教会の長椅子の端っこに座って、神父から受け取った紙をまじまじと見つめる。
「………………………………高くないか?それともこんなもんなのか?うーん?」
「僕も豪勢にいっちゃいましたからねぇ」
「ふぅん。つーか、そもそもあそこって後払いできるんだなぁ」
「普通はできませんよぉ。だけど僕には神父としての信頼がありますんでねぇ?」
こちらが立て替えるために、神父から娼館の代金の請求書を受け取ったのだが……高い気がする。
正直、俺にはその辺の相場がわからない。通常の値段さえも。しかし、思っていたより高いなぁというのが感想だ。率直に言えばその代金に相当驚いている。
「すうじがいっぱいだねー。なんのかみー?」
「キース!?これはその……その……お店から来た『後でこのお金払ってください―!』の紙だよ」
俺の持っている請求書を覗き込んでしまったキースが興味津々だぁ!この頃、数字をいっぱい数えられるようになったキースは楽しそうに請求書の数字の部分を見ている!俺はさっと娼館の名前を隠しておく。これでいいな!
「ねーねー!かぞえてもいい!?ぼく、かぞえられるよ!」
「うんうん!いいぞ!こんなにいっぱいの数字に物怖じしないなんて、キースは賢いなぁ!」
「……いやキースくんに見せるのはダメでしょ。何なら本来はこの教会内で僕以外の誰が見ても……」
ダメらしい。キースの数かぞえを披露する貴重な機会が失われてしまった。許さんぞ……神父……!
アリアもそんな俺たちの騒いでいる様子に気が付いたのか、箒を持ちながら何事かと駆けてきた。
「三人とも、そんなに騒いじゃって。また変な手紙でも入ってたんですか?」
「あぁ、アリア。騒いで悪いな。変な手紙とかじゃなくてな?しょう……」
………………………………俺は『しょう』まで言いかけてゆっくりと口を閉じた。そしてアリアに向けて掲げようとしていた請求書を後ろ手に隠し、何でもないように微笑んでおく。
……あっぶね!!アリアに言えるわけねぇ!!『娼館の代金の請求書だぞ~。この前神父に奢ったんだ』とか口が裂けても言えん!!神父共々見損なわれる!
アリアから見えない角度に移動した神父も必死に首を振って『絶対言わないで!』と言葉なき叫びを上げている。わかってるってば!
「しょう?」
「しょう……商売における価格の高低には一考しなければならないなぁ!」
「……?はぁ、そうですね?」
アリアが明らかに『はい?』という表情を見せるような無理矢理な方向転換だったが、一応何とかなったと思おう。
「怪しい……さては神父さまとこそこそと何かしてますね」
怪しまれてる!
「ねぇキース?レイさんが持ってる紙に何が書いてあったのかな?私に教えてくれる?」
「えっとね!すうじがいっぱいだったよ!」
言われてる!
「キース、教えてくれてありがとう!それにしても数字がいっぱいですか………………………………あぁ、請求書?またどこかから薬の材料を頼んだんですか」
助かってる!
日頃の行いが良くてよかったぁ!
「………………………………そうだよー。結構金かかったなぁって。神父は関係ないよー」
この機を逃さずすっとぼける!そんな俺を見たアリアがすっと目を細め、神父の方に目を向ける。
「関係ないですよー」
「……まぁいいでしょう。でもレイさんもあまりお金を使い過ぎないように!」
何とかなった!
アリアが向こうに行ったのを確認してから神父と顔を見合わせ、お互いに曖昧に笑う。俺が変身薬のために材料をそこそこの頻度で買っていたのが功を奏した。セーフ!
まぁ、とりあえず娼館に行って代金を払ってくるか。
それにしても…………………………こんなに高いって、どんなことしてるんだろうか。
「そういうわけで、神父の代金を払いに来たついでに内訳を聞きたいなと。あ、勘違いしないで欲しいんだが、代金を値切ろうってわけでじゃないんだ。ただ……どんなことをしてるのかとかの詳細を聞いてみたくてな」
「……」
目の前にいる娼館の女主人であるサキは無言だ。驚いたように目をぱちぱちさせ、いつもはにっこりとしている唇をぽかんと半開きにしている。ベッドの上で例によって拘束されているが、俺としても慣れたものだな。当然の如くローブも剥ぎ取られてしまっている。
「……うん。うんうん。うん……ごめんなさい。今、少しだけ頭の中を整理してるから待っててね?あなたが神父さんの代金を払うの?かなり豪勢に遊んでったなぁとは思ってたけど」
「そうだな。詳細は省くけど、今回の分は俺が払うんだよ」
「うーーーん、二人が納得して同意の元なら別にいいんだけどね?いいんだけど……神父さんの評価が下がるというか。『え、あいつ年端もいかない女の子に払わせるんだ……娼館で遊んだ代金を。しかも大金。うわぁ……』って思うのよ」
おっ!すげぇ!ここまでドン引きしているサキはなかなかお目にかかれないぞ!
「フフン!男同士の約束に二言はないんだ!」
「当人同士はそういう認識だったとしても、端から見たら成人男性が少女に大金を払わせてるようにしか見えないのよねぇ……」
………………………………見方によってはそういう側面もあるかもしれない!が、その事実を誰かに言わなきゃ大丈夫!
サキは拘束している俺の横で添い寝していた体勢から、後ろから抱き留めるような座った体勢へと変える。そして俺の髪に顔をうずめ、深呼吸をし始めた。なにこれ。
「少しだけ薬草が混じった匂いを嗅ぐと爽やかな気持ちになるわねぇ。エルフ吸いねエルフ吸い」
……なんだろうな、この時間。俺が虚無になりかけていることを察知したのか、サキがようやく本題に入ってくれるような素振りを見せてきた。
「あら、ごめんごめん。匂いに夢中だった。それでさっきの質問に答える前に、というか今更な愚問だけど……ここがどこかわかってるわよね?」
「娼館だな」
「何をする場所?」
「金を払って性欲を発散してもらう場所」
「………………………………完全に理解してるじゃないの。質問どうこうより、それが全てだけどぉ?」
むぅ。そんなことはわかってる。媚薬とかその他色々納品しに来てるんだから。俺が聞きたいのは『具体的に何してんの?』だ。どういったことをして性欲を発散させているのか……詳細が気になる。好奇心ってやつ?
神父には流石に聞けないというか、その辺りってデリケートな気がするし。
俺がその内容を含め改めて聞き返すと、サキは髪をいじる手を止めて静かになる。身体を身じろぎ、振り返るとサキは口元に指を当て、今までに見たことがない程に真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「どうしたサキ?」
「………………………………ううん、気にしないで。どうすれば自分が美味しくて甘い部分を味わえるか、それとどうすれば後々バレた時に死なないかを見極めてるだけだから。最近、このスリルがたまんないのよねぇ。どこまで大丈夫なのかなって」
サキが爪を綺麗に切り揃えた指で俺の頬をゆっくりと擦ってくる。指の腹と爪で交互に擦ってくるせいかこそばゆい。
「しっかりと素性を調べさせたうえで、もう明らかに色々考えてヤバいのよ。ただその困難の分、燃えるのかしらね」
頬を触っていた指がペンダントの下に隠している首元の傷跡まで移動してきた。そうして執拗にその部分を撫で続ける。そこ、肌が薄いからくすぐったいんだよなぁ。
「よく知らないが、その挑戦心は見習いたいな」
「……まぁ時間はかかりそうだわ。でも周囲がどう言おうと最終的に堕としていれば勝ちなの。結局それが手っ取り早いし、こっちの得意分野なのよねぇ。徐々に私なしで生きられないようにすれば、流石に向こうも手出しできないでしょう?」
なるほどなぁ。なるほどなるほど。うん。全部しっかりと聞いたうえで思うんだけど、何言ってんだこの夢魔……どの流れから誰に対しての宣言なんだよ。怖いよ。俺にどんな反応を求めてるんだ。
「何が言いたいかと言うとねぇ……すっごいやる気に満ちてるの!よくよく考えると自分色に染められるって最高なのよね!今ならまだ手付かずだし!」
「あーはいはい」
熱弁を振るうサキを話半分で流す。楽しそうだからいいかぁ。
その後何やら喜々として俺の服の中に手を突っ込もうとするサキに頭突きをかまし、ようやく本題だ。こうでもしないと話が前に進まない。
「顎が痛い……」
「で、具体的に何してるんだ?」
「……今日のところはこれくらいにしとこうかしら。時間はあるし。それで、そうねぇ……具体的にかぁ。敢えて健全な範囲で一例を説明しようとするなら、全身マッサージになるわね」
へぇ!マッサージ!なんだかこう……思ったより普通なことをしてるんだな。何となく想像できる範疇であり、ただそれがどう性欲を発散することに繋がるかがさっぱりわからないが。
「ふぅん。でもマッサージはマッサージでしかないだろ?身体を解きほぐして凝りを取るだけじゃん。娼館って意外と健全なんだなぁ。俺、勘違いしてた」
俺が純粋な疑問をサキに投げかけると黙り込んでしまった。だってマッサージはマッサージだし。それとも娼館って俺が思っているよりも健康的な場所なのか?だってマッサージを一例に挙げられるってことは他も大したことをしてなさそう。
「……やり方があるのよ、特殊なやり方が」
「どんなやり方?あ、もしかしてそれが不健全なマッサージってやつ?神父にマッサージしてた時にそんな感じのこと言ってたんだよなぁ。俺の予想は身体がバキバキになるくらいめちゃくちゃ強くするのだと思ってるんだ。教えて教えて!」
そういや神父も教えてくれなかったんだよな。不健全な方を。せっかくの機会だし、ここでその知識を蓄えるのも正しいだろう。
するとサキは俺への拘束を緩め、きちんと座らせてくる。相対する形だ。
「………………………………………………………………はい!やめやめ!このまま説明を続けようとすると、私の中の理性と罪悪感が暴れだしそう!なし崩しに『もういっかぁ。じっくりとかそんな回りくどいのはもういいから食べよう』ってなっちゃう!『じゃあ私と実践する?』って言っちゃいそう!」
「えー。じゃあ他は?」
「他もなし!だからその『何をしているか』から少し離れて、ここにはどんな物があるかを教えようかしらね?」
むむむ。サキが強引にその話題から離れたがっている。仕方ない。俺も教えてもらう立場だ。素直に先生の言うことを聞くかぁ。でも、気になるなぁ。不健全な方。
「ここが衣装室よ。ほら色んな服があるでしょう?」
「すげぇなぁ」
俺が連れてこられたのは多種多様な衣類があるとても広い部屋だ。あまり服に興味のない俺ですら感服するくらいに綺麗に整理されて保管されている。
「うちの娼館はね?お客さんの好みに対応するために、衣類や道具類をふんだんに用意してるのよ。この衣装室だって他に数部屋はあるし、個別に道具も置いてある部屋もあるの」
「へぇー!客の需要に応えてるんだな」
本当に色んな衣類が置いてある。中にはほぼ裸じゃない?と思わせるボロボロなものであったり、どこから見ても紐じゃない?と思わせるものもあるが。他には………………………………あ!!!
「これ……エルフの伝統衣装だ」
「びっくりした?そうなのよ、エルフの伝統衣装……っぽいものも置いてまーす!」
許可をもらって手に取ると、確かにエルフの伝統衣装……っぽいものが置いてある。あくまで『っぽい』もの。本物と違って手触りもすべすべしていないし、所々に煌びやかな装飾が付いている。そして何よりも本体とも呼べるペンダントが見当たらない。
「…………………………実際に置いてあるのを見ると不思議な気分だなぁ。でも神父があるって言ってたからそこまで驚きはしない」
「……私が言えた義理ではないけど、神父さんも本物のエルフの前で何言ってんだか。代金の件もあるし、見る目変わっちゃいそう。それでどう?着てみる?私としては実物との着心地とか教えてもらえると嬉しいのよね。実物着てるエルフってかなり珍しいから」
サキの神父への評価がゴリゴリ減っていくのを目の当たりにしつつ、その『っぽい』衣装を勧められる。うぅむ。俺としてもちょっと気になるところではある。どんなもんなのかな?
「うん、着てみようかな」
「お、乗り気ね。じゃあ試着室まで案内……」
「試着室?いいよ、そんなの」
ローブを羽織って全身をすっぽり隠し、ペンダントから魔力を抜いてインナーだけになり、いそいそと着換え始める。こういう時、早着替えできるから楽だよなぁ。ここは不特定多数の人が来ることはないだろうからいいだろ。物陰だし。
「………………………………………………………………わぁお」
ん?これどうやって着るんだ?あぁ、この部分に足を通して。ここをこうして。あぁやってこうやって……よし!じぃっと穴が開く程のサキから視線を浴びつつ、何とか着換えを終えることができた。
「着替え終わったぞ!」
「良いものを見せてもらったわ。ローブ一枚を羽織るだけで着換える気概。純粋無垢かつ、速度を優先する効率性を持つ者にしかできない芸当。想像を搔き立てる布ずれの音。感動……よね。これは私も見習わなければならないけれど、難しいわね。流石よ」
そんなよくわからない部分に感動して、ぱちぱちと拍手をするサキは多分おかしいんだと思う。
「感想なんだけど、全体的に生地が薄い」
「そういうものよ。それ含めての衣装だから」
その後もサキが何かと色々な衣装を持ってきて、俺はそれを着るを繰り返した。そしてそのどれにも思うのが全体的に生地が薄い、だ。気になって理由を聞くと『破く時にしっかりした生地だとダメでしょう?』とのことだ。せっかくの衣装を破るのか?不思議な世界だぁ……
そうしてなかなかな時間が経った頃、ようやくサキが満足気に、そしてやり切った感を出して笑顔になった。ちなみに俺はシスター服を着ている。やっぱりこれも生地が薄い。
「満足!眼福眼福!露出の多いもの以外何でも着るじゃない!」
「まぁ慣れてるし」
「慣れてる?」
「アリアに色々着せられるからなぁ。慣れてるよ」
サキは『アリア?』と怪訝な顔をしたが、一瞬でにこやかになる。
「………………………………あぁ、教会のシスターの子。あの子も可愛いのよねぇ……上手いこと両取りもいけるかしら。ねぇその子、今度連れてきて?変なことしないから!」
「絶対連れてこねぇ」
………………………………サキって見境ないんだなぁ。そう思いつつ、俺は帰ったら何食べようかを考えるのであった。
………………………………結局、娼館って具体的にどんなことしてるんだろう?わからずじまいだぁ!