……俺はサキを視認した後、とりあえずゆっくりと扉を閉める。なんかいた……なんか裸で堂々としてた……あそこまで堂々としてるとむしろカッコイイな。俺も見習わなければいけないのでは?そう思ってしまう。
あ、いや違う違う。一応確認がてら、他の皆にも報告しておくか。俺が見間違えてるかもだし。
「貸し切りなのにサキがいた」
「……でしょうね。もう一度扉を開けてもきっといますよ?あの女。いない方がおかしいと思ってたくらいなんで」
白けた表情で淡々しているキィにビビりつつ、もう一度恐る恐る扉を半分だけ開けてみる。うん、いる。さっきより近付いてきているなぁ。細い尻尾を嬉しそうに右へ左へうねうねさせて、俺たちが入ってくるのを今か今かと待ち構える。
「早く入ってきなさいってば。ほら!時間に限りはあるんだから温まらなきゃ損よ?さぁ!さぁ!」
滑らかに手をわきわきさせながら目をギンギンにしているサキの姿は、温泉に入るだけなのに気合の入りようが一味違う。そこまで温泉が好きなのか……意外というかそんな素振りは見たこともない。だからちょっとびっくりである。そんなに好きなら先に入ってろよ。
まぁそれはそれとして。冷静になって考えてみるのだが……うん。
「少し驚いたけどサキがいるだけだし、問題ないな!キース!入ろうぜ!」
何か不都合があるかと問われると特にない。どうしているかは後で聞いたんで別にいいだろう。
「まま!いこ!」
「よしキース!良い返事だ!流石だ!」
アヒルのおもちゃを天へと掲げるキースと共に俺は気分を最高潮にまで上げる。つーか早く温泉に入りたいし!サキがいるのも些細なことだ。まずは俺とキースが先陣を切らせてもらう!
「いくぞー!」
「おー!」
俺とキースは仲良く手を繋ぎ、仲良く勢いよく扉を最後まで開け、温かい湯気が充満する浴場へ滑らないように歩いて仲良く突入!うおぉ!湯気があったけぇ~!今の俺は温泉エルフだぁ!キースもウキウキだが、俺も当然の如くウキウキだ。
「フフフ、いらっしゃーい」
そう言って舌なめずりをするサキを不思議に思うけれど、こいつ普段もこんな感じだしなぁ。気にしてもね?ただ尻尾が荒ぶっているのは危ないなぁって思う。
「…………………………………………レイさんが大雑把なのはいつものことですけど」
「……ご主人、知り合いや歳下相手だと一気に警戒心のガードが下がるからね。危ないよね」
「「はぁ」」
俺たちの後ろから特大のため息が聞こえるが、それもまた些末事というものだ!
「……あら、その子が前に言ってたキースくん?」
浴場に入ってきた俺たちを見て、何やら満足気に頷いていたサキがキースに目を留める。そういや初対面になるのか?紹介しておこうか。
「あぁ、俺の子どものキースだよ。可愛いだろう?」
「そうね!ぱっちりとした目で愛らしいわ。将来が楽しみ!あら!噂には聞いてたけど、本当に銀色の髪なのね。珍しい……………………少なくともこの国の出身じゃなさそうよねぇ……銀髪っていえば北の方かしら?でも銀髪ってなると」
「……少なくとも?すまん、どうかしたか?」
後半、この俺がよく聞き取れないほどの極々小さな声で何かを呟いたようだ。サキは俺がその部分に反応するとは思わなかったのか、ばつが悪そうに目を逸らして手で口元を覆う。
「思い浮かんだことを言っちゃっただけだから、気にしないでちょうだい」
「まぁ、構わんが」
微妙に腑に落ちないけれど、そこまで追究する必要もない。言いたくないことかもしれないし。
「ままー」
ん?キースが手をぎゅっと握ってきている。あぁなるほどな。キースにとってサキは完全に見知らぬ相手だもんな。そんな相手と俺が親し気に会話していると気になるのは当然である。実際、俺の後ろから様子を窺っているキースはサキのことが気になって仕方ない様子だ。
「……そうだ、キース?この人に自己紹介してみようか。キースは自分のこと、説明できるかな?」
「うん!!できるよ!えっとね!ぼくね!きーす!うさぎがすき!おねえちゃんはだれー?」
キースは浴場に響くくらいに元気いっぱい自己紹介をする。促すとすぐにできてしまうとは……なんて素晴らしいんだ。俺も無意識のうちにキースの頭を撫でてしまっている。理由?自己紹介ができてすごいから。
「あら、いけない。私も自己紹介を忘れていたわね。キースくん?私は夢魔のサキよ。あなたのママとは娼か……えーっとね……ちょっと待ってね…………あなたのママからよくお薬を買わせてもらってるの!お得意様ってやつ?仲良しなのよ!」
「そうなんだー!おとくいさまー!なかよしー!」
…………………………………………サキが上手いこと誤魔化してくれた!そうだよな!娼館経営してて媚薬とか買ってますとかは意味は通じないかもしれないけど、ちょっと言いにくいもんな!そもそもキースにはまだ早いもんな!その辺配慮してくれてありがとう!
「ご主人?キース?この夢魔に構うのはそれくらいにして温泉を楽しみましょうよー。ほらほら身体が冷えちゃいますよ?ささっと身体洗っちゃってから入りましょう?」
つつがなく二人が自己紹介を終えたところで、キィがすっと俺たちとサキの間に入り込む。む、確かにキィの言うようにこの格好でいるのは寒いというのも事実である。
「んー?うーわ……あなたクロネコ?ガーランジュにいるんじゃ」
「あーはいはい。そういうのいいから。もう初めに言っとくけど、ご主人に変なことしたらどうなるか……わかってる?」
「失礼ねぇ。最終的に純愛になるんだから邪魔しないでよ。というかご主人って……使い魔にでもなってるの?人のこととやかく言えないじゃない」
「こいつ……!」
それを口火にキィとサキがあーだこーだと言い争いを始めてしまった。え、つーか知り合いなのか?俺もキィを使い魔として召喚する以前のことは何も聞いていない。だからそれ以前の交友関係なんて。なーんもわかんない。
ただ一つ、俺が言えるのは……ここまでお互いに遠慮しない物言いをできるのって、結構仲が良いんでは?いいなぁ。
…………………………………………何はともあれ、二人の口喧嘩が終わるの待ってたら長くなりそうだなぁ。寒い。
「キース、アリア。二人は放っておいて、俺たちは先に身体でも洗って温泉入ってようぜ」
「あ、放っておいちゃうんですね」
「旧知みたいだし、色々話したいこともあるかもだしな。ま、後でどうせ合流するさ」
さぁ!さっさと身体を洗って!温泉!温泉!
三人で背中を流し合ったりしてから、とりあえず目の前にある一番でかい温泉に浸かる。人が優に何十人もすっぽり入る大きさの大浴場である。
ちなみにこのカルグリゾートの温泉は屋内と屋外に分かれている。俺たちがいるのは屋内の大浴場だ。まぁ屋外の方もそのうち行くが、まずは屋内からだよなぁ。順番的に。
色々な種類の泉質の温泉が揃えられているそうで、俺たちが今入っているのはオーソドックスな泉質の温泉で温度は少しだけ高めで、程よく身体がポカポカする。そんな温泉だ。つまりはちょうどいい……
「キースぅ。気持ち良いかぁ?」
「きもちいー」
「そっかそっかぁ」
壁に背を預け、キースと一緒にふにゃふにゃと会話をする。そうだ、アヒル君を浮かばせようか。おもちゃのアヒル君を目の前に浮かばせると、何とも優雅に泳ぎ始めた。
キースもそのアヒル君を沈めたり、突いたりしてのんびりと楽しんでいる。そんなキースの姿を見て、あぁ~これこれ!と思うわけだ。
ぶっちゃけ小さな子に温泉って退屈かなぁとか思っていたが、杞憂だったようだ。とりあえずそれはよかった。まぁのぼせないように気を付けておく必要はあるが。
広々とした貸し切りの大浴場の温泉には三人しかいない。キィとサキはまだ来ない。これ以上遅くなるようなら止めに行こうと思う。が、全身がポカポカとしちゃってて思考が上手くまとまらない。
「レイさん。顔が緩んでますよー」
「アリアぁ、アリアも同じだぞー」
右隣にいるアリアも存分に足を伸ばし、血色が良くなった緩んだ顔を晒している。気持ちよさそうー。
「……肌、つるつるですよ。ねぇレイさん、もっと近づくのでちょっと触ってみてください」
「うんー触るー」
アリアが遠慮がちに近づいてくるのを薄目で眺める。近くに寄ってくるとよくわかるがアリアの頬が真っ赤である。血色良いなぁ。
さて、どこに触れるのがいいのだろうか。腕かな?
「本当だー、腕つるつるー」
「そうでしょうー?レイさんの腕もつるつるですよー」
お互いにお互いを触れ合うと、確かに肌がつるつるである。この温泉は美肌効果があるに違いない。何ということだ……!更に美肌になってしまう。元々の美肌エルフを超えて超美肌エルフに進化だ。とうとう光り輝く肌に到達するのも悪くはない。
「ほっぺたも触れてみてくださいー」
「いいぞー」
「ままー。あつくなってきたー」
少しだけ熱そうなキースの声を聞き、ふにゃふにゃだった思考が定まる。むっ!それはいけない。キースのような小さな子どもは体温調整が苦手だ。もしかするとこの温泉の温度がキースにとっては高めだったのかもしれない。完全にのぼせてしまう前に一度上がる方がいいだろう。
「キース、少し上がって休憩しような。すまん、アリア。一度出るな」
「はーい。キースも無理しないでねー」
「ありあおねえちゃんもー」
キースと共に一度温泉から上がることにする。のぼせる前に気づけてよかった。水分補給と涼しい場所に座らせて……キースが入る温泉はもう少し低めの温度の方がいいな。ぬるいお湯……屋外の露天風呂とかに入るのもいいか?
一旦、脱衣場まで戻るかな。あそこなら水も置いてたし。
「…………………………………………残念。なかなかもう一歩が踏み込めないなぁ」
キースに水分補給をさせてから一緒に休むことにする。脱衣場には仰向けで寝転がれるタイプの椅子がいくつもあり、休憩するにはもってこいである。
キースの身に付けている湯衣をまずは脱がし、身体を拭いてから楽な格好で寝かせておく。そして濡れタオルを首の後ろに当てておけば一応体温も探しやすいだろう。俺はキースと隣同士の椅子に寝転がり、キースの様子を窺う。
「キース大丈夫か?」
「だいじょうぶー」
水分補給をし、休み始めてから少し時間が経ったキースは平気そうに見える。が、まだ頬はほんのりと赤みを帯びているので油断は禁物である。
ふむふむ。やはりまだ幼児には熱めの温泉は避けた方が良いようだ。自宅で入浴するよりも温度が高いため、長風呂もあまりよくないのも当然か。
椅子から降りて念のためキースの頬に触れると、いつもに比べて体温が高い気がする。むむむ。また温泉に入るか入らないかは置いておいて、どちらにせよ急に動かずにもう少し休むべきだな。
まぁ俺の予想では恐らく今日はこのまま再入浴はないと思うが。一応、備え付けられていた涼し気なガウンを既に身体を拭いた後に着せている。これならどちらであってもすぐに着脱可能だな。
「ままのてってひんやりしててきもちいー」
「む、そうかな」
まぁさっき冷たい水で濡れタオル作ったしな。それでかな。
「あのね、ぼくね、ままのてすきー。なんかねーすき」
「……そっかぁ」
キースに柔らかいにこにこ笑顔でそう言われると悪い気はしない。キースも心底安心した表情で俺を見上げてくれているので、事実なのだろう。
そうしてゆっくり、ゆっくりとキースの頬を撫でていくとキースがウトウトしていくのがよくわかった。瞼が落ちては開き、落ちては開きを繰り返す。その頻度も段々と多くなり、瞼が落ちていく時間も長くなっていく。これはもう寝ちゃうだろうなぁ。
「キース眠たい?寝ちゃっても大丈夫だよ。俺が連れていくから」
「ねない……ぼくねないよ……ねない……」
完全に目を閉じた状態で首を横に動かして否定しているのだが、もう明らかに寝る寸前だ。必死に眠りをこらえる姿は何とも愛らしい。この姿を独占できている俺はなんと幸せなのだろうか。
「はいはい。キースは寝ないかぁ。頑張れ頑張れ。でも俺が三つ数えたらキースは寝ちゃうぞー?ひとーつ。ふたーーつ。みーーーっつ……はい、おやすみキース」
俺が多少ズルをした数え方で三つ数えると、キースは穏やかな寝息を立てむにゃむにゃと眠り始めた。よぉし。キースを部屋まで連れていくかぁ。
あ、その前に……
誰かに部屋に戻ることを言っておかないとな。お!声が聞こえるぜ。
「私の分はちゃーんと確保したうえで、余ってる招待券をあげたに決まってるじゃない。でもぉ、今日!この日に!来るのが被るなんて……なんて奇跡なの」
「うっっわ!白々しい!どうせ見計らってたうえで、この温泉貸し切りにした癖に!あ!ご主人……今からでも部屋のお風呂に」
俺が声の場所まで近づくと、どうやら言い争いをしていたキィとサキの二人は温泉の一つである魔力温泉に浸かっていた。魔力温泉……魔力温泉……?どういう代物だよそれ。ちょっとお湯を掬って確認してみると、まぁ確かに?ほんの少し魔力が混じってるような混じっていないような?いや、かなり微量だよこれ。
それは置いとくとして。
「すまん。俺、キースと一緒に先に上がるから。皆はまだ入っててくれて大丈夫だから、気にしないでくれ。アリアに会ったら伝えておいてもらえると助かる」
「「え」」
お!息ぴったり!やっぱり仲良しじゃないか。ぽかんとした顔まで一緒だ。
皆で一緒にずっと入るって言うのは無理だったが、まぁ寝静まった後にこっそり一人で入りに行くとしようかな。その時はもう貸し切りじゃないだろうけど。真夜中なら誰もいないだろう、多分。