「ほら。大丈夫だから」
「うぅ……ごめんなさいぃ……」
母さんはローブの上から優しく背中を摩って落ち着かせようとしてくれる。しかし、怒りもせずに優しくされるともっと泣きたくなってしまう。ただこれは俺自身『心配を掛けてしまった』と罪悪感もあるので仕方ないことだと思う。きっとそうだ。
………………………………………………………………うぅ、恥ずかしい。なんて子どもっぽいんだ。誰にも顔を見られたくない。
「しらないおねえちゃん、ままをなかせないでー!なかせちゃだめー!」
俺が母さんの身体に顔を押し付けてしゃくりあげて泣いてしまっていると、そんな涙混じりの大きな声が響いてくる。俺には見ずともわかる。この声はキースだ。いつの間にか魔法のシャボン玉から出てきたキースが傍にやってきていたようだ。
……顔面涙塗れの状態をキースに見られたくないよぉ……やだぁ……親としての面子がぁ……キースには常にカッコイイ俺を見てもらいたいのにぃ……
「え!?誰!?何事!?」
傍で響き渡った泣き声に驚きを隠せない様子なのは母さんである。びくっと身体が固くなり、俺を抱きしめる力がほんのりと強くなっている。
当然だ。俺が泣いているのはわかるだろうが、突然現れた泣きながら抗議の声を上げるキースはわからないだろう。
母さんを見上げると、声の主を警戒をしているのかきょろきょろと辺りを見渡している。ただキースは声の位置的に母さんの視界に入らない斜め後ろにいるせいで、これまた絶妙に見えない。
そして依然として俺はひっくっひっくと泣き続ける。これ、しばらく収まらないなぁ。俺、泣き始めると割と長いから……
「ま゛ま゛をー!なかせないでー!ぅえっえ゛ーん!!しんぷー!ありあおねえちゃーん!ままがー!ままがしらないおねえちゃんになかされてるー!なかせちゃだめなのにー!」
俺に負けず劣らず泣くキースは母さんのロングコートを引っ張って俺を引き剝がそうと試み……
「ひゃっ!何!?」
引っ張られる感覚に、何が何だかわからない母さんは目を白黒させて俺をぎゅっと抱きしめ続け……
「ぅえっぅえっ」
泣き顔を見られたくない俺は未だに涙を流し、すんすんと鼻を鳴らして泣き……
「……こ、これだよ……これ……!再会シーンはもちろん見たかったけど……この無茶苦茶だけど笑ってもセーフな場面が見たかったんだよー……!いいねー」
影の中にいる魔女は俺にだけ聞こえるように嬉しそうに呟く。
………………………………………………………………そう。今、この状況はすごい。周囲にいる厳格な魔法治安部隊も『どうすんだよ……』とおろおろしている雰囲気が伝わってくるくらいには、何だかよくわからない状況になっているのだ。
「なかせちゃだめなのー!」
「!?!?」
「ぅえっぅえっぅえっ」
「いいねーこのめちゃくちゃな感じー」
混迷である。各々の思惑が混じり合った結果がこれだ。とりあえず騒ぎがすごい。俺たちなんか大変だな……天気も良いのに……そう思っていると、教会の入り口の扉がバタンと大きな音を立てて開かれた。
「もう!誰ですか!教会の前で騒いでいる人たちは!怒りますよ……ってなんで神父さまが縛られてるんですか!?」
おっ。上手いこと状況を打破してる人物の登場だ!アリアに任せよう!
「神父さま?なんで縛られているかは置いておきますので、まずは紐を解きますね?え?悪いことしてないのに縛られてるんですか?逃げられないように?一体何をしたんですか……」
縛られている神父の紐を解き。
「キース?一旦手を放してあげよう?うんうん。多分レイさんを泣かせてるわけじゃないからね?」
キースを落ち着かせ。
「……えっと。もしかしてレイさんのお母さまですか?あぁ!そうですよね!よかった!私はシスターのアリアです。レイさんにはいつもお世話になっていて……」
母さんに自己紹介をし。
「レイさんは……特に問題ないですね。レイさんがどうにかできたんじゃないですか?」
ちょっと俺は泣いてたから無理だったし……アリアが来てくれたタイミングでちょうど泣き止んだし……
まぁ何とかなった!流石アリアだ!よくわからない混迷した状態だったのが、なんかこう……ふわっとした雰囲気になったぞ!
「では……皆さん落ち着いたところで教会に入ります?申し訳ないのですが、状況の摺り合わせなどが必要な気がしますし……?」
こうしてアリアの言うように一旦状況の摺り合わせをすることになった。まぁ確かにその辺りをはっきりさせた方が良さそうだな。
さて。教会の中に入って色々と状況の摺り合わせをしたところ、やはり母さんは俺を探しにこの国までやってきたとのことであった。しばらく前に送ったお土産の情報からどの国に住んでいるかのおおよその見当を付け、以前書いた手紙で教会関係者と近しいこと知っており、情報収集するためにこの国の神父を本部に呼び出したと。
んで、狙い通りにうちの神父が『知ってまーす』と言い、拘束してとっ捕まえてここまで来たと。
教会での憩いの場で、俺たちの前で母さんがざっくりと説明をしてくれたわけだが……
「俺が言うのもあれだけど、結構大雑把な探し方だな」
「…………それだけあなたに関わる手掛かりがなかったのよ。何年も周辺の国を探しても見つからず、最終的にはゴーンというガーランジュから気が遠くなる程に離れた国にいた……大雑把に見当が付けられただけでも奇跡だったの」
母さんは目を伏せてそう語る。言葉では簡潔に済ませているが、疲れ切った顔には並々ならぬ苦労を滲ませていた。
……あぁ、本当にすげぇ申し訳ないことしちゃってたんだなぁ。多分こんな遠くまで来ていたとは夢にも思わなかったのだろう。実際ガーランジュからここまで来るのに俺は正規手段を使っていない。裏技みたいなものを使ったわけで……本来なら旅慣れもしていないエルフが単身でゴーンまで来れるはずがない。
「………………………………………………………………本当にごめんなさい」
俺にはもう一度謝るしかできない。それで苦労に報えるわけではないのだが……
「……はい!謝るのはもう終わり!私はどんな手を使ってでもレイに会いたかった!そして会えた!だから幸せよ?」
しょぼくれた俺を励ましてくれるように母さんは頭を撫でてくれた。気心知れた皆が見ている中で撫でられるのは気恥ずかしいが。でも、うん。気持ちいい。
そうしているとふと視線を感じる。そちらを向くとキースがきょとんとした顔で俺を見ている。はっ!これはキースに親として恥ずかしい部分を見せているのでは!?それは死活問題だ!
こほん!と咳ばらいをし、親としての威厳を保てるようにきりっとした表情に切り替える。別に母さんに甘えたいとかはないぞ?あくまで流れで撫でられただけ、できればそういうことにしておいて欲しい。そういうことになれ!
しかしキースは俺のことは特に気にもせずに、母さんに近づいていく。今のキースの興味関心は母さんの方に注がれているらしい。ぐぬぬ!それはそれで寂しい!
「あのね、ぼくねきーすっていうの。うさぎがすきなんだよ。おねえちゃんはままのままなの?」
キースが愛らしく人見知りもせずに母さんに自己紹介をした。なんと自分から!さらに自分の好きな動物まで添えて!なんてえらいんだ……俺がへにゃへにゃになっている間にも自己紹介の機会を窺っていたのかよ……!本来なら俺が真っ先に母さんにちゃんとキースを紹介しなければならなかったのに。キースに助けられちまったぜ。
すると母さんはぴしりと固まる。しかも若干顔が引きつっている。んー?どうしたんだろうか。
「何度聞いてもレイをママと呼んでるからこの子が本当にレイの子……そうよね……気をしっかり持たないと」
……?母さんが小声でぼそっと呟いた。俺も耳が良いから聞こえちゃったけど。あれ?知らないはずはないよな。俺って確か子どもいるよーって手紙に書いてたし。絶対に書いたな。キースのことは伝えないとなぁって思ってたし。
それでも母さんはすぐにいつもの優しい笑顔に変わり、屈んでキースの目線に合わせる。流石母さんだ。しっかりと目線を合わせてあげている。
「そうよー。私はあなたのママのママ、つまりはキースのおばあちゃん!」
「おばあちゃん?」
「そう、おばあちゃん」
キースは何度も繰り返しておばあちゃんと口ずさむ。そして少しだけしょんぼりと悲しい顔をしてもじもじし始めてしまった。これは……キースが何かを謝りたいと思ってる時の仕草である。
「……えっとね、おばあちゃん。さっきはふくをひっぱっちゃってごめんなさい」
キースはそう言ってぺこりと頭を下げる。さっき……外で俺が母さんに泣かされてると思ってしまったキースがロングコートを引っ張った時のことを言っているのだろう。
………………………………………………………………キースがしっかりと謝れる子に育ってる……!!こんなの俺より立派だぞ。立派過ぎて泣きそう。今日は俺何回も泣くかもしれん。
「ちゃんと謝れてえらいわ!そんなキースには飴をあげましょう」
「やったぁ!おばあちゃんありがとう!」
二人とも和やかにお話をしていて、俺は感涙である。だって言ってしまえば祖母と孫だもんなぁ。
そうして柔らかな雰囲気に包まれている中、そうだそうだと母さんが話を切り出す。
「レイも同席してもらって、少しだけ神父さんと「お話」したいと思っていまして。構いませんか?」
「……はい。大丈夫ですよぉ。じゃあ二人とも応接室まで行きましょうか」
「あぁ、俺も?いいよ、行こう行こう」
……招待を受けてしまったのであれば行かなければな。アリアにキースを預け、俺たち三人は応接室へと向かう。
ただ気がかりなのは神父がめちゃくちゃに汗をかいているのと、母さんが笑顔なのに目が全く笑っていないところだな。何の話するのかな?近況報告とか?
応接室に着くと母さんは部屋に鍵を掛けて誰も入れないようにしたうえに、防音の魔法を使って音が外に漏れなくした。ん?だいぶ厳重だな。
俺たちは応接室に備え付けられまぁまぁ大きな机を前にある椅子に座る。母さんに促される形で俺と神父は隣同士で座り、母さんはその真正面に座る。まるでこれから尋問でも受けるみたいな状況で面白い。物々しくて笑えるな。
「神父さん?わかってると思いますが、これから『色々と』尋問をさせていただきますね?嘘はつかない方が身のためです」
「まぁそうなると思ってましたよ……」
……いやマジで尋問なのかよ。え、何。神父変なことしちゃったの?母さんも眉間に皺を寄せてすげぇ苦々しい表情で座ってるし。神父も神妙な面持ちだし。これはやってるな。
冗談はさておき、まぁ何かしらの誤解だろう。神父も大それたことをしでかす人間では多分ない。ちょっとした行き違いが起こってしまっただけな気がする。
神父の肩に手を置き、ウインクをしながら俺に任せろという合図を送る。
「神父……安心してくれ。何があったかは知らないが、この俺が弁護する。誤解はすぐに解けるはずさ」
「何ならそれが一番の懸念点なんですけどぉ?」
お?神父が全力で失礼なこと言い始めたな。ま、俺は気にしないよ。神父も不安で仕方ないんだ。人は追い詰められると、焦ってあることないことを言い始めてしまう場合もある。それを防ぐために俺も同席して欲しいとのことだったんだな?所謂第三者である。
しかし第三者ではあるが、神父の味方でもある。もうそれは全くもって第三者でも何でもないが、まぁいいかぁ!
「……では事実確認を。この手紙はレイから送られてきたものです」
母さんが懐から大事そうに取り出したのは、以前俺が両親に宛てて書いた手紙だ。それがよく見えるように机の上に置かれた。むむむ?どうして今それを?疑問が浮かんでしまう。
母さんは次の言葉を紡ぐために口を開こうとするのだが、唇を嚙み話すのを躊躇う様子である。深呼吸を繰り返し、目を伏せる。そして最後には俺の顔を悲しそうに見つめてきた。え?本当にどうしたんだ?
決心がついたのか、ようやく母さんは口を開く。その表情は真剣そのものである。
「これから始まるのは手紙の内容に関しての質問です……まず第一に、二人にはこれだけは初めに聞いておかなければなりません。聞くには非常に勇気が必要ですが、避けては通れません………………………………………………………………神父さん。あなたがレイを孕ませてキースを産ませた……それかレイはやむにやまれぬ『事情』があって孕み、産まざるを得なかった。この認識で間違っていませんか?」
……?????
おいおいおいおい!おい!
「孕ませてはない!孕ませてはない!」
「孕んではない!孕んではない!」
俺たちはほぼ同時のタイミングで一斉に否定する。特に神父は汗をだらだらと流しながら、必死になって否定している。え!俺そんな勘違いが起きるような書き方したっけ!?