いつも通りの昼下がり。俺は教会で手紙を受け取っていたのだが、その中に差出人不明の封筒が紛れ込んでいた。アリアに聞いてみるとそのような封筒は昨日まではなかったという。アリアもすげぇ驚いてた。じゃあいつ入ってきたんだよこれは。
で、俺とアリアとキースの三人は、俺の手の中にその謎の白封筒を眺めているわけだな。
………………………………こ、こわあい!謎の部分に興味はひかれるけど、振ってみるとカサカサと手紙以外の何かが入っているような音もする。変なものとか入ってたらどうしよう。
「あけようよー」
キースが不思議そうな表情を浮かべながらそう聞いてくる。まぁ……そもそも開けないことには何もわからないよなぁ。読まずに捨てるのはもったいねぇし。
「………………………………神父も呼んできて、ここで開けちゃおうかな?」
「そうしましょう。四人もいればきっと怖くありません!」
アリアが俺の意見にすかさず賛成をしているのを見るに、多分アリアも怖いんだと思う。だって俺も怖いんだもの。だが神父を含めて四人ならば、なんか大丈夫な気がする!それに俺が男らしく防護魔法を張っておけば安心だしな!
じゃあ早速呼びに……!
「実はもう来てるんですよねぇ!」
「うおっ!!びっくりしたぁ!いるならいるって言えってば!」
そうして振り返ってみると気配もなく神父が近くにいた。
「いやぁ、今来たばっかりですし?呼びに行くってところが聞こえたから来ただけなんで。それで何事なんです?」
アハハと笑いながらである………………………………まぁ、いいや。神父にこれまでの経緯を話し、納得をしてもらったうえで謎の封筒開封作戦に参加が決定した。
作戦とか銘打っているけど、結局は封筒を開けるだけだ。何も難しいことはしない。一応変なものが出てきても平気なように、防護魔法を張っておくだけをしておくが。
「じゃあ……開けるぞ」
俺は皆に確認を取ってから封筒を破き、中にある手紙を読み始めたのだった。
『森の魔女です。レイちゃん家族はお元気ですか?私は元気といえば元気です。嘘です。逃亡疲れしています。
まずこの手紙は秘密裏に送っています。これを辿っても私は発見できないことでしょう。国から国を経由し、山を越え湖を越え、私に繋がる痕跡は全くもってないのですから。そういう風に届くようにしました。
何故こんなにも迂遠な送り方になってしまったのかわかりますか?レイちゃんのことです、まぁそういうもんかと呑気に済ませて特に気にしないでしょう。少しは疑問に思って欲しいものです。大変さを知ってください。
あと先に書いておきますが、勝手ながらこれは私個人からの憂さ晴らしの手紙です。多分、レイちゃんは悪くはないのですが、こんなことがあったよーと伝えておくのもいいかなと。多分、悪くはないと信じています。
さて私はガーランジュの都でのんびりしていました。再びガーランジュにやってきた理由は、頼まれ事の報告というか誤魔化しというかそんなところです。レイちゃんも当然その頼まれ事については察することができるはずです。
その件は誤魔化せたし、依頼としての謝礼金もたんまりもらったのでちょっと長居でもするかと思いまして。ぶっちゃけそこからガーランジュまでって遠くて遠くて。旅も一休みということで、ちょっぴりお高めな宿屋も長めにとったわけです。所謂ご褒美です。
しかし、平穏は長く続きませんでした。具体的には十日間くらいです。儚い休暇でした。
その日もぶらぶらと散歩しながら露店で買い食いをしていました。美味しい串焼き肉に舌鼓を打っていると、ガーランジュの魔法治安部隊が明らかに私目掛けて走ってくるではありませんか。いたぞ!捕まえろ!と叫びながらです。私を拘束するための魔法もやたらめったら飛んできます。あれは過激でした。
誤魔化せていたはずの隠し事がどこかでバレてしまったのでしょう。本当にどうしてでしょうね。そもそも嘘かどうかも、場所も誤魔化したような遠い地のことなんてすぐにはわからないですし。本当に、どうしてでしょうね。
私の今までの経験上、この場合はすぐ逃走です。今回に関しては、私は絶対被害者寄りですので。こんなこともあろうかと荷物を全て持って移動していましたから特に問題もありません。常在戦場の心持ちです。
そうしてなんやかんやでガーランジュの国外まで逃げてこれを書いているわけです。結局何を伝えたいのか?と思われるかもしれません。要は愚痴です。この書き殴っている文字からもどれだけ鬱憤が溜まっているのか判断できるはずです。
ただ、安心してください。あくまで『誤魔化している隠し事がある』というのがバレただけなので、居場所は自分から明かさない限りは大丈夫だと思います。何としても情報を吐かせろ!とかちょっと尋問するだけだから!とかそんなことも言っていたので。なーんにもわかってませんね、あれ。私も場所は嘘しか言ってないので安心!
長々と書いてしまいましたが、一応こんなことがあったよーという話です。そのうちそちらに寄るので、その時はよろしくお願いします。
あと周囲に不用意なことは言わないでもらえると助かります。特に町の住民方々に、魔女から手紙来てたんだよねぇとかは言わないでください。ほとぼりが冷める期間がさらに長くなりそうなので。
それではまた会いましょう。じゃあね!
追伸
そういえば妙にレイちゃんのことを聞きたがる親族ではない男性エルフがいたのですが、お友だちでしょうか?背が高く、にこにこしている白っぽい髪のお兄さんエルフです。私は確認しに行ったが違った、知らないと誤魔化しているのに何度も何度も尋ねてきていました。心当たりがあってもなくても、その人には気をつけてください。良い悪いはともかく、あれは執念の塊です』
………………………………読んでみると魔女からの手紙だった。カサカサと音をさせて封筒に入っていたものは俺の髪色に合うように選んだであろう蝶を模した小さな髪飾りだ。ご丁寧に『幸運をあなたに』と但し書きも添えている。結構好きかも。
「皆!大丈夫だ、安心してくれ!魔女からの近況報告の手紙だ!ガーランジュに行ってたそうだぞ!」
俺は意気揚々とそう言うのだが、周囲の反応は芳しくない。アリアと神父は困ったように『うぅん……』と言いたげな表情だ。どうした?
「レイさんが言っている魔女は……もしかしなくても森の魔女ですか?レイさんたちが住んでる森にいた赤い目をした吸血鬼の?」
まずは神父が口を開いた。俺はそうだと首を縦に振る。長命種だとは思っていたけれど、魔女って吸血鬼系だったんだな。吸血鬼っぽいと言えば吸血鬼ぽい気がする。
「……レイさん、一応確認ですが魔女は最近もこの辺りに来ていたとかはないですか?」
「んー?最近って程最近でもないが、家には来てたよ。旅の途中で寄ったとかで」
「そうかぁ、そうですかぁ。とりあえず……この辺りに未だに出没していたことを後で警備に言っておきますね……」
神父が深い深いため息をつく。こんなにも『あいつかぁ……』と言わんばかりに面倒くささを前面に押し出した神父はそう見ることはない。普段と違ってなんだか新鮮だ。
そしてボソッと『ほとぼりが冷めるのを待ってから、こっちに戻ってくるつもりか……?』と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。神父ってそんな口調になることあるんだ……
「レイさん……変な薬を渡されませんでしたか?もしも何かもらっていたなら絶対飲んじゃダメです」
「いやぁ?この前泊りに来た時も、特に何も渡されなかったぞ?つーか、薬なんかは一番初めに出会ったとき以外はもらったことないな。それも結局飲まなかったし」
次に口を開いたのはアリアだ。心配そうにこちらを見ているが曲がりなりにも俺は薬師。そもそも危険そうなものは興味本位以外では口にしないので平気だ。
そういえば魔女との初対面時にもらったのは、液体の栄養剤と偽った睡眠薬だったなと思い出す。香りですぐ判別できるくらいだから、ちょっとした悪戯だったんだろう。にやにやしてたし。
『これ、栄養剤じゃなくて強力な睡眠薬だろ?どうして嘘をついた?』と突き返しながら何の気なしに指摘すると、一瞬だけ目を細め、口を三日月にして怪しく笑った後、また満面の笑みに戻ったのが印象的だった。
「でもな?『お近づきの印に栄養剤あげるねー?』って言ったのに渡されたのが明らかに睡眠薬でさぁ、あれには流石に笑っちゃったな!」
「……笑い事じゃないですよ…………………………レイさんって本当にギリギリを生きてるんですね……尊敬しちゃいます。すごいです」
「フフン!もっと尊敬してもいいぞ!!」
「あはは……そうですね……」
アリアと、ついでに神父の乾いた笑いが響く。こうして俺の小粋な冗談はこの場を包む微妙な雰囲気にむなしくも呑まれてしまった。
………………………………これって魔女についての詳細を聞いておいた方が、俺と他二人の温度の差の理由がわかるんだろうなぁ。どう考えてもあまり歓迎されていない存在なんだろうなぁ。
……それはそうと。
「………………………………手紙、俺も書こうかなぁ」
「えっ!?そっちに話を持っていけるんですか!?えっ、この状況で!?レイさん、本当にすごいですね!?」
アリアが声を裏返して驚愕するのも無理はない。話の流れ的に魔女についての話に移るのだろうと思うのは至極当然だ。魔女は何かをやらかしたのだろう。確実に。
だけど敢えて聞かないでおこう。俺にとっては恩人以外の何者でもないのだから。自由に家を使わせてくれているおかげで楽しく過ごせているわけだしな。
それにはっきりと所業を聞いてみちゃってさぁ?会って話す度に『こいつこんなに明るい笑顔なのに、あんなことしでかしたんだぁ。ふぅん』とか思いたくない!だから聞かない!話も逸らす!
「まぁ落ち着いてくれアリア。こうして多分苦労して送られてきた手紙を読むとな、俺も遠くにいる両親に向けて手紙を書こうかなって思っちゃって」
まぁこれも本心だ。
少し前の念話の件を思い浮かべると、なんか心配してるっぽいようだし。まぁいっちょ手紙でも書いて安心させてみるのもいいだろう。近況報告ってやつだ。
「……それはいいんですけどね。確かにあのままだと、何とも言えない気まずい雰囲気に陥りそうでしたから」
「そうだろ?じゃ、善は急げでってことだ。帰って手紙書いてくる!キース!行こう!」
俺は受け取った手紙をしまい込み、キースを連れて走っていく。手紙を書きたい欲がすげぇぜ!
「うっわ!すっごい自由!ってもう行っちゃった…………神父さま?レイさん、誤解を招く内容を勢いで書きそうだと思うのは私だけでしょうか……?」
「………………………………まぁいいじゃないですか。それもまたレイさんらしいってことで」
家に帰ってからちょっとして。長い文面を書くつもりもないので、そこまで時間がかかることはない。俺が元気に過ごしているよーと伝わればいいのだ。そこまで難しいことではあるまい。さらさらっと書くだけだ。
ふむふむ。ふむぅ。あー書いて、こー書いて。
………………………………よし!書けたぞ!簡潔ながらも、これなら元気に暮らしているのがわかるはずだ。
『父さん、母さんへ。
レイです。心配してくれている気持ちは本当に嬉しいですが、俺は元気に暮らしています。だからあまり心配しないでください。大袈裟に探さなくても大丈夫です。
正直、こうして両親に向けて手紙を書くのは照れ臭い気持ちもあります。何を書こうか迷ったのですが、ちょっとした報告などをするに留めようと思います。
母さん。俺は今、教会の手助けを受けながら子育てをしています。驚きましたか?俺もまさかこんなことになるなんて夢にも思いませんでした。諸事情があって一人で育てています。その子の名前はキースです。賢くて、可愛い俺の子です。昔教えてくれたエルフ流の名付け方をしているのは気づいてくれていますよね。
子育てって大変ですね。自分のやり方が正しいのか、それとも正しくないのか自問自答の日々です。でもそれ以上に喜びもあります。少しずつ大きくなっていく姿、『まま』と呼ぶ愛らしい声、そして何よりも我が子の笑顔を見る度に間違っていないと思えるのです。
明確な親は未だに判明していませんが、そんなのは些末事です。ただ一つ確かなのは俺が親だということです。その理由は書かなくてもわかる自明の理というものでしょう。母さんなら理解できるはずです。
父さん。あなたはよく『レイにも男同士の裸の付き合いができる友人ができるといいね』と言っていましたね。喜んでください。そんな友人、できましたよ。その友人は背の高い神父さんです。
この前も一緒に入浴をしました。しかも背中を流したりもしました!すごいでしょう?服を着ているとなかなかわかりにくいですが意外と筋肉質な男性で、ひょろっとしている割に力も強いです。俺が体当たりをかましてみてもびくともしません。よく考えるとあの大きな手で組み伏せられでもしたら、ひとたまりもありませんね。そんな事態はあり得ませんが。
父さんの言っていた男同士の裸の付き合いとはこのことなのですね。身をもって体験しました。まぁ変身薬の影響で依然として俺は女性の身体のままなので、男同士の裸の付き合い?と尋ねられると疑問かもしれませんが些細なことでしょう。要は心意気です。父さんが言っていた意味はこういうことだったのでしょうね。
そうそう。忘れてはいけないのが、教会にいるしっかり者のシスターさんにはよく助けられています。俺よりもうんと歳下なのに、色々な面で助けてもらってばかりです。でも安心してください。俺はお兄さんのようなものなので威厳は保っています。身長はもう抜かれてしまいましたが、威厳たっぷりです。着せ替え人形にされる時もありますが、もちろんその場合でも威厳マシマシです。
一応報告は以上です。俺が如何に元気に暮らしているのかがわかったはずだと思います。だから本当に心配しないでください。
今はまだ、そちらに帰れないことだけは伝えておきます。よろしくお願いします。
追伸
何か書こうと思いましたが特にありませんでした。またそのうち手紙を書きます』
うん!読み返してみたが、なかなかいいんじゃないか?俺が書いたと判別できるように文字に魔力を流して………………………………完成だ!
じゃあこれを……俺も魔女みたいに秘密裏に送ってみよう!理由?何となく!
えぇっと、とりあえず渡り鳥に頼めばいいかな?まぁそれは明日でいいか。朝一番でガーランジュ方面に行く渡り鳥を見繕って頼むとしよう。時間はそこそこかかるだろうが、まぁいいだろう。
俺が手紙を読み返し、こんなもんかなぁと満足気なところにキースがやって来た。どうやら俺が書き終わるまで邪魔しないように様子を窺っていたようだ。静かにキィと遊びながらも、ちらりちらりと見ていたのは知っていたが……もー!別にそんなこと気にしないでもいいのにな!健気過ぎる!
「まま、おてがみかけたのー?」
「書けたぞー!キースも読んでみる?」
「うん!」
そうして書いた手紙をキースに渡して読んでもらう。ふむふむと頷きながら読んでいるキースの姿はなんだか愛らしくてたまらない。
「もじばっかりでわかんなーい!」
「そっかぁ。キースにはまだ早かったなぁ」
ぱぁっとした笑い顔を見せて自信満々にわからないと言うキース。そんな姿を見ると俺も抱きしめたくなってしまう。もしかすると俺のことも両親はこんな風に思っていたのかな。そうだったら嬉しい。
「ねぇ、まま?なんてかいたの?おしえてー!」
「それはな……皆のおかげでここで楽しく過ごしているよーって書いたよ。両親に……この表現はまだちょっと難しいか。俺のママとパパに送るんだ」
………………………………いつか二人にはキースとも会って欲しいなぁ。キースだけじゃないアリアにも神父にも、お世話になっている皆にも。そんな日が来るといいなぁ。
送った後の話だが、アリアや神父がどんなことを書いたのかを尋ねてきた。俺は余すことなくこう書いたよと説明すると、二人して『ん?』と止まってしまった。特に神父が『ヤバいヤバい』と言いながら若干震えていたのは面白かった。
アリアは『もっと私のこと書いてくれてもいいのに』としょんぼりしていた。悪かったって。次はしっかり書くからな!