呪具「一族列伝」
傀塚の初代を始めとする一族の術式と生得領域が全て納められた呪具。
初代の女と劣等な呪霊がお互いに支え合った結果の産物。偶然にも魂が呪具となった。
それ相応の呪力を込める事で自身と保管された生得領域の展開が可能。その際に使用者の生得領域も登録される。
取り込むと一族の記憶と技術、想いの記録で精神を上書きし、蟷螂の縛りの対象内となる。
謂わば、精神隷属器。
975年。
傀塚家の長男と長女が争っている時、招虎の領域から離れた位置……降霊術の生得領域で、もう一つの戦いが繰り広げられていた。
「グッ…この──!」
空から降り注ぐ鋼鉄の羽刃を手刀で弾き、背後から迫り来る骨刀を叩き落とし、返し刃に回し蹴りが行われる。
「"
「うおっマジでテメェ…呪霊みたいな戦い方しやがって!」
「まだ肉体は無いので、然もありませんね」
それに対し三女が蹴りが当たる場所を針山に変えたのを見て、脚を引っ込めて後方へと下がる。
長男と長女の争いと比べれば相互に殺意の薄い殴り合いを続け──20分が経とうとしていた。
「いい加減もっといい手段探そうぜなあ! 全員で生き残れる方法もあるはずだって!」
「有りませんよ。そんなのは」
近くの術師を真似て母の姿になった次女と、魂の改造で自由自在に姿を変える三女。
禍福の操作により致命傷の回避を続け、その間に行われる説得に一切耳を貸さずに攻撃を行い続ける。
攻防と言うのも烏滸がましいじゃれあいと評すべき喧嘩。
「やってみねーと分からねーだろ!?」
「分からず屋はお姉様の方です。御父様と御母様の儀式に抜け穴がある筈ありませんから」
「お前の心はどうなんだよ! 本当は殺すのイヤじゃねーのかよ!」
「……その姿で言われると、御母様に説教されてる気分になりますね」
虎の爪へ変じた乱撃を紙一重に躱し、隙を見計らって次女が投げ飛ばす。
魂の改造が他対象かつ、やる気があれば既に死んでいるであろう接敵した攻撃。
しかし次女が無事である様子を伺うに、術式は自己限定の改造か。
倒れ伏した三女と胸ぐらを掴んだ次女の視線が交差する。
「誤魔化すんじゃねー。本心で話せや」
「……だったらどうするんですか」
「助ける。それが姉である責任だろうが」
その言葉に息詰まった三女の視線が逸らされる。
本心では戦う事を望んでいないのだろう。
ここまで接近している以上、いつでも心臓を貫けるのにしないのが答えも同然であった。
「……無理ですよ。私達はまだ産まれてなくて、身体は一つだけ。必ず3人は死んでしまいます」
「共有すりゃいいだろ別に! 縛りが何だ、そんな物破ってやりゃあいい! 死なねーならどんな負債も俺が何とかする!」
「御母様と御父様が死ぬのに?」
三女の濁った眼が次女を見つめ、直後に三女の肋骨の骨が飛び出して次女を襲った。
挙句に生霊術を解除して身体能力を元に戻し、禍福操作の負債も踏み倒しつつ回避する。
「儀式が始まった以上、両親の死は変わらない! 救えないのなら、私はその願いを遂行する!」
「大馬鹿が!」
土竜のように地面を潜っての奇襲、次いでウニの様に針山となり、その次は腕を弓として連射し、次々と手を変え品を変えていく。
しかし……決定打が、殺意が足りない。ならばどうするか。
「……骨刀、鎖骨鎖、髪鞭、鯉尾、鷹翼、蜘蛛脚、蜘蛛眼!」
すると三女がそう叫ぶと同時に、纏っている呪力が強まった。
(……俺との戦闘に使う自己改造の内容を縛って出力を上げた? 選出からして中距離スピード型。間合いを保って一方的に殴ろうって魂胆か!)
「焦ったな! その手札じゃ俺は倒せねェ!──待ってろよ、今全員が助かるやり方ってもんを持ってくるからよ!」
対して、次女もこれまでと打って変わった運に頼らない身体捌きで三女の猛攻を凌いでいく。
やはり妊婦の身体では動きに限界があったのだろう。
術式こそ運を味方に付けられるのは強力だが、単純な戦闘能力では術式を使わない方が強く出れる。
いっそのこと術式を戦闘に使う事をスッパリ諦めた次女が、領域内を駆け回りながら呪力を練り上げていく。
呪力によって強化と人体と慣れない異形の身体の競争であれば、上回るのは人の方である。
(だがどうする。アイツの変身は厄介だがまだ何とかなる範囲。問題はこの儀式から逃げ出しても産まれられる方法の模索だ。大体の話はアイツが戦ってる間に聞いたが、俺に出来る事はそう多くはない)
現在、4人の子供達は呪具「一族列伝」の生得領域に取り込まれている。
皆肉体は無く、残った一人だけが勝者として母の腹の肉体を獲得し、産まれる事が可能。
逃げたとしても
バシャンと、
波紋を広げながら廃れた都から離れ、兄と姉を探す。
(生霊術は近くに居る生きた術師が対象だ。魂だけの俺ら姉妹は術式対象外。結果、消去法で母さんを必ず対象に取ることになる。ヤな仮定だが、その状態で赤子を産んでもそれは生身ではない。新たな赤子の魂だ。今の俺は呪霊を乗っ取った人の魂。肉体を構築する材料がない以上、この術で自己生産は不可能──であるならば、この領域が使えれば或いは可能性はある)
エリアは二つ。
招虎の術式由来の、日本のミニチュアがある地図を連想する平らな水辺。
降霊術の術式由来の、廃墟と化した都の街並み。
これがどう役に立てるか。
("この領域に刻まれた先祖の魂のように、呪物を経由した受肉"──雀の術式、この黒閃の呪力に触れた演算能力なら、可能性はある)
次女には上手く利用すれば解決出来る道筋が……他者の物とはいえ黒閃に触れ続けた結果であるものの……全員で産まれられる希望が見えていた。
真髄の黒き力を前にして学んだ呪力の可能性にか細くも全員が助かる道を見たのである。
そもそも儀式とは参加する全員がルールに従わなければ破綻する物。
結界を壊す、一人も残らずに死ぬ、呪力の供給を断つ……破綻の綻びは幾つもあり、傀塚白はそれを補える程の芸達者な術師ではない。
(イケル──イケんぜこりゃあ! 大体家族ってもんは無条件に協力できる相手だ! 話せば──)
止まることなく成長を続け思惑さえも壊して仕舞えば、確かにそれはこの儀式に通用する解決方法となる。
「"鉄砲魚指"」
しかしそれは希望的観測に過ぎない。
「えっ──」
それは不完全ながらも未来を数十年演算出来る者にとって、とうに不可能であると結論付けた仮説であり──どの未来でも小石を助けられない時点で、諦めた道であった。
「──すみません、さっきの縛りっぽいのは嘘です。呪力が増したのは出力を全開にしただけですね」
5つの指から放たれた水砲により、心臓と四肢貫かれた次女の足を掴み持ち上げた三女が眼を閉じる。
呪力を次女に送り、慎重に自分の呪力で馴染ませていく。
「な……で…」
「私の術式は自分と触れた魂を弄れます。自分の魂は見ての通り自由自在ですが、自分以外の魂を弄る場合かなりの負担をかけてしまって、練度不足からか改造しても直ぐに死んでしまうんです」
より繊細に改造する為の、術式開示が始まった。
「欠点は他にもあります。魂を呪力で守れば阻止されるし、呪物と一体化している術師には効果がない。結界一枚体表に貼られるだけで無力化されるし、自分以外の半呪半人の魂は少しでも弄ると死んでしまう。総じて、他人に対しては相手を改造、殺害、治療くらいにしか使えない。特に魂を呪物に変えるのは、とっても繊細な作業になるんです。けれど、ゾーンに入っている今なら……」
ボキ、バギ、グシャ、バシャ、ブシュ、グジュ、メキ、グググ……。
多種多様な音を立てて次女の身体が圧縮されていく。
「お姉様の術式は素晴らしいです。誰かと一緒ならなんでも乗り越えられる可能性が合って、どんな力も扱えて、とってもとっても──妬ましい」
荒れた波が落ち着き静かに
青空に翳し、刃に指を添えて出来栄えを観る。
そっと撫でるだけで血が三女の頬に滴り、そのサマをみて三女は満足気に笑った。
「良かったぁ、お姉様が私の物になって。御父様と御母様が沢山、呪具を造る練習をさせてくれたお陰ですね」
特級呪具「
生霊術の術師其の物を呪具へと変えた、指定した術師が生きているならばその者の術式を再現する呪具。
持ち主の知識量次第で無限の手札を作り出せる呪いの
「分かってたけど悍ましいね、それ」
うっとりと眺めていた三女に、長男との戦いを終え遠くから様子を伺っていた長女が歩み寄っていく。
「あ、お姉様。見殺しなんて酷い人ですね」
「どうせ殺すならより良い呪具にしてやった方がいいでしょ。儀式による呪具化より小雀の方が腕はいいし」
カラカラと白色の歯車を背に浮かばせた長女の、古びた鏡を覗いているが如き視線が三女に突き刺さる。
「そんな顔で言われると気色悪いので、褒めないでください」
「今更だよ」
「雰囲気変わりました?」
ぴくりと三女の眉が動く。
会話が成り立たないと一瞬よぎり、それから先んじて返答を貰ったのだと気が付いた。
今は、既に術式の範囲内か。成程、余り愉快なものではない。
(……今更とはと、私はこれから質問する)
「一通りの
(分かった。未来予測ではなく表情や雰囲気から推測している。大丈夫、術式で誤魔化せる範囲だ)
無言、されど長女にとっては十分な情報量。
既に術式を見せている以上、ここに出てきたのは確実に倒せると踏んだ為。
倒すには相手の予想を上回るか、想定外をぶち込むか。
(いや…結局こうなった以上出し惜しみはダメ。未来が分かってても変えられない結果を押し付けないと。その為にも──)
先ずは領域を展開し、押し合いに勝利しなければ始まらない。
「「領域展開」」
やはり血は争えないのだろう。
会話の間から戦いの合図を同時に見出した姉妹達の、領域の押し合いが始まった。
印が結ばれ、領域名が言紡がれる。
「白識泪后庭」
それは全てが白く染まった歯車の世界。
底に天に果てはなく、無数の歯車が互いに噛み合い、或いは孤独に空転する無記の領域。
入ったが最後、術式過多にされ死に至る。
「自閉円頓裹」
それは全てが黒より黒い、手と腕のみが広がる世界。
ツギハギの交差された腕の世界は、触れた全ての魂を破綻させ殺すだろう。
(やっぱり領域まで到達して……いや、あの術式なら遅いまであるか。呪物に加工する余裕はない。術式が適応され次第壊さないと──領域を解析して高速で解体してる!? 思考が速いなあ!)
(──領域構成解析完了。解体完…結界の変質を確認。未来候補5、状況開──表情操作ミスってたか! 近接戦闘の状況開始、候補7に誘導!)
歯車の一つに乗って上から様子を見ていた長女へと刃が迫る。
領域の押し合いに置いて不利ならば、その分の思考をこっちに使わせるのは必須事項。
既に領域の構造を解析されたのなら尚更であり、持ち直す為に結界の閉じ込め──区切りを消し去り、閉じない領域へ変質させていく。
(やってやれないね! 姉より天才の妹を持つのは苦労するよ! 死ねばいいのに!)
一度展開した領域を押し合いながら閉じない領域に至る。
それは絵画とそこに描いた絵を綺麗に切り取り、地に着くまでに彫像の領域になるまで塗り重ねる人外の諸行。
神域に一歩踏み込んだ御技。
(うんざりするなぁ……もっと呪物にし易いくらいのお姉様だったら良かったのに。呪物に出来ないとかつまんなーい。さっさと殺そ)
空性結界。領域を解析仕切った時点で解体し無力化可能な結界術の奥義の一つ。
閉じない領域。結界の区切り無しで世界に領域を広げる、領域の押し合いに特化した展開。
共に黒閃の呪力に触れ続けたが故に掴み取った呪力の真髄のぶつかり合い。
天性の才覚の命を賭けた全力のぶつかり合いが成長を促し続けた到達点。
(大丈夫、多少勝ちパターンが崩れてもリカバリーは効く。その為に縛りで術式のみで予測を再現出来なくする代わりに膨大な数の未来を見れるようにしたんだ! 大丈夫、私は予測した未来の通りに動けばいいだけ!)
(拮抗はマズい。未来を知ってる相手にそれは負けに進むようなもの。
「──いやありましたね、
傀塚の子供達は呪霊を乗っ取らせる事で術師か否かを選別され、魂を現世に繋ぎ止め成長させる。
即ち、人として産まれてなくとも呪霊としてであれば既に産まれているも同然。
「無為転変──"
そしてこの場は「一族列伝」の生得領域の中。例え肉体を失くそうと、魂が外に飛び出る事はない。そして魂が成長した以上、これ以上呪霊の中に留まる理由すらない。
それに囚われず、躊躇せずに三女は呪物化を行い──。
「……ア…レレ?」
『勝たせて貰いますよ、お姉様』
"乗っ取っていた人の魂が呪物となり、「無為転変」本当の持ち主である「人の呪霊」が武器を構えた"。
(──勝った。これで相伝の対象からコイツは外れた……後は、祓うだけ)
「来なよ特級呪霊。皮が自分自身だと心底信じてるマヌケ面を剥いでやる」
身体中がツギハギの人体の組み合わせで出来た、人が人を恐怖する感情から産まれた呪霊。
巡る呪力は長女の呪力を優に超え、その上二つの呪具を携えている。
『漸く枷から解放されてスッキリしてるのに、そんな事言わないでくださいよ。ねぇ、イケずなお姉様?』
「だったら一度だけ聞いてあげる──お前は人か? 呪霊か?」
『
「ハズレだ鼻垂れ娘。私達は人に産まれない限り、呪霊なんだ」
三女の面影を残る呪霊の口が三日月のように歪み悪意を剥き出しにした。
貪欲な力の渇望の末路が、其処にはあった。
傀塚家の力作、呪霊の側面に力を入れることとなった三女の土台は「人」の呪霊である。
材料となったのは呪力を供給する為の呪物を制作している最中のこと。
親である筈の者から薪の様に火に焚べられる体験を得た、400万の赤子の魂が抱いた恐怖と怨念が集合し、一体の特級呪霊としてこの世に呪胎する事となる。
傀塚は力量差からその場での
幸運にも空いていた4人目の枠組みとして、その場で大量の人の魂を口寄せて投入。
およそ205万の魂が喰われた末に、不完全ながらも乗っ取れる魂の口寄せに成功。
その後は封印も兼ねて儀式による人への転化を狙い、今日に至るまで情報を秘匿。
『煩いですね。私は人ですよ、誰がなんと言おうとね』
「違うね」
結果、人か呪霊か。
果たしてどちらが本体であるかも分からなくなる程に精神構造が同一化する事となる。
そうして場当たり的な対処の積み重ねによって研磨と学習を続けた精神は、呪霊の本能をある程度抑える事に成功。
人の魂を離さない限り、呪霊に堕ちることはない状態にまで安定させる事に成功した。
「お前は手放してしまったんだよ。
後に産まれた人の呪霊は言う。
心とは、魂から漏れ出る反応に過ぎないと。
『──だったらお姉様を殺してから戻せば良いだけですよねぇ!?』
「やりもしない事を抜かすな残骸!!」
最早言葉は不要。
両者が全力を尽くして呪力を高め、衝突せんと一歩を踏み込み──。
────ズ…ン
『「!?」』
真上からの重圧。
足を前に出す事もできない呪力の気配。
(──未来予測にない出来事。つまり私が何か失敗した結果の産物……嘘でしょ、既に領域は解除している。死体も確認した。何を見落とした!? どんな手品を……)
(特級術師の呪力。逃げるか? 否、先ずは情報。上から感じ直ぐに攻撃が来ないということは人の乱入者か……震えてきたねぇ)
蛇に睨まれた蛙が動けなくなるように、行動する事すら慄く死の領域。
緊迫の最中、二人揃って見上げた。
『ガコン』
……例え縛りに適応しようとも、それは術式ではなく適応した式神のみ。
術式全体に対してならば適応の手は及ばず、死に際に結ぶ縛り次第では"調伏の儀式に巻き込む"のは容易い事となる。
少なくとも、600年を経て漸く初代が産まれる術式を構築するよりも圧倒的に。
『ガコン』
史上初、呪胎儀式への適応が始まろうとしていた。
原作では伏黒と江戸時代の禪院当主が使用していた術式。
自分の影を媒介に式神を召喚する。式神は十種存在し、調伏の儀で勝つことで使役が可能となる。
活用方法は多種多様にあるが、一番強いのはまこーらの調伏の儀に巻き込む自爆。
平安時代にこの術式を待った呪術師は産まれてない。600年くらいフライングしてる。
その為未来予測ではこの術式に到達出来ない。
どうやって見つけたか。雀は式神術の知識から演算し、仮定を積み重ねてこの術式に辿り着いた。
だから雀は、フルスペックのまこーらがどれだけ強いか知らない。
原作では真人が使用していた術式。
自身と触れた魂を弄り回せる。肉体も魂に釣られて変わる。
覚醒したばかりの術師を戦える様に感覚をインプットしたり改造したり出来る。
小雀は「人間の呪霊」と殆ど同化してこの術式を使っていた。
仮に小雀が魂を分離せずに儀式に勝った場合、特に特級呪霊の側面は出ずに人として産まれ死んでいただろう。