来ると示した以上、より信用出来る人材を厳選し探す必要があると…気が遠くなってきた」

「そゆこと。んじゃ傀塚の方に連絡よろしくー」

 

 五条はそれだけ言うと空を飛んで花子を探しに行ってしまった。

 最寄りなのが加茂家だったのだろう。本命は土地を治めている傀塚の動員数。

 五条は頭の痛い存在ではあるが、仕事はそつなく真面目に熟す方だ。

 加茂もそれは分かっているのだろう。傀塚に直通の金鈴を取り出し、為すべきことを開始した。

 

「金鈴、傀塚へ繋げろ」

 

 チリン。

 

「……加茂だ。知ってるかもだが……花咲きゆく山々を見れば分かるが、花子が脱走した。その影響で呪術では追えない状況だ。信用出来る人手が居る。呪術師がこの異常と花子の脱走が繋がれれば大事になる。……兎に角時間が惜しい、手段は問わない。必ず生きて連れ戻してくれ」

 

 チリン。

 

 

 緊急捜索大隊「花咲姫捜索隊」進軍まで、残り‭─‬‭─‭─‬‭─。

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

「‭─‬‭─随分と愉快なことになってるね」

 

 所変わって西日本四国地方香川県。

 即ち讃岐国にて。

 

「なんだ…!?」

「枯山が…満開の桜山が…!」

「……!? 息が軽くなった…!?」

「神様仏様…ありがとうございます……ありがとうございます……!!」

 

 非術師が眼の前で咲き誇る桜色の山脈に、桜灰病の後遺症が消えた事に感謝の祈りを捧げている中、額に縫い目のある男が愉快気にその風景を眺めていた。

 

「呪力を宿した病で進化を促し、非術師を全員術師に変えるのは失敗したけど……まさか、ここまで見事な"呪詛返し"をされるとは」

 

 桜灰病。

 平安京から九州まで投げ飛ばされた羂索が見込みのある呪霊(特級呪霊「疒火狼」)と契約し、観測した近い未来に起こる噴火に相乗りして創り上げた‭─‬‭─‬非術師を術師に作り替える病。

 呪詛返しの条件を予め明確な導線を置き、そこへ辿り着けば正に"眼の前の光景と同じ事が起きる"よう取り決める事で、病を確立させた。

 

 そんな超克すれば術師に覚醒し、覚醒しなければ負荷と後遺症のいずれかで死に至る病の顛末を見て、羂索はクツクツと喉を鳴らす。

 

「加茂家の神稚児……若返るという噂は聞いて居たけど、どうやらそれだけでもないらしい。これの呪詛返しをするには、あの五条にも隠せた"非術師の術師化"の作用を見破らなければならず……その為には僕と同じ感性を必要とする」

 

 何故そんなにも愉快そうに笑うのか?

 それは計画が頓挫させるような存在が現れたことでも、自分と同じ感性の者が現れた事でもない。

 

(‭─‬‭─だが、この"燃える呪力、彼女の呪力の模倣"は呪詛返しに設定していない。つまり神稚児のなんらかの目的に沿ったもの。僕への挑発? 意表返し? いや、ないな。噂に聞いた性格じゃあそんなことはしない。

 分析した限りだとこの子は根本的に効率を求めずには居られない性格だ。必ずこれには呪詛返し以上の意味がある。

 ……大量の自身の呪力の散布……僕がもし同じことをやるなら、それは追手の撹乱…‭─‬‭─!!)

 

「あっはっはっは!!!

 分かった、だったら僕も乗るとしよう!

 そして最後には君を連れ去ろう!

 

 ‭行こう─‬‭─平安京へ!」

 

 

 花咲きの神稚児。

 術師の大隊。

 影に潜む最悪の呪詛師。

 

 宿儺の竈「重層呪霊巣窟 平安京」

 

 再び、混沌が訪れようとしていた。

 

 






 術式「桜灰病」
 二級呪霊「疒火狼」と羂索が創り上げた病の術式。
 術師にするという足し算に致死率の高い病の引き算で相殺し。
 灰を媒介にする引き算を自然噴火に相乗りする足し算で補い。
 不足分を術師化の年の顕現ラグと明確な呪詛返しの導線の設定で補い、それをウイルスという当時の人には未知の形態で覆い隠し、術者の死亡で消えないようにした。

 呪詛返しには六眼レベルの呪力の認識力とウイルスを目視確認出来るシステムの両輪で、二つの暗号を合体させて解く必要がある。1番簡単な方法は呪言で今回と同じことを命令すること。

 花子は自分の体内に侵入させた病を操り、進化を促した結果、呪詛返しの方向に進化して解決させている。
 治れと命令し、病がいい感じに進化した結果なので呪詛返しの自覚はない。チャフ効果も進化の過程で勝手に生えただけ。副作用や人中(唇の上の谷)みたいなもの。

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