▽▽▽
「クロネコも縛り方が甘いのよねぇ。興奮している私を止めたければ、結界にでも入れとかないと」
薬師ちゃんが部屋を出てしばらく後、見事に縄抜けをした私は特に問題なく深夜の温泉へとやってきた。既に脱いでいる。湯衣?そのようなものは必要なし!準備万端!
何故ここに来たのかは言うまでもない。どうもあの子は一人で温泉に入りに行ったようで。ならば偶然を装い味見もとい、ちょっと大人な裸の付き合いをね?いやいや、変なことはしません。私は善良で、常識を持ち合わせた夢魔!
お互いに二人きりで裸を曝け出し、心理的な壁を崩すこの地道な下拵えが最終的な合意……純愛に繋がると思うのよ。私は当然健全な範囲でその過程も楽しむわけ。
ただあの子の身体に『気持ち良い場所』を作るのは、私基準でもちろん健全な範囲なので決行しようと思うけど。少しくらいはいいでしょ。温泉でぽかぽかして開放的になってるだろうから、バレないバレない。あとバレてもいい覚悟を持ってるし。
そうでなければ……いくら好みだからってガーランジュの秘蔵っ子に手を出す愚行はしない。
「ふっふふー!どこにいるのかしらねー」
私は逸る気持ちを抑えつつ、周囲を見ながら浴場を素早く移動する。まずは耳よね。エルフの耳は敏感なんて火を見るより明らか。あんなの開発してくれと言ってるようなものよ。身体の芯からふにゃふにゃにして熱っぽい目を向けるようにしたい。絶対に。
屋内には……いない。じゃあ屋外の露天風呂かしら?微かに声も聞こえるような気もする。どちらにせよ、会うことは決定してるから遅かれ早かれだけどねぇ。
あ!いたいた!カルグ湖を見渡せる位置の小さな露天風呂にいたわ。魔力が充実しているのか美しい金の髪が輝きを増している。目立つわねぇ。私にとっては好都合だけど。さぁて!まずは耳の開発をしてー。次に二の腕かしら?
あー楽しみ!声を掛けましょう!
そう思って近づいていくと様子がおかしいのに気が付いた。誰かと一緒にいるみたい。
「おい少年!起きるんだ!こんなところで眠ったら溺れるって!ベッドで寝なさい!」
そこには……安らかとは言いにくい表情で目を瞑った年若い男の子を露天風呂から引き揚げようとする裸の薬師ちゃんがいた。眼福眼福!って、ん?
……えーっと……………………………………一体何をしてるのかしら………?
△△△
「サキ!ありがとう!俺だけじゃ引っ張り上げるにはどうにもな」
偶然にも温泉にやってきていたサキの力を借り、少年を露天風呂から引っ張り出すことに成功した。いやぁ焦ったぞ。あのままだったら少年が溺れてしまうところだった。
とりあえず近くにあった屋外のベンチに寝かせるとしよう。むむむ。安らかな寝顔だ。可愛いものだな。
「……それで何がどうなってこうなったの?」
俺が少年の寝顔を見ていると、傍らに立つサキからは明らかな困惑が見て取れる。確かにサキには状況がよくわからないよな。俺もちょっと謎だが。
「うぅむ。正直何故こうなったかの説明は難しい。如何せん、急なことだったからな……が、できる限り答えよう。この少年と温泉巡りをしていたんだけどな?」
「始まりからどういう状況よ」
「言われてみるとそうだけど……で、何だかんだあってあの狭い露天風呂に一緒に入ってしばらくしたらこうなった」
俺が簡潔に答えると、サキは『あぁなるほど』と頷く。そして唇に艶めかしく指を当て、俺の全身上から下まで嘗め回すようにねっとりと見つめてきた。しかも無言だ。無言でじろじろ見られるのは何だか居心地が悪い。
「…………………………………………そうなるわよねぇ。このくらいの年齢の男の子には刺激が強すぎるもの。それと『しばらくしたら』の部分の詳細が一番大事な気がするわ」
んー?『しばらくしたら』の部分?大したことはしてないんだがな。まぁしっかりと答えるか。頭に乗せていた小さなタオルを首に掛け、思案する。ぶっちゃけ本当に考える程でもないんだがな。一応な。
「つってもなぁ。大したことはしてないぞ?『しばらくしたら』の部分なんて、狭い露天風呂の中で身体を寄せ合って会話したぐらいだし。あぁ、でも少年に羞恥心はないのかって聞かれて『元々俺は男だから気にしないで大丈夫』って言った後だったかな。急に寝ちゃったのは」
うん。やはり大したことはない。完全に隣で引っ付いた状態ではあるが、ただ俺は少年と一緒に入浴しただけだ。
「うわぁ……夢魔の私でもそこまで惨いことはしないのに……男の子の真っ白な性癖に自分の色をべたべた塗りたくるなんて……!!自分の影響によって他人の性癖を決定するのってそんなの気持ち良すぎる……!夢魔からすればなんて羨ましいことを!!そんな美味しいシチュエーションなかなかないのに!ズルい!私だって二、三回しかないのに!」
うわっ!サキがぎりりと握りこぶしを力強く作って興奮し始めた。尻尾もびたん!と地面を叩き、めちゃくちゃ悔しそうな様子だ。尻尾で地面をびたんびたんと叩くその衝撃でサキの大きな胸も揺れてる。でかいってすごい。
まぁ言っていること自体にはあまり共感できないが。まーたサキが自分にしかわからない概念を話してらぁ。その辺は放っておくか。ま、サキの興奮が収まるまで待つとしよう。サキから離れ、うーんうーんと眉間に皺を寄せて苦しそうな少年を介抱するのに集中しよう。かわいそうに悪夢でも見てるのかな。頭でも撫でておこう。
「はっ!夢!?え?ここ温泉!?」
「あ、起きた」
流石に少年を屋外のベンチに寝かせておくのもどうかなぁと思った俺たちは、とりあえず脱衣場まで連れていき寝転がれる椅子に寝かせて待つこと少しの時間。悪夢を見て飛び起きるように、非常に元気よく少年が眠りから復帰した。元気があってよろしい!
俺は温泉には割と満足したので既に着替え済みである。今着ているのは、キースが着ていたような涼し気なガウンである。薄めの生地が温まった身体にはピッタリだ。ただ俺の背のサイズに合わせると胸がきつきつだ。まぁ構わないがな。
当分の間は別に温泉はいいかなぁ。次は部屋のでっかいお風呂に入ってみたい。
「少年。急に寝ちゃうんだから驚いたぞ。はい、水」
何はなくとも水分補給を促す。多分のぼせちゃって寝ちゃったのだろう。ん?その場合って、どちらかというと気絶に近い気がする。ならば少年の様子に注目しなくては。もしかすると調子が悪いのかもしれない。そういえば、湖で会った時も顔が赤かったもんな。
「あ、ありがとう…………………………………………いや、寝ちゃったわけではなくて……あれ?何だかこう、幸福と羞恥と驚愕と他色々の情報を直前に流し込まれたような?あれ?どうしたんだっけ?あれぇ?」
少年は腕を組んで頭を捻って考えている……かわいそうに、どうやらこの様子を見る限り、明らかに混乱しているようだ。無理もない。温泉にいたのに急に脱衣場にいるのは混乱しちゃうよな。不安を和らげてあげなくては。
キースが不安がっている時と同じことをすれば良いはずだ。フフン!俺の子育ての経験が火を噴くぜ!
俺はゆっくりと正面から少年の頭を胸の中に抱え込むように抱きしめる。ちょうど少年が座っているから抱きしめやすいな。
「むぐ!?」
「薬師ちゃん!?何を!?」
「不安な気持ちはわかる。急に場所が変わっちゃったらびっくりするもんな。でも大丈夫だ。心臓の音を聞けば落ち着くはずだ。ほら、深呼吸深呼吸。心臓の音に身を委ねて」
混乱している時は心臓の音を聞くのがいいらしい。キースが不安がっている時もたまにする。そうするとぴたっと落ち着き始める。やっぱり心臓の音って落ち着くんだろうな。
「や、やめなさい!!何のためらいもなく男の子の性癖をむちゃくちゃにするのは!恥を知りなさい!この男の子があなたでしか興奮できなくなったらどうするの!?」
「うわ」
サキによって引き剝がされてしまった。なんだよぉ、恥を知りなさいって。そんな変なことはしてないだろうに。純粋に落ち着かせるためにやった行為だぞ。
「しかもそんな薄着の状態で……!」
「でも温泉内で裸見てるんだから、薄着だろうが裸だろうがそれはもう誤差だろ」
「…………………………………………違うのよ。また別の味わいになるのよ、それは……!」
サキはまぁいいとして。それで少年はというと放心状態に陥ってしまっている。だが幸せそうな表情だ。落ち着いたのかな。
「これってまだ夢……?でも柔らかい……夢でもいいや」
「見なさい!男の子があまりの衝撃で逆に安らかになってるじゃない!君!しっかりしなさい!このままじゃエルフでしか興奮できない身体になっちゃうわよ!」
「……うわ、痴女だ。現実だなこれは」
「痴女でも否定はしないけど、そもそも温泉の脱衣場なんだから裸な方が当然でしょう!?心配してあげてるのに不当に貶められてる!」
サキと少年がわいわいと騒いでいる。初対面なのに楽しそうだ。ふふふ。賑やかでいいなぁ。俺は元気になった少年に対してよかったなぁと思ったのであった。
さて。二泊三日の怒涛の一日目が無事終わると、滞りもなく次の日もカルグリゾートを楽しんだ。サキも参加して湖で釣りをして、また泳いで。水着が流されたりもしたが、それ以外は特に問題なく遊んだ。水着が流されても自分が気にしなければ、それは問題がないのと同じだ。
少年とも湖で偶然会っては遊び、湖周辺にあるひまわり畑で偶然会っては一緒に散歩をし。どうやら少年が結構良いとこの貴族の一族だったらしく、近くにいた俺も何故か一緒に誘拐されつつも特に問題なくどうにかし。非日常っぽくって楽しかった。
そうして時間も経ち、なんやかんやで帰る日が来たわけだ。俺は皆のお土産を本館のお土産コーナーで買っている。ちゃんとお土産買う場所があってよかった。もしもなかったら、森で見つけた角の四本あるカッコいい虫か黄金に輝く綺麗な花がお土産になるところだった。
お土産といえばクッキーだよなクッキー。教会の子たちにクッキー買って帰ろ。あと神父には何がいいかな?面白いものねぇかなぁ。ご当地媚薬とか。あるわけないか。あったら俺が研究のために欲しい。
「レイさんいっぱい買ってますね」
「せっかくだしな。なぁ、神父のお土産何がいいと思う?」
「うーん、そうですね。あ、これなんかいいんじゃないですか?」
「こ、これは……!カルグリゾート限定のシャツ!」
アリアが選んでくれたのはカルグリゾートでしか売っていないシャツだ。白い無地の真ん中にはカルグリゾートマークが付いている。おぉ!これなら神父も喜ぶはずだ。限定っぽいし!
「いいね!これにしよう!ありがとうアリア!」
「どういたしまして!」
決定決定!喜ぶだろうなぁ!特にこのカルグリゾートマークが可愛い気がするし!
「ままーこれ買ってー」
「しょうがないなー?一個だけだぞ?」
「やったぁ!ままありがとう!」
キースがねだってきた剣が付いているドラゴンの小さな像も買いつつ、お土産買いタイムも終了だ。キィとサキは向こうで真剣に話してるけど、お土産いらないのかな?とりあえずキィとサキの分のカルグリゾート限定のシャツも買っておこう。かなり似合うぞー!
俺がたんまりとお土産を買い漁り終わり、そろそろ帰路に就こうかなと思っている矢先に少年がこちらに近づいてきた。そうだ。このカルグリゾートで初めて出会ったわけだから、もう会うこともないかもなぁ。別れの挨拶もしっかりしないとな。
「少年!君も帰るんだな」
「…………………………………………もう会えないのかな」
そう言って少しだけしょんぼりしているように見える少年だ。そうかそうか、言うなれば俺と少年はこの地で出会った友と言っても過言ではない。出会いは偶然だとしても一緒に遊んだし、一緒に温泉にも入ったし、一緒に誘拐されたし。
「む。少年もこの国に住んでるのならいつかは会えると思うぞ?探してみるといい」
「……そうするよ。あ、そういえば旦那さんはどこに?」
「え、いるわけないじゃん」
少年は面白いことを言うなぁ。俺に旦那さんなんてものはいない。何故なら俺はキースにとっての父親であり母親である。
「…………………………………………へぇ。ふぅん。なるほどね」
「?」
「うん、わかった。僕がもっと大人になったら、絶対にまた会いに行くから!それまで一人でいてね!」
「??おう!」
「絶対だから!あと僕の名前、少年じゃなくてミールだから!覚えてて!」
そう言い残し、少年は楽し気に去っていった。まぁ楽しそうだからいいかぁ!
こうしてなんか色々ありつつも、カルグリゾートでの休暇は終わったのであった。よかったよかった…………………………………………帰りもあの高速移動するキィに乗って帰るんだったな……ヤバいな。