呪具:一族列伝   作:何処にでもある

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 獣変呪法
 今作独自の術式。
 肉体を別の種族の物に変えられる。
 変化(へんげ)は可逆であり、霊的存在は対象外。
 変身前の身体的特徴が何処かしら残り続ける為、変身先を増やす程鵺のような姿となり……肉体が歪んで短命になる。
 仮に人と兎だけでも一年も生きられない。最大限活用するなら一戦闘で次々と変身する切り札スタイル。
 変身先、残したい特徴は任意選択可能。変身先を増やす程呪力総量が加算されていく。

 縛り次第で他者を対象に出来る。




1370年 六代目 変化物怪談・玄冬

 

 

 1370年。

 過去の呪いが一通り巡り終わり、絶えない戦に人々が適応し、鎌倉から室町へ、室町から戦国時代に移ろい、次第に呪霊の姿も少なくなってきた時期の事。

 

「フ…クンクン…ワフ」

 

 120年前に天皇が平安京改め京都へと帰還して以来、何処か腑抜けた空気が抜けない東京の端も端。

 藁葺き屋根と木の屋根、稀に瓦の屋根が点在するだけの、殆どが水田ばかりな町の裏道。

 一匹の白狼が野垂れ死んだ鼠の死体を前に食べるか否か躊躇していた時の事であった。

 

「ワフ…? フン…!?」

 

 頭がムズムズし、痒い痒いと前足で耳元を擦ればあら不思議。

 其処には白い彼岸花が我が物顔で咲いていた。

 いや…。実際に咲いている姿は見た訳ではない。

 ただその花から送られてくる情報から、恐らくはそうなのだろうと狼が思い至ったに過ぎないだけだ。

 

「……ン?」

 

 しかしと、狼は此処で疑問に思い当たる。

 どうやらこの花は「人間」だけが手にする資格がある物らしい。

 しかし……狼は、"狼"だ。

 産まれた際の記憶は朧げとはいえ母親は狼であったし、自分も産まれてからずっと狼として生きて来た。

 毛深い身体、細長い口元、人間とはかけ離れた四つ足の獣。

 今でこそ狩が楽だからと街の隅で人に(こうべ)を下げぶらついて生きているが、自分を人だと思ったことは一度としてない。

 

「ワフゥ……クゥン?」

 

 そりゃあ人里暮らしですから、他の狼よりは感情豊かだとは自負しております。

 しかし自分は人の言葉を理解していた訳でもなければ、社会の一つになった記憶もありません。

 ですからこれは何か手違いではないでしょうか。

 

 そう思えど、花は何も返事を渡しはしない。

 仕方ない。時間の都合で五代目はお喋り機能の実装を見送ったした。

 其処にあるのは淡々とした機械的な動作のみ。F&Qなんて便利な要素は実際されておらず、新規機能は狼でも使えるような思考入力と制限のみ。

 知りたいなら手探りでやる他ないものだ。

 

「ハグハグ……ゲフゥ」

 

 仕方ない。どうあれ貰ったからには有効活用すべきであろう。

 幸い呪力や術式には目覚めてるみたいだし、ネズミは美味かった。

 頭に花が咲いた狼とは一風変わっているが、狼界隈最強になれるとなれば多少のヘンテコは眼を瞑ってやってもいい。

 

「……グルル」

 

 狼はコレまでの所有者の例に漏れず、何処か呑気な性格(タチ)だった。

 最強などどうでも良く、今を生きる為の飯と寒さを凌げる毛並みさえあればいい。

 後は立派な雄を捕まえる事が出来れば僥倖か。単純な野生の世界の理である。

 

『寒い…寒い…』

 

 そうして寒風吹き荒ぶ畦道を通りいつもの寝床に帰ると、これまで見たことも無かった呪霊が傍らに居た。

 一族列伝は所有者を一端の術師として改造する。これまで非術師であった狼も例外ではなく、その脳みそは術師のそれへと変化した。

 

 枯れ枝のように細く柳のように黒髪を垂れ流す細長い呪霊。

 弱そうな見た目でも見える呪力からして三級程度はあるだろうか。

 この者を中心に冷気と風が発生している事から術式もある。

 

「ガフ……」

 

 これまで此処で眠っていたから分かる。此処の中心部は丁度冷気も風もない穴場だ。

 そのカラクリが呪霊が行使する術式であったのは想定外。

 しかし狼には除祓する義理もなく、折角の冬を越せそうな場所を消すつもりもない。

 

『見てる? 誰…えっい…犬…?』

 

 しかし……術師となった狼は、呪霊をすり抜けられなくなった。

 基本の話。呪力を持たない物は呪力をすり抜ける特性がある。

 低級呪霊が壁抜けを行うように、人間以外の動植物もまた低級呪霊をすり抜ける。

 それらが術師に変わればどうなるか。"これまで使えていた物が使えなくなるのだ"。

 

「"バウ"」

『えっ‭─‬‭─』

 

 バチュン!

 

 仕方ないので狼は呪霊を祓う事にした。

 鳴き声に呪力を乗せた"擬似的な呪言"。

 非常に低レベルな……それこそ4級以下にしか関係ない実力帯の話になるが、呪術的に犬の遠吠えには呪霊を祓う効果がある。

 

 これは人々が持つ「犬が夜中に遠吠えをするのは幽霊を祓う」からという話が広まっている影響で、呪術的な価値が与えられている為だ。

 川を渡った先には彼岸がある。夜中は幽霊の時間である……これはそういうちょっとした呪力の動きを強めた物。

 

「ハッ…ガゥ」

 

 この挙動を利用した者は何もこの狼が初めてではない。

 歴史上「変化の生得術式」持ちにしか関係ない話ではあったが、点々と存在自体は確認されていた。

 有名所では玉藻の前や犬神の名前が挙がるだろうか。

 マイナーだが確かに効果的な除祓の方法である。

 

「クゥン…」

 

 しかしそんな事は狼には関係ない話。

 明日を安心して迎えられる寝床が消えた事の方が重大である。

 どうするか暫し思案して……そういえば此処は呪術師の拠点近くだったかと思い出す。

 

 一族列伝を閲覧し得た情報曰く、呪術師は京都近くの本拠地と東京近くの第二拠点がある。

 東の方は主に加茂花子の星療院の施設周辺を改修した物であり……丁度、此処からまもなくの所にあるのだ。

 

「ガウ」

 

 そうと決まれば話は早い。狼は早速其処へ向かう事にした。

 あそこは天元に通じる道を隠す為に無駄に神社や寺が多い。

 その一つを借りるくらい別に問題にならないだろう。

 

「グルル……"がう"」

 

 何度か行使し、感触を確かめる。

 最悪駆除されるかも知れない冬越しの住処だが……なんの因果か、狼が目覚めた術式は変化(へんげ)であった。

 

「ワン、バウ、ガウ……‭─‬‭─"神降し(がうう)"」

 

 不完全ながら、骨格が人に寄り、歪になった構造に肉体が耐えられず死ぬのを……五代目の改造により効率の上がった肉体の再現を利用して修正し、生物として成立させる。

 使い熟せば人になるのも不可能ではなく、そうすれば人の社会に属する事も不可能ではないだろう。もしやすればこの住処に住んでても駆除されなくなるかも知れない。

 

「……ワン!」

 

 列伝無しに失敗すれば死ぬが、幸いな事に現実は気軽に練習出来る保険があり、しっかりとした神社の家があり、飯だって呪力の臭いを辿れば簡単に冬眠中の小動物を掘り起こせる。

 狼は今の生活がもっと楽になるならと、冬の間は修行に明け暮れる事に決めた。

 

「……クゥン…スンスンスン…」

 

 ……それ以外、やれる事も無かったからでもあったが。

 (つがい)も居ない野良の獣などそんな物である。

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

 ホー…ホケキョ。

 

 狼が術式を使い熟せるようになったのは、冬が明け、春の訪れである桜が咲く少し前の頃。

 気の早いウグイスが雪解けの水が流れる河辺で遊んでいた頃。

 

「がー…わー…あー……おもろ、ちょとだけ」

 

 長年本来の用途として使われないまま倉庫に変わった元星療院の屋根の上に、一人……いや、一匹の"犬の耳と尻尾が生えた女のニンゲン"が居た。

 

「けこう、なれた…きたかも。……おしゃべりは、まだむず、かしけど」

 

 「降霊術(神降し)」

 死者の情報を再現に肉体に読み込ませるのが降霊術ならば、これはより専門的かつ尖った方向に……「仮想存在」に対して特化した降霊術である。

 狼がやったのは、それを利用した「人間の正の部分の降霊」であった。

 

 …………事前に断って置くならば、コレの仕組みはかなりややこしい部類である。

 

 前提として仮想怨霊と言えば人々の負の感情と架空の存在が結び付きこの世に現れた呪霊であるが、逆に正の感情は溜まったり、架空の存在は結び付いたりするだろうか?

 

 答えは「多少はする」

 決してしない訳ではない。ただこの世に呪霊として現れる程貯まる事もなく、正の呪力が元来持っている拡散する特性により1箇所に決して留まらないのだ。

 

 負の感情は澱む特性や呪霊の存在から自然と現れる"呪力"が転じて産まれる"正の力"。

 基本的に地産地消される正の感情が過剰に生成され、尚且つ特定の空想的存在が現れる程注がれる事はない。

 理論上可能だが、それを乗り越えるにはあらゆるハードルが聳え立つのだ。

 

 しかし、決してない訳ではない。

 かなり……そう、人々の感情の流れ、そのほんの僅かな流れの隙間に、それらは漂っている。

 

 降霊術(神降し)とは、そんな「僅かにある正の呪力で創られた仮想の存在」をその身に閉じ込めて調伏したり、或いは術式が術師のポジティブな感情を掻き集めて降霊する霊を作成し、適時自身に降ろす術式なのだ。

 つまり記号の式神化…擬似的な術式の後付け…いや、この際説明の仕方を変えよう。

 

「れしゅう…うーん…"神降し"……"神降し"ー?」

 

 実例で言えば「降霊術・来訪瑞獣」である。

 狼の術式基盤はこれと同様の物だ。

 相違点としては狼は感情の流れにある空想存在を捕まえ調伏したりはせず、術式をほぼ無地(プレーン)の状態で行使している点か。

 

 本来なら自我や価値観の形成と共に完成するのが術式であるが、狼の獲得経緯は一族列伝による無作為な追加。

 元は初代の降霊術。それを変質させ、限りなく純粋な形で与えたのだ。

 つまり、身体と自我に馴染む前に使えば、不完全に発動し死ぬ状態で。

 

 普通不発に終わるのが道理の未熟な術式の行使。しかし狼は現実としてニンゲンへと変化している。列伝で治療し、強引に馴染ませた為だ。

 空想でも何でもない現実にいる人間という存在の……謂わば「仮想存在としての人間」、そのイメージに呪力を与え固めて自らに降ろす。

 術式の中身を詰める手順としては間違っては居ない。本来自然と形成される物を急速に進めるならばそれくらいは必要だろう。

 

「……わふ、なかちがう、かいめいしゆよ」

 

 過程が自らの肉体を粘土の様にこねくり回して完成させるのは常軌を超えていたものの……なんであれ、この日、狼の術式は覚醒してから本当の意味で完成を迎えた。

 

「"降霊術・北精(カムイ)"」

 

 原風景は自らに花が咲いた雪景色。

 それに因んだ名前は、なんの因果か北海の地に住むアイヌ民族の信仰対象と同じもの。

 名前は呪いに置いて重要な役割を果たす。特に初代の降霊術は情報の引き寄せに長じ、名前一つで引き寄せる条件を満たす高性能なもの。

 あの世で転生する最中の魂すら引き寄せてみせる降霊術は、正しく遠方の精霊信仰を狼の呪力と結び付けた。

 

「わっ!?」

 

 途端、狼ニンゲンの服装はアイヌの民族衣装に変わり、術式もコレまで漠然と詰めていた縛りが厳格となって術式の仕組みとして組み込まれていく。

 それは人間で言う所の4歳頃に「術式に覚醒」する物と同一であったが……眠っている時に済まされるそれを起きながらに体験した狼は、大層驚く事となった。

 

「……おどろき。すごく……とてもとてーも」

 

「…今、物音がしましたね」

 

「あ……どする…どするの?」

 

 驚いた拍子に屋根からすってんと転んだのが悪かったのだろう。

 丁度倉庫に荷物を取りに来た人の足音が段々と近づき、狼はどうしようかと耳をへたらせておろおろする。

 そこに野生らしい勇ましさは欠片も無かった。

 

 がらら。

 

「あ」

「…あ?」

 

 遂に狼が落ちた裏庭に続く扉が開き、人と狼の目が合う。

 ……数秒、奇妙な沈黙が流れた。

 静寂の中、狼の尻尾がゆらゆらと気不味そうに揺れていた。

 

「………しょぶん、は、やめー…てー…くださぃ」

 

「不法侵入発見。事情はこれから聞かせて貰います」

 

「わふぅぅ……」

 

 

 1371年。

 "人に変身する術式持ち"の不法侵入者を発見。

 数日の質疑応答と記憶がない事実から暫定的に呪術師として仮登録。

 近年発生している"術師が動物化した死体"関連の被害者、または加害者として推定。

 対象呪詛師の捜索が膠着していた事、殺害された術師の人手不足もあり、東京の術師として暫くの間監視付きで除祓を行わせる事に決定。

 

 上層部より4級術師 戌飼(いぬか) として雇用が認められる。

 

 

「たすかた! ぶぇ!」

「アホ。最近の連続殺人の被害者か犯人か分からないから泳がしてるたけだ。私の監視付きなのを忘れるんじゃねぇ」

「あ、まどち!」

 

 あわやコレまでと狼が諦めている間に人々の間で処遇は決まり、狼は今東京をぶらつく立場となっていた。

 運が良くて喜ばしいとバンザイをするも束の間に頭にチョップを喰らう。

 狼が振り返り見上げれば、其処には狼の二倍ほどの大きさの……監視役となった2級術師の姿があった。

 

「まどちじゃねぇ私は安窓(あまど)だ。……くっそ、何で私が…」

 

 長く伸ばされた髪を乱雑に後ろで纏めた、筋肉質で高身長な女。

 嫁ぐには向かない容姿だからと、偶然有った術師の才能を振るって生きている術師。

 狼からすれば柑橘類のいい匂いがするので好ましく感じる部類の人間であり……この様な監視には向かなそうな性格の術師だった。

 

「さんぽ、したくないの?」

「散歩じゃねぇ、見廻りだ。それに夜だろうが」

「よるのぶらぶら、たのしよ?」

「徘徊老人かよ。無駄口叩いてねぇで手ぇ動かせ!」

「ざねー。おかみ、あししかないよー」

「喧しいわ!」

 

 腕のみ降霊を解除して狼の四足に変えて言う狼に、安窓が頭を掻きながら天を仰いだ。

 

「どうして私が……くそっ」

「くぅ……あまどち、やなことあた?」

「……ここ最近ずっとありっぱなしだよ、クソッ」

「わふ、きかせてー? ちょとらく、なるかもー?」

「…………ウシ、何処まで理解出来るか知らんが、記憶の無いお前に現状をよーく説明してやる。耳かっぽじって聞けよ?」

「ばう!」

 

(……この馬鹿犬、感情分かりやすいな)

 

 狼のぶんぶんと振られている尻尾を見つつ、安窓は巡回ついでに狼に最近の世情を詳しく説明する事にした。

 恐らく自分と会うまで拘禁され放置されていたのだろう。最近は仕事が雑なお上の事だと考えた為に……愚痴が混ざった説明が始まった。

 

「いいか、今の東京はだな‭─‬‭─…」

 

 ……長い目で見れば、ここ数十年の呪術界は随分と穏やかな物に変わった。

 日本全土が合戦を絶えず行い続けて300年……煮詰まった戦の様相は、術師を戦場に出していた初期や中期から銃の登場によってかなりの変容を遂げた。

 

 最初こそ大した物ではないと眼を向けられなかったが……必要は発明の母と言うべきか。

 後装式、ライフリング、長い砲身……特注の高精度な射撃銃が創られ、術式が届かない場所からの一方的な射撃が可能になった辺りから話は変わっていく。

 

 戦場から呪詛師が撤退したのだ。

 金を目的にした者は割に合わないと去り、術師同士の戦いを求める物は戦いすらせずに死ぬのはごめんだと、コレもまた立ち去った。

 そしてこのパワーバランスが変わった恩恵を受けるのは、鬼手に頼らずとも他を倒せる強き国。

 術師頼りで勢力を保っていた中小勢力は瞬く間に消え、日本の地図は以前と比べてずっと単純になった。

 

 そうすると合戦の数も減っていき、人々も生活の一部として戦に適応したのも相まって‭─‬‭─。

 ここ数十年の呪術界は波風の立たない平和な物に落ち着いていた。

 

「だが……東京は別だ。クソの吹き溜まりになってクソ面倒な案件に溢れてやがる」

 

 これは全国規模での話。地方は確かに平和になった。

 しかし呪詛師は減った訳ではなく、この者らは今まで稼ぎに稼いだ金に飽かせ、様々な物に溢れる都に自然と集い始めた。

 京都の方は……あちらは天皇が戻って以来、各地の呪術の粋を集め再編した結界や式神の一部として"呪力の回復が禁じられた結界"が展開されている。

 

 自然と天皇が立ち去った反動で結界等を管理する者が居なくなった東京に呪詛師は迎い、治安は密かに乱れていった。

 東京が崩壊しない程度に集団として見れば大人しく、しかし個人単位では好き勝手に動く集団。

 外部からの軍の侵攻には先ず呪詛師の誰かによって打ち返される代償とばかりの、内部を食い荒らす寄生虫が如き所業。

 

「そんな中起きたのが"術師が動物に変わり果てた死骸の発見"……"120年間東京にこびり着いてる呪詛師"だ」

 

 丁度五代目が死亡し、一族列伝が次代の「親」に宿った頃だろう。

 当時の東京で"現役の術師としか思えない鹿の死体"が出始めたのは。

 

「最初は行方不明か呪霊討伐の失敗で処理された。が、それにしては違和感があると当時の五条家当主が言い始めてな。んで念入りに捜索した結果……」

 

 最初に術師に発見された鹿の死体は、術師の制服を引き摺り、傀塚家から売られた呪力の流れを辿る眼鏡の呪具を掛けていた。

 下半身を何か大きな生き物に食い千切られた様に無くし、右前脚が切れた状態で。

 ポツンと、呪霊討伐に向かった土地とはかけ離れた山奥に落ちていた状態だった。

 

「ソイツは地面に落ちてる物を手元に転移させる術式を持っていたらしい。んで、術式反転も使えたそうだ。これを自分の死体に使えば"手元の物を何処かに落とす"効果になる」

 

 仮に鹿がその術師ならば、食べられる直前に使えば他の術師へのメッセージとなる。

 しかしここまでは只の状況証拠。本人がそうした証拠はなく、呪詛師や呪霊が術式を誤魔化す為の偽装工作の線もあった。

 

「……"解剖したら人間の脳みそだった"らしい。見た目は鹿、臓器も心臓も鹿。だが脳みそ。脳だけは確かに人の物だった」

 

 決定打となったのは解剖結果。普通の鹿と比べて明らかに大きく……無理矢理詰め込んだせいで首下まで脳が薄く伸ばされ詰め込まれた死体。

 食い千切られた死体、残穢による状況再現……以上から、術師はそれが存在すると結論付けた。

 

「"人を動物にする術式を持ち、120年間活動を辞めない呪詛師"。ここ最近は更に活動的になってる……老怪」

 

 一年に一度術師を殺し、最近では月一で殺し回る呪詛師。

 活動の長さから寿命を延ばす力もあるとされ、潜伏能力の高さから術師を悩ませ続けた厄介者。

 容姿不明、能力不明、存在不明……しかし確かに其処に居る。

 

「通称「鵺」‭─‬‭─私の母様を殺したクソ呪詛師だ」

 

 最後の一言と共に、安窓の呪力が滾り乱れる。

 どれだけ憎く思っているのか……狼には到底計り知れない感情であったが、確かに一つ理解した事がある。

 

「さんぽ、しよ!」

「……あ?」

「おかみ、わるいの、みつける、とくい! だからさんぽ、しよ!」

「……ハッお前がソイツを見つけるって? 120年術師が見つけられてない相手だぞ?」

「わふ…おかみの、はなすごい。すぐみつかる!」

 

 自分がすごいと思わせたいのか、狼はぴょんぴょんと飛び跳ねながら勇ましく宣言する。

 120年間如何なる手段を以ってして捕まらなかった相手を見つける。

 正直失笑を堪えるので精一杯になる程の戯言。

 

「……ああ、やれるもんならな。見つけりゃお前も晴れて無実になる訳だし、悪い話じゃねぇ」

「ばう! がんばる!」

 

 それでも……安窓は一縷(いちる)の望みを願わずにはいられない。

 それは個人的感傷が多分に含まれた言葉であったが……。

 

「れつでん、じゅつほさ。ひがしゃ、こうれい、うつわ……"小精(コロポックル)"」

 

(……流れは、ある。記憶が無いとはいえ、"透視の術式持ちが元は人の身体って保証を付けた"んだ。鵺に繋がる手がかり。それに最近のアレコレを考えれば……真面(マジ)にあり得る)

 

 鵺は東京に集まった呪詛師の中で最も術師に被害を与えている。

 他が非術師に対してのものであるのに対して……だ。

 

「……れいが、いない? たましいも、まるかじり……"縛り締結" "限定・術式反転"」

 

(見つけて殺せば……奴さえ居なけりゃ東京に蔓延る呪詛師に眼を向けられる。術師だってマシになる筈だ)

 

「……所で、さっきからごそごそと何してんだ?」

 

「'おかみのじゅつ たましい、じょうほう、引き寄せる"」

 

 何をしたかと聞かれれば。

 最初に行ったのは死者の魂を仮想存在であるコロポックルに入れ、案内させる試み。

 この程度は術師達も既に試している。狼の術も不発に終わった。

 

「"てんじれば、おかみが、ひきよせられる"」

 

 相違点。

 狼の術式は"(情報)の引き寄せ"に特化している。

 これまでの降霊術と違い……"術式反転すれば獲物を見つける力となる"。

 そこで狼は縛りを結び、反転術式を使えなくし、更に「対人かつ生霊」にまで範囲を絞る事で限定的な術式反転の行使を可能にした。

 

「だから"ここ"に、いる。

 

 "ちかくて、とおい、ばしょにいる"」

 

 指し示すは‭─‬‭─"満月"。

 

「‭─‬‭─ハハ。んだよ、それ」

 

 誰にでも見つけられて、誰もが見つけられない。

 

 

 「正体不明」が暴かれた。

 

 






 降霊術・北精
 今作独自の術式。
 瑞獣の代わりにアイヌ関連の存在を降霊する。
 呪力消費量が低く、常に人間に変身可能な"北精"。
 死者の魂を降ろすのに適した小人を一族列伝で作って降ろす"小精"。
 熊になる"熊"。
 あの世にある黄金を降ろす"傀金神威"など、技は多岐に渡り、術式反転を行う事で自身を探査機にする事も可能である。

 また、術師である狼の地毛が白色な為、全形態が真っ白なもふもふである。

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