「私が私である為なら、命くらい賭けられるっての」
原作の人。実力はそんなに変わってない。田舎で術師の婆ちゃんに鍛えられた。
「芻霊呪法」の術式を持ち、白兵戦もある程度熟せる。
強くはないが弱くもない。同じものを纏めて呪う術式持ちらしく田舎のやたら近い距離感が肌に合わない。
「我々の"窓"が呪胎を確認したのが1時間前。避難誘導9割の時点で現場の判断で施設を封鎖。
「受刑在院第二宿舎」
6名の在院者が現在も呪胎と共に取り残されており──」
説明の最中にぽつほつと雨が降り始める。
鉄製の檻を連想させる入り口の向こうには、物々しい呪力を放つ少年院が見えた。
「──呪胎の特徴から過去に出現した一級術師の怨霊化。
没年1899年。九つの命を持ち、八つの特級呪霊を祓ったとされる術師。
「東京幽界」から
予想が正しければ、九回殺す必要がある特級呪霊と成っている」
高専補助監督の
事態を理解した伏黒と釘崎が唾を飲み、理解しきれてない虎杖が首を傾げた。
「なあなあ俺特級とかイマイチ分かってねぇんだけど」
そんな質問に釘崎が呆れ顔になりつつ、補助監督が説明を付け足した。
その中で特級が
少年院から放たれる気配でやばいのは理解していたが、想像よりヤバい相手なのを理解した。
更に質問を重ねる。
「それから東京幽界ってなに?」
「東京にのみ存在する術師専用の"あの世"です。色々あって転生させる機能が機能不全を起こし、東京で死んだ術師はここで何年も彷徨った末に自我を無くし怨霊になります」
「やべーな、壊せないの?」
「かつて全国を覆いあの世として機能してましたが……呪詛師の悪用と破壊の結果がこれです。
詳しくは社会の授業で。これ以上は救出時間の都合で飛ばします」
「そっか、分かった」
今回の任務は生存者の確認と救出。
元より一年生に特級の除祓は期待されておらず、今回は異常事態に緊急事態が重なった結果白羽の矢が立っただけの事。
失敗前提の、生きて帰るだけでも十分仕事をしたと言える任務。
地方に仕事をしに行った五条悟の不在を埋める為の代役ではあるが、6名の命が掛かってるのは真違いなかった。
「絶対に戦わないこと。特級怨霊なのもそうですが、今回の相手は君達の大先輩でもあります。五条悟が呪霊として暴れてる死地に行く気持ちで、自分の恐怖には従ってください」
「あの、あの!
そうしていざ突入という時、見張りに引き留められながらも虎杖達にそう訪ねる女性が現れた。
少年院に残された者の家族。詳しい事情は分からないながらも、息子の危機に急いで駆け付けてきた母親だった。
「ううっ…」
不安に涙を流す様子を見て、虎杖が気まずそうに口を一文字にし、それからグッと気を引き締める。
「伏黒、釘崎、十勝──助けるぞ」
「当然」
「……」
「はい」
釣られて意気込む者、無言で既に死んでると予想する者、虎杖が生きて帰る事に目標を再設定した者。
三者三様に反応を返し、一年4人は少年院に侵入した。
「臭いを覚えろ "玉犬"
呪いが近付けばコイツらが教えてくれる。帳が降りたら本番だ」
伏黒が式神を現し、少年院を黒く覆っていく帳と共に警戒を釣り上げる。
帳が降りればそこを境目に生得領域を広げると予想。何度か五条の除祓に同行して得た経験則。
果たしてその予想は現実となり、伏黒はどよめく仲間を直ぐに冷静にさせた。
「出入り口は白に覚えさせてる。出口に進みつつ生存者を確認しよう」
頼りになると持ち上げる仲間を他所に、伏黒は白犬が報告した血の臭いに犠牲者に哀悼を軽く捧げた。
「この遺体を持って帰る」
「え」
「あの人の子供だ」
先に進み、5人の無惨な死体が確認された。
中には母親が様子を見に来ていた
「黒、二人を見ておけ」
襟元を掴み、額がくっ付く程に顔を近づけ圧をかける。
必要なのは納得ではなく、この場を逃げるだけの行動力だった。
「死者に構って目的を見失うな。俺達は後一人を確認して、生きてたら助けねぇといけねぇ。
その場その場の感情で生きてる奴まで見殺しにする気か?」
「だけど遺体も無しに死にましたじゃ…」
「置いてけ」
「後で戻る余裕なんて…」
思い切り額をぶつけ合い、思わず怒りを露わにする。
虎杖の発言に……戦場で呑気なことを言うのに耐えきれなかったのだ。
「"後にしろ"じゃねぇ。"置いてけ"って言ったんだ
ただでさえ助ける気のない人間を、死体になってまで救う気にはならない」
後半の言葉に、虎杖も伏黒の襟を掴む。
虎杖にとって聞き捨てならない言葉が有ったから。
そうして口論が続くのに耐えきれず、釘崎が間に入ろうとした時だった。
「うぷっ!?」
「「「!!?」」」
"十勝が影に呑み込まれた"。
反射的に黒を見て、首だけ残して死んだ事実が目に入る。
音を立てない奇襲。臭いを覚えさせた白が死ぬ訳にはいかないと交代させた末路。
「逃げるぞ! 十勝を探すのはそれから──」
"3人の間に蟲と猫の特徴を持った人型呪霊が降り立つ"。
『ケヒッ』
誰が反応するよりも早く。
特級怨霊「九流米」は、呪力の練りが甘いと見たか虎杖の両腕を切り落とし、殴り飛ばした。
生得領域内は空間が歪んでいる。
飛ばされた虎杖は壁をぶち破ってその先に広がっている大穴に落ちていった。
「釘崎、虎杖を連れて逃げろ。
呑み込め "大蛇"」
「…はっ!?」
次いで動いたのは伏黒。釘崎の足元に大蛇を"地面と重なる様に出現"させ、そのまま呑み込ませる。
生得領域によりその大きさと数が増えた物体は通常より脆い。
それを利用し、周囲を押し退けて出現させ、逃す。
蛇の先は落下している虎杖。蛇に不時着させ早々に釘崎と合流させる算段。
「"
伏黒に飛び掛かる呪霊の攻撃を
十種の式神は破壊された式神の力を他に引き継がせられる。
渾は出現と同時に呪霊へと噛みつき、地面に叩き付ける直前で回避した。
同時に大蛇が消える。大蛇が合流が完了したと見て消えた様だ。
『ギヒッ』
「巡れ "貫牛"
飛び立て "鵺"」
最も弱い者から狩る。
そう考え虎杖が落ちた方を見た呪霊の視線を読み、貫牛と鵺を同時に出現させた。
周囲を貫牛が周り、上から鵺が雷を落とす。伏黒としても呪力を一気に使う組み合わせ。
複雑な術式の行使に鼻血が出るも気にする余裕はない。確実に巻き込む為の必要経費だ。
「お前に奥の手は使わねぇ
今からやるのは俺の術式の9番目。葬いの虎だ」
この呪霊から逃げるにはまだ足りないのだから。
術式を開示し、巻き込む。東京幽界の影響で特級クラスとなった式神の調伏に。
「調伏の儀──"虎葬"」
魔虚羅は使わない。容赦ない特級怨霊が相手ではあるが、まだ遊んでいる慢心が垣間見れる。
ならば……逃げるだけなら可能性が残っている。
ドンッ──震脚を叩き付けた衝撃に領域が震える。
突進して鵺を八つ裂きにし、そのまま貫牛を踵落としで首を断った呪霊の背から胴を撃ち抜かれる。
心の臓腑を揺らす魂への一撃。
「────」
そこに立つのは虎の
虎葬。"高い身体能力と幽霊が降り立てる伽藍堂の肉体を待った式神"。
「──"难"」
「1番やばい奴を持って来い」
"降霊術を術式効果に組み込んだ式神"。
調伏の儀でどれだけ高位の霊を降ろしたかによって今後の能力の幅が変わる。
時代と所有者の実力が如実に反映されるそれは──魂を転生させず保管する東京幽界と最も相性が良い。
「ハァ───」
『キヒヒヒ!』
後半した呪霊と組み手と同時に向こう500年に渡る強者の魂から最も強き者が選ばれる。
やがて式神の眼が開くと同時に、"その肉体から呪力反応が全て消失した"。
「──"伏黒甚爾"」
……虎葬は憑依した術師の術式までは再現されない。
しかし生前の身体能力、及び天与呪縛の"利点"は対象内であり、死者は魂が新鮮であるほど技術を記憶している。
従って最も最難関として選ばれるのは、その特性と最も噛み合った術師であり……それは奇しくも伏黒恵の父その人であった。
「───」
『ゲヒヒ──ガッグギャ!』
憑依と同時に繰り出される一撃がより重く、鋭い物に変化する。
標準装備としてインプットされていた中国拳法のそれから崩れ、野生的で容赦なく命を奪う動きへ。虎杖の切り落とされた両腕が掴んでいた呪具を拾い、腹から両断する。
「よ」
『ゲヒヒヒ!!!!』
よし殺し……と言う前に、呪霊の術式が発動し"
補助監督の説明を思い出す。残り八つの命。追加の術式開示を行う。
「虎葬の死者の口寄せは再現じゃなく"加算"。
周囲一帯の魂から一つ強い物を選び能力のみ得る。
本来なら死んだ仲間の魂や壊れた式神事態を利用するが……
選ばれる魂の範囲は拡大され、効果は常に最大化される」
虎葬の開かれた眼が紅く充血し、獰猛に牙を覗かせる。ボルテージが上がった。
興奮のままに近くのパイプを千切り、力任せに投げて壁に貼り付け、
「……後は、どう逃げるか」
死者の魂を取り込むだけなら見た目はそのままで、人格も宿らない。
効果も不安定であり、その対策として最低限の性能としてある程度の身体能力と技術を持っていた。
爆発力と可能性はある式神。そこに安定性が加わった結果、伏黒は現時点での虎葬の調伏を諦めた。
「───」
『キヒヒヒ!!』
虎葬へ怨霊が果敢に攻め立てるも、理性を失った様子とは裏腹に繊細な技で捌かれていく。
寧ろ腕を伸ばす度に腕や手をバキボキと砕かれ、その末に呪霊は三度目の死を迎えた。
また、
(虎杖達の方には行けない。俺が動けば奴は俺を標的にし始める。
調伏の最中に距離を取って儀式を破綻させようとすれば、式神はそれに対抗するからだ。
兎に角……機を待つしかない)
代わりの運用は魔虚羅より生きる目がある自爆技。
今の伏黒にとって虎葬はその様な式神だ。
敵と組み合っているが、いつコチラに牙を向くか分からない多少マシな諸刃の剣。
「───」
『ガっ……ハヒヒヒヒハハハ!!!』
バチッ──。
死んでは蘇って得た呪力の核心に、呪霊が"黒閃"を放った。
潜在能力が解放され、かつて術師であった時に身に付けた"耐性の攻性転換"を解放。
新たな拡張術式を得た相手に、虎葬が高速化し摩擦熱で熱した爪で"焼いて切り裂いた"。
(観察して分かった。この呪霊が得る耐性は目算8割カット。
死因と見做される範囲は広く、現時点で斬撃、刺突、打撃、熱は殆ど効かない。
その上黒閃を撃った影響か攻撃した直後に不自然に切れたり抉られ始めた。死因の再現って所か。
……特級怨霊にしても余りに強い。宿儺の指を取り込んでる可能性が──)
『ケヒッ』
並外れた能力に舌を巻き、逃げる方法に考えてたその時、呪霊がコチラを向いて裂けるような笑みを浮かべた。
式神使いを殺す基本は、本体を叩くこと。
「ッ"蝦蟇"!」
手元とあちこちに出現させた蝦蟇が舌を伸ばし、伏黒を脱出させ二人を拘束する。
事前に結んだ一体一体の大きさと力を低くする代わりに出現範囲と数を伸ばす縛り。
当然一瞬でどちらの拘束も破壊され、お互いに攻撃し合いながら伏黒を追いかける。
互いに攻撃し妨害し合っているのが幸いし移動速度が並ぶ。
偶然にも虎葬が伏黒への攻撃を妨害する形。
その間にも虎葬が傀塚流で魂に直接殴った振動を送り、破裂させる。
新たな
「〜〜っ呪力が…!」
手に持った蝦蟇で壁を引っ張り落ちて加速するも、何処ぞの蜘蛛男には及ばない。
その上呪力が尽き始めてきた。蝦蟇の輪郭がブレ、引っ張られる力が不安定になる。
距離が縮まり、死が近づく。決断が迫る。
「〜〜〜……!
「「「後は任せろ」」」
落ちながらも相手を巻き込む為に振り返り、拳を前に突き出したその瞬間──伏黒は虎杖に抱えられ、元は橋の一つでも掛かっていたのか、横道に転がり込む。
両腕が無い分、無理に抱え密着した状態で。
「ごめん、待たせた‼︎」
「なんで逃げなかった!」
「伏黒を死なせたく無かったから‼︎」
「〜〜〜ックソ! 何処に落ちた!」
互いの唾がかかるのも気にせず、言葉を交わす。
両腕が無くなったのに逃げない馬鹿と、ほぼ自分を囮にした馬鹿二人の罵り合い。
さりとて時間は無く、話は直ぐに足止めに向かった二人に向けられた。
既に六回死んで殆ど無敵となった手合い。その上死因を術式として扱い始めた相手。
二人には荷が重く、ともすれば既に死んでいてもおかしく無い。
「六回は殺したが相手はその分強くなった‼︎ 相手をすれば絶対に死ぬぞ!」
「大丈夫、作戦がある」
「生半可は作戦なんて」
下を覗き込み、絶句した。
だって、そこに合った光景は。
「せーっの‼︎」
「ええやないか‼︎」
『キヒヒヒ!!!!』
「────」
"鎧を着た十勝に釘崎含め全員が攻撃している"光景だったのだから。
絵面は完全にイジメのそれである。
「何してんだ…」
「連携って言ってた」
「馬鹿だろ。虎杖置いて宿儺と入れ替わりする方がまだ芽がある」
両腕をベルトで止血された虎杖が伏黒の横から一緒に覗き込む。
どうやらあの後合流した二人は十勝を回収し、伏黒を助けに向かったようだ。
この術師らしくない動きは間違いなく虎杖の提案だろう。実に人の心を動かすのに長けていた。
「どうすんだ。十勝の術式で倒せる相手じゃないだろ」
「あー…俺も詳しい説明は聞いてないんだけどさ」
十勝川下の術式は攻撃された分だけ周囲を無差別に跳ね返す術式。
初期の影響範囲はデカく、与えられる損傷は範囲が広くなるほど弱まっていく。
その特性は確かに強いが……この術式の真髄はそこではない。
「"確定ダメージ"なんだってさ。
防御も耐性も関係なく、全員平等に同じくらい傷付ける。
そんで、"誰かに攻撃した時点でその矛先は十勝に向かう"」
ゲームにはタンクという役割がある。
デコイという役割もある。
十勝の術式は後者。
自身をあらゆる攻撃を集めるデコイにし、最後に丸ごと殺す地雷。
「よっと。"この反撃は攻撃した奴の術式も乗る"ってさ。
だから共鳴りを乗せて来た。これで倍返しが更に倍になるって寸法よ」
「……誰が考えたんだ」
「十勝本人の案」
一撃与えた釘崎がその場から離れ、瓦礫を伝って伏黒達の方に避難し、続きを言った。
範囲を狭めるなら味方は同じ場所に居た方がやり易い。
そして折角反射するなら、共鳴りの倍率も載せた方が確実に殺せる。
「では……盛大に行きます」
──天を穿つ紫の柱。
怨霊の耐性の攻性転換、虎葬に憑依した甚爾の火力、釘崎の共鳴り。
その全てが反撃の一言に纏まり解放された一撃は、その様な言葉で表す他にない規模で解放された。
帳が破壊され、外の雲を貫いて晴らし、一撃より内部に巻き込まれた者に対する持続的攻撃に重きを置いた攻撃は怨霊の命を容赦なく奪い取った。
虎葬もまた同様に祓われ、巻き込まれた雑多な呪霊も纏めて祓われ……"想定外だったのは、この術式が虎杖の中にいた宿儺まで届いたという一点"。
「不快だ」
「……あー、見逃してくれません?」
「ならん。お前は今此処で殺す」
"範囲に居れば、平等に傷付ける"。
怨霊が取り込んでいた宿儺の指は、共鳴りの効果が乗った反撃を宿儺本体にまで届かせた。
竜の逆鱗に触れ、虎の尾を踏む所業。何より呪詛返し自体は手慣れの術師ならば平等に為せる技。
安易に手を出した分、手酷い火傷は免れない。
「──えっ?」
「⁉︎ 十勝!」
既に虎杖は上層部から6本の指を飲み、宿儺はこれを己の血肉に戻した。
呪詛返しの技術はその中に含まれており、宿儺はこれを本人に返した。
倍返しする反撃術式を共鳴りで増幅し、宿儺の呪詛返しで更に倍に返された呪い。
倍率に直して1000倍に増幅された破滅は、十勝を死に至らしめるのには十分過ぎるものだった。
確実を期した結果が、確実な本人の死。
見える選択で最善を選んだからこその、想定外な落とし穴。
『──ゲヒッ』
その上で最悪だったのは、十勝の術式に対し怨霊の耐性獲得方法が的確であった事。
死因は必ず複合的である。蘇り耐性を得るこの術式はその中からランダムに死因を選び取り耐性を得る。
重複もあり得る中、怨霊は二回の死で"十勝の術式"と"釘崎の術式"という的確かつ概念的に対象を選び取った。
故に残り一つ、只人と並び立つまでに堕とされたが、殺し切れてない。
「逃げるぞ」
判断は早かった。それ以外無かった。
伏黒の呪力は切れ、虎杖は両腕を失った。
釘崎の術式は耐性を得られ、倒すすべを持たない。
虎葬は十勝によって葬られ、調伏の儀は破綻した。
「ごめん」
再び帳が展開される中、"二人"が走る。
「何してんだ虎杖!」
「さっき言ってたよな、"宿儺と入れ替わる方がまだ芽がある"。
俺も今、そうだなって思った」
「馬鹿‼︎ そんなことして十勝が喜ぶって──何すんだ離せ‼︎」
二人に背を向けて、足から火を噴射して登ってきた怨霊と相対する。
伏黒が釘崎の手を掴み、足を止めず出口へ走る。
それしか釘崎を助ける選択肢が無かったから、虎杖の思いを汲むしかなかった。
『クキキキ』
怨霊が足を止めたのは単に虎杖の中にいる脅威を警戒してのこと。
皮肉にも、虎杖が囮となるのが最適解だと示す反応だった。
二人の背中が怨霊から見えなくなった頃、虎杖が叫ぶ。
「あ゛ーーー!!死にたくねぇ!!嫌だ!!嫌だぁ!!!
……でも…死ぬんだ…」
既に怨霊は8つの困難を乗り越え、ほぼ無敵となった。
耐性の攻性転換も行える様になった以上、攻撃手段も豊富。
死人は出て、目標は達成不可能になった。心が絶望に沈む中、恐怖を叫ぶ。
覚悟を決める。
「俺は死に場所くらい選べると思ってた。そのくらいの強さはあると思ってたんだ」
腕は無い。呪力は使い熟せない。さっき見た虎葬と怨霊の戦いと同じ動きは絶対できない。
絶対に死ぬ。無様に何も出来ず死ぬ。
宿儺に頼らなければの話だが。
「でも違った。俺は弱い」
変わって、戻れるかは分からない。
1本と7本では勝手が違うのは何となく理解していた。
もしかしたらこのまま無様に死んだ方が良いのかもしれない。
だが……虎杖にはまだ、死にたく無いという心が残っている。
「──……つくづく忌々しい小娘だ」
隈取りの様に新たに二つの眼が現れ、顔に模様が浮かぶ。
宿儺が、現れた。
『──ッ"断"!』
殆ど反射だった。
縛りを幾つも結び、汎用性の低い耐性を封じる代わりに宿儺の指に宿っていた技と術式を呼び覚ました。
「──"領域展開"」
八度死の峠を乗り越えて掴んだ真髄がそれを可能にし──宿儺に取り返したいと思わせる技を見せてしまった。
「術師の俺を猿真似してどうして逃げられると思った? なぁ、虫けら」
傀塚式は、同じ技を知る物には容易に発動を防がれる。
技術は消えようと大まかな概要は覚えていた宿儺は技を防ぎ、領域を出し切断する。
どんな耐性を得ようと必中の領域内では無意味。それを上回る量で攻撃すれば大した問題ではない。
「知ってるか? 俺とお前は同じ特級の枠組みなんだそうだ」
印を結ぶ為に反転術式で再生した両腕でぽんぽんと頭を叩きつつ、講釈を垂れる。
無駄に頑丈な手合いであるが故の死ぬまでの暇つぶしだった。
それも終わると、取り込んでいた宿儺の指を取り出してぶらりと歩く。
「さて、どうしようか。縛りもなくぽんぽん代わった以上、小娘は戻るのに手こずるだろう」
のんびりと行使者が死んで元に戻った少年院をぶらつき、入り口に進む。
既に外では夜を迎えており、鈴虫や蝉の声が何処からか聞こえていた。
結果として十勝が無意味に命と引き換えに晴らした空が、何とも美しいと宿儺は思う。
そうだ、折角の良い夜だし伏黒と契約しようか。
「よく見える星だ。空の塵も等しく消されたお陰だな」
「⁉︎」
「そう怯えるな、今は機嫌がいい。少し二人で話そう」
殴り飛ばされ、何処かの住宅地に叩きつけられる。
そうして話されたのは、虎杖の心臓を抜き、新たな宿儺の指を飲んで人質にした契約交渉。
「呑み込め。そうすれば小娘は解放してやる。今後攻撃しない縛りをしても良い。
代わりに伏黒、お前が俺の器になれ」
「……俺が器になると保証はない。死ぬだけだ」
「俺は昔、未来を空想本として識る術式を持った術師に情報を吐かせた事がある。
何より、女の身体で"王"は片手落ちだろう?」
宿儺の指を伏黒が飲む代わりに、虎杖は助かる。
二者択一の契約。伏黒の脳裏に人生の思い出が駆け巡り、姉を由来とする行動原理を振り返る。
「俺は不平等に人を助ける」
論理的には助けない。ただ、助けたいと思った善人を助ける。
今までも、きっとこれからもそうだ。
「──
宿儺の思惑に乗ってやる理由なんて、何一つない。
空欠になった呪力が調伏の儀の為に補填され、最後の式神を形成していき──。
「……俺は、お前みたいな善人が死ぬのを見たく無かった。
迷いも見捨てもしたが、結局我儘な感情論。
けど、それでいいんだ。
お前を助けた事に、一度だって後悔した事はない」
「…そっか」
にへらと、虎杖が笑う。
今まで見てきた虎杖の笑顔の中で、1番下手くそだった。
「伏黒は賢いから、色々考えてんだろ。
その真実はいつも正しい。けど俺が間違ってるとは思わん。
けどごめんな、迷惑掛けっぱなしで……や、これは別に言う必要無くて…いざって時、言う事纏まんなぁ」
ぼたぼたと抜かれた胸の穴から血が垂れ落ちる。
宿儺が空を見て感動していた時間が、虎杖が肉体を取り返す時間稼ぎになった。
その奇貨で買えた時間も、もう残り僅かだった。
「伏黒も、釘崎も、五条先生も……十勝先輩がいねぇのが寂しいけど。
長生きしろよ」
……雨が降り始めた。
空は憎いほど晴れていたが、それでも。
赤い彼岸花の花言葉は「諦め」
白い彼岸花の花言葉は「また会う日まで」
死者が化けて出るのは白い方。