朝食後にキースと一緒に歯を磨きながら、ふと鏡を見て思った。
「………………………………今の俺、オス度が足りてねぇな」
「おすど?おすどってなぁにぃ?」
思わず口から出た謎の言葉に、俺より先に歯を磨き終えたキースがきらきらした純粋な目で『それって何?』と聞いてくる。だがそれに答える前に、キースが上手に歯を磨けているかのチェックだ。
あーんしてー……おー…………………………よし!キースの小さくて愛らしい歯は見事に磨けている。ピカピカだ。キースは天性の歯磨き師か?歯磨き屋としても十分にやっていけるポテンシャルを感じる。
「キースぅ!自分で上手に歯を磨けて偉いぞ~!」
「えへへー!すごいでしょー!」
褒められてぱぁっと光るような笑顔をキースが見せてくれる。あぁ~!この笑顔ために生きている!頭を撫でてあげよう!
んで、オス度とは何、か……
「それでオス度についてなんだけどな。つまりオス度は……男らしさの指標のことだよ。まぁ有り体に言えば男としてのカッコ良さ……ひいては俺個人のカッコ良さの基準だな」
筋肉がムキムキだったり、大人の渋い顔つきであったり、背が高かったり……そんな見た目の『おっ!これは……カッコ良いよな!』を俺基準で主観的に判断したものである。あと十段階評価だ。もちろん今考えた。常日頃からそんなのを考えて生きてたくはねぇからな。
「ううん、よくわかんない……」
俺の簡潔かつ『ん?』となる説明にキースは非常に戸惑っている。つーか若干引かれてすらいる。まぁこの概念?自分でもよくわかんないんだから仕方ない。俺の中にある、言葉で表現しにくい概念だもんなぁ。
「すまんキース、これってわかりにくいよな……そうだ!実際に身近な人でオス度を調べてみようか!町に行って確かめてみようぜ!」
「ほんと?わぁい!」
俺がキースに提案すると全身で喜びを表すようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。そんなに嬉しがられるとこの謎概念も生まれてきた意味があるというものだ。そうと決まれば準備をして行くぞ!!
「キース、あそこを見てごらん」
「うん!しんぷ―がいるね!」
「そうだ!暇そうに花壇いじりしている神父がいるな」
教会の敷地内に入る一歩手前で、キースと俺の二人は壁に隠れるようにして様子を窺う。神父はどうやら、天気も良いからか外にある花壇の整備をしているようだな。花の水やりをしたり、プチプチと草の間引きをしていたりと結構楽しそうだ。
身近な男で一番に思いつく者と言えば教会の神父である。いや、俺も男だけどね?ただこの場合はわかりやすさ重視というかね?キースを混乱の渦に陥れるのもよくないからなぁ。
よって!観察対象として神父を選んだわけだ!流石に忙しそうなら諦めるつもりだったが、今日も大丈夫そうだな!よかったぁ!
「ねぇねぇ!しんぷーのおすどってすごいの?」
「ふっふっふ!キースぅ!気になるか?気になるよな?でも落ち着くんだ」
神父のオス度に対して、俺が思った以上に興味津々なキースを宥める。まぁ落ち着きなさい。こういうのは勿体ぶって答えるのが良いのだ。その方がなんか……楽しい!!
「ではお答えしようかなぁ?」
「はやくはやく!おしえてー!」
「キースも欲しがるねぇ!じゃあ答えるぞぉ?」
目線を合わせ、キースのすべすべの頬をモチモチしながら答えようとする。が。
「あれ?レイさん、そんなところでキースと何をしているんですか?」
「……アリアぁ。今、めちゃくちゃ良いところだったのにぃ」
「え。声掛けただけなんですが……」
………………………………外出から帰ってきたアリアによって出鼻をくじかれてしまった。別にアリアが悪いわけでもないが。
まぁとりあえずってことでアリアに事の次第を掻い摘んで話すことにした。オス度の調査について話したのだが、アリアは天を仰ぎ『えぇ……?』やら『私の理解力が足りないのかな……?』と呟いている。
「アリア。気にすることはないぞ。俺でもオス度って意味不明だよなぁって思ってるから。なんだろうな、オス度って」
「よかった……!いや、よくないです!自分でも意味不明ってわかってる変な言葉をキースに教えちゃダメです!」
安堵と呆れとドン引きが混ざったようなアリアの言い分も一理ある。つーか何ならアリアの意見に全面的に賛成だ。変な言葉だよなぁ。でもな……
アリアの目を真っすぐ見つめる。俺の真剣さをわかって欲しい。
「子どもの『知りたい』にはできる限り応えてやりたい。それが親としての役割だと思うんだ。見てくれよ、キースの『神父のオス度ってどのくらいなのかなぁ』って気になってワクワクしている顔を。俺は……教えてやりたいんだよ、俺から見た神父のオス度をな……!」
「レイさん……真剣に言えば何でも許されると思ってませんか?」
「………………………………ごめんちょっと思ってる!」
誤魔化せなかった!!
「でもさぁ、いいじゃんかよぉ。あくまで俺のカッコよさの基準ってだけだからさぁ。人前ではオス度とか使わせないようにキースにしっかりと言い聞かせるしさぁ」
「まま、おしえておしえてー」
キースもまだかまだかと急かしてくる。だって答えるって言ったのに、答えてないもんな。キースの好奇心は止められねぇ!俺も止めたくねぇ!それでよし!ダメぇ?
「……私も、正直レイさんがカッコ良いと思う基準っていうのは少し気になりますので。オス度云々は置いておくとして!」
「ん?アリアも気になるんだ」
「一応です。一応」
アリアは目を逸らして居心地が悪そうに言った。
ふぅん。あれかな、男から見たカッコ良さの基準って女子も気になるものなのだろうか。あっ!そうか!以前聞いたように、アリアもアウトローな誰かに恋するうら若き乙女!やはり異性のそういう感覚は知っておきたいというのは自明の理!なるほどなぁ。
「得意顔で頷くのはいいんですけど、絶対!勘違いしてますからね?いつもみたいに変な納得してますからね?」
「いいんだ、わかってる。俺の感覚を知ってもらって今後に役立てて欲しい」
「絶対勘違いしてますからね!?」
………………………………役立てて欲しいけど、やっぱりやべぇ男には引っかかっては欲しくはないなぁ。
「はい。アリアも聞きたいということで!とりあえず言うんだけど、神父のオス度はなかなか高いよ。十段階で八くらい」
「しんぷーすごーい!」
キースは神父と仲が良いからか、やはり神父がすごいと言われるとキースも嬉しいようだ。すげぇ喜んでる!可愛い!でもそんなに喜ばれると男として神父に負けた気分になるぅ!悔しいぃ!!
「なんだか意外です。レイさんが神父さまのことを高評価なのって」
「………………………………加点していったらそうなるっていうか。まず神父って背がすげぇ高いじゃん?俺としてはそれって羨ましいからさぁ」
神父の背はそれはもう高い。町の中でも神父よりも高い奴はほとんどいないと思う。そして俺の背は不本意ながらも可愛らしいものとなっている。なので同じ場所に立っている場合は基本的には神父を見上げる形だ。
……以前の男の身体の時なら多少は高かっただろうって?正解はいいえである。劇的に高かったわけではない。背の高さだけで言えば今とリンゴ一個分程しか変わらない。絶対に言わないが、男の身体の時であったとしてもアリアより背は普通に低い。
背を伸ばす体操などもしているが……効果は眉唾物だ。
「だから俺の独自のオス度には、高身長が結構加点されるってわけ。俺、背の高さにはうるさいぞ」
「背の高さで、ですか。そんな気はしてましたけど……これはあくまで、ただの疑問というかふと気になっただけなんですが、自分より背の高い人は嫌とかはあります?……例えば友人であったり……恋人に対してとか」
「んー?ないな。俺は背の高い奴ら全員にある程度の嫉妬は持ってるけど、それと同時に敬意も持ってるんでね。仮に恋人ができたとしてもその辺は別に……」
高身長にぐぬぬ!悔しい!と思うことはあっても別に恨んだりはしない。あと、俺もきっとそのうち伸びるし。多分神父より高くなる予定だし。二倍は高くなって皆見下ろすし。
「ふぅん。特に恋人には背の高さは求めないと。ありがとうございます……!」
「フフン!俺は背の高さにうるさいけど、他人に対して強要はしない器が大きなエルフだからな!」
そう答えるとアリアがにこにこ笑顔で俺も嬉しい!俺も胸を張って答えた甲斐があるっていうもんだ!
アリアも俺から見ると背が高い。だからアリアもその辺の異性の持つ感覚は気になるんだろうな。もしもアリアが背の高さが原因で、誰かに振られる事態が起こるのならそいつに全身が痒くなる薬を投げに行く。
「キースも背がどんどん高くなってるから、そのうち俺なんて追い抜いちゃうんだろうな」
「ふふん!ままよりもたかくなるよ!」
「うんうん、そっかぁ。楽しみだなぁ!」
キースもまだまだ成長期だ。これからもかなり背が高くなることだろう。俺は簡単に追い抜かれてしまう、そんな気がする。今より大きくなった姿が楽しみだなぁ。
「それであとの加点要素としてはな、神父ってひょろってしてるように見えて、結構筋肉あるんだよ。俺がたまに戯れで体当たりしても簡単に止められるし。全然びくともしない」
「しんぷーつよいのー?」
おっ!キースも気になるかぁ。筋肉は老若男女問わず皆、気になるもんなぁ。
「そうだぞキースぅ!上背もあるからだろうけど、力は割と強いと思う。そうそう!実際この前神父の裸を偶然見たんだけどさ、やっぱりなかなか筋肉あったよ。細身で服の上からじゃわかりにくいけどな」
「そうなんですねぇ。神父さまの………………………………うん?」
アリアがそうなんだと感心していると思えば、すぐに怪訝な表情を浮かべた。口元に手を当て、少し考える素振りを見せている。
「レイさん?どこでその……神父さまの裸を?」
確かにアリアが『どこで?』と思う気持ちは理解できる。普通はそんな機会はないもんな。
「うん?あぁ、十日前の大雨の時だよ。急に雨に振られちゃってずぶ濡れで教会に雨宿りしたあの時。で、アリアが『風邪ひいちゃいますよー』って言って湯浴みさせてもらった時にな、神父も俺に気づかずに入ってきちゃって。神父もびしゃびしゃに濡れてて、あの様子から見るに外出中だったんだな」
「………………………………え」
「神父も血相を変えて急いで出ようとしてたけど、俺はまぁ別に気にしないし。俺が出るのを待ってる間に体調を崩させるわけにはいかないだろ?それで一緒に入って、せっかくだから神父の背中流してみたりな。友人同士の裸の付き合いってやつ?その時に見たんだよ」
ひょろひょろっとしてる割にしっかりと筋肉はついていた。触ってみるとカチカチだ。なるほど、これは俺が体当たりをかましても余裕で受け止められるわけだ。俺が全力でぶつかったとしても、神父に本気を出されたら組み伏せられて一方的に負けるだろうなぁ。
「何してるんですか?え、レイさん本当に何してるんですか?」
「友人同士の裸の付き合い。俺、憧れてたんだよなぁ。そういう機会ってなかなかないからさ。それに、俺の美しい身体に見られて困るようなものは一切ない」
ガーランジュにいた頃を思い返してみてもそんな機会はなかったからな。でもなぁ、割とそういう付き合いに憧れがあったのも事実で。父にも『レイにも裸の付き合いができる友人ができるといいなぁ』とよく言われたものだ。父よ、安心してくれ。ガーランジュよりも遠い遠い地でその目標は達成したぞ!
「でも神父も不思議なんだよなぁ。どうせ娼館に行ってるんだから、裸なんて見慣れてるだろうに。『本当に見てませんので。目も瞑っておくんで。アリアには言わないでください。お願いします。あと背中流すんなら、早急に終わらせてください』なんて言うもんだから驚いちゃったよ」
あ、やべ。アリアに言っちゃった。
「………………………………貞操観念どうなってるんですか」
「ご、ごめんなさい……でも、俺も身体はこんな感じだけど、男だから大丈夫だって。それに神父も友人に変なことはしないだろ?」
「ここまでくると、神父さまがすごいんだなってそう思えます。鋼の心で乗り切ったんですね。感服しますよ」
アリアが怒りを超えて虚無になってる!こうなったアリアはすげぇぞ!説教がとんでもなく長くなる!しかも今回は気合の乗り方がいつもと違う気がする!
なんか、こう……やべぇ!
「キース……帰ろう。ここにいては長い時間拘束されてしまう……!」
「えー?もうかえるのー?まだいようよー。ありあおねえちゃんとおしゃべりしたいー」
ダメだ!キースも全く帰りたがってない!こうなったら抱っこして連れて帰るしか……!
「いえ、逃がしませんけど?」
「あ、はい」
がっしりと腕を掴まれてしまった。終わりだな。これ以上の抵抗は無駄になる。大人しくしよう。あと自分でもよくないかもなぁとは頭の隅っこで思ってはいたし。
………………………………いつも思うけど、その細腕にどうしてそこまでの力が宿るのか。もしかすると筋肉は見せかけなのかもしれないな。
ずりずりと教会内へと引きずられていく中で、必然的に花壇のところにいた神父とも顔を合わす。へへっ。やっちまったと曖昧に微笑んでおく。
「あれ?アリアと……レイさん?まーた引きずられてぇ。今度は何したんですかぁ?」
「ちょっとこの前のをな、言っちゃってな。説教ってわけだよ」
「この前のをぉ?………………………………それって僕も説教喰らいます?」
神父のその言葉を聞いたアリアは今日一番の笑顔でこう言った。
「神父さまはキースと遊んでいてください。説教はレイさんのあとですから」
「あ、はい……弁解は許されますかねぇ?不可抗力だったんです」
「説教の時間は短くしておきますね?」
項垂れる神父。おぉ、何と気の毒に。じゃあ俺から励ましの言葉を送っておこうか。
「でもな、神父。お前のオス度はすげぇ高いから誇ってくれ!それも心にしまって説教に耐えてくれ!」
「え、何ですか。そのバカみたい度数」
………………………………わかってもらえなかった!!