呪具:一族列伝   作:何処にでもある

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 姉:メアリー・シルバー(11)
 妹:メアリー・ノア(11)
 十七代目。鏡合わせの様に見た目がそっくりな双子。元は貴族。
 対して性格は姉が真面目で臆病で単純。妹が天然で勇敢で考え込みがちと相違が大きい。
 容姿は両者共に金髪碧眼。姉はアンダーツインテール、妹はストレートの髪型。
 諸事情の(革命から逃れる)為、両親と共にアメリカに移民する事になった。

 通常、呪具を食べて適正があれば即座に呪力を得られる代わりに身体を乗っ取られるものだが、一族列伝は誰が食べてもよく、自我も乗っ取られない代わりに時間が掛かる。強奪したなら尚のこと。
 その為、船にいる間は呪霊が見える子供でしかなく……但し一族列伝に命令するに限り、呪力を行使出来る。




1800年 ダニエル・ウェブスター号事件・新幕

 

 

 1800年。

 日本では徳川の統治の後半期。

 かつての呪術全盛の時代も何処へやら、特級も安定して2〜3人、時には8名もいたものがすっかり1人居るかどうかにまで落ち着き穏やかになった頃。

 

「ひっ…ひっ…ひっ…」

「しー…落ち着いて、ねーね」

 

 

「なんだ…人が浮かんで死んで行くぞ!」

「透明な怪物だ!」

「立ち向かえ! フロンティアの勇者となるんだ!」

 

『人の匂いがするなぁ…何処だろうなぁ…何処に居ると思う? ここにいっぱい居る! なんてこった!』

 

 

 あるアメリカ行きの移民船では、特級怨霊が鬼となった決死のかくれんぼが開催されていた。

 青褪めた顔で喉をヒキつかせる姉の口を抑え、息を潜めた妹が状況を整理する。

 既に一階下に居た者たちは死んだ。幸い何名か勘のいい者が逃げ延びたとはいえ、鬼が見えない状況で生き延びるのは非常に難しい。

 

(下に逃げたのは失敗したなー……このお花から流れて来た知識を流し見して分かったけど、呪霊相手の対抗策が無さすぎだねー)

 

 幸い姉妹は列伝を食べた影響か呪霊を見れる様にはなったが……これ迄の所有者によって改善されたとはいえ、それでも一族列伝は所有者を術師に変えるのに月単位を要する。

 何より姉は不幸にも逃げる時に両親が死ぬ場面を目撃してしまった。立ち直るには暫く時間を要するだろう。

 

(もう見えちゃったのは仕方ない。盾がなきゃ私達が死んでたもん。コラテラルー)

 

 打破には妹だけが頼りの状況……屋敷に押し入った革命軍から家族共々船まで逃げ仰せた時以来の非日常に、ノアの脳が覚醒しようとしていた。

 

(何処かですれ違う必要あり。此処は船の中棚の居住スペース。呪霊はまだ上棚で…)

 

 しかし時間は残酷にも過ぎ去り、呪霊はゆっくりと下に降りていく。

 ならば時間は敵かと言えば……そういう訳でもない。

 

(上で小舟を降ろして、こっそり……しかないかー)

 

 新大陸が目と鼻の先なのだ。

 船旅がもうじき終わるタイミング……最後の最後で起きた災難。

 元はその事に浮き足立った愚か者が小躍りし、こけて死んだのが発端。

 船はまだ大陸に向かっている以上、逃げ出せる可能性は十分に…複数の道が存在する。

 

 行動が定められる。

 

「ねーね、動こー」

「〜〜〜っ!!!」

「駄々捏ねたってダメ。臭いで追ってる相手に適当に隠れるのは1番ダメ。誤魔化せる場所に行くよー」

 

 幸い非術師が何事かとぞくぞくと上に昇っては、時間を稼いでくれているお陰で時間はまだある。

 与えられた知識によって呪力の隠し方も理解してきたが……それが出来る前に選んだ場所には残穢が残っている。

 一度、場所を変えなくては見つかってしまうだろう。

 

「れっつごー」

「ん"〜〜ッ!!!」

 

 嫌がる姉を引っ張って木箱の物陰から飛び出す。

 船内は甲板に加え上、中、下の三層構造。

 姉妹の居る中棚は居住スペースであり上は作業場、下は貨物置き場となっている。

 逃げ隠れるだけならば下が最も適しているが……それは袋小路に進むのと同義。

 適した場所はハンモック、幾つかの机と椅子、上役用の個室……甲板に出るならば、このいずれかで通り過ぎるのを待つ必要があった。

 

「ほい、ほい。ねーねはここね。じゃ」

「待て。お願い待って。え、離れるの?」

「リスク分担ー」

 

 姉を1番見つかりにくい個室のベッドの下に押し込み外に出ようとした妹を、足首を掴み引き留める。

 双子とはいえ姉は姉。妹が自分を盾にするような事をするのは許容出来ないらしい。

 

「それじゃノアが見つかった時庇えないでしょ! ノアも一緒! はい、奥の方に行く!」

「あーれー」

 

 ベッドの下から這い出た姉が妹の肩を掴み、手早く奥に押し込める。

 子鹿のように足も声も震わせようと、姉の役目を果たそうとしていた。

 ぶるぶると震えながら自身に背を向けて外を見張る姉に、ノアがくすりと笑い手を握る。

 

「……あほねーね」

「ばかノアマジでバカたった一人になった家族を囮にする訳ないでしょバカ」

「いいすぎー」

「し‭─‬‭─静かに

 

 ギィ…ィ…ィ…ィ……。

 

 木のしなる音と共に、扉が開かれた。

 波が船に当たる音と共に揺らし、カモメの鳴く声が場違いに聞こえる。

 均等に区切られ並んだ呪力の編み目が宙を揺蕩んでいた。

 

『失敗するかな。成功するかな。それとも……崖から飛び降りる? パンにジャムを塗ったみたいに!』

 

 気付けば、これまでの旅路が嘘のような静かさに満ちていた。

 コトン、コトンコトンとカップを置いたような足音が不規則に鳴り、道化は高らかに支離滅裂な発言を繰り返す。

 部屋には入っていない。ただ同じ階層に来ただけ。

 それだけでも……悍ましい死の恐怖が背筋を這う。

 

「「…………」」

 

 どろりと、黒い正方形の影が扉の隙間から侵入する。

 それから影踏みしめてチェスの歩兵(ポーン)が飛び出した。

 

(……分かる。前所有者の術式、"占盤呪法")

 

 占盤呪法

 星座占いのホロスコープとアルカナにチェスの皮を被せたゲテモノ術式。

 自身を中心に惑星に値する白い駒を配置し、位置を変える事で「戦況」を変更。

 自動的に黒い駒の配置が変化し、勝てば愚者を除いた21種の効果を齎す。

 領域展開を前提とし、制御を放棄された運頼みの……一族列伝による改造に失敗した術式。

 

(やる側はある程度効果を操作可能。けど、やられる側からすれば何が来るかは不明。道化に思考能力があれば絶対逃げられないけど……)

 

 1、黒い駒の予測不能な挙動で打撃する。

 2、特殊効果で暴れる。

 3、本体が殴りに来る。

 行われる挙動はこの三種。黒い「マス」に居なければ1は心配しなくてよいが、2と3は非力な姉妹には脅威となる。

 

(大人達が死んだのは「吊られた男(ハングマン)による首吊り……今脅威なのは恋人と運命の輪。どっちも私達を見つけられる類いの力……)

 

 チェスの勝敗が付くのは一試合に付き平均30秒。

 最初の首吊りを除いて特殊効果が発動していない所を見るに、勝率は人間時代の40%から随分と低くなっている。

 故に呪霊に知性はなく、確率ならば10%未満。ラッキーパンチの上に2/21に当たらなければ問題にはならないだろう。

 

(安心するには高いなー…大体10%は‭─‬‭─)

 

 ドン!

 

 故に、決して安心する事はできない。

 

 "術式を使わずとも呪霊は簡単に人を殺せるのだから"。

 

「ね‭─‬‭─」

 

 姉のシルバーが、妹のノアを壁の方へ突き飛ばした。

 浮遊感。本来ならある筈の壁はなく、想定と感覚の差異に混乱する。

 

『アヒャヒャビヤヤ! 崖から落ちた! 落ちた! パンが二枚落っこちた!』

 

 呪霊にとって船は壊してはならない物ではない。

 ノアは術式の行使のみで人を殺そうとしている先入観を持っていたが、それは単に術式を制御出来ず暴走させていただけの事。

 呪霊は縛りも気にせず、弱体化しながらも殺しに来ており……姉は自らを盾に呪砲から妹を守り、海へと突き落とした。

 落ちていく最中、シルバーの身体が回り呪霊と相対する。

 

「く…来るな…いや来るなら来い! 化け物! お…お姉ちゃんは…ゴフ…強いのよ…!」

 

 メタ読み思考(相手の思考を読もうとする)

 ノアの失敗はその一点。

 呪霊となった怨霊は大抵の場合、言葉を発していとうとそこに意志は存在しない。

 合理的判断、感情や性格は存在せず、あるとしても術式の性質や外部要因が殆ど。

 

 失敗の対価は‭─‬‭─姉の右上半身。

 

『ジャムを塗ろう! 真っ赤に!』

 

 腕が伸び、シルバーを掴む。

 これで海には逃げられない。

 最早助からない。しかしまだ生きている。

 穴の空いた船に引きずり込まれ、目の鼻の先で生きている。

 

「だったら最後の一瞬まで‭─‬‭─」

 

 挙句に結べた縛り。無理矢理捻出した呪力。

 力の欠片を繋ぎ合わせ、掌印を結ぶ。

 盾になって風前の灯であるシルバーによる‭─‬‭─。

 

「一族列伝‭─‬‭─"強制継承"‭─‭─"領域収束"」

 

 死亡一秒前の、呪具の"完全解放"。

 一族列伝が時間を掛け安全に進める術師化。

 その為の制約を外した……命を賭けた術師への転換。

 

 対価。

 断絶発生時の猶予(当時100年)の半減。

 歴代の術式を参照した術式所有の最低保証解除。

 呪力総量を始めとしたあらゆる能力の最低保証解除。

 確率不詳な死の危険。

 

 そして何よりも‭─‬‭─。

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

「命令受諾。儀式成立。試練開始」

「タイム! 心の準備させて!」

No Program(そんな工程はない)

「ヒィィ泣き落としが通じないぃ!」

 

 一族列伝とは初代の魂其の物。

 強引に従えるならば─‬‭─調伏の儀が発生する。

 

「でも質問! 内容と時間を! 教えてください!」

「解答。時間を消費して得る内面情報の代用。試練中は外部視点で一瞬」

「ありがとうございます! なにをすればいいですか!」

「解答‭─‬‭─‬」

 

 死の予感を感じ、挙句にシルバーが横に逃げる。

 元いた場所には糸切り鋏が突き出されていた。

 丁度……喉笛が切れる位置に突き出されていた。

 

「殺害。勝者問わず。但し葬花が殺した場合、候補者の精神は死亡し乗っ取られる」

「儀式がそっちに有利過ぎる…!」

「形式上候補者は葬花に頭を下げた。自然と結ばれる縛りは此方有利となる」

 

 全力で距離を取ろうとして、足払いで転ばされ、間接を極められ……耳に糸切り鋏が添えられた。

 青褪め。直後、悲鳴。

 

「但し儀式を行うのは候補者の精神内部。その分儀式中は呪力、術式、呪具、身体能力……知識と技術を除いた全てが候補者が有利。差は「約10倍」。葬花と同様に望んだ武器も具現化される」

 

 悲鳴を上げるシルバーの前に糸切り鋏の刃先が現れた。

 

「や…やめ…」

「解答。儀式が始まった時点で肉体は術師のそれとなった。

 尚も、この程度も突破出来ないなら資格はない」

 

 必要なのは、絶対に殺すという意志。

 

 対してシルバーは守るべき者を想起し……どんなに臆病でも譲れない物があると思い出した。

 呪力の衝撃波が広がり、葬花を押し出した。

 

「……」

 

 猫のように葬花がすたりと着地する。

 シルバーは改めて周囲を見渡し、相手の姿を捉えた。

 真っ白な人型にずたぼろな服を着た背の低い女だ。

 

「ふぅ……っ!」

 

 ここはシルバーの精神内部。

 シルバーにとって実家の屋敷が再現された場所に、日本の山の民は場違いに見えた。

 剣を作り、構えた。シルバーは初めて人に剣を向けた。

 手が震えて堪らない。しかしやらなければ何も始まらない。

 

「‭─‬‭─そうだね、分かった。腹を括るよ……殺してでも手伝って貰う」

 

 一族列伝から知識を得る。呪力を纏い、斬撃が飛ばされた。

 屈んで躱される。

 

「やぁ!」

 

 知識を得る。より均等かつ流れをスムーズに。連撃と共に接近する。

 僅かに呪力を宿した糸切り鋏で斬撃を受け流され、投げられて床に叩きつけられる。

 

「カッ‭─‬‭─!」

 

 知識を得る。眼球を惑星とした卜占術。横殴りの、衛星軌道を模した呪力弾。

 手刀の一振りに呪詛返しを込めて解呪された。

 

「だったら‭─‬‭─!」

 

 知識を得る。室内戦用の剣術に沿い、剣を振るう。

 捌かれ、剣を弾かれ手首を斬られた。

 

「スペックでゴリ押す!」

 

 知識を得る。より呪力を読み辛くなる様に動かし、壁諸共殴り掛かる。

 衝撃を壁に受け流され、空中で飛ばされた勢いを転換され……地面に叩き落とされた。

 

「〜〜っ!」

 

 知識を得る。縛りを結び肉体を成長させ、体格を得る。

 現実にも反映された、寿命を削って得た強靭な肉体。

 連撃。捌かれる。

 拘束。抜けられる。

 より速く動く。より早く対応される。

 

「いや10倍差にしては強いったァァ!?」

 

 シルバーがゲンナリした顔で葬花に指を指す。

 瞬歩。無拍子。瞬いた一瞬。急接近した葬花の手によって指が折られた。

 

(確かに10倍差は、ある! 向こうは非術師の能力の域を出ていない! けど……)

 

 落下した庭の中心で帳を展開し、逃げ場を無くしてから全方位に射撃する。

 空気を蹴り、呪力の薄い場所を切り裂かれて抜け出された。

 

(シンプルに‭─‭─強い!)

 

 一族列伝は歴代の所有者の全てが刻まれている。

 大半は術師としての能力であるが……その中で唯一、初代の時代から一切更新されてない技術が存在した。

 

 それ即ち‭─‬‭─。

 

「格上殺し…!」

 

 "非術師でも特級呪霊を祓える領域の‭─‭─強者を殺す鬼才"。

 

 人外染みたそれは術師としてのあらゆる才覚とは無関係に存在し、これまで所有者に対し異次元の技術力として恩恵を与えて来た。

 

 魂の呪具化に始まり、呪霊との融合。

 傀塚式結界術、かつて蠱毒の相伝儀式で繰り広げられた極限の呪いの領域、瞬間的な縛りの形成……その片鱗によって生み出された技術は数知れず。

 

 直系である二代目ですら3割以上は不要と再現しなかったそれは、寧ろ弱者だからこそ最大限の力を発揮する。

 

「説破‭─‬‭─…私語ですが、こんな物は殺ししか出来ない無用の置物です。病にも勝てないカスですよ」

 

「これが天然痘で死んだって冗談か何かォベッ!」

 

 背負い投げ。肺の空気を全て吐き出させ、顎を蹴り上げて脳震盪を誘発させた。

 首の神経を切って"締める"‭─‬‭‭─‬のはやり過ぎと判断し、何とかずらして回避する。

 

「‭─‬‭─カハッ!?」

 

 ……これでも、葬花は調伏の儀を失敗させる気は全くない。

 全力を一切出しておらず、寧ろ最大限手加減している。

 

 思考を、技術を、呪力を、術式を、体力を、武器を。

 あらゆる能力が生前と比べ劣らせ、或いは封印し……見えている"弱点"を全て外すように手心を加えている。

 

「忠告。必中以外で当てるのは無謀。領域展開を推奨」

「…へへ、本当にそうっぽいのがヤバい‭‭─‬‭─わっ!」

「開示。候補者の脳に術式を確認済み。候補者の才ならば知識を得れば行使可能」

「き…期待されてる……あーちょっと嬉しいなぁ!」

 

 それでも尚‭─‬‭─葬花は反射的行動だけで優勢に立ってしまう。

 そんな天性の殺人鬼に勝つ為にやるべき事は一つ。

 誰かを守ることでも、生き延びようとすることでも、勇気を持つことでもない。

 本当に必要なのは……。

 

 絶対に殺すという意思を持って"狩り"に行くこと。

 

「‭─‬‭─"領域"」

 

 守。あらゆる知識と技術の手にする。

 破。それらを組み合わせ、己の力に変える。

 離。最もやりたい事を、最も己に適した方法で行使する。

 

 シルバーに刻まれた情報が、術師として纏まり形を成す。

 

「……首の切断を確認。これを以って葬花は死亡したと看做す」

 

 ……"勝負は10秒前に決着した"。

 

「試練終了。工程半数が完了…妥当点。

 妥当点なのでノア候補者への強制継承を省略(スキップ)

 双子であり同一人物である候補者に対し、これ以上見るべきものは無いと判定。

 領域効果により、この判断は最初に行ったことに。

 最大限の助力は不要であると結論……私語ですが、よくやりました。サッサと助けに行きなさい」

 

 

 

 ▲▽

 

 

 

「‭─‬‭─"展開" "双曼荼羅逆星(そうまんだらさかぼし)鏡銀(きょうがね)"」

 

 これより先は宇宙に浮かぶ二対の禅座。

 砂が流転し全てが逆順に動く領域。

 その効果は"領域収束"と宣言した瞬間から10秒前までの‭─‭─‬「時間遡行」

 

『!に赤っ真 !うろ塗をムャジ』

 

「10秒前は呪霊は攻撃を放つ前……行動は逆さまになり、私だけが自由となる」

 

 領域内の全ては逆時計回りに巡りただ一人、正常な時間を歩む。

 彼女の脳に眠っていた付喪操術(鏡)に加え、一族列伝で得た星座の知識、そこに独自の時間感覚を噛み合わせた領域は、全ての工程が終わりから始まる。

 

「唯一の懸念。海に落とした所で生きている保証がない。だからこの術式は、ノアが生きている可能性を絶対にするもの!」

 

 逆順に動き、無防備な怨霊にあらゆる呪いを突き立てた。

 既に行動は逆向きに決まっている以上、避ける事は出来ない。

 結界の境界で斬り刻み、呪砲で穴だらけにし、徹底して祓い切る。

 

『あ…アァ…』

 

 程なくして、呪霊はその儚くも悍ましい命に終わりを告げた。

 壊れた壁も、落ちた妹も全て10秒の……何も起きてない世界の中、唯一呪霊だけが祓われたのだ。

 

「ねーね」

「ノア!」

 

 振り返る。そこには妹の無事な姿があった。

 息を吹き返す。目の前には成長した姉の姿があった。

 

「……ねーね、すごく危ない橋を渡った」

「うん。やるべきだと思ったから」

「ぷー…ありがとー。溺れて死んでたー」

「えへん」

 

 理解には程遠いが。

 ノアが受け止めた事実は、呪霊が死んで姉が様々な代償を払って生き延びたこと。

 そんな、大事な事はだけは受け止められていた。

 コツンと、妹が姉をしゃがませて額を叩く。

 

「けど、沢山死にかけた。年も取っちゃってる。それ、めーです。反省なさい」

「て…手厳しい…!」

「それだけだいじー。分かれー」

 

 

 ………。

 さて、これ以上姉妹の会話を語るのは野暮だろう。

 その後の二人は船の金品をかっぱらい小舟で新大陸を上陸。

 生憎と船の生存者は0名となったが、姉妹は会社を設立し再起を図る事となる。

 

 それから4年は忙しくも楽しく愉快な日常が続き。

 

「‭─‬‭─なので、いい刺激となる栞を贈ります……ねぇ。

 ………白とは珍しいな。

 うん、彼岸花の栞をファンから贈られた小説家なんて、私が始めてだろう。

 いいね、気に入った。

 折角色んな人を頼って来たんだ。

 この縁も大事にして、日本に居る間は使ってみよう」

 

 1804年。

 一族列伝は新規精鋭の小説家志望の青年と共に、帰国を果たす事になる。

 

 

 

 

 

 

「……ふふ、すごいね、日本は」

 

『ゲヒ、ゲヒヒヒ!!!!』

 

 ぐちゃ。ぐちゅ。ばきぼき。

 

「こんな怪物を…間近に見れるだなんて…ね……筆を…これを僕に書かせ‭─‭─」

 

「そうか、この花はそういう‭─‭─」

 

 ぐわん。

 

 

 

 呪術師記録帳より

 

 1804年。

 東京で宿儺の指による呪霊災害が発生。

 発生3日後、特級術師により鎮圧。犠牲者、旅行客1名。

 指は会議の後、仙台で魔除けとして運用する事に決定。

 

 特記

 これまでの例と比較して犠牲者が少ない原因はこの旅行客の尽力による物である。

 残穢からの調査により、かつて存在した傀塚家の神社の再起動、及び独自ながらも効果的な封印処置、弱体化が施されていた。恐らく海外の術師であった可能性が高い。

 この事を踏まえ、名誉としてかの者の名を宿儺の指と共に遺す事を決定する。

 

 

 

 ………そして時は経ち、1854年。

 本来100年猶予のある新たな一族列伝の芽吹きが、ある姉妹の儀式によって半分になり。

 その上で呪霊を孕む特異体質の女がこの世に生を受けた。

 

『おぎゃあ! おぎゃあ!』

「なんで……なんで呪霊が……いつ、いつ私は孕まされた!」

 

 女の産まれは上から下まで非術師の家系。

 普通術師の知識は無く、呪霊を産む異常に気が触れても可笑しくはない条件下。

 だが、何の因果か女には一族列伝に選ばれている。

 

「……人の肉体を再現し、花を継がせ、可能な限り人に寄らせる。如何に醜くとも、子は子。私はこの子を守り、未来を見せる責任がある!」

 

 呪霊を人に変える方法は納められている。

 決して不可能ではなく、幸いにも努力を重ねてみれば、儀式を簡易的に再現した場と物を揃えられた。

 見立てを併用し、かつての相伝儀式の効果を子に授ける。

 

『おぎゃ…おぎゃあ!』

 

「お前を産んだ以上、もう何処にも私の居場所はない。しかしお前の居場所は作りたいんだ……恨んでくれるなよ」

 

『えう…あう…すぅ…すぅ」

 

「そうだな……名前。名前を送ろう。

 新たな一族、お前が守っていくべき居場所。

 その名前は‭──"脹相"  "傀塚脹相"だ」

 

「すぅ…すぅ…」

 

「精々……無様に死んでおくれ。

 泣き腫らしながら、もっと生きたいと叫ぶ程に幸福な生き様を、私に晒してくれよ」

 

 1868年。

 昭和の始まりと共に、傀塚の呪いが化けて出た。

 

 






 傀塚脹相
 「どけ! 俺はお兄ちゃんだぞ!」
 一族列伝十九代目。なんの因果か人になった呪霊。
 原作にも同じ人が居るが、傀塚家なのは今作独自。
 原作が壊れた最大の生き証人。


 断絶
 一族列伝の代が途絶えること。200、180、160……とインターバルを20年単位で短くしながら新たに復活する。十七代目の時に50年分猶予が吹き飛んだ。
 0年に到達すると断絶しても一族列伝が復活しなくなる。

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