一級呪霊「黒鬼」
・「招虎」の術式により招かれた難。術式効果により康保4年(967年)現在は術師から山5つ程離れたどこかを彷徨っている。
・妻曰く2本の角が生え、顔の代わりに無数の眼を持つらしいが、代わりに視界……「見る」「見られる」以外の認知能力はない。
……はて、であれば最初に聞こえた咀嚼音は一体…?
・最初の出会いから7回その存在を観測したが、視界に入れると気付かれる為、攻略するならばコチラは視界、認知外で攻撃する必要がありそうだ。
以下にこれまでの検証結果を記載する。
1、贄に目を閉ざさせる→死亡。瞼越しに「見た」のを感じ取ったようだ。
2、贄を壁越しに見させる→死亡。壁越しであっても視線を感知された。
3、存在を知らせない贄と知らせた贄を別々にし、壁越しに見させる→どちらも死亡。検証中、知らせない方には霊障が発生していた。「そこに居る」と確信すると向こうは察知するらしい。
4、3と同様の対照実験。ただしどちらも予め目を潰し、視線を向けられないようにした→どちらも死亡。死に際で両者とも同じ方角に顔を向けていた。
5、招虎で引き寄せた贄以外にも何人か存在を知らせた上で同じ場所に置く→贄のみ死亡し他は低級呪霊に変質していた。呪霊はいずれも共通した容姿をしていた為、呪霊の術式の効果と思われる。
6、贄を一月の間島流しにする→贄が戻るまでの30日間、島から最寄りの岸辺に鬼の呪力が留まり続けていた。海は苦手、もしくは渡れないようだ。
7、7年間で配下に加えてきた封印と結界術に適正のある5名の呪詛師と用意した儀式場の能力検証→贄の死亡。
金を注ぎ、これまでの期間を結界と封印術の修行に当てさせたものの失敗。一度結界は"閉ざされた"ものの、贄の悲鳴と共に鬼の呪力を察知。
立ち去った跡を調べた結果結界内はもぬけの殻、贄はこれまでの死体と変わって雑巾のように捩れていた。封印では期待していた成果は出ないようだ。
・結果から分析すると
「火の攻撃(通常の死体はいずれも焼けている)」
「幻覚(低級の呪霊が起こすような霊障の発展系か…?)」
「噛みつき(腹に口でもがあるのだろうか)」
「捻る(恐らく短距離の転移能力)」
があるらしい。しかし具体的にどの様に攻撃しているかは依然不明。
殺害の行動原理も通常の呪霊と比べると現象的、規則的、式神的なのは術式の縛りのせいか。
普段は山を彷徨う在り方は自然呪霊に近くも感じる。
「招虎」が妻の代わりとなる存在を呼び寄せている以上、何か「贄」となる基準、対象が替わる基準が存在しているのは間違いない。
以前として、弱点を探る必要があるようだ。
刻は967年。
その年は天皇が直接統治をやめ、長い隠居の歳月を重ねる始まりの年であり、上の立場にて権力争いをする者にとっては忙しない日々となる年であった。
「ハク、身体の調子は」
「大丈夫、旅に支障はないよ」
「そうか……だが、身篭った身体で無理をしてくれるなよ。私の子は、親から継いだ縛りの都合で産み終えた親を殺してしまう。対策として兄弟姉妹、ないし双子を設ける縛りや家長の決定までの引き延ばしなどの縛りを結んではいるが……しっかり機能するか、この才なき身の考えが上手く行くかは未知数だ。出来るだけ安静にしてくれ」
今年になってその仲間入りを果たした傀塚家も例外ではない。
寧ろ、妻であるハクの出産──この時代で34での出産は高齢に当たる──に加え、依然荒波の予兆の見える領地と「視黒鬼」の件と、忙しさで言えば都の貴族よりも勝ってるまであった。
「分かってる。それを承知で子を設けたんだから、だんなさまは父親らしく、バシッとしといてよ」
「私は……あぁ、そうしよう。タダでさえこの身は今のお前より弱い。それで不安に駆られては、死にに行くようなものだったな……照尽」
「奥様の護衛ですね。勿論です」
「ああ、頼んだ」
現在、忙しい傀塚家の夫婦がそれらを押しのけてまで訪れていたのは、依頼したお貴族様の依頼を熟す為である。
「ふぅ……妻と過ごす日々で痛感しているが、都の術師に比べれば私は呪霊が見えるだけの非術師と大差ない、か。事実ではあるが、歯痒さを感じざる負えないな……はぁ…意味もなく黄昏るとは、私も随分と人間らしくなったものだ」
追放されたとは言え、ハクの術式は過去現在未来を通しても珍しいタイプだ。
術者の呪力に寄らない規格外の影響範囲、運命に干渉してると疑いたくもなる不幸対効果の出力。
実際どういう原理で動いているか術者本人ですら不明であり、彼女が仕えていた貴族がその手に精通していたならば決して追放など起こり得なかったであろう。
それこそ羂索のような呪詛師が存在を知れば……軽く10年は徹底的に研究されるのは想像に難くない。
しかし、かの術式が禍福をある程度操作する類いである事を考慮すれば……かの者との出会いという禍と同等の福がないこの時代で、かの者が彼女に出会えないのはある種必然なのかも知れない。
あらゆる禍福の縄の綱引きに触れられる者が、力を使わないように綱を均衡に保ち続けるならば、それは波立つことのない平時を意識して保てるのと同義であるからだ。
「……さて、此度の件。致命的な事は起きないといいのだが」
見上げる先にあるのは、平安京の近くにある御寺の一つ「鳴滝般若寺」。
本日より暫くの間、妻と共に過ごす事になる伏魔殿を見上げながら、傀塚家の主人は握り拳を無意識の内に作るのだった。
▲▽
「では、単刀直入に本題と入りましょう」
小石の敷き詰められた庭から清浄なせせらぎが微かに聴こえる寺奥の居間。
藤の者が気合いを入れて建てた寺の管理人である、皮のヨレた年老いた住職の前には、傀塚家の夫婦が揃って清聴の構えをしていた。
「本日より3日までに、此方の方に記載した政敵、376人を全員呪い殺しなさい。死に方は問いませんが、可能な限り自然なものであると望ましいとの事です。質問は?」
そこで提示されたものは、ハクの術式の大まかな概要を知っていれば先ず出ないような、大規模な呪殺の依頼であった。
傀塚家の主人は内心困惑しつつ、表面は取り繕う。
眼を横に流し、妻に可否を問うて……僅かな頷きを見て、主人は質問の内容を決めた。
「……失礼ながら、呪殺についての困難さ、呪術師、陰陽師の出来る事に関しての知識は?」
「私は寺の者なので詳しくは知りませんが、陰陽師であれば晴明の逸話を耳にしたことはありますな。この依頼をした者も同じ認識でしょう」
「呪殺対象を先に拝見させて貰っても?」
「なりません。全員殺すか、受けないならばあなた方を殺せと聞かされておりますので」
「脅しですか」
「"ええ"。正直な話、お上は対してあなた方に期待されておりませんので」
罠の依頼。
最初に提示された人数から深く疑念は感じていたが、ここで確信と自供は得られた。
それと同時に、藤の者は「半端な呪いを扱う豪族が居る」程度の認識でこの依頼を出したとも。
……やり口を見るに、一族の阿呆の仕業か。呪術師を知っているならば余りに軽率だ。
「……呪殺は時間をかけ、一人一人行うものです。3日となりますと、それ相応の呪いが藤の家に降り掛かりますが、"宜しいですか"?」
「………"宜しい"。なに、私は藤の名と関係ありませんからね。ええ」
僅かに逸らされた目線、期待を宿してない眼、興味関心の低さ……。
なるほど、住職は眉唾と考えているようだ。
ならば──呪詛師が付け入る隙は幾らでも存在する。
「──"お受け致します。対価は私の家を朝廷の傘下へ参入させること"。以上で縛りを結ばせて頂きましょう」
「分かりました。泊まりの部屋はこの部屋ですので……それでは、私はこれで」
住職が去り、傾聴の姿勢を変えないまま、夫婦が語る。
「前提の確認としよう。術式対象に自分以外……他者の禍福は原則招けない」
「うん、そうだね」
「しかし、自分と縛りを結んだ相手には可能である」
「うん、そうだね」
そしてその縛りはたった今、手紙と立ち合い代理人としての住職の言葉で成立した。
"藤の一族"と"傀塚家"として、結ばれたのだ。
故に今から藤の一族全員は、招虎の術式対象に入った事になる。
「聴かせてくれ、"都合よくここに書かれた政敵が全員3日以内に死ぬ福"は、どれだけの禍を藤の家に齎す?」
「無論、同等。"3日以内に藤の一族全員が底辺に落魄れるか死ぬ禍"が訪れる。でも、この規模での発動は初めてだから、私も禍福の具体的な挙動は分からない」
「直ぐに滅ぶのは困るな。未来へ小分けに禍を与えられるか?」
「……追加で縛って、
「福招きは今までで十分使ったから許容範囲だ。では、全員殺す必要があるかどうか。避けたい相手は?」
「正直に言うと何人か居る。……住職は全員って言ってたけど、9割も殺せば要望は通ると思うし避けていい?」
「構わない。それで、呪力は足りるか?」
「殺すだけなら米を豊作にしたり、水源を引き寄せるより少なく済むよ。戦闘に向かない低燃費術式の本領だからね」
「欲しいものは」
「沢山あるけど、大半は事前に用意してた呪具で代用可能。けど、藤の家に所属する呪術師による呪詛返し対策は改めて用意したいかな、うん、ギリギリまで結界と逸らし用の式神を練らせて欲しい」
「分かった。照尽に用意させよう」
互いの息遣いを確認し合い、夫婦らしく歩調を合わせる相談はこうして十分に済まされた。
冷淡に、冷酷に、淡々と呪いを巡らせ方を画策し、現実への落とし込みが終わりを迎えたのだ。
「「やるか/やろうか」」
数多の家の零落と、災いと不幸の未来が約束された藤の一族。
人を呪わば穴二つ。夫婦は縛りに従い、全員が不幸になる契約を粛々と熟すこととなった。
「糸の術式拡張用の結界を三重層、呪力の流れを誤魔化す帳を一つ、呪詛返しの身代わり式神2体、藤の術師、特に昔チラッと結界術を盗み見たあの人用の索敵撹乱式神を一体……人生初の術式使用率100%の為の準備よし……詠唱開始。
"禍福縄の如く巡る因果よ 招き引き寄せもつれたかせ糸のように 狂い巡れ"
──術式順転・
それから政敵の内350人──飛んで、貴族以外で約6300人。
突如として都に"出現"した4体の「赤鬼」「青鬼」「白鬼」「黒鬼」の容姿をした一級呪霊、16体の「親鬼」の準一級呪霊、700以上の二級以下の「子鬼」の呪霊により、晴明を始めとする一級以上の術師による鎮圧まで、都は多大な被害を被ることとなる。
「白鬼」出現位置 平安宮入口。
出現後平安宮を囲う迷宮の生得領域を展開、その場に居た特級術師を初め、1分の術師の足止め、指定された政敵の殺害を完遂。
複数人による領域展開により領域の上書き後、祓われる。
「黒鬼」出現位置 右京五条大路。
出現後その場から実体を消失。贄に選ばれた指定対象の元に転移と殺害を高速で実効。また、転移した点の直線に居た16名に対して「親鬼」への呪霊化が発生。「親鬼」による人々の「子鬼」化が発生し、鼠講のように呪霊化を広げつつ政敵の殺害を完遂。
「白鬼」の討伐により出動した特級術師晴明により祓われる。
「青鬼」出現位置 孔雀大路中心地──上空400m。
出現後から上空に留まり、特級術師蘆屋による討伐までの間、平安京におり視界内に空が入った非術師を全て空に引き寄せ続ける。
討伐後は術式が解除され、平安京全域で人の雨が降り注ぐ事となった。
大多数の民草の救助が術師の隊により成されるも、取り零した者の内に指定された政敵が存在し、結果的に政敵殺害は完遂される事となる。
「赤鬼」出現位置 左京五条大路。
出現から一切動かず、他の色鬼の死亡に反応し死亡し事態は終結。
死亡した政敵の数は350名、余波に6300名が死亡した「藤原四鬼内乱」はこれにて終幕となった。
その24時間後、赤鬼の術式により黒、白、青の鬼が平安京外の山奥にて復活。
更に一ヶ月後、赤鬼が復活。
四鬼が揃ったからか活動を再開。意図的にハクが除いた術師を除く、当時平安京外に居た16名が死亡する事となる。
そして縛りの完遂後、四鬼は各地へと散らばり、その足取りは自然と消え去ることとなった。
▲▽
鬼の襲来は終結すれど、晴明はこれを式神であると解明。
人員を集め平安京を脅した脅威の調査が行われる事となった。
結果は藤の一族の者が主犯……術の発動者と判明することになる。
これはハクの招虎が契約を結んだ相手も使えるようになる術だから……ではなく、あるからくりがあった。
「前提として、私はこの術式を100%で発動する為の呪力がない。だから今回は夫婦の共同作業として、縛りを結んだ相手の脳に招猫の術式を一時的に再現する事にしたんだ」
「ああ…く、来るな、来るな!」
「どうやったか。適当に藤の一族を何人か殺して、だんなさまの術式でそこら辺の平民に肉を食わせて乗っ取らせ、それを式神の素材として弄り回すだけ。だんなさまの死者再現は不完全だからか、記憶の欠落がある代わりに非術師でも術師に変えられる。後はそれを起点に時限式の絶命の縛りと合わせて、起動に合わせて遠隔で術式を強化してやればいい」
「やめろ! やめてくれ!」
「的当て代わりに坊主狩りに来たのが不幸だったな。まさか10人も捕まえられるとは私も想定外だったが、お前はそうやって素材になる1人だ。じゃあ、術式は開示したからより良い素材になってくれよ」
……真相はこういったものであるが、それを知る者は既に術師として縛りで絶命した。
肝心の目撃者である寺の坊主も、助けてくれた通りすがりの女の徳に感謝すれど、態々密告する事もない。そもそも、今回の事件に関わりがあるとすら気付いてないのだ。
例え呪術師の訪問が有っても、身に覚えが無いのだから証言もない。
結果、真相は藪の中へと放り込まれ、藤の術師の暴走として処理。
その後は平時の呪霊の対応に追われ忘れ去られていった。
「ご団欒中失礼、藤原の者からの手紙を届けに参りました」
「だんなさま、藤から手紙が来たみたいだ」
「ほう、見せてくれ……今日はご馳走だな。朝廷に仕える傀塚家の誕生と──」
「おえあー! ばー!」
「きゃ! きゃ!」
「──縛りは無事に成功して産まれた、当主を継ぐ第一、第二候補のお祝いだ」
「藤の一族の禍福の管理権を、作って握ったおかげだね。いつでも滅ぼせる切り札があると便利だよ」
「そうだな。お前は死後、管理権を握り続ける為の呪具になるだろうが……構わないな?」
「いいよ。私、死んだ後に何されようが気にしないから。今ある愛で十分」
「……私はいい女を持ったものだ」
確かなのは、その後傀塚家は藤の術師ではなく、名目だけだが朝廷直属の臣下として書面に記載され、藤の一族は周囲から反感を買いつつも無事朝廷の権限を乗っ取ったことだけである。
傀塚家は着々と次代に託す用意を進めていた。
『許さない』 『どうして』
『なんで俺が』 『お前だけ』
『死にたくなかった』『殺してやる』
『どうして』 『なんで』
『呪ってやる』 『絶対に』
だが、呪いは巡り、いつか帰ってくるものだ。
四目四鬼
今作独自の術式。
過去に居た3級術師の怨霊が生得術式の式神と混ざり合って産まれた、式神にして怨霊呪霊。
本来ならば前衛の黒、遠距離と索敵の青、簡易領域の白、擬似反転術式の赤と別れていたが、怨霊となった術師が新たに得た術式と合体し、其々が強化されている。
既に怨念を晴らしてあるのか、普段は大人しい。
一度調伏すれば子々孫々に従う忠誠心もあるが、その場合は散らばっている四鬼を同時に調伏しなければならない。
普段は日本各地に散らばっている為、討伐は困難を極める。
一里転
今作独自の術式。
四目四鬼に混ざった怨霊呪霊の持つ術式。
約1里(3km)以内の見た、見られた相手の場所に転移する。
縛りと式神の其々の特徴により、多種多様なオプションが付属されている。