呪具:一族列伝   作:何処にでもある

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 傀塚家相伝「降霊術」
 縛り1 この術式は「親」から「子」への引き継ぎ際に「親」が贄として使われる代わりに、「子」は確実に「親」の術式の要素を「顕/陰」として持った子が産まれる。
 縛り2 「子」の試行回数が稼げない場合、術式の死者再現を利用する形で存在を補い、術式、呪力を任意行使不可とし、それでも不足していれば更なる縛りを術者に追加で設ける
 縛り3 「子」に産まれる事を同意と見做し、縛り1、縛り2、縛り3は「子」の術式に必ず結ばれる。

 以上をまとめ、「蟷螂の縛り」と定義する。




960年 二代目 まつろわぬ者

 

 

 960年。平将門の死より20年経て、しばしの間、平穏と日常を人々が享受していた頃。

 

「タモリ、お前は平安に赴き朝廷に降れ」

 

 東の国の山村の一つ、15年前の流行病で人口の殆どが消え緩やかに滅亡する集落にて。

 かつては長と呼ばれていた、水疱の跡が酷く顔に残った男と若き青年が、焚き火を囲い向き合っていた。

 

「かつては鬼の集落と呼ばれていたこの村も、今では俺とお前だけとなった。近くの農村に降ろうにも、俺の顔を見て仲間とする者は居ない。……くくっお前らも大概病魔に犯されているというのになぁ?」

 

 男がにたにたと意地の悪い笑いをし、対局の青年はそれを瞼一つ動かさずに見つめている。

 猫背でもう余命少ない男とは対照的な青年が、男の話を静かに聞いていた。

 

「しかしタモリ、お前の母はお前を産む為に、山の神の祝福を得て蘇った女だ。お前にもその加護があるのだろうな。屈強に産まれ、顔もいい。俺は平安という物を話にしか知らないが、万事において宝となる物は知っているつもりだ。この病の効かぬ血は、喋れずとも朝廷とやらに気に入られるだろう。……それに、お前も母と同じく妖を見る眼を持っているみたいだしな」

 

 平安において、日本全土を風靡した病の名を疱瘡(ほうそう)と呼ぶ。

 後に天然痘とも呼ばれるそれは「特定疾病呪霊」と呼ばれる呪霊を生み出す程に畏れられ、特に人の集まる平安京に限らず各地で猛威を奮い、数多の農村を滅ぼしていた。

 

 この村もその例に漏れず、山暮らしの知恵と研究により、牛の膿を摂れば先んじて防げると知れた頃には村の長と、その病で死に降霊術にて蘇った母の血……免疫を産まれながらに得た青年のみが残るだけとなり、滅びに対しそれでもと一縷(いちる)の望みを、男は青年に託そうとしていた。

 

「長旅となるだろうが、それに耐えられる物は仕立てられた。十八の黒曜石の鏃の矢と弓、俺なりにお前の言う"力"に適する様加工した銅骨剣、それから換金用として青の顔料と粒金。後は暫くの飯。俺の知恵とお前の力、それを合わせて用意した武具だ。並大抵の災難には耐えられるだろうよ」

 

 術師は例え6級程度であっても非術師に勝る能力がある。

 そこに非術師だとしても惜しみなく知恵を授ける者が居れば、例え若き肉体であっても山猪の心臓を貫き、鉱石を砕き、一端の戦士としての振る舞えるようになるのだ。

 

「さあ行け。"朝廷に従い、名を馳せ、郷に従い、そして繁栄するんだ。それを最優先としろ"」

 

 青年は無言のままに武具を身に付け、立ち上がる。

 振り向かず機械的に歩みを始めたそれは‭─‬‭─‬一片の自我もない眼で、呪具として主人の命令を自身に結んだ。

 

「……命令拝領 "都行脚" "自己保存" 期限無制限 実行開始」

 

 母より引き継いだ呪いが、男に授けられた情報(知恵)が、その肉を動かす。

 

 こうして、数奇な運命にて産まれた人型呪具の、長い旅が始まることとなった。

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

「……農村を確認……対話パターン「旅人」起動」

 

 旅立ってから7日後、予め用意していた肉や道中採取した草や実が尽こうとする頃、呪具は棲家としていた山から江戸近く(日本橋付近)の山村に訪れていた。

 当時の平安において、東国にある一つの町でしかなかった江戸から平安京に行くには、海沿いの東海道か内陸を進む中山道を10〜20日掛けて移動するのが一般的。

 

 そんな中青年が今回訪れたのは、()()()から外れた先にある辺鄙な村。

 住民も127名の小さく、しかし当時では一般的な村であり……青年が目指す平安京とは真逆の方にある新潟付近の村であった。

 

「もし、そこのお方」

「……なんですかい?」

「私は旅の者だ。日暮れに申し訳ないが、どうか一晩泊めさせてはくれないだろうか」

「へぇ、あんたもですか。良いですよ、()()()()()()()()()()()()()

 

 頼みは快諾され、青年は無事に一晩の宿を手に入れた。

 準備と言うからに、宿の主人だろうか。思えば村人にしては身なりがいい。

 案内をする主人の案内に付き従いながら、呪具は教えられた会話パターンに従って一つ訪ねることにした。

 

「ありがたい……だがその前に一つ聞いても良いだろうか」

「はぁ、なんでしょうか」

「なに、ここ暫く道を彷徨ってな。平安の都に向かおうとすると何故か真逆の方へ足が進むものだから、物珍しさに一先ずその誘導に乗ってここに辿り着いたのだ。主人、なにか覚えはないか?」

「……さぁ、なんのことだか。きっと神か、物の怪の類い。縁という物でございましょう」

 

 さて、そんな話をして主人の宿……身なりのいい主人に比べると貧相な家に着くと、そこには青年以外に訪れた者が3人も居る。

 囲炉裏の方には浅葱色の服を着た侍の男と、珍妙な垂れ布が着いた帽子で顔が見えない位の高そうな女がいる。

 それから……隅には気弱そうな、見窄らしい少女が糸で手遊びしていた。

 

「こんばんは。私はあなた方と同じく此処に泊まる事にした者だ。よければ何故泊まるに至ったか、話を聞いても?」

 

 例え一晩の関係でも、仲を深めるのは不都合な事ではないだろうと。

 カチリと侍が構え、鯉口が鳴らされた。

 

「ダメだ。それ以上近寄らば斬る」

「なぜ」

「装いからして山の者か。そして振る舞いからして、最近降りた者だな? その様な下等な獣と姫を語らせ合ったとあれば、俺の首が飛ぶが故に」

「……それは失礼した。獣へのご教授、感謝を」

「ハッ大方猿山の大将を気取って降りた口だろう? 都に行こうと考えているならば、恥で赤尻晒す前にお山に帰るんだな」

 

「浅木」

 

「……失礼、口が滑りました」

 

 それ以降、男と女はコチラの言葉に反応しなくなった。

 どうやら侍は女の護衛であり、山の者が女と話すのは身の丈に合わないらしい。

 青年は自身の無知を自覚しているが故にそれを承知し、今度は隅に座る少女の方を訊ねる事にした。

 近付いて観察してみると、外跳ねてボサボサの長めの茶髪で左目が隠れており、全体的に骨張った体付きをしている。

 

 片膝を突き、少女に目線を合わせた。

 

「こんばんは。私は此処に泊まる事にした者だ。お前も旅の者か」

「………川」

「?」

 

 単語を理解出来ず首を傾げれば、少女の手元の糸が器用にも規則正しく4本の線として並んでいる。輪っかの糸を指で結ぶ遊びのようだ。

 分析するにこれはその遊びの技なのだろう。

 

「糸…遊びか? 初めて見たな」

「……あやとり、知らないの?」

「あやとりと言うのか。なに、先ほど侍の者に言われた通り山から降りたばかりの身でな。生来男手一つ、生きるのに必死で遊びにはとんと無縁だった」

「……なら、教えたげる。"慣れると結構便利"なの。特別だよ」

「それはいい、感謝する」

 

「……ハッ」

 

 真面目くさった顔で少女と会話する様子が多少愉快に感じたか、侍の男が鼻で笑った。

 青年は気にも留めず……実情としては感情を親から継いだ術式の縛り、その一環で"鈍い"のも有ったが……青年は夕餉が運ばれるまでの暫しの間で「川」、「橋」、「箒」を覚える事となった。

 

「……スジいいね。うん、とってもいい」

「そうか。……しかし不思議だな」

「なに?」

「覚えて感じたが、この遊びの何処に"便利"な要素があるのだ? どうにも、草履の結び方にもならないと思うのだが」

「……おにいさん、名前は?」

「タモリ。墓守と書いてタモリだ」

「私はハク。白と書いてハク」

 

 少女……ハクはそう名乗りながら糸を複雑に結び、多角形を立体的に組み合わせた……あやとりを星にもテントにも見える形に整え終えた。

 

「タモリは優しくしてくれたから、教えたげる」

「なんだ」

「私の「招虎(まねきねこ)」は、指定した条件を満した利益を齎す存在と、障害となる存在を無作為に選び、同時に自分の元に訪れさせ、逃がさない術式。非術師なら無条件に、術師なら呪力が低いほど招き易い。そして自分が不幸である程、この術式の影響範囲……招く者の選出範囲は広くなる」

「……術式?」

「今回の条件は「"アレ"の生贄に相応しい存在」。招いた結果、お兄さん達が来た」

 

 ガタガタと、家が揺れる。

 隙間風が入り……フッと、囲炉裏の火が消えた。

 

「お願い。私に触れて、振り向かず、動かず、静かにしててね‭─‬‭─"帳/糸印"」

 

 暗闇と共に、扉が開き何かが訪れる音がした。

 

 ‭─‬‭─息が詰まる呪力が、部屋に満たされた。

 

 

「なにや‭─‬‭─‬ガッ…!」

「ギィヤァアァアア!!?」

 

 肉が、骨が、無造作に裂かれ、焼けて、腐る音。

 言われた通りハクの手首を掴み、押し黙る。

 振り向くなと言われたが、そんな事は土台無理な話だった。

 

 青年はお世辞にも術師としての格は高いとは言えない。

 よく見積もっても、生涯修行に専念しても4級が精々か。

 

ォォォ……

 

 ナニカが、肉を貪るように、ぐちゃぐちゃと音を立てる。

 

 ……対して、たった今この場を死地にした相手の呪力は‭─‬‭─ 一級相当。

 一つ上の位になれば「死」以外の結末が存在しないのが呪術師の世界。

 今この場において青年と少女は、天災の訪れが何事もなく過ぎ去るのを祈る葦の一つに過ぎなかった。

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

「……もう、大丈夫」

 

 ………どれだけの時刻が過ぎ去ったか。

 青年が少女の手を離せば、そこには真っ赤な手型が有った。

 どうやら過ぎ去るまでの間に強く握り過ぎたようだ。

 

 青年は、ハクに質問攻めする事を決定した。

 

「……説明を」

「ふぅ……私が今やったのは、独学の結界術。本来なら辺り一帯を人の眼から隠す物だけど、私のは見様見真似だから自分と、触れた相手が限界。一度使えば呪力が尽きるまで取り消しは出来ないし、それも5分が精々。はは……産廃って言っていいよ」

 

「助けた相手を蔑む気はない。それで、相手は」

「特級に両足突っ込んだ一級呪霊。名前は知らない。一年に一度この村に降りて人を喰う。姿は……()()って感じかな。顔の所に目玉が無数にある、角の生えた呪霊だよ」

 

「ハク、お前との因縁はなんだ」

「"あれは私が招いてしまった障害"だよ。昔特級呪霊から逃げる為に、イチバチで助けを術式で引き寄せたの。幸い成功はしたけど、代わりにアレと生涯関わる事になってしまった」

 

「逃げられないのか」

「……縛りの関係でね。私の術式で一度呼ばれた障害は、殺さない限り絶対縁を切れないようになってるの。おかげで京お抱えの福招きの4級術師が一転、疫病神として追放になったんだ」

 

「ならば、俺は益か?」

「いや、障害。……だからおにいさんには選択肢がある。一生私と共に過ごすか、此処で私を殺して解放されるかの2択だ」

 

 そこで青年は試し少女から離れ、村の外を進んでみたが……気が付けば、少女の前に戻って来ていた。

 既に術中ということか。青年はもう少女から逃げることは叶わないらしい。

 

「確かに、離れられないな」

「ははは……あの黒鬼は呪力量の関係での日本(やまと)全土の年1で済んでるけど、おにいさんは見たところ……私より数段呪力がないから…あー…無理に当て嵌めると6級? ほぼ非術師だし、此処に来る前なら兎も角、出逢った以上その呪力で私から半径500mから離れる事は出来ないんだ」

 

「……ハク、お前の年齢は見た目通りではないのか?」

「こう見えて27だよ。騙してごめんねとは思ってる」

「私は15だ」

「……今、私は自慢されたのか?」

「あの鬼が来る度に生贄を差し出してるのか? ここに案内した男との関係は?」

「ねえって……はぁ、そうだよ。私は自分が生きる為に人を殺しているし、男は契約関係にある。程々の福を招く代わりに贄を差し出す「場」を提供する。そういう縛りを結んだの」

 

 ……話をまとめると、どうやらあの黒鬼を倒さぬ限り、青年は都入りは叶わないらしい。

 共に入ろうにもハクの顔は知られており門前払い。

 一人で入るのは術式の関係で不可能。

 

 厄介な話に見えるが、ハクを殺せば解決する簡単な話でもある。

 今なら呪力のないハクは、見た目通りのか弱い少女と大差はない。

 何より青年の持つ「降霊術」を考えれば、此処で殺し遺体を手にするのは今後の役に立つだろう。

 

 殺るならば、今。

 

「……先に言うと、巻き込んだのは私で、気の迷いで生かしたのは私……恨みは、しない」

 

 青年は、銅骨剣を引き抜いた。

 

 一歩近付く。

 

「……ただ疑問なのは、何故おにいさんが障害として呼ばれたか……どうにも、それだけ引っかかるんだよね」

 

 二歩近づき、片膝を突き、首筋に剣を当てがう。

 

「……ああいや、分かった」

 

 ハクがしゃがんだ青年の首に腕を絡める。

 

「おにいさんは、きっと私の初恋なんだね。でなければ、こんなに心臓が高鳴りはしないさ」

 

 剣に力を込める。

 

 

 

 バサリと、それは斬られた。

 

 

「……え?」

 

 ハクの髪が、斬られた。

 青年が自分の髪も斬り、それを編んでハクの指に結ぶ。

 

「私の村では、こうしてお互いの髪を相手の身体に結ぶのが婚約の契りだった」

「え…いや……なんで」

「もうお互い離れられないのだろう。私はそういう関係を「夫婦」と聞いた。お互いの苦労を分かち、支え合うものだと」

「えっ…えっえっ」

 

 ハクが困惑している間にも儀式は進み、青年はハクの髪を編んで腕輪として身に付け終えた。

 仕方ないだろう。ハクにとって人生とは、術式の効果を上げる為に自ら不幸に貶める物でしかなかった。

 その末が因果応報で初恋相手に殺される事だったとしても、仕方ないことだと観念と共に割り切っていた。

 そう‭─‬‭─人生で一度足りとも「自分に都合のいい展開」とは無縁の奉公の日々だったのだ。

 そのような者に白馬の王子のような存在が与えられればどうなるか。

 

 例え27の行き遅れだとしても顔を紅くし、いじらしい乙女の振る舞いになるのも仕方のない事であった。

 

「それに、私は自分の代で都入りが出来るとは考えてなかった。戦士としての技量はあると自負しているが……術師としては落第であると、今日で散々思い知った」

「えっえあっふぁ…!?」

 

「とすればハク、お前は術師として私よりも高等な領域にある。それを継ぎ、黒鬼を子孫が倒すまで至れば充分だと考えた………どうだろう、返事を聞かせて貰えるだろうか」

「あう…あ…はいぃ…」

 

 

 こうして青年として振る舞う人型呪具は都入りを一先ず置いておき、黒鬼を倒す事を目標にこの村で家を興すこととなった。

 嫁に迎えた女の福招きの力もあり、幾つかの小さな争いを勝利し、瞬く間に都合よく空白だった辺りを治る豪族となった夫婦に転機が訪れたのは‭─‬‭─7年後。

 

 同時の天皇である村上天皇の崩御と、冷泉天皇の即位。そのごたごた。

 

「お初にお目にかかります御夫婦様。私は目代として……事実上、御夫婦の臣下として派遣されました、2級術師の照尽(てらつき)と申します」

 

 お世辞にも政治には疎い冷泉天皇の代わりに、国政を執っていた臣下の一人による、その術式を自分の為に使わせる為の、名誉と役目の授与、人の派遣、そして手紙。

 

「…ふむ」

「……だんなさま、内容は?」

「どうも藤原の者が謀略の一環にお前の術を使いたいらしい。報酬は藤の者として名を連ねる権利だそうだ」

 

 即ち、妻を呪詛師から呪術師に戻す証に土地の名を合わせた「傀塚」の苗字と郡司の役職……そして、一地方の傀塚家に与えるものとしては破格の呪術的戦力‭─‬‭─目代「照尽」の派遣であった。

 

 






 招虎
 今作独自の術式。
 指定した福とそれを阻む難を同時に招く。不幸な身であるほど効果はより強力となる。
 元来のランダム性と縛りにより、影響範囲は最大で日本全土まで選出対象内だった。
 婚約後は幸福により山5つ程度まで縮み、難として縛られた黒鬼もその範囲のどこかを彷徨う事となった。

 幸福を賜れる程に、招いた災難も近付いて行く術式。

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