キースを温泉から部屋へと連れて帰り完全に寝かしつけた後、他の三人も思ったより早く戻ってきた。どうやらキースがのぼせてしまったのではないかと心配になったようだ。それで早めに切り上げてきたとは……へへっ優しい奴らだ。
……どうしてサキまでこの部屋に戻ってきたかについては……まぁ一緒にいるなら大勢の方がいいしな!ベッドも余ってるし。キィがサキに向かって『ご主人とキースのベッドやアリアちゃんのベッドに入り込んだらどうなるか……あんたわかってるよね?』と何とも恐ろしいことを言っていたが、旧友に対する軽口というやつだ。きっと。
ただキィによって紐で縛られている状態で放置されているけど。サキは眠れるのかな?
そしてしばらく時間が経ち。
「皆、眠ったかなぁ?」
「……」
「……」
「……」
「……ネムッテルヨー」
ベッドで眠っている皆に小声で確認の合図を取ると、キース、アリア、キィからは静かな寝息が。サキからは何らかの寝言が返ってくる。よしよし、ぐっすりと眠ってるな!
サキを除く三人は何だかんだ湖で遊んだことの疲れが出ているのか、なかなか眠りが深いようだ。その証拠に全員の頬を指で突いても、特に眠りから覚める様子もない。サキには睡眠中の無意識によるものか、指で突いているとその指をねっとりしゃぶられてしまったが。こそばゆいな。
「綺麗なものじゃないから舐めちゃだめだぞー……って寝てるもんなぁ」
「……キレイヨー。オイシイカラコノママナメルワヨー」
「幸せそうに寝言なんて言っちゃってさ。可愛い。どんな夢を見てるのかなぁ」
寝ている間はサキも意外に甘えん坊なのか。いや?触れ合いしたがるのは普段からか……ある意味裏表がないというやつだ。
「…………………………………………何なのよこの母性は……」
「ん?」
「……くぅ」
「うん、寝てるな。気のせいか」
何はともあれ、部屋にいる全員が寝静まったのを確認できたわけだ。というわけで、行くか。再度温泉に……!キースが寝ている隙に……!
俺は人目を気にせず完全なる裸一貫で再び温泉へと足を踏み入れた。時間的には貸し切りではなくなった温泉ではあるが、他に誰もいる様子もなくただただ静かである。つまり実質未だに貸し切り気分だ。まぁ誰か入ってきても然程問題もない。温泉ってそういうもんだろうし。
そもそも俺は長風呂が好きだ。正直、いくらでも時間をかけて入浴しても苦ではない。
先程、皆で入った時には全ての温泉を制覇できなかった。だからもう一度入浴しに来たわけだ。薬草湯とか入りたかったし!
「んじゃ、まずは……あれ気になってたんだよな」
俺はキィとサキが入浴していた魔力温泉に目を付けた。ほとんど微量の魔力しか溶け込んでいないが、全身で浸かってみると効果があるかもしれない。
俺は魔力の吸収効率が良い体質だ。肩まで浸かれば、めちゃくちゃ魔力を吸収できて体調がすこぶる良くなる……可能性は全くないわけではない。試してみよ!失敗しても何かあるわけでもないし!
では……いざ入浴だ!!
ざぶん!と数人は入れる広さのつぼ型の浴槽へと派手に飛び込む。めちゃくちゃ行儀が悪いので他人がいる前ではできないが、ちょっとくらいは……ね?許してくれ!絶対にキースの前ではしないから!うひょー!あったけぇ!!温度が若干温くて長く入浴できちゃう!
…………………………………………さてさて、肩まで浸かってみたけれど。お?おお!手で掬った時にはそこまで感じなかったのに、全身で浸かるんならすげぇ魔力補充できるじゃん!肌の隅々から魔力が入ってきてる!
「これはなかなか……あれ?」
浴槽の縁に腕と顎を乗せ、全身に駆け巡る魔力に気分よくうっとりしていると段々と周囲が明るくなってくる。あ、そうか。普段は魔力を過剰に供給されないから忘れてたな。
「うわぁ……魔力吸収し過ぎたかな。髪が光り始めちゃった」
入浴するために団子状にまとめていた髪がほんのりきらきらと輝き始めてしまう。とんでもなく眩しい!とまではいかないけど。ただ魔力が充実し過ぎるといつもこうなるんだよなぁ。こうなるのは栄養剤を飲んだ時以来か。
体調が良いことの証拠といえば証拠なので、そこまで気にする必要もないんだけど……目立つ。眩い光り方ではないのが幸いだな。目に優しい光り方だ。
…………………………………………まぁ誰もいないし、これくらいならいいかぁ。もしも誰かここに来て俺の美しい金の髪が光るのを見られたら運が良かったってことで!うん!そういうことにしとこう!
温めのお湯に身体を解され、ポカポカと全身が温かくなる。二度目の入浴だけど、温泉って何回入っても飽きることはない。るんるんで鼻歌なんか歌ってしまう。
それにしても誰もいない一人だけの空間で、こうしてのんびりと入浴する……皆でわいわい入浴するのももちろん楽しいが、こういった時間も悪くはない。魔力温泉のぬるぬるとした泉質も美肌効果がありそうだし、何だか気持ち良い。
つまりは結構満足である。俺、魔力温泉好きかも。どうにかして家に引っ張りたいと思うくらいにはな。でもどんな方法で魔力が混じる温泉になっているのか謎だけど。
よぉし!髪が光ってしまうのは誤算だったが、気分が上がっているのは事実!気にせず次の温泉へ行くぞー!どうせ過剰な魔力が抜けたら髪が光るのも収まるだろからな!
次は薬草湯だ。屋外にあるため少し肌寒いかも。しかし肌寒い中で入る温泉も良いものである。そう思いながら風除室から屋外へ続く扉を開けると、風が強く吹きつけてきた。
肌寒いかとも思っていたが、十分に温まった身体にはその風がちょうどいい。それでも身体が冷える前に入らなければ、湯冷めしてしまうな。足早に薬草湯へと向かっていく。
きょろきょろと目当ての薬草湯を探していると……
「おや?」
人影が見える。どうやら先客がいるようだ。まぁ貸し切りでもないしな。しかしこんな微妙に遅い時間に温泉とは……なかなかの温泉好きと見た。とりあえず挨拶しとくか。
「どうもー。湯加減どうです?」
俺は気さくに挨拶をしながら、先客の隣に滑り込むように入らせてもらおう。一応持ってきておいた小さなタオルは畳んで頭に乗せておこうか。むぅ。先客は大人ではないぞ。引き締まった身体をしているが、まだまだ発展途上な感じだ。
「あぁ、ちょうどいいで……すよぉ?」
「お!なーんだ!誰かと思ったら少年じゃないか!」
俺を見て素っ頓狂な声を上げているのは昼に膝枕をしてあげた少年であった。何たる偶然!そうかそうか!一応混浴だからこういったこともあるか!
「な!なんで!?」
「んー?なんで?なんでって……温泉だから?俺ってお風呂好きなんだよ。とりあえず隣を失礼するな?」
あらぬ方向へ顔を向けてしまった少年に改めて声をかけ、薬草湯に入浴!む!さっきの魔力温泉と比べると熱めだ!やっぱり屋外だから多少は他よりも熱めの方がいいのだろうな!
「そうじゃなくて!な、なんで何も着けてないのかってこと!」
あまりに必死に聞いてくる少年に対して疑問に思ってしまったが、なるほど確かに少年は水着?湯衣?を着用している。まぁ混浴だし、そうなるか。貸し切りだったとはいえ一度目の入浴時もアリアたちは湯衣を着用してたもんなぁ。俺も一応タオル巻いてたしな。
しかし他人への配慮を忘れてしまってはダメか。俺はそもそも男ではあるが、今の身体は女性のそれである。
「すまない。ただな俺は基本、温泉は裸でいきたいから」
でもな?俺は裸でいけるなら裸でいきたい派である。この温泉も完全なる裸でも別に構わないし。それに俺は己の身体に首の傷跡以外に隠すべきものはない。自信満々である。ほら美しい身体してると思うし?
「まぁ気にしないでくれ」
「まぁ気にしないでくれ!?えぇ……?」
あわあわしている少年を横目にしつつ、俺は薬草湯を楽しむことにする。熱めのお湯が気持ち良い!
ふむ。この薬草湯は傷薬に使うような薬草が多く使われているな。言ってしまえば人体に悪い影響を与えない薬草だ。それらを細かくすり潰し混ぜあわせた混合物を、温泉に溶け込ませるようにいくつかの布の袋に入れて浮かべる。これは確かに薬草湯だな。
薬草湯の独特な香りも俺にとっては身近なものであり、心地良い気持ちにさせてくれる。効能に関しても、身体を芯から温めるのを手伝っているということか。
薬草入りの布の袋を手に取り、薬草たちの匂いを嗅ぐ。あぁー!これこれぇ!この匂い!効くぅ……!!
「あの……質問いい?」
「む?あぁいいぞ。何でも聞くといい」
俺が夢中になって薬草の匂いを堪能していると、顔をそっぽに向けていた少年がこちらを窺いながらおずおずと声をかけてきた。ふふふ。この超優秀エルフに何でも聞くべき。
「君は……エルフなんだよね?」
「見ての通りだな。だからこう見えても少年よりも俺は歳上だよ。大人だ大人。きっと君の親よりも歳上だぞ」
「そうなんだ……実はエルフを見るのは初めてで。そうなんだ、歳上なんだ……すみません。生意気な口を聞いてしまって」
申し訳なさげに謝ってくる少年だが、別に何とも思っていない。むしろエルフの見た目と年齢を一致させることなんて一目では無理だ。
「でも……じゃあ子どもがいるのも間違いではないんだね。流石に『自分より歳下なのに子ども!?』って驚いたから。エルフなら全然変なことではないんだ!」
「フフン!そうだぞ!」
和気あいあいとした雰囲気の中、俺は少年と仲良く話を続ける。ふふふ!湖では中途半端な感じで別れてしまっていたから心配だったが、全然問題なさそうだ!
そうして共に薬草湯から出て、一緒に温泉巡りをしていく。どろどろの白い濁り湯であったり、滝のような打たせ湯であったり、様々な温泉を少年と共に楽しんでいく。すげぇ勢いで肌がつるつるになっていく!これはとんでもねぇなぁ!
途中蒸しサウナと呼ばれるもので少年と綺麗な汗を流し、水風呂で身体を冷やしたりもしつつ順調に温泉を制覇していく。少年も慣れてきたのか、顔をそっぽに向かなくなってきている。ただ、やはり温泉効果もあるのか顔は赤いままだが。まぁ正常であろう。
そうして様々な温泉に入っていき、最終的に迎えるのは湖を一望できる露天風呂である。所謂メインディッシュというやつだな!
…………………………………………ただ、なんか小さいように見える。詰めて入ったとしても二人ギリギリである。まぁ気にせず入るかぁ!
「こっちで待ってるからお先にどうぞ」
気遣ってくれているのか先に入るように促してくれる少年だ。むむむ。紳士だな。キースも大きくなったらこの少年のように紳士的に育って欲しいものだ……そういやこの子どこの子何だろうな?
しかしここは屋外。待たせてしまえば身体を冷やしてしまうのは自明の理である。そして俺は超優秀エルフなので待たせてしまわない良い考えを持っている。流石は俺である。
「少年少年。俺が出るのを待ってたら湯冷めしちゃうぞ?そこで俺には良い考えがある」
「いや、その間は違う温泉に……」
「一緒に入ろうぜ!ほら!詰めて入れば二人いけるぞ!!」
ふむふむ。露天風呂はいいなぁ。上を見上げれば満天の夜空を、前を向けば大きな大きなカルグ湖を。涼しい風が通り抜け、何ともまぁ良い気分である。
「ほら!見てみろ少年!景色がすげぇ綺麗だな!」
狭い露天風呂のために、完全に隣で密着している少年へ景色を見るように促す。しかし、少年は目を瞑り、身を縮めるだけである。どうしたぁ?
「少年?どうかしたか。景色、綺麗だから見なきゃ損だぞ?」
「あの……本当に!一つだけ言わせてもらいたいんだけど!羞恥心!ある!?」
「おぉすまないな。少しはしたなかったか。でもまぁ気にするなよ。俺、今はこの身体だけど本当は男だからさ」
そうだよ。そもそも俺は男!少年くらいの男の子と入ったところで羞恥心も何もない。当然だろう。俺、男なんだから。神父くらいの年齢の男と入っても全然問題ないし!
俺が今日一番の笑顔でそう宣言する。だから気にしない気にしない!そう思っていたのだが…………………………………………
あ。少年が固まってしまった。