「なぁ、帰っていいか?」
「もうちょっとだけ!私の瞳と記憶に焼き付けておきたいから!それにしてもとんでもないことよ!これは!何でも似合うじゃない!」
俺は娼館の衣装室で未だにサキが持ってくる服を着続けている。帰りたい。しかしサキが腕に抱えている衣装に終わりは見えない。アリアもそうだけど、俺にどれだけ着せたいんだ。
どうして俺が強く断らないのかと聞かれると……まぁやっぱりお得意様だし、知らない仲でもないし。ただ段々と露出の激しいものに移行している感が出てきている。
今、俺が着せられているのは……何だろうかこれ?ウサギっぽい白い耳の飾りを頭に付け、なんか肌の露出が多いやつ。首だけを覆うシャツの襟に蝶ネクタイ、手首には用途不明のカフスを付けていて不思議としか言えない。脚や腕、胸元付近には布がほとんどないくせに、長めのソックスはある。何なんだこれ。
聞けば、酒場や賭け事をする場所での給仕の由緒正しき衣装らしい。本当かぁ?これがぁ?
「とんでもないことよ!これはとんでもないことよ!やっぱり私の目に狂いはなかったのよ!幼さのある美しい顔に、背徳感のある露出の激しいバニー服!金色の髪に青い目!全てが私好み!しかも小さいのに意外と大きいから情緒おかしくなりそう!あ、そのままで少し魔力吸わせて!味変よ!味変!」
「うわ……怖い……夢魔って皆こうなのかなぁ……ひぃぅ!ぞわぞわするぅ」
服装が変わるだけで魔力の味なんて変わらないだろうに。いつも通り正面から抱き着かれ、勢いよく魔力を吸われると背筋がぞわぞわする。自分から魔力をあげるのと、相手から吸われるので何故こうも感覚が違うのか。
「あぁ美味しい……これだけ肌が触れていたら魔力もたくさん吸えるし、目の保養にもなるし最高ね……」
語彙が気持ち悪くなって何やら興奮している様子のサキを冷ややかに見つつ思う。帰ろう。そう固く誓った。
そもそも神父の代金は払っているのだからいつ帰ってもいいはずだ。まぁこの状況も、俺が『娼館では具体的に何してるんだ?』と疑問に思ったのが事の発端だが。
だからもう俺としては嵐が去ればいいかなぁという気分だ。抵抗せずにじっとしておこう。そうしよう。
「……これは……いける……?ねぇ!実はもっと効率良く魔力を吸える方法があるのよ!やってみてもいい?」
「ふぅん。やってみれば?」
「っしゃあ!言ったわね?やってもいいって言ったわね?男に二言はないわよね?」
効率良くできるんならそれが一番な気がするしな。サキの無駄にでかい胸でもがもがしている俺は『うん、いいぞ』と首肯しようとし……
「あ!オーナー!」
首肯しようとしたのだが、焦った様子で衣装室に飛び込んできた燕尾服姿の女性に気を取られてしまった。ぜぇぜぇと息を切らし、ここまで来るまで全力で走り回っていたのだろう。そんな感じだ。
「こんなところにいた!少しよろしいですか!?」
位置関係的に向こうの女性からは俺の姿が見えていないらしい。それとも気づけない程度に焦っているのか。まぁ見るからにあたふたしている。
「………………………………えー……今じゃなきゃ、ダメぇ?」
「緊急です!先日出禁にした客が受付で武器を持って暴れているんです!今いる警備だけでは抑えられなくて!お願いします!」
「あー……それは止めに行かなきゃよね」
「私は先に行ってますので!できるだけ早く来てください!それでは!」
「うん、行く……」
燕尾服の女性はそれだけ伝えるとまたすぐに衣装室を出て行ってしまった。どうやら本当に緊急の用件だったようだ。
さてそんな緊急の連絡を受けたサキは……魂が出ていきそうな程に重いため息をつき、天井を見上げて『なんでこんなにタイミングが悪いのよ……』と呟いている。魔力を吸う速度もどんどん遅くなり、終いにはピタリと止まってしまった。
「ごめんなさい、ちょっと行ってくるわね」
名残惜しそうに俺からゆっくりと離れていくサキには悲哀を感じる。まぁ娼館内で他の者に手に負えない突飛なことが起きると、娼館の主人が出張るしかないのだろう。
………………………………なんだかサキが気の毒だな。さっきまでは楽しそうに俺を着せ替えてしていたのに、一気に気分が落ちているのが目に見えてわかってしまう。しかも今から武器を持ってる奴をどうにかしに行くつもりだし、正直ちょっと心配だ。
ただ部外者の俺が一緒に行ってもなぁとも思うわけで。だからまぁ……俺にできることは少ない。
「待ってサキ。防護魔法は掛けとくぞ。怪我しないように気を付けてな?」
俺は後ろから追いかけ、肩を落とし衣装室から出ていこうとするサキの手を握り、しっかりと魔法を掛けておく。これなら相手が余程派手に暴れない限りは十分すぎるくらいだろう。やっぱり痛いのは誰だって嫌だと思う。
「!」
俺が防護魔法を掛けたことに驚いたのか、サキはこちらを振り返り目を真ん丸にしている。あれ?もしかして余計なお世話だった可能性があるな?
「………………………………今のはかなり、キュンときたかも」
「はぁ」
まーた何か言ってるぞ。
「よぉし!さっさと終わらせて戻ってくるわね!後でご褒美ちょうだい!」
「はいはい。俺にできる範囲でやってやるから」
俺は手をひらひらと振ってそう言うと、さっきとは打って変わって意気揚々とにこやかになるサキ。
ご褒美ねぇ。どうせ『もっと魔力を吸わせてー!』とかだろう。それなら俺にとってはそんなに負担のかかるものでもない。
そうして俺は衣装室にポツンと一人きりになってしまった。うぅむ。まぁサキが戻ってくるのを待つしかないか……時間潰しできることないかなぁ。
そんな風に考えていると衣装室にまた誰か入ってきた。今の俺と同じ格好をした黒髪の女性だ。改めて冷静に見るとすげぇ格好だな。その女性はきょろきょろと周囲を見渡し、俺を見つけると真っすぐこちらにやってきた。な、なんだ?
「ちょうどよかった!あなた新しく入った研修の子でしょ?こっちに来て!」
「え?」
有無を言わさずに手を引っ張られ、衣装室から連れ出されてしまう。え。本当に何?
「ごめんね!衣装合わせの途中だったんでしょう?ちょっと今、下がバタバタしてるみたいで人手が足りないの。だからすこーし手を貸して欲しくて」
連れてこられたのは控室?のようだ。ドレッサーやら何やらが置いてあり、ここで準備をしているっぽい。しかしちらほらと人がいるが、部屋の広さに対してやはり疎らだ。
「でも安心してね!難しいことは何もないから!まぁ……見学みたいなものだと思って楽にしててね」
お!やべぇ!知らない間に話がどんどん進んでる気がする!『どんなことしてるのかなー』とか思ってたけど、ここって流石に従業員でもない俺が入ってはいけない場所だと思う!
訂正しなきゃ!
「待ってくれ。俺はここの従業員じゃないんだ」
「冗談ばっかり!ここの従業員でもなかったら、あんな場所で一人でそんな恰好してないでしょー。ここも新しく入る人も多いから初めましてだけど」
けらけらと笑い、そう指摘された………………………………確かに!
そして気にせずに話は続けられていく。
「でね?あなたにやって欲しいのは『ただ見てるだけ』!」
「見てるだけ……?」
何それ。
「ちょうど『何もしなくていいから黒髪と金髪のバニーに見られたい』ってオーダーが入ってて」
何それ。
「黒髪の方は背が高い子で、金髪の方はエルフの仮装をして背の低い子!」
注文多くない?あと仮装じゃないぞ。
「で、心底軽蔑した目で!耳元で罵倒して欲しいんだってさ」
………………………………それはもう見てるだけではないのでは?なんかプラスされてないか?要素が渋滞してぐちゃぐちゃになってるじゃねぇか。
「ね?簡単でしょう?まさかこんなに適任な子がいるなんて!エルフの仮装をして、おあつらえ向きにバニー服まで着てるし!準備万端じゃない!」
「簡単だけど。そんなんで性欲が解消されるものなのか?」
「さぁ?私には全くわからないけど……色んな趣味の人たちがいるってことだよねぇ」
世界って広いんだなぁ。まぁいいや。どんなことしているか気になっていたし、せっかくだからやってみるかぁ!
手を引かれて案内された部屋に入ると、既に客らしき人物がベッドに腰掛けていた……二人も。仲睦まじい様子で身なりの良い若い男女がイチャイチャしている。部屋間違えたんじゃないか?
「あれね。夫婦らしいよ。夜の生活でのマンネリ防止のためにここに来たんだって。仲良いよねぇ」
こっそりと耳打ちして教えてくれてもらったのだが、全く理解が追い付かない。俺が無知なだけでこれって普通のことなのかな。
「どうも!今日はよろしくお願いします!」
「楽しみね!あなた!」
笑顔で手を絡み合わせている目の前の夫婦は存外乗り気だ。緊張なんて微塵もない様子だ。うん。なるほどね。何なんだよこの空間は。困惑を通り越して神秘すら感じる。
「私たちの今回の役目はいい感じに二人を盛り上げること!それだけだよ!私は旦那さんの方を罵倒するから、あなたは奥さんの方をお願いね!」
「おう!任せとけ!」
何だかよくわからないが……乗り掛かった舟というやつだ。真剣にやらせてもらおう!俺は自信満々で奥さんの傍に座る。それで……うん。
………………………………やり方がわからない!!!だって初めてだもん!!え、心底軽蔑した目で耳元で罵倒!?どうすればいいんだよ!つーかよく考えたら見学じゃなくてもうこれ実践じゃねぇか!騙された!
そうだ!向こうはどうやってるんだ!
「奥さんがいるのに、こんなところに来ちゃったんだぁ?変態」
「くっ!妻のためにも僕は負けない!」
盛り上がってんなぁ!?ダメだ!参考にならん!意味もわからん!どういう雰囲気でやってんだよ!旦那さんも何に負けないようにしてるんだよぉ。わかんないよぉ……
黒髪さんもこっちへの目線で『頑張れ!』っていうのは伝わってくるけど。何をどう頑張れってんだ。
「あのぉ?大丈夫ですか?」
くそ!奥さんが心配してる!仕方ない。ここは素直に……尋ねよう。
「ちなみに何ですけど、どういう風に罵倒されたいとかってあります?」
奥さんの耳元で囁く。近づきすぎたのか少しビクッとしながらだ。
「えっとぉ。エルフの仮装していただいてるので、それっぽくお願いできますか?」
「……なるほど!」
あぁ!それなら!エルフっぽくなら本家本元だ!だってエルフだもの!ちょっと傲慢な感じを出して罵倒すればいいんだな!喉を整えて息を吸い………………………………始めよう。
「じゃあエルフっぽくってことで………………おい。旦那もかわいそうだなぁ。こんなところまで無理矢理連れてこられて。自分勝手な女。魔力もほとんどない人間ってやっぱりそうなんだ。ふぅん」
「そんなこと……」
お!奥さんが乗ってきたってことはこれでいいんだな!絆を確かめ合う様に旦那さんの手をぎゅっと握ってる。自分でも何が言いたいのかわからない言葉だけど、それっぽければいいようだ。そうだ。軽蔑を浮かべた目で見ておくか。
「しかもこんな娼館なんて小細工に頼らないとダメって……ふっ。笑える」
「くぅっ!」
「あーあ。旦那もこんな弱弱しい人間と結婚したのって失敗だったんじゃないか?あんたって魔法使える?俺は使えるけど?ちなみに魔法使いだけど?超優秀なエルフだけど?」
「……私!負けない!」
ぎゅっと目を瞑り顔を赤くし耐え忍ぶ奥さんだ。旦那さんの手を握る強さが、その絆の深さを物語っているのかもしれない。夫婦揃って何に負けないつもりなんだよ。
………………………………俺は何してんだろうなと思いつつ、まぁまぁの時間続けていく。本当に何なんだろうね?これ。
「ありがとうございました!いい感じに高まってきたので、後は夫婦だけにしてもらってもいいですか?」
はぁはぁと息遣いも荒く、顔を真っ赤にした満足気な夫婦がそこにはいた。しかし、その握り合う手は絶えずイチャイチャしている。こわ……
「はーい!ごゆっくりどうぞー!道具や衣装等も有料で貸し出していますので、遠慮なくお申し付けください!」
一仕事終えたように汗を拭う黒髪さんがそう言って、謎の空間での謎の催しは終わりを告げた。俺も一応最後に会釈をし、黒髪さんと共に部屋を出るのであった。
控室まで戻り、ようやく一息つく。なんか……罵倒しているだけだったのに疲れたな。
「いやぁ!大成功だったね!あの夫婦も満足してたし、きっと常連になってくれるはずだよ!ありがとう!」
黒髪さんが嬉しそうにしていると、こちらとしても悪い気はしない。
「娼館ってああいったことをしているんだな。知らなかった」
「うぅん。あれは割と特殊な例っていうか。ここって休憩場所としても使えるからその延長っていうか。でもお客さんの需要にできる限り合わせてあげるのも人気の秘訣だよね!それにしてもごめんね。無理言って手伝ってもらっちゃって」
「いいや、こちらこそ。サキを待つ間の暇潰しになったよ」
「サキを待つ間……ん?え?オーナーを待つ?」
黒髪さんが笑顔のまま固まってしまった。あ、そういやそろそろサキも戻ってくるかな。衣装室に戻っておいた方がよさそうだ。
「じゃあ、俺は衣装室に戻るから。見学……?結構楽しかったよ」
俺は黒髪さんにお礼言って控室を出る。それにしても勉強になったなぁ。今度手紙に書いてみよ。
「………………………………え?嘘。研修の子じゃない……?あれ?もしかしてエルフの仮装じゃなくて……薬師さん?本物?やっっっっばぁ!」
その後、衣装室に戻るとサキはもう戻っていた。『ご褒美!ご褒美!』と楽しそうにしていたが、さっきの黒髪さんが顔面を蒼白にしながら衣装室までやって来て何やらサキに報告をすると………………………………二人に全力で謝り倒された。
………………………………いや、完全に訂正しなかった俺が一番悪いんだけどな。