呪具:一族列伝   作:何処にでもある

23 / 44


 体質「呪霊病」
 呪霊操術の術師が発端の病。罹患すれば49日掛けて呪霊へと変ずる。
 死んで呪霊になっている訳ではなく生きたまま呪霊になっており、この病に罹っている間は呪力の宿った攻撃で死んでも必ず呪霊となる。
 呪霊に変わり切ると呪霊操術の術式に取り込まれる為、病に伏す者が多いほど加速的に術師が強くなる。




1215年 気息奄々・開封

 

 

 1215年。

 日下部が医者として呪術界に名を広めてから四年後。

 遂に鎌倉政権が倒れ、政治的にも内乱ではなく戦国時代として認められた頃。

 

「……うし、ここまで逃げれば大丈夫か?」

 

 日下部は術師に追われていた。

 

「クソ、花子の奴より抑えてたってのに……欲目掻いちまった」

 

 と言うのも、日下部は医者として優秀に振る舞い過ぎたのだ。

 非術師に対してもさる事ながら、呪霊病は当時の術師にとって深刻かつ恐怖の対象であった。

 

 誰も手出せない平安京。その親玉である呪霊を統べる()()

 

 それを治せる者が現れればどうなるか? 当然奪い合いに発展する。

 捕まればどうなるかは加茂花子によって示されている。

 日下部は程なくして逃亡者の身となった。

 例え加茂程ではなく厄介な術師を倒せる切り札程度の存在に過ぎずとも、術師の戦場に再び立つのはごめん被るというもの。

 命を落とす危険があるならば、日下部は躊躇なく今までの立場を捨てられる性格であった。

 

「しっかし何処に行くか……西に居ては捕まるし、東は鎌倉が落ちて荒てる……いっそ京都に住まうか?」

 

 呪霊病の大元が住まう(みやこ)

 かつて宿儺によって滅ぼされ、数奇な出会いを辿り蘇った(いにしえ)の都市。

 豪速球にそこの親玉に喧嘩を売る様な行為ではあるが、逆に言えば1番高く自分を売れる相手でもある。

 現状唯一の対抗手段が自ら従いに来るのだ。交渉の目が決して無いとは言えない手札が、今の日下部の手元にあった。

 

「医者は失敗したし、これからは商人としていっちょやってみるか。最近は特に戦争が多い。飯も武器も需要は幾らでもあるだろ」

 

 平安京で呪霊を統べる姫君とやらの傘下に入り、(あきな)いで日銭を稼ぐ。

 日下部の手元には医者として働いた分の金がある。

 慎ましく生きれば一生困る事はない程度の資産……後は多少の贅沢が出来る分を適当に稼げば満足出来る。

 

 以前より日下部の将来の展望は明るくなり始めていた。

 

「うし、そろそろ平安京に……」

 

 無論。

 

「‭─‬‭─お前が日下部だな?」

 

 追手を振り払えればの……話ではあるのだが。

 

「城代から生け取りのお達しだ。大人しく従うならば手荒な真似はしない」

 

 朝焼けの山道に現れたのは黒い忍装を纏った男。

 額の印から伊賀の手勢。纏う呪力からして一級相当。

 周囲に何人隠れているかは……最低、17人。

 日下部は手を挙げ、抵抗しないというポーズを取る。

 

「あー…この際なんでとは言わんが、医者が本分な奴に一つ聞かせてくれ。たかが術師一人の対策に使えるってだけでそこまでやるか? 所詮一人だろ?」

 

「……いいだろう、教えてやる。

 "戦に有用な術師を呪霊に変え、手勢にする"。

 戦場が非術師だけの領域だったならばお前もこうはならなかっただろう。

 だが現実は違う。一騎当千の駒は千の(つわもの)よりも価値があった。

 戦を変える存在(ゲームチェンジャー)を手に入れた者が勝つ……それを奪う者は、奪うのを阻止する者は必ずや手に入れなければならない。"手にしなければ何が滅ぶ"のだ、こうする価値はあるだろう」

 

「……あー、お前さぁ」

 

 忍びにしてはやけに口の軽い者の話を聞き流しながら、日下部は逃走経路を見出した。

 時間と共に忍びが集まって来るが……術師の数は増えていない。非術師の忍者ばかりだ。

 ならば時間は向こうの味方ではなく、鉄鷹を飛ばしている日下部の味方だ。

 

「そんなくっちゃべってよく忍者やれたな? 井戸端会議してるババアかよ」

 

「…………某の術式は"呪力の隠蔽だ"」

 

「は? この卑劣漢マジか」

 

 忍者が小刀を抜く。

 "それを合図に、忍者軍団から呪力が立ち昇った"。

 無駄話による時間稼ぎは十分。

 25人の術師の忍びが日下部に襲いかかる。

 

「集団にて御免! 暴れてくれるなよ!」

 

 呪符「蔭藪の友」

 事前に印を付けたものの呪力を隠す事に特化した呪符。

 伊賀の里に伝わる秘伝の呪符であり、主核となる一辺50mの巨大な札の術式を受ける事でその効果を受け取る‭─‬‭─擬似的な相伝術式。

 喋る事で解呪されるそれは、対術師において最高の不意打ちとして機能する。

 即ち‭事前に備え構えていた─‬‭─。

 

「「「「「「「「"影格子"」」」」」」」」

 

 隠蔽にリソースが割かれてない、"全力の結界術の行使"。

 一級相当の術師25名から繰り出される、かつて結界術の名門であった"傀塚家秘伝の拘束結界"。

 "影に沈め生殺与奪を奪う影法の一種"。

 発動すれば最後、自身の影になす術もなく呑み込まれる確殺となる手札が一枚。

 

(よし、後はさっさとズラかろう。既に"アレ"の術式範囲なん……)

 

 任務の終わりを確信する。

 これまで何度も特級呪霊の生け取りを成し遂げた実績のある技。

 彼らの常識において確実な詰みを齎すそれは‭─‬‭─。

 

「‭─‬‭─あ、それ知ってるわ」

 

 "一族列伝を持つ日下部に意味はない"。

 

 刻まれた知識から解呪を行い、呪詛返しによって暴走した"影格子"が忍び達を沈める。

 影の中に浮力は無く、暴走した術は生存環境の構築を行わない。

 人が沈むのに一秒の時間も無く……彼らが暗闇の中で結末を悟る頃には、既に全てが沈んでいた。

 

「確か…元は生得術式の再現だったか。知ってる奴相手に使えば簡単に呪詛返しで死ぬ類いの縛りが組み込んでるってのはこえーなー?」

 

 呪霊を殺す事にこそ最大限の本領を発揮する傀塚家の必殺の技。

 その中で最も安直かつ術師戦に向いてない技を使い自滅する。

 日下部がそれを知る筈ないと踏んで使ったのだろうが…悲しいかな。一族列伝に刻まれた術式はそう簡単には消えはしない。

 

 被害を調べ、日下部の実力を見誤り怖気ついたか。

 結果として日下部はその後、特に追手に捕まる事もなく平安京へと辿り着く事になる。

 

 

 

 ………。

 

『見てる……見てる……』

「へぇ、案外博識なんねぇ? 呪術界隈。つまり…」

 

 視界を共有する呪霊を介して一連垣間見た者が、平安京の最奥でニタリと嗤った。

 

「‭─‬‭─ウチの事、知ってて来たってことやねぇ?」

 

 

 

 幾ら争い絶えぬ時代であろうとも、全国が一斉に争っている訳では無い様に。

 平安京は呪霊操術の使い手によって一種の安全地帯であった。

 

 いまは昔の1205年、日下部が平安京を訪れる10年前。

 言い換えれば……平安京があの世から這い上がってから183年後の事。

 世代で言えば6世代から9世代……当時を知る者は消え、文化も流行りも一通り一新され、かつての天皇住まう豊かな都の影も形も消え……後の世に蔓延るのは上辺だけ似た弱肉強食の荒れ果てた廃都があり……。

 

「なぁ呪霊さん、どぉしてウチはこんなに、世界に嫌われてるかなぁ?」

『ぎ…ぎ…』

 

「不思議やねぇ。ウチが近くに居るとみーんな病に伏してまう。なーんもしてないのに呪霊さんになってまう」

『おかさ……おか…さん…』

 

「知ってる? ウチは呪力なんて一片も操ってないし、呪霊の核なんて食べた事もない。けど…不思議やねぇ。君らはウチの支配下……誰かが勝手にウチの術式を使ってるみたいやろ?」

『一枚…二枚…三枚…』

 

「別なんやろね。呪霊操る術式と病を振り撒く体質は。最悪なのは……"病が術式に適応した事"。そのせいで私の中で「呪霊操術を手にした病」が好き勝手しとる」

 

 呪霊の姫が、荒廃した京都を踏み連れ添う呪霊を眺めた。

 当時彼女が4歳の時。平安京の人口を半分を占めていた術師を全て呪霊に変えた"最悪の呪詛師"。

 その名を手にする事になった、始まりの日であり。

 

「もっと最悪なのは、病の根絶とウチの命が絶えるのが同義である事。感覚で分かるのが不愉快やね。ウチが自殺も出来ない雑魚の性根だって事をよーく分かっとる」

『花…私のお花…』

 

 不完全な若返りを繰り返し、老体になって尚死に際に粘っていた加茂花子が、自身が手を加えた病によって死んだ日であった。

 

「後は分かるやろ? 詰みや。死ぬでウチ」

 

 それから10年。

 彼女の予想に反し誰もその首に刃を届かせる事が出来ないまま、今に至る。

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

 平安京が死んで、安全地帯が生まれた。

 その原因は全て呪霊の姫君のせいか?

 

 存外、そう言う訳でもない。

 

 確かに止めとなったのは彼女だが、それ以前の問題が平安京にはあった。

 端的に言えば術師と非術師の人口比の逆転。

 

 "蘇った平安京の民がほぼ全員呪術師となったこと"。

 

 曲がりなりにもあの世から帰還したのだから無理もない話だが……世代を重ねていずれ元の比率に戻るかと思われた術師化の現象。

 それは加茂花子が産み出した桜灰病の変異型が平安京に根付き、風土病となった事で風向きが変わる事となった。

 

 "蠱毒の再演"。

 

 現象として名付けるならばその様なもの。

 

 ……戻りはした。

 

 術師と非術師の人口比率自体は時を重ねて……最後は呪霊病の蔓延により元通りに収まった。

 しかし汁物を煮付めより味を濃くしていくかの様に、術師の術式と呪力、才能は数を少なくする程に高みへと上り詰めていった。

 

 かつての蠱毒の儀式、破壊されて尚残った物。

 加茂花子はあくまでも儀式を蘇生に最適化させただけに過ぎず、儀式の終わりを明確に定めていない。

 崩壊していく儀式はしかし、蘇生された術師等の繋がりを通じ歪んだ形で再構築された。

 蘇生の際に持ち込まれたあの世からの残穢。加茂花子により変異させられた桜灰病。

 お互いを補う様に補完した「それ」は、長い年月を人の身体の中で酒の様に熟成され……一つの生命として完成しようとしていた。

 

 しかし、それだけ長い時間が有れば誰かしら気がつくというもの。

 このままではいずれ誰にも手を負えられない者が産まれる。

 それが悪人であったならば、宿儺の再来となる。

 かつてそれを悟った禪院家は平安京の術師を取り込み、加茂家は各地に散らす事でこの"毒"を薄めていった。

 

「けどなぁ、皆してとんと忘れてたことがあんのよ……"呪霊もあの儀式の対象"だったってねぇ?」

 

 毒は薄まった。しかしそれは"全体の半分にも満たない"。

 過半数の毒は時間を経て遂に不完全に完成し、当時の象徴とも言うべき存在を産み落とした。

 

「お初に。ウチは古き時代の落とし仔……なりなんなりと、皆からは好き勝手に呼ばれてはります。これからおおきに……になるかは、どないやろねぇ?」

 

「………どうも」

 

 名無しの孤児。それが14を数えるまで死に損ねた。

 「呪霊操術」の担い手にして、完成した「桜灰病」の感染源という特異体質。

 「呪霊操術の術式を所有する病」の"呪核"として成立した‭─‬‭─"特定疾病呪霊の人間版"。

 

 一つの病から産まれた負の感情が寄り集まり、なんの因果か人として産まれた者。

 

「さて、本題。ウチを殺しに来たん? それとも……助けに来たん? お医者さん」

 

 今日に至るまで最大限、力を抑えて生きて来た。

 縛りで病の活動域を狭め、呪霊化まで猶予を待たせ、最大限非術師の邪魔にならないよう日陰に隠れて生きた。

 それでも病はそれら縛りを逆に利用し、逆に活動範囲を広め、病としてより進化を遂げた。

 

「どうだろーな。寧ろ助けて欲しいから来ただけだったりして」

 

 呪術の申し子にとって呪霊を抑えるのは容易な問題だった。

 しかし……彼女に医者の才能は何一つ存在しなかった。

 何より孤児だ。呪術師としての才が常人相当まで知能を押し上げようと、知らない事の方が多い。

 知識に限界がある以上、取れる行動も理論値には程遠い。

 結果として、病の暴走を止められずに今に至る。

 

「そりゃ不思議やねぇ。ウチは誰も助けたりしてないのに。ただ生きて、息してただけよ? 頼りにならへんと思うけどねぇ」

 

 平安京に一歩足を踏み入れた途端、この者は日下部に話掛けた。

 既に呪霊が囲んでおり逃げ場はない。

 彼女の気まぐれ一つで死ぬ。

 

(やべー想像の千倍やべー。逆に冷静になるわこんなの。呪霊病が主格の術式だと思ったら数百"万"の呪霊に囲まれたわ。しかも全部元術師のバカ強い奴。……これ全部呪霊病で死んだ連中ってマジか。この時代どんだけ居たんだよ術師)

 

「ほら、ウチって居るだけで半径1kmの術師は感染しかねんし、平安京に足を踏み入れたらもう確定やん? 非術師相手ならウチの任意で防げるんやけど……あの忍者さん等もそれ知っててお医者さん捕まえに来はったのに……残念やったねぇ。"知ってるだけで呪詛返しになる祝詞"を知られてたんだから」

 

「覗き見かよ。いい趣味してんなお嬢ちゃん」

(幸い俺にお陰で病は効かない。治療した時の抗体を自分に打ち込んだからな。問題はそれ以前。勝てる見込みが思った以上に何一つない事)

 

 出待ちされていた時点で千里は容易く見通せるのだろう。

 大方呪霊化した術師の術式か。平凡(バニラ)なそこらの呪霊よりも術式持ちが居る確率の高いのが術師だ。

 それが数百万……人口を考えればこれだけの術師が居るのは思えない。非術師を含んでいたとしても無理な以上、分身か何か持っている呪霊が居ると見て良いだろう。

 それで見積もり直しても平安京の人口を考えれば…その半分が呪霊として取り込まれたのならば、最低10万は居る。それ以降の活躍も含めれば12万。

 その中の大半が術式持ちだと考えれば……一つの意思の元活動する点を含めて、やはり勝ち目はない。

 

「出る釘は打たれるってね。そんな事しちゃ俺みたいに逃亡生活真っしぐらになっちまうぜ?」

 

「ウチは寧ろ、誰でもいいから打って貰いたいねぇ。ほら、ウチって誰彼の後ろも歩けへん女な訳やし……ウチは普通が良かった。ホント、淋しゅうて泣いてまうわぁ」

 

 ヨヨヨと、痩せぎすの女が泣き真似をする。

 誰とも関わらず、一人しみったれた顔をして過ごして来たのだろう。

 化粧も服装も流行とは無縁の珍妙な……本人の感性なりに洒落込んだ、何処か南蛮らしさすら感じる格好と……変な感じに狂った大阪なのか京都なのか不明な喋り方をしていた。

 

 それは遠い未来で言う、和洋折半の着物とスカートを合わせた服と、歌舞伎のような朱の隈取りと、ギャル口調のそれに近かったが……時代にそぐわ無ければ、一つの時代を創ったであろう天性の感性の持ち主も、奇天烈な奇人でしかない。

 

(……所でなんでコイツ髪を金に染めてるんだ。いや朱の隈取りはカッコいいとは思うが……ってそうじゃねぇ)

 

「で、殺しに来たか助けに来たか……だったか。答えは"助ける代わりに助けて欲しい"だ。お嬢ちゃんと仲良くしたいから何か欲しいものを言ってくれ。"俺に出来る事なら、出来る限り叶える"」

 

「えぇ?……ウチは誰かとお話出来るだけでも超嬉しいし、お友達料とか好きやないんやけど…うーん、あんさんは何が出来るん?」

 

 元々人と関わるのが楽しく感じる根明の性分なのだろう。

 彼女のその言葉には何一つ嘘は混ざってい無いように聞こえる。

 だが……そんな反応に反して日下部を取り囲む呪霊の警戒は未だ解かれていない。

 

「……幾つかあるが…お嬢ちゃんが1番求めてそうなのがある」

 

「へぇ、なんなん?」

(はぁ…嫌やねぇ。こんな時にもお客さんへの警戒を解けないなんて。なーんも気にせず話したいのに殺気立ってまうなんて。そんなして仲良くなれる訳ないのになぁ?)

 

 彼女の中に眠る呪術師としての才能がそうさせるのだろう。

 人を殺したくない、穏やかに過ごしたい、誰かと話すのが楽しい。

 

(でもなぁ…大方仲間にさせてとかその辺りやろ? 護らんといけん人が居るとウチが死にやすぅなるからなぁ。羂索さんは相当強かったし、それ以上の実力者が居ないとも限らない。可哀想だけど断るか……いや、病を治すし殺した方がええかな?)

 

 それはそれとして殺すべき者は殺す。

 緊張の糸を決して弛ませず、本能的に負の感情を保ち続けてしまう。

 

「だが、これは俺的にはかなり開示するのに勇気が居るし、「コレ」を実効するにはお嬢ちゃんの協力が必須なんだ。無理ならそう言ってくれていい。そしたら俺は全力でお嬢ちゃんを殺しに行く。……そのくらい大事な情報だからな」

 

「へぇ、つまりウチが嫌なら死ぬって事? 勝ち目が無いのに挑まなアカンって大変やねぇ?」

(ダメやなぁ、脅し過ぎた。命賭けてきよって……呪霊病が治ったらウチ死ぬし、殺そうかなぁ……いやいや、殺すのはダメやろ)

 

「そうだ」

 

 呪術師として当たり前の事すら、自己嫌悪する程嫌う。

 才能に振り回された人生だから、才能を憎む。

 それはそれとして、殺し方の算段は立てる。

 そんな二面性が切り替わろうとする瀬戸際で。

 

「"その病の制御盤になる呪具を渡せる。代わりに俺達は婚約する必要がある"」

 

「‭─‬‭─‭─‬ハァ?」

 

「"勿論子供作って老後まで共にするって話だ。建前や見せ掛けじゃ「コレ」の受け渡しはできない"」

 

 完結しない情報が‭─‬‭─‬それこそ一瞬呪力の練りを忘れる程‭─‬‭─。

 

「‭─‬‭─はぁぁ!?」

『ワタシノォハナァァァァ!!!!』

黙っとれ

『‭─‬‭─はい』

 

 ……呪霊の制御が一瞬消える程動揺し。

 迷いなく日下部を呪霊が襲ったことにより正気を取り戻した。

 

「"「一族列伝」って呪具だ。本来なら一人しか使えない。だが生涯共にする伴侶に限り、この呪具は支配権を共有し活用出来る。これを使えばそんな体質は簡単に消せるし、制御さえ出来る"」

 

 続けて行われた解説に思考を回す。

 なるべく冷静に、衝撃でほてった顔を仰ぎながら尋ねる。

 そう言う目で見てなかったが、改めてそう言う目で見るならば日下部は彼女の性癖圏内だった。

 それがどうしたという話であるが、日下部は塩顔よりの草臥れた雰囲気を纏う28歳のおじさんだった。彼女はこういう何処か情けない感じの男に弱いのを、今日初めて自覚した。

 

「……根拠は?」

 

「"そこの呪霊。コレの前代所有者だ。ソイツはコレを利用して若返りを他者に施してた。つまり、これはそれだけの力がある"」

 

マ?

『…………"は…ィ…その通……りです"』

「はぇ…術式の影響下なのにここまで抵抗してるなんて。ただ精神つよつよなだけじゃああらへんね。"枯れとる"。呪具使う為の縛りに他言無用が含まれとるやろ?」

『が……ァ…‭─‬‭─』

 

 命令に従って証言した呪霊が寿命を迎え萎む花のように枯れ果てていくサマを見て、日下部に尋ねる。

 縛りに背けば命を落とす程の呪具……それ相応の品物であるのは間違いないらしい。

 

「"そうだ。婚約相手への告白や幾つか例外処理用の縛りを結んだ相手なら喋れるが、それ以外で公言するのは……見ての通りだ"」

 

「へぇ、原理は?」

 

「"遺伝…肉体の構成を組み直すんだ。その病の体質が消えるまで歴代達の肉体に置換する。自我の変形は心配しなくていい。その手の対策は過去の所有者によって用意されてる。……この呪霊の数だ、適当に何百体か呪力に還せば先ず成功するだろう"」

 

 第三者による証言。それも前歴は中々の術師の言葉。

 その肯定は日下部の言葉の信用を増させた。

 原理も朗々と彼女に理解出来る範疇で説明されている。

 肉体を変える本能的嫌悪感は兎も角、可能である確信が深まった。

 彼女の天秤が肯定に傾く。

 

「うんうん。言うだけはある呪具やね。いや、ようウチに生殺与奪を預ける気になったな?」

 

「"何もせず殺されるよりマシだろ? 勝ち目が薄くても零よりマシだ"」

 

「ふーん……子供は後? 先?」

 

「"婚約した時点で共有可能だ。元々子作りを助ける類いの呪具。後回しでいい"」

 

 眉唾な内容なのは前提として。

 術師が他者間の縛りを用いてまで命を賭けたとなると、信憑性はあるのだろう。

 

 少なくとも試してみる価値はある内容だ。

 もし……本当に治ったならば、子供の一人や二人は産んでも安いくらいの恩。

 彼女としては産まれてからずっと苦しめられた体質だ。それだけのものを返す価値はある。

 

「……"ええよ"。誓ったってもな。けど、"無理だったら殺させて貰う"よ。守るべきものは弱点やもんねぇ?」

 

「‭了解─‬‭─"契約成立"だ」

 

 片や命拾いしたと安堵の息をして、片や仄かな期待を持って合意する。

 其々の感情と理性、損得の合理と博打の話し合いが終わり……"契約"が交わされた。

 

「‭─‬‭─お?」

「むしったりするなよ、それが一族列伝だ」

 

 変化は直ぐに起きた。

 日下部の頭部から生えていた白い彼岸花が枯れ、新たな芽が生える。

 それと同時に彼女の右斜め上の額から四つの菱形の花弁で造られた白い花が咲いた。

 一族列伝が所有者の伴侶に共有する管理権、その印となる無銘の花だ。

 

「おー…おー? おっ……わぁ凄い! タメになるものが仰山(ぎょうさん)ある!」

 

 困惑し、その効果を理解し、深く接続し、その内側に保管された生得領域と知識を閲覧し‭─‬‭─彼女は想像の数倍価値のある呪術の真髄の山に素直に驚愕した。

 

「はぇー……呪力の感覚自体を後追いさせるんか! そうやもんな、呪力は感覚の世界。理屈で説明出来るもんやない。生霊が取り憑くように、過去の記録を追体験出来る…! はぁー…進んどるな…外の世界は…!」

 

 憑依体験。勿論肉体や呪力の質が違う以上完全な参考……最適解にはならない。

 しかし呪力操作、結界術、式神、様々な特殊技術に黒閃を撃った感覚……反転術式こそ納められてないが、それらの動きは必ず通ずるものがある。

 その中には死に触れた記憶(傀塚白金の第二冥府封印工程)もあり、人によってはそれだけで反転術式に目覚める事が出来るだろう。

 

「なるほどなぁ……そりゃあこんな病の一つや二つは治せるわ。実質術式幾つも持ってるようなものやもん」

 

「だろ?」

 

「けど不思議やなぁ…これなら日下部はん、"ウチ殺せた筈よな"? なんであんなにびびっとったの?」

 

 高みに至った術師の景色を味わい、この短時間で彼ら彼女らと同等の領域に至った彼女が言う。

 どんなへっぽこな術師であろうと、最低でも歴代と並ぶ実力を得られる呪具。

 そんな物があるというのに、何故そこまで弱いのか……いや、弱いフリをしているのか。

 

 彼女には到底理解出来ない事だった。

 日下部は言う。

 

「はぁ…あのなぁ、俺はお嬢ちゃんみたいな才能はねぇ。元非術師だぞ俺。これは1を100にも1000にもするが、0は10が関の山なんだよ」

 

「ふぅん……そういうものなんやねぇ」

 

 日下部は一族列伝の所有者で唯一、元々呪力が存在しなかった非術師だ。

 どの様な挙動であれ彼が最初の事例。どうなろうとそうなる物として受け入れる他ない。

 その理屈に彼女は"10になったならそこから発展できん?"と考えたが……追求はされずに放棄された。

 どうあれ追体験した彼女は日下部の一人や二人、容易く護れる実力者になった。

 例え並び立って戦えなくとも問題ない。そもそも呪霊操術は前線に出なくても良い類いの術式なのだ。凶刃など、襲い掛かるまでに叩き落とせる。

 

「ほいじゃ、サッと終わらせよか……日下部のにいちゃん」

「日下部でいい」

 

 彼女はほあっとした顔で不意を突かれた様な顔をして、それから照れ臭そうに…或いは意地の悪そうな顔で日下部を下から覗いた。

 

「…ぉーぃ、ウチも"日下部"やで?」

「‭─‬‭─ば!?」

「えへ…仕返しぃ…ま、ま、ま! 見守っててな!」

「照れるならやるなって…」

「最初仕掛けたんは! にいちゃん! ウチは返しただけ!」

 

 

 ……閑話休題。

 

 

「えっへん……終わったらお互い、下の名前を考えよ! もち、お互いのな?」

「はぁ…分かったよ。確実にやれよ」

「心配なさんな! 今のウチなら楽しょーやもん!」

 

「呪いの病に決着を‭─‬‭─"領域再現" "縛り締結"。

 列伝、赤血操術の再現‭もしいや─‬‭─"毒性抽出"」

 

 何十体か呪霊を生贄に再現した赤血操術で自身の7割を構成する呪霊病を抜き取り、欠けた部位を赤血操術と一族列伝の肉体再現で補おうとする。

 想定より抽出される肉体……7割もの肉体が剥がれた事に驚愕するも、呪力として呪霊を追加還元する事で達成。

 

『ア…ア…ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!』

「"強制術式反転 憑依"」

『みぎぅぁぇぇぉあなギャァァァァァ!!!!?』

 

 そして分離して暴走を始めた呪霊病に対し、元々「自身を分けた生霊を憑依させて操る術式」持ちの術師だった呪霊を用いて、"病を無理やり呪霊に憑依させた"。

 強制的な肉体の付与。数秒後には魂の圧裂により崩壊する状態。

 

 "この数秒間、呪霊病は呪霊操術の術式対象となる"。

 

「ぶっつけ本番‭やけど─‬‭─"渦潮 葬火の灰 虚星"‭─‬‭─"極ノ番 うずまき"」

 

 歴代の術師を追体験し、そこから着想を得た呪霊操術の新たな領域。

 幾万の呪霊を混ぜ合わせ極限まで高めたエネルギーを産み出せるそれを‭─‬‭─"呪霊病を押し潰す形で構成する"。

 

「曲がりなりにも十四年連れ添った肉片。実態がある以上圧縮すれば、そこに残るんは魂の熱だけやない。"圧縮生成された金属"! お前の死に顔はそれや!!」

 

 呪霊の魂を圧縮。熱に変換し呪霊病そのものを、自らの腕を燃やしながら溶かし固めていく。

 

『ヤ"ァァァァメ"ェェェェ!!!』

「ぐ…ぎぃ…! お前だけは…絶対逃さん…!」

 

 病である以上塵一つ、周囲一帯残さず消さなければ終わりはない。

 病を全て集め、それら全てを消す。

 言うは易し、行うは至難の所業。

 

 そこで最初に行ったのは一族列伝に記録された領域の再現。

 加茂花子の生得領域。

 "自らの血とそれに触れた事のある物を操作する領域"。

 病は必ず血を媒介に肉体に広がっていく。

 その領域主となり、呪霊病を全て領域内に持ち込んだ。

 

『"しぃeばぃぁリィィィィ!¡!¡!"』

「ッ‭─‬‭─呪霊追加! 限界突破! 圧縮を加速せぇ!」

(変異を繰り返して現状に適応する気か! 縛りはその加速目的! くそ、コイツはウチ! 列伝の情報から対処法探してきおった! 幸い呪霊操術はウチが握っとる、変異より速くぶち殺し‭─‬‭─‬ッ!!)

 

 次に行ったのが"極ノ番 うずまき"を利用した圧縮、一点に集まる引力を用いた病の集中と熱による消毒。

 しかし呪霊病はこれに抵抗。

 ただの病であれば一瞬で圧縮された鉛筆の芯がダイヤになるかの様に金属となる所を、魔虚羅を参考に適応進化を開始。病という肉体構成を放棄し、一つの生命体としての進化を開始する。

 

「いやそうか、お前の、本性は‭─‬‭─!!」

 

 実の所。

 

 呪霊病は呪霊操術に相乗りする病ではあるが、それとは別に人体を捕食し同じ役目を努める機能がある。

 彼女が病を自分自身と本能的に理解したのは、この特性により人体の7割を病に握られていた為。

 病が発信した信号により、理屈を越えて理解させられていた。

 これが進行すると完全な呪霊となり……呪霊病が死に方に関わらず呪霊に変ずるのはこれが原因である。

 

 進行が進むほど感染者を喰らい、成り変わり、まるで本人から派生した呪霊であるかの様に振る舞う。

 

 「呪霊病」なぞ世間が示した不正確な名称。

 その本性はウイルスが呪力と合わさり進化した、人に成り変わる寄生病霊。

 

 一個体となったそれにより正確に名付けるならば‭─‬‭─特級呪霊『袋蟲』

 

 呪霊の新たな可能性。

 非術師すら術師に変え、呪霊に変え、病に変え、より多くに被曝する。

 存在してはならない、放って置けばいずれ全ての人を自身達に入れ替える霊的生命体。

 

 

「"お前が生き延びんのは「許可」しないィィィ!!!"」

 

 粟栗(あわぐり)立つ肌、感情により一層呪力が高まる。

 呪言を持つ呪霊を、強制契約の術式を持つ呪霊を、邪眼を持つ呪霊を、金縛りの術式を持つ呪霊を……手持ちの妨害を行える手札を総動員し進化を押し留め、そしてうずまきの燃料に変えていく。

 

 それもそうだろう。袋蟲によって支配下に置かれた呪霊は"全て呪霊病に他ならない"。

 放って置けば感染源となり、仮に「コレ」を殺しても無意味と化す。

 今回気付けたのは奇貨であり、今回を逃せば必ずや袋蟲は将来に繋がる「種」を仕込む。

 

 偶然と成り行きの不意打ちで完璧に閉じ込めた以上、逃せば終わる。

 「コレ」がどれだけ脅威かは自分の力としてよく知っているからこそ、絶対に逃せない。

 

『ギギリリリ‭─‬‭─"視肉"』

 

 適応、全三段階が内、第一段階。

 寄生生命体としての生態構造の設計完了。

 認知能力及び肉体の構築完了。

 うずまきに対抗する自己回復能力の獲得。

 

 呪霊段階の(呪霊病)に対する呪術的上位命令権の完成。

 

「‭─‬‭─日下部!」

「おう」

 

 まだうずまきの一部となっていない呪霊の反乱に、日下部が骸刃を展開し抑え込む。

 呪霊操術と相対するに当たって用意された千の死体。

 道中の合戦跡地から小さな刃として保管していた、兵の刃。

 

「悪いが詠唱諸々は見てる間に終わらせてんだ─‬‭─"骸刃"」

 

 呪霊と撃ち合っていた刃が急加速し、辺り一片を切り伏せる。

 飛び交う数万の呪霊の霊体。

 死んだ者や瀕死の者はうずまきへと吸い込まれていき‭─‬‭─"その倍が補充された"。

 

「縛り‭─‬"この開示で術式は強化されない"!

 日下部! "ウチの呪霊操術は取り込んだ呪霊の複製が出来る"! 倒すなら同じ奴を一斉に切らな!! けど"複製は呪力を使う"! 限界はある!」

「了解! 病の特性を最大限活かしててヤんなるな!」

 

 病が最も得意とするのは自己複製(コピー&ペースト)

 その要素が根幹に組み込まれた「呪霊操術」には当然、呪力を注げば同じ呪霊を増やす機能がある。

 初期段階で妨害系の面倒な連中をまとめてうずまきに注ぎ込んだ為まだマシだが……単純な戦闘能力持ちは後回しである。

 そして"同じ術式、同じ思考を持つ呪霊の集団"とくれば自然と‭─‬‭─。

 

『『『『『『『"研磨" "伸刃" "刀剣抜刀"』』』』』』』

『『『『『『『獣変呪法 "鵺"!!!』』』』』』』

『『『『『『『"延焼呪法"』』』』』』』

 

「ちぃィィィィ!!」

(どうしてこうなった! 本気(マジ)で! いや今は目の前の事! うずまきのお陰で殺し切る必要はない。ある程度傷付けて渦に引き込ませるのを意識しろ!)

 

 一級術師で構成された軍隊が如きもの。

 事前に強化を重ね、千の刃を振るい、うずまきの吸収掃討でどうにか……不利よりの膠着状態。

 複製に限度が来たのか呪霊の数は減少し、彼女の慣れによるうずまきの速度上昇を差し引いても尚‭

 

 ─‬‭─適応一つでひっくり返る物。

 

 

『‭─‬‭─"聚肉"』

 

 

 第二段階。

 呪霊操術に対する免疫能力獲得。

 現環境(熱/圧縮)に対する耐性獲得。

 呪胎形態に移行。

 周囲の呪霊を呪力を経由し自身の肉体に変換。

 

 "(呪霊段階)を喰らう「浴」を実行‭─‬‭─適応加速"

 

 

「‭なッんで‭─‬‭─!?」

「……諦めるな。それだけ相手も焦ってる……殺し切るぞ」

 

 呪霊操術の支配下に居た全ての呪霊がうずまきに吸い込まれ、一体の呪霊の贄として捕食されていく。

 本来ならば拡散し増殖する呪霊化の病。

 それを一点に濃縮した末、遂に『袋蟲』は呪霊操術を克服し生誕した。

 

『イイ気分ナァ……世界ニ祝福サレテルッテコウイウゟヤネェ』

 

 

 最終段階、到達。

 

 

『"太歳星君" 之カラ大キニ…ニナルカハ……ドナイヤロネェ?』

 

 

 凶星が‭─‬‭─輝き始めた。

 

 






 特級呪霊『太歳星君/袋蟲』
 今作独自の特定疾病呪霊。
 桜灰病を始発点に絶え間なく変異と進化、呪力への適応と儀式への相乗りを繰り返した病の終着点。
 病であり、呪霊であり、獣。
 自身を一点に集中させた太歳星君、病として拡散する袋蟲の二形態を持つ。
 多彩な能力を持っているようだ。


 とある孤児
 今作独自の呪霊操術持ちの術師。
 平安京に残留したある儀式により生誕した。肉体の7割が病其の物。
 術式を使う程呪霊病の進行が加速していたが、全く使わないので14歳まで生き残った。
 生への嗅覚がある生粋のサバイバー。最近日下部の苗字を貰った。
 代わりに手持ちの呪霊が全て消えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。