「どうしようかなぁ」
娼館の外で途方に暮れている俺の手の中にあるのは、サキからもらった数枚の『カルグリゾート特別招待券』という文字が書かれているチケットだ。豪華な装飾付きで、しかも上質な紙を使っているのかすべすべで手触りも良く、明らかに高級感のある見た目で扱いに困る。
『これ、お詫びよ』
珍しく申し訳なさそうなサキがそう言って差し出してきたチケットなのだが、何だこれお詫びの錬金術?俺が神父に対するお詫びで娼館の代金を払いに行った結果、不運な勘違いから娼館の仕事を手伝って……サキからお詫びでこのチケットをもらったわけだ。
お詫びが巡り巡ってこちらに戻ってきている。ただ俺としては『しっかり訂正しなかったのは俺だし……むしろこちらがお詫びするべきなのでは?』と言ったのだが。
『………………………………娼館の従業員じゃない子に手伝わせちゃったから……よねぇ。これで諸々の全てが説明できるし、要はこちら側の不手際なの。それも元を辿れば私が原因で、責任はもちろん自分にある。改めて謝罪させてちょうだい。嫌な気持ちにさせて申し訳なかったわ』
と、いうことらしい。ならばこのお詫びの品を受け取らないわけにはいかない。相手なりの誠意なのだろうから。
ただ、やっぱりあんなところに突っ立ってた俺も悪いしなぁ。だって衣装室で仮装してたら、黒髪さんだって新しく入った従業員だと勘違いするのは仕方ないことだ。どうやら条件に合致していたようだし。
………………………………お互いにこれで打ち止めにしておくのが円満だな!うん!それに部外者が対応してしまったという、思えばなかなかに『あれ……?ヤバいんじゃね……?』案件だもの!あの身なりの良い夫婦が気づかないように内々で黙っておこう!それがいい!
『……え?汗をかいたから今着ているこの衣装は洗って返す?……へぇ…………汗ねぇ……なるほどなるほどぉ……それはいいわねぇ……………………………………いいえ!気にしないで!それは私自らが洗うわ!私が着せたんだもの!着せた責任は私がとる!他意はないのよ!』
『お、オーナー?というか、そもそもどんな状況で薬師さんにバニー服を着せてたんですか……?何か理由が?曖昧に微笑んで誤魔化そうとしないでくださいってば!』
……そして俺はサキのお言葉に甘えて後は任せたのであった。後を任せてよかったのか……?
思ったよりも時間がかかってしまったが、ようやく教会へと戻ってくることができた。ひらひらとチケットを見せびらかす。
「で、詳細は省くけどサキからこのチケットをもらったんだ」
「随分時間かかってたようですし、普通に過程が気になりますねぇ」
「まぁ代金払ってから色々な?」
俺は苦笑いをしながら神父に説明する。説明とは名ばかりでほぼ何も言ってないに等しいけど。その証拠に神父も『色々じゃ何にもわからないんですけど……』と呟いている。
とりあえず俺はキースたちに見せるために机にチケットを広げた。正確なチケットの数は四枚であり、何とも絶妙な枚数だ。はっきりと言えば割と中途半端な枚数だ。
「サキさん……?どこに行ってたのかと思えば、『あの』サキさんのところに行ってたんですね。ふーん」
だがアリアは机のチケットには目もくれず、じっとりした虚無の目を俺に向けてくる。おっと。これはたまにあるアリアが怖い時のやつだな。今回は多分サキに会いに娼館へ行ったのが原因っぽいな。
何故かは知らないけど、アリアはサキに関して思うことがあるようだ。妙に強調されているけど、『あの』ってどの?と聞ける雰囲気ではないのは確かだなぁ。
「レ、レイさん……!どうするべきかわかってますよね……!」
そんなアリアの様子を怯えている神父がこそこそと俺に耳打ちしてきた。キースもあわあわと両手で口を抑えながら俺の後ろに隠れてアリアを見ている。それだけアリアの纏う雰囲気は怖い。
………………………………へっへっへ、どうすればいいのかさっぱりわからない!ただ、ここは下手に突くとヤバそうなので上手いこと流しておこう!
「……そうだ!アリアはカルグリゾートって知ってるか?俺、よく知らないんだよな」
俺はその目に気づかない振りをしつつ、チケットを一枚手に取ってアリアに質問してみる。ぶっちゃけカルグリゾートなるものがどこにあるのか知らないのだ。何それ?リゾートと名を付けられている以上、休暇を過ごす場所なのだろうけど。
俺が尋ねるとアリアはキョトンとして、先程までの凍える虚無の視線から不思議そうな視線へと変わっていった。『え、知らないんですか?』と言いたげである。お!どうにかなったな!
「えっと、レイさんはこの町と王都を結ぶ中間地点には大きな湖があるのをご存知ですよね?」
「あー知ってる知ってる。なんかすげぇでかい湖あるよなぁ」
「その湖の傍にある宿泊観光施設がカルグリゾートです。湖や周辺にそびえる丘といった自然豊かな部分を活かしているそうで、最近は国外からもカルグリゾート目当てに観光に来る方も多いとか」
ふぅむ。どうやら評判の良い場所のようだ。まぁサキが変なところの招待券を渡してくるはずはないと思っていたけど。
アリアもチケットを一枚取って全体をまじまじと観察している。しかし、若干おっかなびっくりな感じがする。
「それと、私も又聞きでしかないんですけれど……カルグリゾートには一般入場以外に、所謂上得意様向けの特別招待枠というものがあるらしくて。限られた人しか渡されない招待券があると聞いたことが……」
「特別招待券って書いてるこれがそうだってことか」
「恐らく。しかもカルグリゾート自体、お金持ち向けと耳にします。その中での特別招待枠って……なんだかとびきり豪華なような」
……なんかすげぇ良いものをもらってしまったのか?お詫びの品にしてはちょっと、いやかなり手に余るというか。それだけサキ自身が申し訳ないなって思った結果とか?うぅむ。判断が付かないな。
「何はともあれ。せっかくもらったんですし、カルグリゾートに行ってみたらどうです?有効期限とかは気にしないでもいいでしょうけど、腐らせてはもったいないですって」
「確かになぁ」
俺は神父の言葉に頷く。そういやこの国に来てから旅行などしたこともない。大体が住んでいる森から町や村の周辺を行き来するまでが関の山だ。実際これで問題なく生活できているから不便もなかったが。
それに……旅行をしたらきっとキースも楽しめるのでは?キースの見る世界を少しずつ広げるためにもこれは良い機会かもしれない。
机の上に置いたままのチケットを指で突いているキースの頭を撫でる。さらさらの髪の触り心地が良く、ずっと触っていられる。くすぐったそうに、でも嬉しそうに俺の手を受け入れてくれているキースが愛おしい。
「なぁキース?ちょっと遠くにお出かけしようか」
「おでかけ!?やったぁ!いいよ!」
手を挙げて喜んでくれてる!!俺は嬉しい!!
さて、当然まだチケットは残っている。これはアリアの神父との分だな。
「二人とも。一緒に行かないか?」
俺は『どう?』とチケットを見せながら聞いてみるのだが……神父はともかく、アリアが困ったように笑っている。
「いえ、そのぉ。やっぱりあまり教会を空けておくわけには……」
「あ、大丈夫ですよ。僕が残りますんで。アリアもたまには思い切り羽を伸ばしてきなさい。子どもたちの世話も……何なら僕より頼りになる子たちですからねぇ」
「で、でも……」
「アリア、向こうで話し合いましょうか」
そう言って二人して俺とキースから離れて、礼拝台のある奥まで行ってしまった。きっと内緒話だろう。ただ、その声量でその距離なら俺は耳が良いので若干聞き取れてしまう。全部が聞こえるわけではないけどな。
危険………………かっさらわれる…………招待券も確保してるかも…………とかそんな言葉が耳に入ってくる。まぁ聞き取れるだけで内容はさっぱりだ。盗み聞きも褒められたものでもないし、これから先は耳を塞いでおくか。そんな俺を見てキースがぽかんとする。
「まま?どうしてみみをふさぐの?」
「キース、良い質問だ。聞こえすぎるのも罪だということだよ」
「ふぅん。そうなんだ。おでかけたのしみー!」
あっ!キースが俺への興味をなくしちゃった!!冷めた目で普通に悲しい!!
話がまとまったであろう二人が戻ってきた。アリアは両手の指を合わせてもじもじとして恥ずかしそうにしている。
「ではお願いします……」
「おう!楽しもうな!」
「いっしょにいこうねー!」
深々とお辞儀をするアリアとその横でしたり顔でうんうんと頷く神父。これでアリアの参加は決定だな。それにしても……神父の傍まで近寄り、上目遣いで神父の顔を見上げる。
「神父はよかったのか?」
「いやぁ。まぁこっちはこっちで過ごしますからお気になさらず。いつも頑張ってくれているアリアを優先したいですので。それに……僕がそのリゾートに一緒に行くと周囲に嫉妬の目で見られそうな気がするんですよねぇ」
「フフン!この美エルフが一緒にいると嫉妬の目で見られるのは当然だな!!」
「正直、理由の一つはそれです。レイさんって必要以上に綺麗ですからねぇ」
だよなぁ。俺の美しさは罪、だな。
「じゃあキース、アリア、俺の三人で。ってこれじゃあ一枚チケットが余っちゃうな」
チケットは四枚ある。あと一枚……あ、そうだ。よくよく考えるとこうすればいいのか。キィ出てこーいと影の中から呼び出す。すぐにぴょんっと軽やかに飛び出してくるキィを抱き留める。キィは急に呼び出したせいか、明らかに『めんどくせ』みたいな表情を浮かべている。
「残りの一枚はキィに使ってもらうことにしよう」
「?キィちゃんを連れていくのなら、別にチケットは必要ないんじゃ」
「せっかくだしな。キィ?人型になってー」
キィはにゃあと了承の意味を込めた一鳴きをすると、ぽんっと可愛い音を出して姿が変わる。目の前に現れるのは人型になったキィだ。可愛らしい猫っぽさのあるワンピースを着た少女が億劫そうに立っている。
「え!?」
「は!??」
アリアと神父がとんでもないスピードで反応を示している………………………………そういえば人型になったキィを二人は見たことなかったよな。まぁすぐに慣れるさ。
「アリアちゃんと神父くんどうも。ご主人。これってどういう状況です?急に呼び出されたからよくわからないんですが」
「サキからチケットをもらったんだ。はい、リゾートの特別招待券。これでキィも人型で参加できるぞ」
「………………………………え。ご主人、まさかこれだけのために呼んだんですか?」
「うん。そうだけど」
キィは顔を手で覆って天井を見上げて『あ゛ー』と腹の底から感情を出すように唸っている。獣耳を後ろに反らしていてなんとも猫っぽい。
「しかもサキって……あの発情しまくりの夢魔のかぁ。うわぁ、裏がありそう」
「お詫びの品でもらったから裏なんてないさ」
あと発情しまくりは酷い気がする。ストレートに悪口だぞ。だがキィは少しも気にすることなく、思案を始めてしまった。
「……アリアちゃん、神父くんちょっと来て」
今度は三人で俺とキースから離れて、また礼拝台のある奥まで行ってしまった。まーた内緒話か。今回は耳塞ぐのやめとこーっと。
あの夢魔……危険…………絶対しれっとした顔で…………………………あんなの……魔女と同類……とか何とか。本当に何の話なんだよ。
「ままー。どうしてみんなこそこそばなししてるのー?」
「それは俺にもわからない。ただ、身になる話をしていると思う。俺抜きで」
「ふぅん。ままさみしいねー」
「俺にはキースがいるから平気だぞー」
………………………………寂しくないもん。
そうしてしばらくして、三人が戻ってきた。有意義な話し合いができたようである。俺抜きで。別に気にしてないけど。全然気にしてないけど。関係ないけどキィは帰ってから嫌がってもめちゃくちゃ撫でるし、めちゃくちゃ匂いを嗅ぐ。そういや人型状態での匂いってどうなってるんだろう……?
「話し合いの結果。気を張り過ぎても仕方ないので、何かあったらその都度対応しますってことに決まりました。一応ご主人にも言っておきますね」
「なるほど……?」
そうなったらしい。俺の知らないところで何らかの話が進んでる……!これには流石の俺も疎外感!まぁいっかぁ!要は俺抜きでも大丈夫な話だろうし!ここは大人の余裕を見せておこうか。切り替えが早いのも大人っぽい!
何だかんだ紆余曲折があったものの、こうして俺たち四人はカルグリゾートなる場所へと旅行へ行くことになったのである。
さぁて!着ていく服はいつものでいいかな!