「いやさぁ、裸の付き合いっていいもんだよなぁ。何だか親密さが上がるような気がして。神父もそう思うだろ?」
俺は神父に向かって同意を求める。裸の付き合いとは友情の証であるのだから。
「レイさん……!頼みますからそれ以上何も言わないでください……!それどころじゃなくなるんで!あ、キールさん?待ってくださいね?ちょっとした行き違いが。裸の付き合いなんてそんな、ねぇ?言葉の綾というか、その、ねぇ?」
あたふたした神父は俺との裸の付き合いを誤魔化そうとしている。え、それはだいぶ悲しい。俺にとっては両親に伝えたくて伝えたくてたまらない、嬉しい出来事だったのに。
「…………っごめん。神父は迷惑、だったんだな。俺だけが舞い上がっちゃってただけで。手紙を送ったあの時落ち込んでたのもこれが原因なのか。このことを知らされるのも嫌だったんだな……」
結構ショックだ。こう、何だかショックだ。でも泣かないよ。俺は強くてカッコイイエルフだから。日に何度も泣くわけにはいかないのだ。
「………………………………………………………………ぐ、ぐぐぐ。ぐぅ!嫌では、ありません。レイさん、僕は別に嫌ではありませんよ……!むしろ嬉しく思っていますので……!」
「本当?嘘じゃない?ならよかったぁ」
神父からその言葉を聞けて嬉しいな。ただ神父が泣き笑いの表情を浮べているのは気になるけど。
「神父さん?」
「べ、弁明はさせてください」
さて俺たちは床に正座させられている。母さんによる説教前の空気感である。懐かしいものだ。ただ説教されることをした覚えは……あるか、あるな。
「神父さん。まずは、というより前提ですが。あなたはどこまでレイについて知っています?」
「……ガーランジュ出身の薬師のエルフで………………そのぉ……エルフなどの長命種的には、人間換算にすると成人前の年齢だとか」
「よく知っていますね。もっと詳しく言えば十歳程度です。そして明らかに!見た目通りの小さな女の子です……私が何を言いたいかおわかりですよね?」
母さんがそう言って、神父の次の言葉を待つ。神父は目を瞑り、何と言えばいいのかを考えているような素振りを見せる。
「言いにくいのなら私が言いますね。今、私の認識ではあなたは『年端のいかない少女と少なくとも複数回は裸の付き合いをしている神父』なのですが。ここに誤解は生じていない、ということでよろしいですか?」
「………………………………………………………………誤解はなく、結果的にはそうなりますねぇ」
「ふむ。潔いですね。弁明すると宣っておいてすぐに認める、その潔さは嫌いではありませんよ」
「いやぁ、それ程でも。ははは……」
「フフフ……」
二人が笑っている。しかしその笑いは対照的なものだ。神父は震え引きつった笑みで、母さんはにっこりと優しい笑みだ。しかし、よく見ると母さんの方は薄目で神父を見据えている。割と怖い。
ふむぅ。経験上この状況はまずそうだ。お互いに意味の違う愛想笑いを浮かべるのは、相応に理由がある。大体は良い意味ではない。
………………………………………………………………母さんの反応からすると、もしかして『裸の付き合い』とはダメな行為なのか?そんなはずは……
「では神父さん。とりあえず……きょ」
「異議あり!異議あり!この件に関して神父は全く悪くない!何故なら友人との裸の付き合いは至極当たり前の行為だから!」
母さんが神父に対し、何らかの罰を与える提案をするのを手を挙げてすかさず遮る。言い切る前に遮ったせいできょ?が何かは定かではないが!去勢とかか?かわいそう。
「レイ。それは通らない」
「どうしてさ!友人との裸の付き合いは良いことだよ!?父さんだって言ってたもん!」
「それは親しい同性の友人間だけだと思うの。スヴェンが想定しているのもそう」
「じゃあ大丈夫じゃん!神父とは親しい友人だしそもそも俺、男だし!」
「………………………………………………………………レイの身体は今、女の子なのよ?異性同士の、しかも親類ではない大人と子どもが複数回も裸であれこれするのは、褒められたことではないわ。それが友人であってもよ」
むむむ。一理ある!が、引き下がるわけにはいかない。
「裸の付き合いといっても一緒に肩を寄せ合って入浴して、背中洗い合っただけ!裸で、その、変なことはしてない!それに神父の入っている浴室に勝手に突撃して、無理矢理裸の付き合いに誘ったのは俺だ!神父は悪くない!」
「……」
母さんは無言で俺と神父を見つめてくるだけだ。むぅ、納得してなさそうな感じ。
「レイさん。こればっかり言い訳できない事実です。裸の付き合い、してました。でも安心してください。僕はレイさんとの友情をなかったことにはしませんから」
ヤバい!神父がもう全てを受け入れる状態になってしまってる!穏やかな顔で諦めるなってば!物分かりが良すぎる!このままじゃ俺のせいで神父が去勢される!神父の大好きな娼館通いができなくなってしまうのは、かわいそう!
えーっとえーっと……何か丸く収まる方法は……俺は叡智で優秀なエルフだから余裕で思いつくはず。考えろー考えろー!
まずここで問題なのは『異性の友人間では流石に裸の付き合いはしない』ってことだよな?え、しないの?仲が良いんなら普通にしそうなもんだけど。俺、友人が少ないからその辺よくわからないんだよなぁ。まぁしないんだろうな。この感じからすると。
つーか俺は男だけど。ただそれで母さんを突破するのは難しいのは今までの会話で把握済みだ。男だからセーフは適応されないようだ。俺、男なのに。多分男の身体に戻れば万事解決なのだろうが。
……ならアプローチの方法を変えなければならない。裸の付き合いといっても、要は仲良く入浴するだけなのだ。友人であってもダメなものが、どのような関係性であれば大丈夫なのか。この場合は『どういう関係ならばそれが受け入れられるのか』を考えるべきだ。
うーーーーーん。親子に類するものでもない異性同士が、裸の付き合いをしても許される関係?………………………………………………………………あぁ!あるじゃん!これしかない!これしかないけど!あまり良いことではないな!だが今回ばかりは仕方なし!
「神父」
俺は隣にいる神父に呼びかけ、ウィンクをして合図を送る。届け!俺の考えていること!
「?」
……よくわかっていないようだ。まぁ神父ならどうにか合わせてくれるだろう。多分。きっと。そうだといいなぁ。
俺は母さんを見ながら大きく息を吸ってゆっくりと吐く。うぅ、緊張するなぁ。今からするのは本当によくないことだ。何故ならこれから俺は純然たる嘘を言うのだ。嘘は嫌いだが致し方ない。
「母さん……黙ってたことがあるんだ。そうだよな。普通の異性の友人間では裸の付き合いなんてしないよな。手紙では照れくさくて友人って書いたけどさ、実は俺と神父は友人ではないんだ」
「レイさん?変なこと言おうとしてますよね?」
俺の言葉で神父は何を言おうとしているのか感づいたようだ。じゃあ、後は合わせてくれるはずだ。神父の傍に近寄って身体をぴったりとくっつかせ、親し気に肩を組む。
「俺と神父は本当は恋人なんだ。だから異性間でも裸の付き合いをしても平気!問題なし!むしろ健全!」
ついでに満面の笑みでピースしておく。これなら大丈夫だろう!俺の頭脳が導き出した解答である!そう!恋人だったとしたなら別に一緒に入浴したって全然問題ないのだ!
これで……どうだ!?反応は如何に!?
「「えぇ……」」
………………………………………………………………反応が芳しくない。母さんと神父の呆れ声がほぼ同時に聞こえる。『えぇ……』って何だよ。『えぇ……』って。しかし俺がここで萎えてしまったら元も子もない。続けて畳みかける。
「急にこんなこと言っても信じてもらえないかもな。だけど考えてもみてくれ!何の理由もなく教会の神父が子育てを手助けしてくれることなんてある?理由があったんだよ。何故なら俺と神父が恋人だから!らぶらぶ!」
「「えぇ…………」」
俺はできる限りの熱量で発言する。もう勢いだよ勢い。捨て身だな。後先は考えないよ。
「レイさぁん。それ、僕が罪深い感じになるんですけどぉ?」
神父がそんな風に文句を言ってくるが、これに関しては仕方ないじゃんか。ここは敢えて我慢していて欲しい。
「せめてアリアのためにも、アリアと恋人ってことにしてくれませんかねぇ」
「神父!!俺たちの仲の良さ見せつけてやろうぜ!!」
俺は考え得る限り恋人っぽいことをやってみる。何をするのが一番効果的かな!?よぉし!神父の顔に頬擦りし……うわぁん!神父の無精ひげがじょりじょりするぅ。いたぁい……
それと……撫でまわしちゃう!おぉ、普段神父の頭を撫でるなんてことしないから新鮮だなぁ。フフン!いい気分だな!
「神父どうだ?恋人っぽいか?」
「あ、僕に聞いちゃうんですね。はいはい、そうですねぇ」
神父の気が抜けてる。何だよぉ。俺が結構頑張って恋人っぽいことしてるのに!協力してくれよ!ほら!もっとなんかこう……さぁ!
他に恋人っぽいこと……恋人っぽいこと……フフン!思いつかねぇ!だけどこれだけすれば母さんも納得するはず。
「母さん、どう?これだけ親しみ深いのは恋人以外あり得ないだろ?」
「……わかったわ。そうして下手な演技をするくらいには、神父さんを庇いたい気持ちはよぉくわかったし、レイがこうやっていつも神父さんに迷惑をかけてしまってるのもよぉぉくわかったわ」
「ん?」
あれ?風向きがおかしいぞ。しかも普通に演技だってバレちゃってる。
「神父さん」
「え、はい」
「裸の付き合いに関して、あなたたちの間に淫らなものが一切ないのでしょうね。あるのは精々、本当に友情くらい?流石は聖職者、といったところでしょうか」
「………………………………………………………………正直出会った当初ならまだしも、ここ数年でレイさんのエルフ的な年齢を何となく察し始めてからは無理です。僕も一応神父ですから、どれだけ成長著しくても子ども相手にそういった目では見ないようには」
なんか神父がまともなこと言ってるぞ……でもこいつ、俺が初めてローブの下にエルフの服を着てきた時に眼福とか言ってたような。多分そういった目で見てたぞ。
あれ以降の話か?まぁその辺掘り返すと非常に面倒くさいことになりそうだから口を噤んでおく。俺って偉い。
「僕は神に誓って、レイさんには手を出していません。これだけは信じてもらいたいです。裸の付き合いも純粋な友情です。僕は子ども相手に欲情しません」
「よろしい」
神父が真剣な眼差しで母さんに向かってそう宣言した。神父が神に誓うのって滅多にない。母さんもその本気度を認めたのだろうか、鷹揚に頷いている。
……つーか話の流れ的にこれ、許されたのか?一応聞いておこうか。
「母さん、もしかして神父は許された感じ?」
「………………………………………………………………ここまでのあなたたちの様子を確認した限り、どうも嘘はついていないようね。神父さん『は』情状酌量の余地は大いにあるわ」
「よ、よかったぁ」
母さんはため息をつき、疲れた様子を見せている。気疲れかな?申し訳ないぜ。
「ただね、レイ?あなたはお説教」
「へ?」
喜びも束の間、母さんが無慈悲にもそんなことを言い出した。え、俺ぇ?
「手紙の件もそう。今のこの状況になったのもそう。さっきの恋人だと演技したのもそう。レイが思った以上に周囲を振り回しているのがよぉく、よぉくわかったわ。だから少しお説教」
「えー!」
矛先が俺に向かってるじゃん!やだ!説教やだ!!母さんの説教は懇々と問題点を指摘されるからやだぁ!
「神父ぅ……」
「いや、普通に今までの分のお説教を受けてきてくださいよ。多分、数年分は溜まってますから。大人しく粛々と受け入れるべきですねぇ」
神父に助けを求めるのだが、これまた一切の慈悲もなく切り捨てられてしまった。薄情者だぁ!うわ!しかも神父の野郎ちょっとにやけてる。面白がってやがる!
「ほら!レイ!こっちに来なさい!」
「やだぁ!!」
そうして応接室の隅っこで程々に長い時間説教を受けることになってしまった俺は、ただただその時間が過ぎるのを待つだけのエルフになった。しかし、俺も言い分はある。説教の途中で隙をみて、俺の言い分を差し込むことにした。
「でもさぁ。手紙に関してはもう神父にお詫びしたんだよ?落ち込んでたし……」
「どんなお詫びを?」
「……神父行きつけのお店の代金を奢ってあげた」
これお店の詳細言ったらヤバいかなぁ。そう思いつつ説教はまだまだ続く。やだぁ……