「はっ!」
正座をしてアリアの説教を喰らっている俺はあることに気が付き、口元に手を当て声を上げる。決して『説教されるようなことしてないし』と不貞腐れて斜に構え、アリアの言葉を右から左に流し聞きしていたわけではない。もちろんちゃんと聞いている。
貞操観念が云々、神父さまもズルい云々、そもそもレイさんは私とも昔みたいに入浴云々……そんな感じのことを説教されている。前半はともかくその後のは説教かこれ?まぁいいやぁ!
さて俺が気づいたこととは………………………………オス度があるのならメス度もあるのでは?ということだ。オスがあるならメスもある、当然の摂理だ。あぁ~何考えてんだろうなぁ。怒られ過ぎておかしくなってるのかもしれん。
「レイさん!聞いてますか!?」
「聞いてまーす」
…………………………でも……メス度って何なのか気になってきたなぁ!
「それで、ここに来たってわけ?」
「おう!あと一応、お土産を持ってきてやったぞ!」
そうしてやってきたのは娼館の最上階にあるサキの部屋だ。目の前の大きなベッドに寝転がってにやにやしているサキに、オス度から始める一連の事情?を話しつつ、丸っこい瓶に入れた度数のきつい薬草酒を渡す。薬草酒と言っても、市販の酒に薬草を漬け込んだだけのものだが。
前にまた一緒にお酒飲みたーいとか言ってた気がする。言ってたよな?多分言ってた。その時は俺も酔ってたから曖昧なんだよなぁ。だからまぁとりあえず酒でも渡せば機嫌も良くなるはずである。
そもそも何故ここに来たかって?それは俺の知り合いの中で一番『女』って感じがするからだ。色んな意味で。娼館も経営してるし、メス度とかその辺も詳しいのだろう、多分。
「本当?いいわねぇ、度数が高いの好きなの!」
寝転んだ状態から起き上がり、サキは受け取った薬草酒を大事そうに抱きしめている。俺が思った以上に喜んでいるようだな。よしよし。
「あぁ嬉しい!本当に嬉しいからぁ……この喜びを独り占めしてちゃダメよねぇ……というわけでお酒、注いであげるから一緒に飲みましょっか。もちろん飲むわよね?ね?」
サキは恐るべき速度で薬草酒の蓋を開け、これまた恐るべき速度でグラスに薬草酒を注いで俺に渡してきた。有無を言わさない早業だ。そこまで早いと必死さすら感じる。
「嬉しいお誘いだが、俺は飲まないよ。酔い覚ましの薬も持ってきてないし、そもそも酒を飲むのは控えろってくぎを刺されているからな。すまん」
渡されたグラスをやんわりと手で制す。実は神父にも、アリアにも酒を飲まないようにと注意を受けてしまっている。もう少し厳密には『最悪飲むとしても他に信頼できる誰かがいる場所で。特に娼館の女主人とは一対一で飲むな』だ。
理由は俺にもわかる。だってサキは絶対俺を酔わせて魔力を思う存分吸ってくるからだろう。めちゃくちゃ嫌ってわけではないが、魔力を吸われると背筋がぞわぞわするんだよ。
が、サキも譲らない。そして俺も譲らない。お互いにぐいぐいとグラスを押し付け合う。
「むぅ。つれない。ま、強制するのも今の気分じゃないしぃ」
俺が飲みません!と確固たる意志で突っぱねると、サキは拗ねた顔でグラスを呷って一気飲みをする。度数が高い酒を顔色一つ変えず飲んでる。やべぇなこいつ。夢魔って酒が強いのか、それともサキが酒に強いのか……何となく俺の勘では後者な気がする。
ぐびぐびと薬草酒を口に運ぶサキはちっとも酔った素振りを見せない。しかし体温が上がっているのだろうか、頬がほんのりと赤みを帯びている。
「で、正直あなたの言うメス度とかを細部まで把握できていないけど……ニュアンスは理解したわ!!つまりは女性らしさ!そしてあなたが言うのはこの場合は内面ではなく外見のみで判断するもの!」
「あ、そんな感じ!」
サキが高らかに宣言し、俺もそれに同意する。元になったオス度の高低もよぉく考えると背の高さであったり、筋肉がムキムキさ加減であったりと外見での男らしさを重視したものだった。あくまで俺の主観によるが。
ならメス度もそうなるってことだ………………………………ことになるんだけど、これって俺が他人のメス度の高低を考えるのってすげぇ失礼なような?あれ?もしかしてそれを言い始めたら他人のオス度の高低も。
「……まぁ。オス度とかメス度とかは自分の範囲で治めるべきだな。うん」
「この私のメス度が高いのは重々承知……だったらせっかくだし、あなたのメス度を測ってみようかしら。別に構わないわよね」
おい!やべぇぞ!サキが面倒くさいこと言い始めた!新しい玩具を買ってもらった子どものような好奇心が漏れ出てるって!阻止しよう!
「いやぁ、別にやらなくてもいいんじゃないか。ほら、そんなことよりも次持ってくる薬を安くしと」
「あらぁ?あなたってば、神父さんのオス度とやらを当人のいないところで高いとか上から目線で言っておいて?自分はダメなんだぁ。へぇ~?それってどうなのぉ?」
痛いところ突いてくるなぁ!もう!
「ぐ!ならメス度じゃなくて、せめて俺の方もオス度の方にしてくれないか。俺も男だしさぁ」
俺が苦し紛れにそう言うと、サキはずいずいと素早く近づき、今日一番の笑顔になった。こわぁ。
「えぇ~?こんなオス度のひっくい男がいるはずないでしょう?そうやって変なこと言って逃げようとしても無駄よ?はいはい、大人しく測られましょうねぇ」
………………………………これはきっと罰なのだろう。勝手に人のオス度を高いとか低いとか言いたい放題した罰だ。ごめん!神父!もうオス度が高いとか言わない!
ベッドに引きずり込まれた俺はそれはもう簡単にローブを剥ぎ取られた。剥ぎ取る必要ねぇだろうがよぉ!めちゃくちゃ楽しそうに剝ぎ取りやがってぇ……尻尾でぎっちりと身体を縛られ、身動きが取れねぇ!
しかもローブの下に着ているのが例の如く、ちょっとぴっちりしているエルフの衣装だ。だってこれ着るのがやっぱり楽だもん!
「………………………………………………………………これは紛うことなきメスでしょ。メス以外の何者でもないでしょ。メスだわメス」
「メスメスうるせぇ!」
サキはふむふむと頷き、研究者が対象を観察するかのような真剣な表情でバカみたいな言葉を紡ぎだしていく。俺はむかつくからバタバタと動こうとするが、やっぱり無理だ。なんだよこのバカ強い夢魔の尻尾はよぉ……ハート型の尾の先が俺の目の前を煽り揺れる。すんげぇむかつく!!
「確かぁ、オス度は外見の男らしさで判断するんだったわよね。メス度も同じように判断しなきゃ。要は女性としての魅力ってことよねぇ」
そう言うとペタペタと俺の顔を触り始めた。冷たい手が頬や額から始まり、顔全体を余すところなく触れていく。ひんやりした掌で触れられるとこそばゆい。
「うわっ!なにこれすべすべ!ずっと触ってられるわ。肌も真っ白で綺麗だし、エルフってズルいわねぇ……まずは加点要素ね」
「つっても、サキも綺麗な肌してるんだからそんなに変わらないだろ」
「………………………………私が何もケアをしてなくてこれだと思ってるんなら、この綺麗で雪みたいな頬が赤くなるまで抓っちゃおうかなぁ」
おっと。要らんことがぽろっと出ないように口を噤んでおこう。うん、そうしよう。
「あとは無駄に顔が良い。傍にずっと置いておきたいとか邪な考えも浮かぶのも仕方ないわね。あ、そうだ。ちょっと私の目を見て。じぃっと」
「……見るのはいいが、夢魔の魅了の魔法は俺には効かないぞ」
何かを思いついたサキがかなりの至近距離から目を合わせてくる。が、俺にはそういった魔力を帯びた何かは基本的には効果がない。
「知ってるわよ。試してみただけ。やっぱりお酒でも飲まさないとダメかぁ」
「仮に俺を魅了してもあまり意味がないだろ?わざわざ魅了してから魔力でも吸うのか?」
それってめちゃくちゃ遠回りだ。俺が特に魅了されてなくてもサキは関係なく今までも魔力を吸収してきたし。俺は夢魔の固有の魔法に造詣は深くないが、その魅了自体も効果が短時間なのは知っている。それとも何か俺の知識にはない付与効果があるのだろうか。
「えぇ?そりゃあ魅了してからすることなんて決まって……」
「うん、魔力を吸う以外に何かあるのか?魅了した相手からは魔力の吸収効率が良くなるのとかそういうのがあったり?」
単純に疑問だ。俺も夢魔の種族特性などについては恥ずかしながら曖昧だ。どうせ気が済むまで逃げられないし、せっかくの機会だ。聞いてみるのも一興というやつだな
「………………………………そういうのはないわ。ただ単に性的に気持ちいいことをするだけだから」
おぉ、夢魔ってやっぱり性に奔放なんだ。勉強になる。まぁ娼館を経営するくらいなんだから、ある程度はそういった行為に卓越するもんだろうし、好きなんだろうな。
「ふぅん、それだけか。まぁいいや、理解した」
「こうやってベッドに引きずり込んで、尻尾まで使って拘束してる私が言うのもあれだけど……あなた相当危機管理能力が低いから気をつけなさいよ?無知を装ってわざと誘ってるならかなりのやり手だけど」
「いやぁ?俺、刺されて死にかけたことがあるから危機管理能力に関しては自信があるぞ。とっさに防護魔法だけは出せるように訓練もしたんでな。つーか、今のこれも危機じゃねぇだろ?」
そもそも危機管理能力が低ければ超絶便利なローブを作ったりなんてしない。この状況に関しても、拘束くらいはされてるが命は取られない状況だしな。そもそもの話、こうやってベッドでのこの程度のじゃれ合いなんて、多分同性ならするんだろうし。
にやにやしていたサキの表情が固まる。
「………………………………ごめんなさい。今からするのは本当に!ただの確認だからね!嫌だったらすぐに言いなさい。謝るし、それ以上はしないから」
「ん?おう」
そう言ってサキは尻尾の拘束を外してしまう。思ったより早く気が済んだのかな。寝転がされていたのを座らされる。
「えっと、じゃあ。えい」
サキが俺の胸に両手で触れる。うん。触られてるな。
「どう思った?というより何か思うことはある?」
「同性相手ならこれくらいするんだろうなぁって感じか?」
「………………………………………………………………やっばぁ。この子どこの箱入り娘よ。好みの子だから全然身辺を気にしてなかったけど急に怖くなってきた……一旦素性調べてみた方がいいかも……下手にこの子に手を出して後から問題になっても……」
それはもう長い間があった後に、サキが急にぶつぶつ言い始めた。なんだなんだ。
「……お開きにしましょう!そうしましょう!はい!帰った帰った!!」
「え。すげぇ急じゃん」
ベッドから追い出されてローブも丁寧に着せられ、スムーズにぐいぐいと部屋の外まで押し出そうとしてくる。俺も抵抗する理由がないため、それに逆らわずに出口まで進ませてもらう。
「まぁ一応!一応問題がないか確認してからってことで!さようなら!」
「お、おう」
そうして部屋の扉をガチャンと閉められてしまった。消化不良で終わった感がひしひしと伝わってくるのだが、これでよかったのだろうか……?