TSエルフ、赤ん坊を拾う   作:面相ゆつ

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 「ごめんくださーい。いるー?いるかなー?開けてー」

 

 日も落ちて、ある程度の時間が経った夜のこと。どんどんと家の扉を叩く音、そして聞き覚えのない女の声が外から響いてくる。キースとキィと可愛らしく顔を見合わせて首を傾げている一方で、俺は警戒心を最大限まで引き上げた。

 

 ……夜、森の奥深くのこんな場所にわざわざ来るのは相当変な奴だ。つーか、日中ですら誰も来ないんだぞ?

 薬の個人依頼などは教会で取り次いでもらうことになっているのだ。そもそも誰かがここにやってくること自体がかなり怪しい。

 

 迷った奴がここに来たのでは?という可能性はあるにはある。が、結局『夜』にわざわざ『こんな森』に入り込む奴……善悪は問わないとして、何かしらの明確な理由があるのは確実だ。警戒するべきだろう。うちにはキースもいるんだ。何かあってからでは遅い。

 

 

 キィを俺の傍まですぐに呼び寄せる。そしてキィを抱き上げてキースには聞こえない程度の小声で囁く。 

 

 「……キィ、俺は訪問者の確認をしてくる。俺に何かあったら、キースを頼む。お前が頼りだ」

 

 「にゃ」

 

 キィの短い鳴き声からは『任せとけ』と肯定の意を感じ取れた。俺の相棒は頼りになるぜ。キィにたっぷりと魔力を与え、何があっても大丈夫なように準備をする。

 これだけあれば、キィが姿を変化させても余裕でどうにかなる。猫のままではキースと一緒に逃げる時に何かと不便だろうしな。俺の指示を受けた後、キィは床へと優雅にひょいと降りた。

 

 

 ……そして服を引っ張るキースを安心させるために、目線を合わせてキースの柔らかいほっぺをもにゅもにゅと揉み込む。

 

 「キースぅ。多分道に迷った人が来ちゃったんだと思うからちょっと見てくるな?」

 

 「まま……やだいかないで」

 

 これは俺が変に物々しい雰囲気を出してしまったのが悪いな。

 

 「大丈夫、大丈夫。すぐ戻って来るから。良い子だから待っててくれなぁ。キィ、キースの傍を離れないようにな?頼んだぞ」

 

 服を掴んでいる手をゆっくりと外させて、あとはキィに任せる。何もないといいなぁ。正直俺も怖いんだ。

 

 

 

 「誰だ」

 

 「あ、よかった。その声、可愛い声覚えてるよー。やっぱりまだここに住んでてくれたんだ」

 

 「は……?いいから答えろ。答えないようなら……」

 

 「待って待って!あれれ?もしかして覚えてない?それもそっか、扉で遮られちゃ姿がわかんないよね。エルフちゃん、私だよ、私。この家の元の持ち主の」

 

 「……魔女か?」

 

 「そーそー。覚えててくれて嬉しいよー!で、わかったところで入れてもらってもいいー?」

 

 少しだけ扉を開けて外を窺う。大きなリュックを背負い、長い黒髪を三つ編みにしている女は確かに知り合いの魔女だった。

 はぁー……なんだよ。心配して損した。

 

 

 

 

 「いやぁー!結構久しぶりって感じ?ちょっと近くに寄ったから来ちゃったー!」

 

 来訪者の正体は俺たちが住んでいる家の元々の持ち主だった魔女だ。俺がこの土地にやって来た頃、『なんか面白いものねぇかな』と森をうろついていた時に出会った。どういった経緯でかは覚えていないが、住む家がないと言ったところ、なんと見ず知らずの俺に『使っていいよー』と簡単に管理を任せてくれたのだ。

 

 見た目が出会った頃と比べても全く変わっていないところを見るに、こいつも何らかの長命種だろうな。うーん、エルフでないのは確実だが……見た目じゃ全くもってわからん。

 

 

 

 そんな魔女はというと、それはそれは楽しそうに家の中をぐるりと見渡している。

 一部を除いて家具類の配置に関しては当時のままだ。薬を作る作業場や置いている道具から、懐かしさとかそういったものを感じているのかもしれねぇな。

 

 「うんうん!好きに使っていいとは言ったけど、ほぼそのまんまだねぇ………大事に使ってくれてて感動かも!あげた甲斐があるってものだねぇ。って、あれぇ?んー?」

 

 非常に満足気に周囲を見渡していた魔女がある場所で動きを止める。俺の後ろに隠れるようにしているキースの姿を発見したのだろうか。じぃっとキースを見つめている。 

 

 「え、ちっちゃい子がいる。銀髪ってめずらしー。エルフちゃんの子……じゃないだろうね。なくはないけど、基本はエルフ同士でしか子どもは生まれないもんねぇ」

 

 「まぁ………………………………この子の保護者的な?とりあえず色々あってな」

 

 「ふぅん……ま、いいや。私も深くは聞かないようにするよ。薬の実験台にするために町で攫って来たとか急に告白されても困るしねー?」

 

 はっはっは、冗談が上手いなこいつ。グーで殴っても許される気がする。でも実際、事情を知らない者からはこう思われても仕方ない気もする。その辺りは気にしたところでもうどうにもならないけど。

 

 

 「キース、大丈夫。この人は悪い人とかではないから。俺たちが今住んでるここのおうちを使わせてくれてる優しい魔女さんだよ。はじめましてってご挨拶しようなー」

 

 俺にぎゅっと引っ付いているキースを安心させるためにちょっとした説明をする……だけど、キースは不安そうな目で俺を見上げるだけだ。

 

 「はじめましてー。元、この森の魔女だよー。キースくんだっけ?よろしくー」

 

 代わりに人好きのする微笑みを携えた魔女がキースの目線に合わせ、軽く手を振りながら挨拶をする。キースはあまり人見知りしない子だから、朝日を浴びた花が開くか如く輝かしい笑顔で迎えてくれるだろう。

 

 「……きーす、まじょやだ」

 

 キースはそれだけ言ってすぐに俺の後ろに隠れてしまった。へ?

 

 「え。ど、どうしたんだキース?えっと。すまない、魔女。いつもは人見知りなんてしないんだけど」

 

 キースの思ってもみない反応に数秒ほど固まってしまったが、慌てて魔女に謝る。キースはというと顔を俺に押し付けて魔女を見ようともしない。知らない人が来て照れてるのか?

 

 「別にいいよー。だって初対面だもん。それくらい警戒するのがほんとだよー」

 

 「そうなんだけどな?でも結構珍しいんだよ」

 

 魔女は気にもしない様子で口元を手で隠してにっこりと笑う。まぁそっちが気にしてないんなら、俺も構わないんだけどさ。 

 キースの頭を撫でながらもう一度『どうしたー?』と声を掛けるが、ふるふると首を振るだけで引っ付いたままだ。んー?不思議だ……キースもたまにはそういう気分の時もあるかぁ……あれ?キィも全身の毛を逆立て、警戒感を露わにしている。これまた珍しい。

 

 

 

 「泊ってくんだろ?俺のベッドでいいんなら、あそこで休んでくれ」

 

 これまた珍しくぐずるキースを寝かしつけ、先程出した温かい茶を飲んでいる魔女に声を掛ける。俺も流石にか弱そうな魔女を真夜中に放り出すことなんてできない。俺は自分のベッドを指さす。

 

 俺はキースと一緒に寝ればいいだけだ。キースも少しずつ大きくなってきたこともあって、それに合わせてキース用のベッドも拡大、改造している。そもそもキースと寝るのはいつものことだしな。

 

 「あ、いいのー?こっちとしてはありがたいんだけど、なんか悪いなー」

 

 「元々お前の家だろうに気にすんなよ。俺も客人を夜の森に放り捨てることなんてしないさ」

 

 「………………………………毒気、抜かれちゃうなぁ。でもお言葉に甘えさせてもらうねー?」

 

 毒気も何もないと思うんだけどな。 

 

 

 

 そうして積もる話もあるんだろうってことで魔女が今まで何をしていたのかを聞いていたのだが……やはり魔女は国を転々としながら旅をしているらしい。そういやこの国から出たのも『ほとぼりが冷めるまで』とか言ってたしな。

 

 「ねぇ、エルフちゃん。私、実はガーランジュっていう国にも行ってたんだー」

 

 「おぉ!懐かしい場所だ。そこ、俺の故郷だよ。遠くまで行ってんだなぁ」

 

 ……そんな遠くまで行ってたのか。今住んでいる国であるゴーンと俺の故郷であるガーランジュはかなり遠い。間にいくつもの国を挟んでいるのだから、そりゃあ遠いわなって感じだが。

 俺もガーランジュからここに来るまで苦労したんだよなぁ。でかい湖の向こう側に行くために交易商人の集団の船に潜り込んでみたり、竜の背中に乗って山々を越えたりとか色々だ。

 

 「あぁ!やっぱり!そうじゃないかなぁって思ってたよ。エルフだもんね。それでね?そこで珍しい話を耳にして。知ってるかなー?」

 

 「へぇ!どんな話?俺もあそこを離れてからそこそこ経ってるからなぁ」

 

 俺も故郷の話となると気になるものだ。もう大体……十年とちょっと?あれ?十年経ってないくらいだっけ。やべぇ、ガーランジュのことを気にせず過ごしてるせいだな。

 若干わくわくしながら魔女の次の言葉を待つ。俺が目に見えて気になっているのに満足したのか、魔女が血のように赤い目を怪しく輝かせ、口角を上げて答える。あ、意外と八重歯鋭いんだ。

 

 

 「性別が変わったエルフが手紙だけ残して忽然と失踪した話。知ってる?」

 

 「……多分、知ってるけど」

 

 ………………………………俺のことっぽいな。でも言わなきゃバレないよな。

 

 「なーんだ流石に知ってるかー!ざんねーん!でもさ、あの話相当ヤバいよね」

 

 魔女はちぇーと言いたげに唇を尖らせ、肩を落としていたがまたすぐに楽しそうに話し出す。 

 

 「ヤバいかな?そうでもなくない?手紙もしっかり残してどっかに行ったわけだろ?そこまで言う程じゃないって」

 

 俺は呆れたように横に手を振り、ちょっと笑ってしまう。

 要約すると『大丈夫だから探さないで』と書いた手紙を俺も残していったし。急にいなくなったのは悪いけど、相当ヤバいと魔女に思われるまで大きな話ではない気がする。あれ、まぁまぁ前の話だぞ?

 

 「いやいやー!一連の事件からしてヤバいでしょー!若い優秀なエルフの子が襲撃され、辺り一面が血だまり!その中で倒れているエルフの子!そして性別が変わり、その後失踪!何らかの陰謀だよ!闇が深い!」

 

 「まぁな。今思うとよく生きてたって感じだよなぁ」

 

 刺された証でもある未だ首に残る傷跡を触る。触れるとその部分の感覚は鋭敏になっているが、痛くも痒くもない。

 思いの外魔女が興奮して元気いっぱい話している一方で、俺は何ともいえない微妙な気持ちになる。こう、当事者的には終わった話だからなぁ。

 

 「むぅ、反応が薄ーい!」

 

 「だってさぁ、それで終わった話だろ?」

 

 刺してきた奴に関しても、魔力の痕跡も残ってないって聞かされたから今もわかってないはずだ。なんつーか特に進展もないんなら、自然に風化していきそう。 

 

 「………………………………エルフちゃん、本当にそう思ってる?その後、どうなってるかまでは知らないっぽいね。当たり前かぁ」

 

 「ん?どういうことだ?」

 

 ……どうやら何かあるらしい。 

 

 

 

 魔女は残った茶を飲み干してから語り始めた。

 

 「……ガーランジュでは、国を挙げてその子が失踪した後からずーーーーーっと捜索してるらしくて。最近は周辺の国の方にも足を伸ばして探してるよ」

 

 「………………………………なんで?手紙、残してんならそれでいいじゃん。自分の意思で国から出てったんだよ」

 

 俺がそう思うのは当然のことである。前提になるが、別に国から出ても何も悪いわけではない。国外に出ようが罪に問われるとかそういうのは特にないんだから。

 が、何故か魔女の目は哀れみに満ちている。

 

 「エルフちゃんも理解していると思うけど、若いエルフの子ってびっくりするくらい貴重でしょ?しかも優秀でめちゃくちゃ目を掛けられていたうえに、上の方の人たちにも可愛がられてたみたいで」

 

 「うん」

 

 「で、脅されて人攫いにあった可能性もなくはない。残した手紙も震えた字で書かれてたらしいから」

 

 それ書いた時、普通に眠かっただけだけど……震えた字になってたんだ。見直しとけば綺麗に書き直してたのに。

 

 「つまり?」

 

 「ガーランジュはその子が生きているなら何が何でも絶対に国に連れ戻す。連れ出した人がいるなら、すごい面倒くさいことになる…あ、仮に他の国にいた場合はねー」

 

 えぇ……そこまでしないって……つーか高々エルフ一人に大国が労力掛け過ぎだろ。マジならドン引きだ。

 

 「死んでいたら……恐ろしくて私の口からは言えないなー」

 

 「うっそだぁ……それって流石に大袈裟過ぎないか?俺が知らないからって話を盛り過ぎだぞー?」

 

 「信じるか信じないかはエルフちゃん次第だけどー」

 

 魔女は目を瞑り、ひらひらと軽薄に手をゆらゆらさせる。それのせいで余計に嘘か本当かわからない。

 うーん。でもガーランジュがそこまでやる必要性ってないんだよなぁ。いくらエルフが希少だからって、ねぇ?

 

 「私が言えるのはこれくらいかなー。正直、自分の意思だったとしても失踪の仕方が悪いよねー。正規の手段で出るんならまだマシだったよ、きっと。監視付きだろうけどさー」

 

 ………………………………監視付きは嫌だからあれで正解だったというわけだな!

 

 「ガーランジュもそれだけ必死ってこと何だよねぇ。でも、本人にその気がないんなら仕方ないかー。気が変わったし、黙っておこー」

 

 「どういう意味?」

 

 「こっちの話ー!気にしないでー!そんなことよりもっとお話ししようよー!私、旅続きで会話に飢えてるんだよー!」

 

 ………………………………魔女の話に付き合った結果、すげぇ夜遅くまでになった。キースが起きないくらいの声で会話するんなら俺としてはいいんだけどな。

 

 

 

 

 

 「エルフちゃん、昨日はありがとー。ベッドがふかふかでよーく眠れたよー」 

 

 「うん、それならよかったよ。しかし、もう行くんだな。そういえば町にも寄るのか?」

 

 次の日の朝早く、俺は魔女を見送ることにする。せっかく寄ったんだからもっといればいいのにと思うんだがな。

 

 「いやー!町は無理無理!!まだぜーったいほとぼり冷めてないもん!ここでギリギリ!見つからないようにささっと出ていくね!」

 

 「お前、何しでかしたんだよ……まぁいいけど。またいつでも来てくれよな。歓迎するよ」

 

 魔女が何をしでかしたかについては、俺もあまり興味はない。俺にとっては、この家を自由に使っていいと快く承諾してくれた優しい魔女なのだから。それだけで十分だ。 

 

 そして魔女と別れる前に俺は一つ聞きたいことがあったのを思い出す。

 

 「そうだ。魔女……名前は何なんだ?」

 

 「私の名前?名前はねー………………………………秘密!」

 

 は?何言ってんだこいつ。

 

 「は?何言ってんだこいつ」

 

 「口に出してるよー?まーまーいいじゃない。秘密は多い方が楽しいでしょー?」

 

 それはわかる。秘密は多い方がカッコイイからな……!!

 

 

 遠く離れていった魔女はいつまでも元気よく手を振っていく。だが、最後に何か思い出したかのように『そうそうー!』と大きな声で叫ぶ。

 

 「あとそれとねー!もしもガーランジュの人に何か聞かれたとしても上手いこと誤魔化しておくから安心してね!レイちゃん!またねーバイバーイ!」

 

 「ん?まぁいいや!!おう!またな!」

 

 

 魔女の背中が見えなくなるまで見送ってから俺も家に戻ることにする。何故なら朝早いから、眠い。

 ………………………………ん?あれ?そういえば俺、魔女に自分の名前教えてたっけ?うーん多分教えてたんだな!でもそれなら魔女の名前を知らないのは不公平な気がする!ズルい!

 

 

 




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