TSエルフ、赤ん坊を拾う   作:面相ゆつ

1 / 33
森に赤ん坊を置いていくのはすごい困る

 

 『それ』を見つけたのは森で薬草集めをしていたときだった。

 

 

 俺は森の中に住む超優秀なエルフの魔法使いだ。

 まぁ魔法使いと言っても住んでた地元での称号みたいなものだし、俺の専門は薬の調合で最近は本格的な魔法自体もあまり使っていないが。

だからどちらかといえば薬師に近い。材料を採取し薬を作って、それを売る。派手でもないしあまり面白みがないと思われるかもしれない。これが俺の性に合っているのは事実だ。ちまちま作業するのは意外と好きだし。

 

 この森に居を構えて大体十年、気ままに薬を売り、ちょこちょこ近くの町や村の人間と交流し、割とのんびりと日常を過ごす。目的自体はあるにはあるが、時間のかかることだから焦ってもしょうがないものだ。つまり、俺はほのぼの生きている。エルフだから時間だけはあるんでね。

 

 

 その日は常備している薬草がたまたま切れていて、その薬草は薬の調合依頼に必要なもので。しかもその依頼はそこそこ締め切りが近いものだった……近いと言っても俺からすればすぐに調合できる薬だ。別に急ぐものでもない代物だ。言ってしまえば今日やらなくてもいい仕事だったわけ。

 でもなぁ……すぐにできるのに後回しに放っておくのもなんだか嫌ではないか?俺は今日できることは、今日やっておきたい性質なのだ。なんと出来るエルフなのだろうか。自画自賛しておこう。偉いぜ。

 

 そうして薬草集めに赴いていたのだが、今日に限って違うルートで薬草を採っていたのが悪かったのかもしれない。違うルートの理由は何となく。それ以上の理由は特になかった。

 道に迷ったとかそんな間抜けな話でもない。俺にとってはこの森は文字通り庭のようなものだから迷うことなんて決してない。フフン!いわば森の主様である。

 

 

 

 だがいつも通りの道を通っていれば、こんな面倒くさいことにはならなかったと思う。でも、まぁこれも神の思し召しってやつだろう。それなら仕方ないなと自分を納得させるしかないかぁ。

 

 「うわぁ……まじかよ……」 

 

 俺も普通に歩いているだけなら見つけることはできなかった。下を見ながら、注意深く薬草集めをしていたから見つけられただけだ。ただの偶然で、運が良かったのだろう。俺にとっては運が悪かったのかも……

 

 『それ』は木の根の陰にポツンと寂しく置かれていた。誰かに見つけてもらうためではなく、誰にも見つけられないように。森の中では場違いな白い毛布に包まれている『それ』は、すやすやと眠る人間の赤ん坊であったのだ。

 

 俺は思わず目を覆ってしまう。あーあどうしようかなぁ……見て見ぬふりしたらダメだよなこれ……捨て子ってことでいいんだよな?置き忘れでは……ないだろうなぁ。この森に近くに住む人間が来ることってあまりないし。

 

 赤ん坊の周りを見渡しても、気になるものは何もない。あるのは……俺の今日の目的であった薬草が生えているだけだった。これこれ。薄緑の五つ葉で手のひらサイズのこれが欲しくて探してたんだ。なぜか赤ん坊も見つけちゃったんだけど。

 

 困った。めちゃくちゃに困った。とりあえず一旦、気持ちを落ち着かせるために薬草を採る。異常事態に陥っても本来の目的を忘れないようにしないとな。冷静になれ……俺……と思いつつ、ぶちぶちと薬草を抜いていく。横目で赤ん坊を見ると……うん普通に生きてるな。

 

 必要な分の薬草を集め終わり、改めて目の前の現実に目を向ける。何度見ても人間だなぁ。どこから見ても赤ん坊だ。頬をぷにっと触るとほんのり温かい。幻覚じゃなかったかぁ。残念だ。

 

 うーん……こうやっていつまでも地面に置いておかれるのもどうだろう。毛布に包まれているけれど、直接地面に置いていると寒いもんな。

 とりあえず赤ん坊を抱き上げる。赤ん坊を抱いたことなんてないから正しい持ち方かもわからんぞ……?眠っている生き物の生々しい重さが正直怖い。おぉ……これが人間の赤ん坊の重さ……

 あれやこれやと試行錯誤を繰り返し、へっぴり腰になりながらも一応安全な状態で抱くことができたと思う。これで合っているかは知らないが、落ちなければセーフだろう。大丈夫なはずだ。多分……

 

 俺の腕の中で眠る赤ん坊は幸せそうだ。俺の気も知らないでよぉ!それでも眠ってくれているおかげであやさずに済んでいるからまだラッキーか。あやし方なんて全くもって知らん。あーもうどうしようかな本当に……

 小さな赤ん坊と言えど、人間は人間だ。端的に言って重い。薬草の入ったかごを背負っているからか、余計にそう思う。そもそも原因に俺の『今の』身体が輪にかけて小柄なのもある。はぁ、昔の身体ならもっと力もあったのになぁ……あったよな?

 

 ………………………………まぁ、色々考えるのは帰ってからだな。うん。薬草採集も終わったし。なんか違うものも拾っちゃったけど。

 

 

  

 赤ん坊の重さと、『落っことしたらやべぇぞ』という当然な心理的負荷にひぃひぃ言いながら歩き、歩き、ようやくたどり着いた我が家のドアを開けると、薬草と本と調合器具に溢れているごちゃごちゃした部屋が出迎えてくれた。自慢の我が家ながら汚い。汚いけど落ち着くのも確かなんだよなぁ。

 

 そして部屋を見渡して、唯一綺麗……綺麗っちゃ綺麗、比較的綺麗ということにしておこう、俺のベッドの上に赤ん坊を寝かせる。まぁ読みかけの本も散らばってるけど。でも大きいベッドにしててよかったー。三人で寝てもなお余りそうなほど大きなベッドは、一人暮らしの俺に必要かどうかは置いておく。

 

 今日採ってきた薬草を入れたかごを床に置き、ようやくひと心地つけるようになった。うげぇしんどい……

 

 赤ん坊という名の重い荷物を降ろすとどっと疲れが襲い掛かってきた。身体の緊張が解けたのも関係しているだろうな。だって赤ん坊を抱いて歩いたこともなかったし。落とさないかが心配だったぞ。

 

 どさっと赤ん坊にぶつからないように俺もベッドに寝転がる。つ、疲れた……!

 

 思いのほか高い天井をぼんやり見ていると、今の状況のめんどくささに気が付いた。赤ん坊、連れて帰ってきちゃったよ……でもあのまま置いてったら動物に食われてたかもだしなぁ。

 俺の住むこの森にはスライムなどの魔物はいない。魔物はいないが普通に肉食の動物はいる。熊とか狼とか。今の時期は他の獲物がいるから、わざわざ見慣れない人間の赤ん坊襲うことはないとは思うけど……それでも野晒しで置いておくのはちょっと怖い。

 

 「呑気に寝てるな……お前これからどうするんだー?」

 

 気持ちよさそうな顔で眠る赤ん坊に向けて言葉をかける。どうすんだーって俺がどうすんだーだよ。包まれていた毛布以外は何もない赤ん坊だ。俺には拾う義務も義理もなかった。それなのになんで拾っちゃったかなぁ。犬や猫を拾うのとはわけが違うのになぁ。でもなぁ、俺だって人でなしじゃないし、見捨てる選択肢はできねぇよなぁ……

 

 朝早くに出かけたからか、時間帯はまだ昼にもなっていない。目を少し動かすとベッドのそばの窓から見える天気は無駄に良い。

 赤ん坊はいつからあそこに置かれていたのだろうか。季節は草花が芽吹く時期だからこそ、この赤ん坊は凍えずに済んだ。置いていった奴がそこまで考えていたかはわからないが、そこだけは褒めてやってもいいかもな。いやだめだ、そもそも捨てるなよ。それに森じゃなくてせめて町の教会前に置いといてくれ。それの方が確実だろ。

 色々な考えが頭をよぎる。考え続けるとやっぱり恐ろしい程に問題が山積みな気がする。あー……もー……俺も寝るか……

 

 

 

 「ぶー」

 

 眠りの底から無理やり頭を引っ張られる感覚だ。眠りから起きるときって大体そんな感じだ……あれ?痛いな?なんか実際に痛いな?本当に引っ張られてないこれ?

 頭から伝わる痛みで目を開け、隣を見ると眠っていた赤ん坊がいない。まさかベッドから落ちてしまったでは?と一瞬ゾッとしたが、赤ん坊特有の言葉になってないばぶばぶ声は聞こえる。ベッドの奥、つまりは俺の頭側からだ。首を無理に動かし見ると俺の結んだ髪をおもちゃのように振り回す赤ん坊の姿があった。いつの間に起きていたのやら。

 

 「お、おい……やめろって」

 

 赤ん坊に言っても意味はないと思うが。キャッキャッと笑い声を挙げて上下に俺の髪を叩きつけるこいつは紛うことなき暴君だ。赤ん坊が髪をぶん回すのに合わせて、俺の頭と首もぐんぐんと振り回される。右に左に右に左に……俺の髪がそんなに物珍しいのか!?金髪がそんなに興味深いのか!?グルグル回すのがそんなに楽しいのか!?

 

 俺としてもどうにかして止めたいが、如何せん位置が悪い。隣にいたはずの赤ん坊は俺の頭側に移動していて、絶妙に対応に困る。無理にどうこうして、赤ん坊が怪我してしまうのは当然避けたい。それに少し時間が経てば興味をなくすか、疲れてまた眠るかもしれない。俺が我慢すればいいことか……もう諦観だ。

 そうやって待ってみるが一向に収まる気配がない。それだけでは飽き足らずアグレッシブにベッドの上を動き回る。髪を掴んだままだ!抜けるってば!

 

 

 俺は耐えた。赤ん坊が俺の髪を手放すまで泣く泣く耐えた。嵐が過ぎ去るのをただ待つその姿のなんとまぁ惨めなことか。永遠にも似たその時間は俺の疲労感をぐんぐんと高めてくる。くそぉ……頭だけじゃなくて首も痛くなってきたぞ……

 だがその時間にも終わりはある。唐突に俺の髪を引っ張っていた力が弱まったのだ。赤ん坊も髪で遊ぶのに飽きたのだろう。だってただの髪だからな。

 

 「満足したか?」

 

 返事など返ってくるはずはないが赤ん坊にそう言う。さっきまでずっと視界が揺れていたからかちょっと気分が悪い。やれやれ、赤ん坊ってみんなこうなのか?これはもう神よりも自由奔放な存在だろう。

 赤ん坊の自由さに圧倒された俺だったが、それでも、それでもようやく一旦ひと息をつける。そう思った矢先だ。視界の端をなかなかのスピードで何かが横切るのが見えてしまった。

 

 ベッドの上で俺以外に動くものなど、今この家には一つしか存在しない。赤ん坊だ。赤ん坊が這っているとは思えない速さでベッドの上を移動しているではないか。森のスライムよりも速い動きだ!この身体能力の高さは将来有望だ。

 その姿に感心しながら首を少し上げてボーっと見ていたが、いやいやいや危ないって!赤ん坊が一直線に向かう先はベッドの足元の方向だ。なんで!?なんでそっちに行くんだよ!?そっちには何もないぞ!?

 このベッドには柵はない。だって俺専用のベッドだから。別に寝相が悪くて落ちても俺自身は平気だ。だが赤ん坊はどうだろう。誤って頭から落ちてしまったら……と考えるだけでも恐ろしい。これは相当やばいって!

 

 「止まれってば!」

 

 言っても止まらないのはわかっているのに思わず叫んでしまう。当然、赤ん坊がそんな言葉で止まるわけもなく、一心不乱にベッドの端の崖に向かっていく。自ら死地に向かうこいつは勇気ある者なのかもしれない。けれどもその勇気はもっと大事な時のために取っておいて欲しい。

 

 俺がわたわたしているうちに、赤ん坊はベッドの終わりのすぐ手前まで行ってしまっている。これもう無理では?と思ったがいや大丈夫じゃんと我に返る。そうだ俺は『魔法使い』なのだから。

 赤ん坊を指差し、言葉に魔力を込めて「浮け」とだけ言う。そうするとたちまちに赤ん坊の身体がふわりと浮き始めた。ベッドより少し高い位置で止まり、そのままふわふわと空中に漂っている。

 ギリギリではあったが、間に合ったのでよし。俺が使ったのは浮遊の魔法だ。久々に使ったが及第点だろう。

 

 「だぁーぶぅ!」

 

 赤ん坊特有の意味をなしていない声を挙げて、赤ん坊は空に浮くという初めての感覚に目をまん丸にしている。初めて浮いたらそうなるよな。わかるよ。俺も初めて魔法で浮いたときはそんな感じだった。俺の浮遊魔法は対象の周りの空気を球状に待ちあげるイメージだから割と安定感がある。人によってイメージの差はあるがな。

 

 「はいはい、そっちは危ないからこっちに来ような」

 

 今思うと家に帰る時もこの魔法使えばよかった。そうすればあんなに重い思いをせずに済んだのに。そんなことを思いつつ、指で指向性を決めて赤ん坊を俺の方に向かわせる。

 赤ん坊はゆっくりとしたスピードでこちらに向かって来る。見るからに満面の笑みで楽しそうだ。俺の気苦労なんて知らないだろうな。それはまぁ仕方ないことか……だって赤ん坊だもの。

 俺の目の前まで来たところで魔法を解き、ぽすんと腕に抱きとめる。ぐ、やっぱり重い……男の身体の時ならもっと楽だったろうに。

 

 腕の中の赤ん坊はぷくぷくした顔で俺をじっと見上げている。ふと考えると赤ん坊が起きた状態でちゃんと対面するのは初めてか。

 

 「……なんというか……とりあえずよろしく?」

 

 何はともあれ当面の間はこの赤ん坊の保護者になるしかない。それは拾って帰った時点で決定事項だったわけだが……まぁどうにかなるだろう。悩んでも意味がないことだ。

 人間の赤ん坊が大きくなるまでなんて、精々長くても、本当に長くても二十年かからないくらいだ。エルフの俺にとっては別にそこまで長い期間でもない。ま、さっさと自立できるくらいになればそれでいいはずだ。それに生活していくうちに、もしかしたらもっと良い引き取り手があるかもしれないしな。

 

 「心配するな。世話くらいは多少見てやるからな」

 

 まだ伝わらないだろうが、赤ん坊に語りかけてやる。赤ん坊はさっきと変わらず俺の顔を見つめているだけだ。うーん、表情だけでは何考えてるかわかんねぇな。

 でも赤ん坊に必要なものって何だ?そこから調べていかないといけないのか。これは骨が折れるぞ……やらなければならないことは山積みだ。とりあえずは……ベッドに柵をつけるところから始めるかぁ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。