じゅじゅさんぽ 理想と現実編
理想「"此処"に居るのですよ。近くて遠い──あの場所に」
理想「わーお! 偉いぞ〜! よーしよしよしよし!」
現実「むふん!」(キラキラとした眼と渾身のドヤ顔、尻尾ぶんぶん丸)
現実「……今直ぐ何か出来る訳じゃねぇな。ウシ、巡回行くぞ」
(あー…褒めてやった方が良いのかこれ。っかし元人間だって思えないくらい馬鹿犬仕草染み付いてんな……人扱いすべきか犬扱いすべきか……分かんねー)
現実「…わふ(しょぼくれた顔)」
「おい、何してんだ、行くぞ!」
「グルルルル…!」
「引っ張るな…って…! この…っ!」
呪詛師の居場所が知った所で何か出来る物では無く、一先ず上に報告し数日経った頃。
「バウ! バウバウ!」
「抵抗すんじゃねぇ! 犬に戻ってまで居座り決めこんな!」
「やー!」
「人の姿になってもダメだ! 人の社会で暮らしてぇなら逃げるなっ!」
「や"ーーー!!!」
狼は今、首輪をされて安窓にズルズルと引き摺られていた。それはもうリードと繋がった首輪により顔が変な状態になる程に。
抵抗激しく、人になったり戻ったりする為に迂闊に表通りを歩く事も出来ず……引き摺っている安窓の怒りは、遂に頂点へと達した。
「注射の三つや四つそんな痛かねぇだろうが! 予防接種から逃げんな!」
「グァォォォォォオ!!!!」
……狂犬病及び様々な病の予防接種。
1370年。かつて民草一人残らず天然痘の予防接種をさせた傀塚家の意思が、数々の研究と発展と共に巡り巡って、狼を絶望に陥れていた。
「はーいちくっとしますよー」
「わ…がッ!…ぅぅ……これも、めぐる、のろい…か……がくっ」
「あー…無駄に疲れた」
通算三度目。元々野良犬生活を送っていたのならばと用意した診断時間に何とか間に合いつつ、安窓は待機室の畳の上で胡座をかき、天を仰ぎながらため息を吐いた。
「しっかし……"月"か」
そして思い返すのは……狼が鵺の居場所を暴いた満月の夜。
「あり得るのは「水面の月を掬う」に関連付けた生得領域への入場条件。
だがこれは月に居る理由にはならねぇし、転移と動物化はどうやったって一つの術式に収まらん……月…月ぃ?
何をどうしたらそんな場所を住処に出来んだよ…」
思い出す。
あの宣告の直後、証拠として"鵺の居場所に引っ張られる"のを利用して空をカッ飛んだ狼が頭を過ったが、それは今は関係ない。
間違いなく月に居る証拠にはなるが……まさか物理的に行く訳にも行かないからだ。
「山を登ると空気が薄く、そして寒くなる。
ましてや月だ。空気と熱、全部無いのは想像に難くねぇ。
結界、式神の線も無しだ。探してみたら月に行こうとした
才能があれば誰にでも使える物はとっくに検証済み。私の術式でも途中で力尽きる。無理だ」
幾ら人離れした力を持つ呪術師であろうと、宇宙で生き残れる物は少ない。
……居ない訳ではない。領域を宇宙船代わりにすれば数分は生き残れるからだ。
宿儺の様な並外れた呪力回復力を持ち、領域を展開し続け、その上で膨大な距離を移動する手段を確保する。
それが可能である上位の術師で…"たった数分"。
「あーやめだやめ! やっぱ信じ難い話だわ。忘れよ」
術師の歴史を辿って片手に収まる程度。
それ専用の術式があれば話は別だが、そんな大規模な物を持つ術師は日本に産まれた事はない。
単純に到達するまでの消費呪力が膨大なのだ。宇宙で活動するだけならば式神でどうにかできても、宇宙に辿り着くまでの距離がそれを許さない。
「けど、もし本当なら…」
突拍子もない話。
信憑性の欠片も無く……しかし、"これを裏取りする方法"がある。
"捕食に来る間は、「鵺」は地表に居るからだ"。
ドン!
「っどうした!」
狼が注射を受けている診療室で壁が強く叩かれる。
狼が暴れたのかと安窓が扉を開けた先には。
ミシ…バキ!
「ぎゅむー…ひ…ひっぱら…れる…!」
「はっ…おい犬! 何が起きてる!」
其処には壁にめり込んだ狼と、それを見て困惑している医者が居た。
「ひ…ひっぱりは、かいじょふか…」
「引っ張り…もしかして、あの夜のやつか!」
「わふ…いままできょりが、あったから…ひきよせ、よわかた! いま、ちかい!」
術式反転により、自分を鵺の方へ引き寄せる。
狼があの夜発動したそれは、一度到達するまでは決して解除出来ない。
注ぐ呪力を減らして引力を弱める事は出来ても……近寄れば同じ呪力でも引力は強くなる。
「"ぬえ、いま! きてる!!"」
狼の降霊術、魂の引き寄せは──誰も逃げられない。
「つかまって!」
「ッ……分かった。けどその前に…」
狼が差し出した手を前に僅かに悩み……直ぐに覚悟を決め、その手を掴んだ。
「おい、そこの医者」
「え…は…はい!」
「10分経っても私らが帰って来なかったり、何か嫌な気配がしたらこれを燃やせ。奴らはお前らも守ってくれるだろうさ」
「わ…わかりました!」
「来た奴には「鵺を追う。残穢を辿れ」と伝えろ。よし、私は言ったからな?──狼、行くぞ!」
「わふ!」
燃やす事で本部の術師に助けを呼べる呪符を医者に渡し、狼が張り付いてる壁を殴り破壊する。
あくまでも保険。死んでもその痕跡を見つけられる様にする取っ掛かり。使わなければ、それはそれで彼女の足跡になる。
「はっ!」
破壊された壁から道に飛び出ると、直ぐに地面を蹴り上げる。
引力は直線。無闇に民家を破壊しないよう安窓は空の道を選んだ。
「犬、引力強めろ! 一っ飛びだ!」
「わふ!」
空と東京の境目で狼が掌印を結ぶ。結界の壁を前方に張り、引き寄せる呪力を強めた。
世界が──線になり単純化される。
ギィィ──ン…
直後に安窓が感じたのは、狼が張った結界と領域がぶつかり合った呪力の不調和音。
「"ワォ──ン"!」
その瞬間狼は見て、叫んだ。
大口を開いて人を喰らおうとする──ヒトグイの怪物を。
その口が閉じるのを、止める為に。
「"再現 毒火花"」
かつて太歳星君が使った爆発する技を"再現"した。
爆音、遅れて衝撃。呪力の歪み……反撃。
「"████星人█████族████"」
まず狼の叫びにより相手の領域が崩壊した。
多重に声が重なった言葉と同時に巨躰の怪物は圧縮され、人間とは違う"ナニカ"に変貌する。
角の生えた"それ"は真っ黒な呪力を圧縮し──狼へと解き放った。
回避不能の、"質量を得た殺意の具現化"。
「"窓景色"」
狼と放たれた殺意の間に突如として開かれた窓が出現し、砲撃を飲み込む。
轟音。窓に広がっていた海が爆発し、衝撃波が窓から漏れる。
安窓の、窓を門とした
「"降霊術・熊"」
肉体を幼い人間から熊の……耳と尻尾だけは狼の……物に変える。
肉弾戦に向けた姿。爪を立て呪力を乗せた乱撃を放つも、肘前で受け止め、或いは受け流される。
武術の心得のある動き。接近戦は不利……相手からすれば、絶好の機会。
「"████"」
「わふ!?」
「ぐっ!」
「がっ!?」
角の生えた人体の背骨から蛸の脚が生え、回し蹴りと共に薙飛ばされる。
挙句に結界と張り防御姿勢をとって尚……狼の左半身に二つの大きな凹みが出来る攻撃。
庇った為安窓と食べられそうになった者は軽傷だが、これでは直ぐに動けない。
「私も衰えたね……初めてだよ、この瞬間を見つけられるのは」
欠けた肉体を再現し、歪んだ部位を彼岸花の根っこで修正する。
降霊術を解除し狼の姿に戻る。相手は人間との戦いに慣れている以上らコチラの方が勝率が高いという判断。
「お前が…クッ……鵺か!」
「違うね、一介の呪詛師さ。鵺ってのは呪霊か式神か……技に付ける名前だ」
そう、例えばこんな風に。
「"鵺"」
獣変呪法。
種族を変えられる代わりに、一度でも使えばその戦闘中に死ぬ事が確定する術式。
変身先を増やす程呪力総量が増える特徴があり、死ぬ事を前提としている分変身数に限度は存在しない。
「鵺」と呼ばれる呪詛師の術式であり、この術式における「鵺」の名前を持つ技は──。
「ガッ…クハ…」
「バ…!? あまどち! いしき、しっかり!」
"肉体を分割し、全変身先を一斉展開する総攻撃"。
1703万4991種。
術式最大の欠点である寿命を克服した「鵺」が持つ、変身先の総数。
蟲が、魚が、哺乳類が、植物が、甲殻類が、鳥が、──"宇宙人"が。
世界全土を……それこそ別惑星すらも捉えてみせた「鵺」は、展開するだけで質量で押し潰す攻撃となり──。
「なんで! むり、したの!」
"安窓はこれら全てを、自身の術式で取り囲む事で受け切った"。
「いい…んだ……お前が生き残る……これが1番…可能性がある」
安窓の術式は二つの力で構築される。即ち、"窓の作成"と"通過"。
汎用性のある転移の術式。入り口を狭くし、通過時に自分の呪力を払う事で成立させた自他を問わない転移門。
距離に比例して消費される呪力は多くなり、呪力の支払いは窓を閉じてから支払われる。
その為開いている間は通過に制限はなく、一度に多くを通らせると呪力総量より多く支払う必要が生まれ……この後払いを成立させる為、安窓は"命を対価に呪力が生成させる縛り"を安窓は結んでいた。
「奴を全部深海に落とした……私の術式は許可した物のみ……通す。数日は出れないだろう……はグッ!」
「さいげん…はんりょ…どうせいはむり…どうすれば」
一族列伝による肉体の再現ならば助かるだろう。
しかしこの呪具を共有するには子供を作れる異性でなければならず、同性を助けられるようには出来ていない。
加茂の花弁が狼の思考に過ぎるも、あれはあくまでも補助。主軸となる赤血操術が無ければ殆ど意味を成さない。
反転術式の使えない狼に、救う方法はない。
「疑って悪かったな……お前の術式は正しかった」
「てあて…でも、これは……ろうすい……おまえ! なおせるか!」
「いや……残念ながら」
「っ〜〜〜!!」
命を支払うとは寿命を削るという事。
寿命の無い相手に手当など無意味。そもそも外傷など何処にもない。
藁にも縋る気持ちで助けた術師を頼るも、他者に反転術式を使える術師はそう多くはない。
「ひぐ…えぐ…ばぅぅ…しぬなぁ…あまどちぃ…!」
「……優しいやつだな、お前は……たった数日、やな思いさせた奴に、泣けるなんて」
「だってぇぇ……」
ぽろぽろと大粒の涙が安窓に垂れ落ちる。
既に白髪に変わり、皺くちゃの老人を抱え泣き叫ぶ。
「はは…人懐っこいなお前……もう時間がない…狼、頼まれてくれ」
「やぁだぁぁ……!」
「む……お前…引導を……殺……じゅ………」
呼吸が浅くなり、ボヤけた視界は暗く鈍くなる。
復讐は叶わず。しかし一眼見て、最たる手掛かりを後に託せた。
準二級の術師がここまでやれたのだから、彼女は自分を許す事が出来た。
(ああ…しまった)
しかし……最後。
最後の最後、老衰で口が回らなかった。
(無理にお前が引導を渡さなくていい。殺すのは私ら術師の役目だ……そう、言いたかったんだがな)
それだけが心残りだった。
バカな犬っころを人の世界に巻き込んだ。
その事を申し訳なく思いながら……彼女は息を引き取った。
「ぶぇぇぇえ……」
狼が慟哭し、赤子の様に泣き腫らす。
初めて隣に立った人。
そっけなく乱暴だったが、狼を産んで直ぐに息を引き取った母と雰囲気が似ていた。
好いた理由はそれだけ。
しかしこれまで孤独に生きてきた狼にとっては初めての仲間であり、姉のような人だった。
狼にとっては心を痛めるには十分な条件であり、必然と──。
「期待外れだね。この程度でくたばっちまうなんて」
「ッバウ!」
「狩りは絶対に殺せる確信の中で行うもんだってのに……愚かしい奴だ」
安窓の予想に反し、直様復活した呪詛師と相対するのには十分な動機となる。
「本来の獲物も取り逃したし……はぁ、ツイてない」
「バウ! バウガ──」
悪寒。首を刎ねられ、四肢が捩じ切れる幻覚。
反射的に後退り、遅れて汗が噴き出る。遅れて理解する。
睨み付けられた。
やられたことはそれだけ。
たったそれだけで、狼は本能が屈服する格の違いを味わった。
「失せな小娘。折角助けられた命だろ? 失ったらお前の姉と母もあの世で悲しむだろうさ」
「ひ…は……は……はっ…ぎゃう!」
唯一出来たこと。
頭を地面に擦り付け、ただ見逃される事を願いながら踏みつけられ、蹴飛ばされ、されるがままになる。
逃げも戦いもせず、気まぐれに生かされる事を願うこと。
「おやま、失せろって言ってるのが分からないんだねぇ? 無様ったらありゃしない。情けなさ過ぎて食い出も無さそうだ。……折角だ、戦う為の
一体どれだけ蹴られただろうか。
ズタボロとなった狼に見兼ねた呪詛師はそう言うと、狼の髪を掴んで持ち上げた。
苦悶の声が僅かに漏れる。
「ゃ……」
「十何年か前だったかねぇ? 子持ちの術師を見つけたから食べようとした事があったんだ」
「ぃぅ……?」
「数の子、鮭、昆布……子持ちは縁起がいいと小耳に挟んだものだから、私もそれにあやかったのさ。幼い奴と手を繋いで、腹にもう一人居たやつだ」
「…………ぇ」
「狼にしてさぁ……食べてやりたかったなぁ…! 小癪にも子供を窓に放り投げ、無様に産気付きながら別の窓から逃げた、あの取り逃した獲物をさぁ!!」
蚊が鳴く様な声を漏らし、その言葉の意味を理解する間もなく……蹴られ続けたのもあるのだろう。
狼は遂に限界に達して"気絶"し。
"鵺の腕を掴んだ"。
「──命令拝領」
「…お?」
……狼が鵺を捕捉する為に起動した効果は、鵺に到達した事でその効果を失った。
しかし狼は術式反転を行う為に、一族列伝を術式に組み込んでいる。
そして忘れてはならないが、五代目は会話能力を追加していないだけで、一族列伝の判断力を向上させているのだ。
それこそ……人と相違ない領域まで。
「"殺人教唆"或いは"呪詛師殺害" 期限:六代目起床まで」
「おっと!」
最後に、狼の降霊術は仮想の存在を降ろすのに適した成長を行った。
その最たるものが「降霊術・
"納めた
「実行開示」
引き寄せを利用して呪詛師の顔を蹴り上げ、拘束から抜け出した狼が、紅く染まり瞳孔が開いた眼で呪詛師を見つめる。人の姿でありながら狼の様に低い姿勢を取り、掌印を片手で結び──"歴代の力をその身に降ろした"。
狼の呪力が爆発的に増加し、性質が変容する。再現ではなく降霊術を経由した一時的な顕現。永続ではない代わりに失敗しない戦闘能力の向上。
「気配が変わったね? 別人格か……お前、名前は?」
「術式開示 名称 "葬花"
所有者に馴染み情報を蓄積するのに特化した継承型呪具……」
かつて二代目の自我を塗り潰す形で成立させた、命令に従う人型の呪具。
再現は成立した。
ここに居るのはこれまで一族列伝を手にして来た呪術師の誰よりも、一族列伝の力を引き出せる存在。
「…──"領域多重展開"」
「ッ!!? ハハ、なんて芸当だい!」
「八つの領域を合体させた複合領域だなんてねぇ!」
一つ、あの世に繋がる廃退した都。
一つ、この世全ての禍が憑り集まった浅瀬の日本縮図。
一つ、神仙が住まうに相応しい黄金の植物で満たされた秘境。
一つ、血霧の濃い赤い沼地。
一つ、骸が積み重なり刃が生えた丘。
一つ、呪い澱みで組み上げた六角塔。
一つ、何処までも広がる夜雪荒野。
「お互いを高め合い補う様に構築しました。術師も協力すれば同じ物は作れます」
大きな白い彼岸花の上に立つ葬花が、片手で掌印を結び続けながら、超然と呪詛師を見下ろしていた。
「七分後に所有者は目覚めますので……"総攻撃 開始"」
呪詛師にとって、地獄の七分間が始まった。
冥府大路…初代、二代目の領域。あの世に繋がる門から止めどなく亡者が溢れ、相手を襲う。
禍伏虎口…二代目の伴侶の領域。今現在起きている日本全土の厄災が押し寄せる。
逆白神秘堺…三代目。これまで作ってきた黄金の質量で殴る。
血河血霧沼…四代目。全方向から血の攻撃が繰り出される。
鉢頭麻鬢処…五代目。地面から刃の雨が昇り掛かる。
胎蔵遍野…五代目伴侶。これまで使役した事のある呪霊が復活し襲いかかる。
小頞部陀…六代目。真冬の夜の北海道が領域に降ろされ、肉体のみが加速する。
複合領域
今作独自の技術。
領域展開の条件を事前に組み合わせる事でお互いの領域が競合しない様にしたもの。単純に二人以上で展開するので、領域の押し合いの力も倍々となる。
技術的には数ヶ月もあれば簡単に出来るが、絶対に敵対しない関係を前提とするのが最大の難点。
葬花はこれをお互いの効果を高め合う領域にまで洗練させている。