TSエルフ、赤ん坊を拾う   作:面相ゆつ

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愛情とは一体……?

 

 ひんやりした空間には保存した薬草と調合した薬が所狭しと保管されている。薬特有の清潔な匂いと草特有の青々しい匂いが充満し混ざり合って不思議な匂いだ。俺自身は嫌いではないが好みが分かれるとは思う。

 

 ここは家の地下に位置し、作業場の階段から降りるとこのスペースがある。地下室、というには細く小さく狭い。あるのは保管用に並べた棚だけだ。要は物置だな。

 調合したものと採集してきた薬草は大体この場所に置くようにしている。俺の家には生活スペースとは別にこのような収納スペースがある。

 

 この国に来てよかったのは上質かつ種類が豊富な薬草が群生していたことだ。他の地方に遠征せずとも、この森をぐるっと回るだけで大抵の薬草は手に入る。個人依頼や店に卸す分はここで賄えるのだ。すげぇ楽だぞー。

 日常で使う分は全くもって問題なし。非常に良い土地だ。100点をあげよう。ハナマルもだ。俺からこの点数を引き出せるのはなかなかないぞ。

 

 俺がこの保管庫にいるのは、もちろん薬草などの整理のためだ。最近は居住空間にも薬草が侵食し始めている。作業場や食事用のテーブルの上にも乱雑に置きっぱなしにしてることも多々ある。

 よくないなぁ……そろそろ整理しないと家の中が森になってしまう。既に上の作業場に薬草が溢れかえっているのだ。使わないのに置きっぱなしになっているのがそれはもうたくさん。許容量は超えてしまった。作業場の机の上がもっさもさ。作業場の棚ももっさもさ。驚く程もっさもさだ。

 

 正直……正直な話、俺としてはまぁそのくらいなら別に……と思うくらいには使いやすさを重視している。手の届く範囲に置いてればすぐに使えるじゃん!というタイプのエルフである。ベッドの上に本とか置きっぱなしだ。楽だから仕方ねぇ。

 

 

 だが、それを許してはいけない状況になったのも確かなんだよなぁ。その原因というのは……新たに我が家の住人となった赤ん坊の存在だ。

 

 最近の赤ん坊は類を見ない程に活発に動く。興味が湧いたものに突撃することも多くなり、気になったものを口に入れようとする。俺が薬草の整理をしないといけなくなったのもこれが理由である。目を一瞬離した隙に、俺がほっぽり出していた薬草をむしゃむしゃしていたことがあった。

 幸いにして食べていたのは特に人体には害はない単に苦い薬草だった。流石に人体に危険性のあるものは厳重に保管しているが、それでも生きた心地はしなかった。急いで取り上げたら赤ん坊はめちゃくちゃに泣くし……いや悪いのは完全に俺なのだが……

 

 

 今日は急ぎの用事はない。だから時間をかけて作業しても構わないのだが……俺の整理する手はやたら遅い。めんどくさいからではない。考え事をしながらしているからだろう。近頃の俺が悩むことなんて赤ん坊についてくらいだ。

 

 

 俺には悩んでいることがある。このままでいいのか?と自問自答する。いやダメだろうよ。

 まぁ?赤ん坊への対応は大丈夫だと思うぞ?口にするものには気を付けてる。汚物処理だってお手の物だ。沐浴だって余裕だ。フフン!買っててよかった子育て教本!なかなかにいいお値段だったが。いつだって、俺を助けてくれるのは教本なのだ。

 

 だからそう、悩んでいるのは心構えの問題だ。赤ん坊を育てるうえで必要なのは愛情……らしい。教本にもそう書いてあったし、俺自身もそうであるべきだと思う。だが、愛情とはどう与えるのだろうか。

 赤ん坊を拾ってから二ヶ月と少し。そこそこの時間を赤ん坊と共に過ごしてきた。拾った当初はともかく、順調に赤ん坊の世話ができていると思う。子育て初経験にしては上手くいっているはずだ。

 だが、俺がしているのは作業だ。赤ん坊が何かを欲せばそれに対応するだけ。俺自身がその作業に愛情が込められているのかが……わからない。教本には愛情が大切だと書いてはいたが、愛情の込め方など書いていない。

 

 

 悩んでも仕方ないことはあるのだ。わからないならわからないなりに進めるしかない。それが間違っていたとしても。いいや俺が間違っているはずなんてない。優秀だからな、俺は。

 

 ふとその時、ある人物が思い浮かんだ。もしかしたらあそこになら何か良い助言を持っているのではないか。適材適所、専門家に聞くのは逃げではない。正しい行動だ。ここ最近は顔も出していなかったしちょうどいい。

 

 

 思いついたならすぐに行くのが良い。整理していた薬草をとりあえず棚に戻し、階段を上がっていく。服は……このままでいいか。部屋着だがローブを上から羽織れば十分だろう。作業場の椅子に掛けていた深草色のローブを手に取り、赤ん坊の所に向かった。

 

 件の赤ん坊は専用のベッドの上でゴロゴロしていた。比喩的な意味ではなく、文字通りの意味だ。横にゴロゴロ転がっている。楽しいのか?あれ?わからん……可愛いということしかわからんな……

 

 俺のベッドで一緒に寝る方が多いが、それはそれとして赤ん坊専用のベッドも用意した。落ちて怪我をしないように柵付きのベッドだ。防護魔法もふんだんに付与した特別製で、外からの攻撃に対して無類の強さを誇るぞ。例え矢が放たれようが、槍が降ってこようが、魔法が飛んでこようが確実に防ぐ。そこまでやる必要?ないよ?当たり前だろ。ただ俺はやるならとことんこだわるエルフなのだ。

 

 さらに使い魔のキィに見張らせているので安心だ。キィはずいぶん昔に召喚した黒猫で俺と同じ青い目をした珍しい奴だ。呼び出して維持するのには魔力が必要だが、俺にとってはそんな魔力の消費なんて塵みたいなものだ。一応魔法使いなのでね。しかもエルフのな。

 

 

 「おーい、ちょっと出かけるからついてきなー」

 

 そう言いつつ、赤ん坊を魔法で浮かせる。運ぶ時はこれが楽だ。浮かせているとこいつも楽しそうにしているからまぁいいだろ。好きなんだろう浮くのが。

 

 だが俺の予想とは裏腹に、赤ん坊は遊びを邪魔されて不満なのか、唸りながらぐずり始めた。いつもならこれでいいのになぁ……こうなってしまうと長い。

 そんな様子の赤ん坊を見て、キィも心配そうな目をして俺の周りをグルグル回る。安心しろ。こういう時はこれが効くのさ。

 

 「ほらこっちの方がいいんだろ?お前も贅沢な奴だなぁ」

 

 俺は赤ん坊を浮かせるのを止め、自らの手での抱っこに切り替える。赤ん坊を縦に抱くとずしっとした重さが腕にかかり、少しだけふらついた……重いな。身体が女になってからもうずいぶん経ったが、こういう時に不便だと思う。今までそれで困ったわけでも、そもそも男だった時にめちゃくちゃ力があったわけでもないけれど。

 俺の苦労を他所に赤ん坊はぐずるのを止めて満足げな表情で腕の中でバタバタ動いている。そしてムフーと言わんばかりの顔だ。教本に書いてあったが、母親に抱かれると赤ん坊は喜ぶらしいぞ。俺は母ではないからこの内容は間違っているな。正確には生き物に抱かれるとだろう。

 しかしなんとも現金な奴だな。抱っこをするだけでこんなにすぐに機嫌を良くするとは。

 

 「んじゃ行くか。キィ、留守番頼むな」

 

 思った以上に簡単に機嫌を直した赤ん坊を抱いて、キィに留守を頼む。キィは了解の意味を込めたのかにゃぁと一鳴き挙げて返事をし、そのままベッドの影に溶けていった。

 赤ん坊はというと俺の細長い耳を触っていて大人しくなっている。自分の耳と形が違うから不思議に思っているのかもしれない。同じベッドで寝ている時も、たまに触ってくるのでお気に入りなのだろう。今のうちに……だな!

 

 

 

 

 「おーい、久しぶりー」

 

 俺は浮かせた赤ん坊を伴って、両手で大きな扉を豪快に開け放つ。情けない話だがやっぱり途中で疲れてしまったので、結局赤ん坊は浮かせた。ぐずらずにいてくれたのは助かったなぁ。抱っこも好きだがやっぱり浮くのも好きなのだろう。ラッキー!

 開け放った先には見えるのは規則正しく設置された長椅子、奥には礼拝台、そして礼拝台の前で掃き掃除をしている驚き顔のとても若いシスターだ。神父は……今日はいないか。いつもならいるはずだが、出かけているのか?まぁいなくてもいい。いてもあまり役に立たん。

 

 ここはそう、教会だ。俺の自宅がある森から歩いて、歩いて、歩いて、歩いて……そこそこ歩いた先にある町の教会である。町の名はキューンという。この町には作った薬を卸している店がいくつかあるので俺にとっては馴染み深い町だ。他にも周辺にぽつぽつある村にも薬を持っていきはしているが、メインはこの町になる。大きな町だからまとまった収入が見込めるのも結構いいぞ。

 

 俺が来ている教会の人間とはこの国に来て以来の付き合いだ。そこそこ頼りない神父、しっかり者のシスター、それと色々な事情を抱えた子どもが数人がこの教会に住んでいる。

 用事があってもなくても、ほぼ毎回顔を出すくらいには気に入っている場所だ。だけど赤ん坊を拾ってからは来ておらず、久々の訪問である。

 

 俺の登場を目にして、色が薄めな茶色の長い髪を揺らし、カツカツと足を控え目に鳴らしながらシスターのアリアがこっちに向かってくる。アリアはこの教会のシスターで真面目な働き者だ。たまに雰囲気が恐ろしい時があるけれど、大体はこちらが悪いのだと思う。

 神父があまりにも頼りないから、アリアが実質的に教会のボスだ。若いのに立派なものだが、それでいいのか神父。俺から見ても頼りないぞ神父。ちゃんと業務はこなしているらしいからいいけどさぁ。

 

 

 アリアがこちらに近づいてくるにつれ、心底呆れてるんだろうなって顔がよくわかった。それは俺が来たのが急だったからだろうか。

 

 「もう!久しぶりに来たと思ったら一体何なのです……か……?」

 

 俺を見てから浮いてる赤ん坊に視線を移している。あ、持っていた箒をカランと落としてしまった。あらら、仕方ないなー拾ってやるか。

 

 「ほい。んー?どうかしたか?」

 

 ほれ、箒と渡してやるけれど一向に受け取られる気配がない。それもそのはず、アリアの目線が赤ん坊から動いていないのだ。 

 

 「え、え、え、赤ちゃん!?それに浮いてる!?どういうことです!?」

 

 「アリアは浮いてる赤ん坊を見るのは初めてか?近頃の赤ん坊って実は浮くんだぞ?すごいよなぁ」

 

 フフン!まぁ魔法で浮かせてるだけだから一般的には浮かないけれど。冗談冗談。あ、でもあわあわ混乱してるアリアは面白いな。

 話が違う方向に行きそうだから、解除しとくか。俺の腕の中に落ちるように移動させてからはい。解除。すとんと腕の中に収まった赤ん坊はキョトンとしている。赤ん坊は何なんすか?みたいな顔だ。生意気だぞ、こいつぅ?

 

 

 混乱していたアリアを落ち着かせて、改めて相対する。アリアは歳に似合わず背が高いからか目線が少し見下ろす形になる。もっと小さな頃は俺よりも低かったのに、成長とは驚くべきものだな。ま、今の俺の背が低めなこともあってそうなるのだが……いや、男の時もそこまで高かったわけではないが……

  

 「この頃姿を見せないと思ったら……いつの間に孕んでいたのですか……そんな素振りもなかったのに、相手はどこの誰……?」

 

 一方のアリアは俺たちを見下ろしてそう言うだけだ。その表情に色はない。無としか言えない。何の感情も読めない。こっわ……

 突然赤ん坊を連れて行ったら驚くかなぁとは思っていたのだが、方向性の違う反応で俺の方が驚いている。もっと『攫って来たんですか!?何をしてるんですか!!』みたいな反応を期待していたのに。

 アリアに興味津々だった赤ん坊も異様な雰囲気を感じ取ったのか、アリアからそっぽを向いて俺の目だけを見ている。その目には怯えの色が浮かんでいるように見える。わかるぞお前のその気持ち……なんか怖いよな!

 

 「待て待て!俺は産んでないし、今後も産むつもりはないぞ!」

 

 「嘘はつかないでくださいね?本当は誰との子なんですか?赤ちゃんは何もないところから生まれないんですよ?」 

 

 「アリア落ち着けってば。それになぁ……久しぶりと言っても二ヶ月振りくらいだろ?二ヶ月かそこらで産めるわけないだろ……エルフだって普通の生き物だぞ……」

 

 言い訳ではない。エルフだって普通に妊娠して普通に出産する。その辺は人間や他の種族と一緒だ。虚空から赤ん坊という存在が出現するわけではない。

 

 「……………………あら、言われてみればそうです。早とちりでしたね」

  

 さっきと打って変わってにこやかにそう言うアリアを見ると、たまに恐ろしい子なんじゃないかと思ってしまう。いや違う!そんなことはない!慌ててそんな考えを消す。たまにあんな感じになるけどいい子なんだ。アリアを幼い頃から見てきた俺が言うのだから間違いないぞ。

 

 俺は気を取り直してアリアに事の経緯を軽く話す。それと相談事があることを。

 

 

 

 「事情はわかりました……まず確認なのですが、こちらに預けるというのは?」

 

 赤ん坊を抱いた俺とアリアは話をするために長椅子に腰を下ろした。他に礼拝者もいないし、ほとんど貸し切り状態で気分がいい。さっきまで元気に暴れていた赤ん坊もスヤスヤと腕の中で眠ってしまっている。話をするにはなんと都合のいいことか。

 アリアがこのように言う理由は理解できる。教会には時々捨て子が置いていかれることがある。この教会に住んでいる子どもたちも元は捨て子や孤児だ。

 教会である程度育てたら奉公先を決めたり、それかどこかに養子にもらわれていく。捨て子に対するノウハウは教会が持っていると言っても過言ではない。ノウハウがあるほど世も末だとは思いたくはないがな……

 

 「今のところはそのつもりはないな。無理だと思ったら諦めてそっちに預ける」

 

 俺は今、無理をしてこの赤ん坊を育てているわけではない。それに嫌々、なんてこの赤ん坊に対しても失礼だ。暇つぶしに違いはないが、俺は凝り性でもあるのだ。やることはしっかりやる優良エルフなんだぞ。褒めてくれても良い。

  

 「潔い返事で安心します。困りごとがあれば遠慮せずにすぐ言ってくださいね?」

 

 「じゃ、早速いいか?」

 

 「あぁ、相談事があるのでしたね。それで相談というのは……」

 

 俺は赤ん坊をしっかりと抱きなおし、アリアの方向に身体を向ける。

 

 「愛情はどう与えればいいんだ?赤ん坊……子どもを育てるなら必要だろ?」

 

 「愛情を……ですか?」

 

 「そう、愛情」

 

 俺は非常に難しい質問をしているのだろうな。事実、俺の相談事を聞いたアリアは目を伏せ口元に手を当てながら考えている様子だ。俺はただそれを待つしかないが、ここで答えが出ないのなら八方塞がりである。他に当てがないわけではないけれど、アリアで答えが出ないのなら諦めた方が良い。アリア本人には言わないが、正直とても信頼しているのだ。かなり歳が離れている、しかも若い子に聞くのは些か恥ずかしいし情けないが……

 

 「そうですね……まず、なぜその子に愛情を与えられていないと思ったのですか?」

 

 少し時間を置いて、アリアがそう切り出した。ふむ……俺がそう思った理由か……

 これに関しては単純だ。

 

 「……俺はこの赤ん坊の母じゃない。腹を痛めて産んだわけでもない。見捨てたら後味が悪いから何となく拾っただけの赤の他人だ」

 

 悩みはそこに尽きる。自分自身が今、どういう立ち位置なのか。要は立場がふわふわしている。

 

 「俺にとって、赤ん坊の世話は暇つぶしみたいなものなんだ。ある程度育てばそれでいいと思っているし、本当は俺よりもっといい貰い手がいるのならそれでもいいとも思っている。元気に育つのであれば、育てるのが俺でなくても別にいいんだ」

 

 「………………………………そんな薄情なことを考えている奴が、愛情なんて与えられないんじゃないか?」

 

 俺は正直にそう告白した。結局、俺とこの赤ん坊は赤の他人だ。血のつながりのある家族でもない、精々保護者でしかない。

 だが俺はできる限りこの役目を放り出したくない。理由は……なんでだろうな。今はその理由を形にはできない。拾った責任と言えばそれで終わるかもしれないが。いや、理由なんて今はどうでもいい。赤ん坊のために愛情の与え方を知りたいのだ。

 

 静かに俺の言葉を聞いていたアリアは微笑みを俺に向けている。そして二呼吸ほど置いてから話し始めた。

 

 「……愛情は見えないものです。自分が与えることができていると思っていても、受け手側はそう感じない場合があります。むしろ与えてやっていると自覚している方が傲慢なのかもしれません」

 

 「愛情とは行動や言動の節々に宿るもので、それを受け手側が感じ取ることで成立するのだと私は思っています。愛情を与えている、という与える側の自覚の有無は関係ありません」

 

 「あなたがその子に愛情を与えられていないと思っていても、その子自身はしっかりと愛されて育っていますよ。ほら見てください、その子はあなたの腕の中で幸せそうに眠っています。それが何よりの証拠ではないのでしょうか」

 

 赤ん坊を見るとなんともまぁ間抜けな顔で眠っている。幸せそうか……どうなんだろうな?

 

 「……そういうものか?よくわからんなぁ……」

 

 「それがわかるようになったら一人前の母親です」

 

 「だから俺は母じゃないけど……」

 

 アリアの言ったことは一理ある。結局は受け手側がどう感じるかだ。つまり愛情は『与える』ものではなく『伝わる』もの……なのだろうな。ただ……俺は具体的な行動が欲しい。どうすれば愛情は効果的に伝わるのか。

 

 「じゃあさ。アリアが思う愛情が一番伝わる行動ってのはどんな行動だ?それを参考にしたい」  

 

 「それはもちろん、抱きしめてあげることです。嬉しい時でも悲しい時でも人の体温は安心と安らぎを与えますし、何よりぎゅっと抱きしめられると『自分って愛されてる』と肌で感じられますよ」

 

 抱きしめる!そんな簡単なことでいいのか。それなら俺は割と赤ん坊を抱きしめているぞ。知らず知らずのうちに正解に辿り着いていたとは、さすがは俺と言ったところか……

 今も抱きしめているし、これはすげぇ愛情が伝わってるのかもしれん。うおっ、そう思うとなんだか全身に愛情が満ち溢れてきた気がする。愛の源泉が湧き出ているぞ。

 

 「要は触れ合いですね。いっぱいその子と触れ合ってあげてください。嫌々抱きしめても意味はありませんが……あなたなら心配はいりませんね。その子を見れば、いい加減なことはしていないとわかります」

 

 「フフン!もっと褒めてもいいぞ?なんてったって俺は褒められて伸びるエルフだからな!」

 

 「でもあまり浮かせないように!落ちて怪我するのも怖いですし、その状態で出歩くのはとても面妖です……」

 

 「えー」

 

 褒められて気持ちよくなった瞬間に怒られてしまった……俺はうっかり落とすなんてヘマはしない、多分しない。そもそも魔力が尽きない限りは落とさないし。

 あ、でも町の奴らがじろじろ見てきたのはそれのせいか。腑に落ちたぞ。落とすと思ってたからかよ。

 

 でもな……何事も初めは受け入れられないのさ。最初は奇妙でもそのうち慣れてくるはずだ。だから俺は赤ん坊を浮かせるのを止めない。だって楽だからっ。

 

 

 

 

 

「そういえばこの子の名前って何ですか?まだ聞いていませんでしたけど……」

 

 アリアが赤ん坊の頬をぷにぷにとつっつく。わかるぞ……柔らかくて気持ちいいよな赤ん坊のほっぺ。でもあんまりつつくなよ。起きちゃうから。

 あー、で?名前?赤ん坊の名前………………ん?

 

 「あれ?ないぞ?」

 

 「……嘘でしょう?」

 

 「…………もしかして相当酷いことしてる?してるよな……」

  

 これまでの二ヶ月間、ずっと赤ん坊に名前を付けてなかった。あわわ……えらいこっちゃ……

 

 

 

 

 俺はアリアの手によっては教会の住人の居住スペースに連れてこられた。なんでさっきの場所じゃないのかだって?閑古鳥が鳴いているとはいえ、もしかしたら人が来るかもしれないからだ。マジの説教は他人に見せるものではない。そういうことだ。

 

 普段、アリアを含めて教会の住人は基本的にはここで過ごしている。その他にも子ども部屋があったり、応接室があったりとこの教会って意外と広いのな。

 

 そんなこんなで居住スペースへとアリアに連行された俺だが……見せしめのように一人掛けの椅子に座らされている。気分は罪人だ。

 そこには当然教会の子どもたちもいて、なんだなんだと野次馬に来ている。おい、見世物じゃないぞ!散れ散れ!

 

 そんな俺の身振り手振りは子どもたちに見事に通じたが、目の前には威圧感のある笑顔のアリアの姿がある。逃げられねえぜ。俺の説教に付き合わせるわけにもいかず、流石に赤ん坊は教会の子どもたちに預けた。すっかり目の覚めた赤ん坊は子どもたちと楽しくきゃいきゃいやっている。俺もそっちに行きたいものだ。今からでも間に合わない?無理かぁ。

 

 「私の名前は?」

 

 「アリアです……」 

 

 「あなたの名前は?」

 

 「レイです……」

 

 「じゃああの子の名前は?」

 

 「ないです……」

 

 「なぜです?」

 

 「へへへ、なぜでしょう……」

 

 この俺が歳下小娘に詰問されることになるとは……これって故郷の奴らに見られたら色んな意味で引かれるんだろうなぁ。それはそれで笑える。

 

 「薬の姉ちゃんまた何かしたの?」

 

 「この子に名前つけずにいたんだってー」

 

 「うわぁ……それはダメじゃん……叱られて当然だよ」

  

 「さいてーだー」

 

 少し離れた場所で赤ん坊と遊んでいる子どもたちの声が聞こえる。どうにも俺に対する非難の声が多いなぁ。おい!クソガキども!聞こえてるからな!エルフの耳の長さは飾りではないんだぞ!でも全面的に俺が悪いから甘んじて受け入れよう。

 

 

 

 「過ぎたことはもう仕方ないとして……名前の候補はあるのですか?」

 

 小一時間はあった説教の終わりにアリアはそう切り出した。俺はもうへとへとだ。俯き、椅子に深く座ることしかできない。よくもここまで説教できるものだ。

 名前の候補?あるはずないだろ。今まで頭の隅にすらなかったのだから。今まで『おい』とか『お前』とかで呼んでたんだぞ。だがそれを素直に言うと問題がありそうだし、再度説教が始まる予感がある。今度は2倍の長さを覚悟しなければならないな。そこに気づくとは俺の危機察知能力が高い。

 

 「そうだなぁ……………………………………」

 

 「ないんですね、よーくわかりました」

 

 俺の長い長い思考時間に対して、アリアがはぁーっと大きなため息をつく。あーどうっすかなぁ。すぐには思いつかんぞ。名づけの方法ねぇ…………

 ……いや、あるな。なんで忘れてたんだろう。俺の名前もそう決めたと両親が言っていたではないか。

 

 「待ってくれ。候補はないがエルフ式の名づけ方法がある。それで決めようと思う」

 

 その方法は単純だ。親や恩人から名前の一部をもらい名づける方法だ。俺の場合は父方の祖父の名前に因んで名付けられた。『レイス』から取って『レイ』だ。もらう部分は直感や語感で決める。特に制約もなければ、禁止事項もない。割と自由だ。

 エルフの奴らの名前は大体はそういった名づけ方をしている。エルフの伝統と言うべきものか。アリアにもその方法を言うと、すんなりと納得していた。ちょろいぜ。

 

 「俺に恩人などいないから、名の一部は親からもらうか。キールとスヴェンだから……」

 

 せっかくだからどちらからももらうかな。えーっとじゃあキールス、ヴェンル、キーヴェン、ヴェール、キース……お、キースがいい感じな気がする。

 

 「キース。なかなか良さそうじゃないか?いや、これがいい!」

 

 キース……いい響きだ。俺の勘もこれがいいぞと言っている。俺は自信を持ってアリアにも伝えた。

 

 「こんなにもあっさり決まったの見ると、益々名前を付けずにいたのが不思議ですね……」

 

 「そうだな……」

 

 なんでだろうな……当人がわからないんだから、もう解決することはないだろう。ま、気にしても仕方ないかぁ!

 

 「ほら、決まったのなら真っ先に伝えないといけない人がいるのではないですか?」

 

 「フフン!それもそうだな!」

 

 肩をぽんぽんと小気味よく叩くアリアに促されながら、俺は赤ん坊の元に向かう。子どもたちと遊んでいた赤ん坊は俺の姿を確認すると全身で喜びを表現していた。手を目一杯広げ、足も目一杯伸ばし、ぶんぶんと振り回す。元気良すぎでは?急にそんな動きをするから周りも驚いているではないか。

 そして子供の群れから飛び出した赤ん坊は、どこにそんな力があるのかと思うほど素早く、満面の笑みのはいはいをして俺に近づいて来た。おいおいそんなに俺のことが好きかぁ?急いで近づいてくる赤ん坊を見て、なんだかちょっと胸が熱くなったのは秘密だ。

  

 「今まで名前を付けてなくて悪かったな。でもそれも今日で終わりだ。お前の名前はキースだ。いい名前だろ?」

 

 俺は赤ん坊もとい、キースを自分の顔の前まで抱き上げてそう伝えた。キースの顔をまじまじと眺めると、心なしか今まで以上にきらきらした瞳で俺を見つめている気がする。

 

 「嬉しいのか?多分嬉しいんだな?」

 

 キースという名前を伝えた後、ここ最近で一番のにこにこ顔を見せてくれた。それにすげぇ動く。あっ、重い重い。普通に抱っこするより腕に負担がかかってる。

 正直名前ができたところで、キースはすぐに理解できていないと思う。キースが自分の名前だとわかるように必要以上に呼んであげないとな。

  

 「キース、キース、キース……お前はキースだぞぉ。キース、キース、キース……覚えておけよぉ」

 

 こういった刷り込みが一番効くんだ。お前の名前だぞぉ。忘れるなよぉ。耳元でも囁いておくか。キース、キース、キース…………

 

 「やめてください……子どもたちも見てるんですよ……洗脳でもしているのですか……」

 

 「みんな見ちゃだめだよー。教育に悪いよー」

 

 「薬の姉ちゃんやばい」

 

 なんだか外野がうるさいぞ。明らかに教会の連中に引かれているのを肌に感じる。だが俺にダメージはない。おら!見てみろ!キースを!喜んでるだろうが!じゃあ間違ってないだろうがよ!

 

  

 

 

 

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