「アリアー。教会の本部に呼び出しってよくあることなのか?」
「いいえ、よっぽどのことがなければ呼び出しなんてありません。ただの連絡事項なら書面が送られてくるだけですし……だから神父さまが呼び出されたのは相当珍しいんです」
神父が出かけた後、持ってきていた常備薬を棚に押し込みながらアリアとそんな世間話に講じる。アリア自身も不思議に思っているのか、棚の整理をする作業の手を止めて首を傾げているようだ。ちなみにキースも隣でアリアの真似をして首を傾げている。二人とも当然の如く可愛い。
「なぁなぁ。よっぽどのことって何だと思う?俺は神父序列の変更を賭けた緊急の神父会議だと思う。そこで新たな神父の頂点を決めるんだ、きっと。俗に言う神父バトルだな」
今、俺の頭の中ではたくさんの者の中で頂点に立つ神父の姿が映っている。神父は結構強いぞ!この前暇だった時、キースと一緒に神父へ戦いを挑んだら一瞬で普通に負けたし。二人揃って小脇に抱えられてグルグルと回転させられて楽しかった。やはり最強はうちのところの神父か……
「……」
あっ!!アリアが『レイさんがバカなこと言い始めたなぁ』と半笑いを浮かべている!だけど俺は気にしないよ。だって神父バトルなんてものは多分存在していない。俺の想像だもの。自分でもバカだなぁって思うもの。でもあったら面白いだろうなぁ。
まぁこんなバカなことを考えてしまうくらいには、正直俺はわくわくしている。神父が変なことをしちゃってて、それを咎められるって話ではないはずだしな。神父も教会全体での呼び出しって言ってたから、多数のうちの一つとして呼び出されたのだろう。多分。
娼館通い……?まぁ、その件を咎められるのならもっと前にされてそうだし……?
「レイさんの言う神父バトルは置いておくとして。そうですね……よっぽどのこと……外交問題……他国との関係にヒビが入るようなこととかでしょうか?例えば他国の要人をぞんざいに扱ってしまったり」
「うん」
「それか他国の貴い身分の方の逃避行に、この国の教会関係者が関わっている可能性があるので聞き取り調査もとい尋問を……!これですね……!」
「…………………………………………っんふふ」
そんな感じの小説を読んだのかな?予想以上にノリノリでアリアが話に乗ってくれたのと、これまた予想以上によっぽどなことであったためにちょっとだけ笑みが零れてしまった。
「そうですよね。あるわけないですよね。今の発言は忘れてください。もう!レイさんが荒唐無稽に神父バトルとか言い始めるから、それに引っ張られちゃったじゃないですか!終わり!この話は終わりです!神父さまが帰ってきてから答え合わせです!」
「ごめんってば」
アリアがほんのりと頬を赤く染めながら、先程の発言を取り消すかの如く作業を再開する。まぁアリアも半笑いだったからお互い様ってことで。
神父のことも気になりはするが一応予定では二、三日で戻ってくるようだし、気長に待っておくとしよう。そう呑気に思いながら常備薬を棚に押し込んでいくのであった。
さて、そうこうしているうちに神父が戻ってくる予定日の朝である。俺も話を聞きたいし、キースも会いたがっているので早速教会に向かうことにしよう。
「キース、町に行く準備はできたかな?」
俺はいつも通りの服装の上からローブを羽織って準備万端である。キースもアリアに作ってもらった服をしっかりと着こなしてご満悦だ。
「ばっちり!!」
「フフン!良い返事だ!」
キースの元気盛りの返事に満足しつつ、所定の位置で寝転がって欠伸をしているキィの方を見る。キィは行くのかなぁ?行かないのかなぁ?
「んにゃにゃ」
…………………………………………どうやら面倒くさいから行かないみたいだ!キィには留守番を任せることにして、俺たちは行くぞ!意気揚々と玄関の扉を開け放つ。む?人影?外に誰かいるな。
「あ、いたいた。レイちゃん久しぶりー」
そこにいたのは赤目の長命種である魔女だった。黒い衣装に身を包み、親し気に手を振る姿からは皆が言うような悪い奴には見えないんだけどなぁ。
俺たちは魔女を交え、森を抜けて町に向かって歩いていく。ちなみにキースは魔女を見るなり『えー』みたいな微妙な表情していたが、やはりキース自身は魔女のことが苦手のようだ。理由?人には相性ってものがあるから……仕方ない。なんか初対面の時から魔女を怖がっていたし。
「ほとぼりが冷めるまでは、この辺を出歩いたらよくないんじゃなかったっけ?」
「……よくないけどねー?ただね一応、事の次第を見届けた方がいいのかなー?とか?何より面白そうだしねー。とりあえず町の近くまで行ったらレイちゃんの影に隠れさせてもらうねー」
どうも町に用事がありそうな魔女は口角を上げてにひっと鋭い歯を見せながら笑う。その足取りも踊るように軽く、逸る気持ちを抑え切れないかのようだ。
俺としては町で危ない問題を起こさないのならそれでいいのだが。魔女は俺の恩人だけど、町の人たちに迷惑をかけるであればちょっとこらっ!としないとダメだな。
町まで歩く間に取り留めもない会話を続けていくが、ふとあることを思い出す。
「そういや手紙くれたじゃん?んで、その手紙に倣ってさぁ、あの後俺も両親に手紙書いたんだ。渡り鳥に頼んで運んでもらったんだけど、無事届いたかなぁ」
……今思ったんだけれども、もしもあの手紙届いてなかったらなかなか寂しいなぁ。カルグリゾートのお土産もだけど。
「…………………………………………あー。あーー、なるほどねー。そういうこと。だから私はこんなにも追いかけられてるんだ。んー?でも微妙に時間がズレてるような気も……レイちゃん、その手紙の前に何かで親御さんに連絡しちゃったでしょ」
「あぁ、偶然念話が繋がってな。それで妙に心配してるみたいだから手紙送ったんだよ」
「……そっかぁ。納得納得。そりゃあ皆躍起にもなるねー」
魔女はうんうんと頷くが、少しだけ魔女の纏う雰囲気が怖い。いや、睨まれてるわけではないんだけど……むしろ目は笑ってるんだけど……なんつーかこう若干イラっとしているというか。何に対してまではわからないが。
「ま、いいやー。レイちゃんのその呑気さも良いところだもんねー。あとは成り行きを楽しんでいこう?」
「……?」
恐らく何かを言いたいんだろうが全てを飲み込み、魔女は屈託のない笑顔である。ある意味爽やかだ。俺も見習いたいの笑顔だな。
魔女と平和な会話を続けると、町に行くまでの時間は短く感じる、しかし町の周辺まで近づいていくと、魔女は宣言通り俺の影へとぬるっと入り込んだ。む。影に入り込んだ魔女からは魔法を使った痕跡はない。どちらかといえば、変化に近いものなのかもしれないな。種族固有の能力かな?
「レイちゃんー。町にいる間私はこの中に隠れてるけど、できる限りフォローはしてあげるね」
影からにょきっと顔を出し、魔女は思いの外心配そうに俺にそう告げる。だけど魔女の赤い目は好奇心で爛々に輝いているので、若干野次馬のような気持ちなのだろう。なるほどな。
「……町で何かあるんだな?それも割と楽しそうなことが……!」
「まぁねー。楽しいか楽しくないかは人によると思うけど。でもね、別にレイちゃんたちには害があるわけではないしー。それは入ってみてからのお楽しみってことで!」
それだけ言って魔女は完全に影に溶け込んだしまった。むぅ。入る前に教えて欲しいものだが、町に入ればわかるのならなんて簡単なことだろうか。確かにまだ町には入っていないが、中が騒がしい気がするし。あれかな?もしかすると突発的な祭りかな?
「キース!町で何か楽しいことが起こってるのかもしれないぞ!」
「ほんと!?やったぁ!」
魔女がいる間はスンっとした態度であったキースもその言葉を聞くと、途端にわくわくし始めてくれた。祭りはないにしても、普段とは違う何かがありそうだしな。
俺とキースは町で何が起こっているのかを色々と話し合いをしながら歩く。へっへっへ!俺も楽しみ!さぁ!町へ突入だ!
…………………………………………すげぇ。ガーランジュの国旗がいっぱいだぁ。
な、なにこれ?町に入るなり、目に飛び込んでくるのはすげぇ見慣れた国旗だ。複雑怪奇な魔法陣の模様と二つの魔法の杖が交差している絵の国旗はガーランジュの国旗に他ならない。でも久々に見たなぁ。え、でもガーランジュ?なんで?
「ままー。はたがいっぱいあるねー」
「そうだなぁ。キースぅ、一旦こっちに行こうか」
「うん!」
何にも悪いことしてないのに隠れちゃう。もうこれはガーランジュに住んでたならわかる本能的なもんだよなぁ。キースを不安がらせないようにしながら、一旦建物の物陰に隠れてっと。ふむ……うわぁ……よく観察してみると魔法治安部隊まで来てんじゃん……やばぁ。一体何しに来てんだよ。
「ねぇねぇ。あのひとたちのふくかっこいいね」
「確かにカッコイイよな」
キースは普段見ることのない魔法治安部隊に興味津々である。キースも男の子だもんな。俺もカッコイイと思う。
ガーランジュの魔法治安部隊といえば、その名の通り魔法によって取り締まるを行う部隊だ。特徴的な制服に包まれているから見間違えようがない。俺も小さい頃はよく遊んでもらった。基本的に重大な案件にしか出てこないのに……うわぁ……結構いるなぁ。
……………………ちょっと話しかけてみるか。だって何も悪いことしてないもんね!
俺はローブのフードを一応しっかりと被り、すぐ近くを警戒して歩いている魔法治安部隊の一人に話しかけることにした。キースももっと至近距離で見たいだろうしな。
「どうもー。物々しいですけど、何かあったんですか?」
俺は割と礼儀正しく友好的に話しかけてみるのだが、すごい目で見られている。警戒心が大幅に上がっているのが目に見えてわかってしまう。フード被るのはやっぱりダメかぁ。
「……………………」
「そんなに怪しまないでください。俺は善良な一般人ですよ?」
「そうだそうだー!ぜんりょーないっぱんじんだよー」
俺たちは身振り手振りを加えて安全性をアピールする。無理かな?目の前の部隊員は俺とキースを交互に確認している。
「……実は人探しをしてまして」
「へぇー!それはお疲れ様です!それでどんな人をお探しで?」
「特徴は小柄で身長が低く、子ども連れで」
「うんうん」
「……………………確認のために一度、そのフードを外してもらってもよろしいですか?」
ふぅむ。これはどうやら俺を探してるみたいだな。なんでだろ。しかしキースがいる手前、変な行動するのもなぁ。俺はともかくキースを危ない目に合わせるわけにはいかない。そう思ってフードを外しつつ事情を聞こうとするのだが。
「えいっ」
ん?えいっ?
声の聞こえた方向を振り向くと、俺の影の中からひょっこりとこれまた長い影が飛び出して部隊員へと向かって赤い光を降り注がせる。え?何?
……目の前いた部隊員はふらふらとしながら建物の壁を背にして座り込んでしまった。俺は慌てて駆け寄るのだが、どうやらその場で眠ってしまったらしい。健やかな寝息をたてて気持ちよさそうだ。よかった……
「いやー危なかったねー。魔法治安部隊といえど、末端は吸血鬼の能力対策まではしてないんだから甘いよー」
「今、危ない要素全くなかったけどぉ?この人すごい丁寧に対応してくれてたけどぉ?」
なんか満足気に魔女がふぅと息をつく。こいつマジで何してんだよ。その様子を見ていた他の治安部隊が大勢で走って来ちゃってんじゃねぇかよ!明らかに警戒心を飛び越えて、捕獲モードじゃねえか!あれは危ない!普通に実力行使に出る段階だ!不本意だが逃げるしか。
「ごめんごめん。まぁアドバイスするなら教会に向かっていくといいかもー」
「お、お前……そんな他人事みたいに……」
こいつ本当にマジで……まぁとりあえず教会に行くか!キースを魔法のシャボン玉に入れて俺は走る。なんで逃げないといけないんだよ!つーかなんで教会に行ったらいいんだよ!
俺は走る。抜け道やら何やらを駆使して走る。かくれんぼと追いかけっこは得意なんだ。逃げるのなんて余裕だ。そうして…………教会に辿り着いたのであった。意外と早かったな。う、走り過ぎて気持ち悪い…………
満身創痍の俺はふらふらと歩く。もちろん教会の中に入れてもらうためなのだが…………しかし教会の入口前では誰かと誰かが話し合っているようだ。
「落ち着いてくださいってば!レイさんはここじゃなくて森の方!ここには住んでいませんって!」
「どうでしょう。嘘かもしれませんね」
あれは神父と…………見間違えようがないあの後ろ姿は…………
「あれ?母さん?」
その声に反応して振り返る。綺麗な金髪を腰まで伸ばしたエルフがそこにいた。うん。母さんだ。