さて。今の俺は母さんからの説教を受けている情けないエルフなわけだが、どこかに反論できる部分がないかを探す誇り高き反論エルフでもある。へっへっへ!母さんといえど隙を見せたらガブリといくぜ。
………………………………………………………………ないなぁ。本当に淡々と俺の問題点を指摘されてる。『何故この内容でなければならなかったのか』や『この文章を読んだ者の気持ちは考えたのか』や『住所は書かなかった理由は』などと、散々である。うぅ……反論の余地がない程に指摘されている。悔しい。
「レイ?聞いてる?」
「はい!聞いてる!聞いてます!しっかりと反省させてもらっています!」
「そう。それならよかったわ」
あぁー!ダメだ!まだまだ続くぅ!正座がいたぁい!
「あ、あのぉ。もうそれくらいにしてはどうですか……?レイさんも程々に反省しているようですし?僕も手紙の誤解が解けたのならそれで構わないので」
「神父ぅ……!」
余りにもあんまりな俺の醜態を見かねたであろう神父が助け舟を出してくれた。それもそのはず、俺は今死んだような目で説教を受けているのだ。友人の前で親に説教されるのって結構心にくる。ただこれが神父の前でまだよかった。もしもアリアやキースの前であったなら……俺は立ち直れないことだろう。
そんな神父によるやんわりとした説教終了の提言を受けた母さんはというと。一瞬説教を止めると、神父に向き直る。
「……いいのですか?非常に申し訳ないのですが、あの手紙で私たち夫婦は神父さんのことを『罰を与えなければならない、性に奔放で下衆な変態聖職者』と思っていましたのよ?これでもかなり抑えた印象ですけれど」
「………………………………………………………………それは、あと少しだけ叱ってもいいかもしれませんね。どうぞ!キールさん!もっと説教しちゃってください!ほら!レイさんはもっと反省しちゃってください!」
「神父ぅ……!!」
見捨てられた!くそう!とりあえず性に奔放なのは本当だろうに!呼び出しの数日前にも娼館に行ったの知ってるんだぞ!
神父にも『もっと説教しても大丈夫でしょ』みたいな感じで見捨てられてしまい、さらに説教は続いていく。やだぁ……俺も涙は流さないけれどなかなか辛い。下唇を噛み、涙目になりながらもこの時が過ぎるのを待つのみである。あと正座もそろそろ限界だ。
するとようやく言うことも尽きてきたのか、段々と説教の勢いが落ちていく。淡々としていた母さんの言葉がところどころ止まっていった。お、終わったのか……?床に目を向けていた俺は恐る恐る母さんを見上げる。
「……レイ」
終わってなかった!俺の名前を呼び、何かを語り掛ける準備をしてる!やだぁ!若干躊躇いながらなのがものすごーくやだぁ!俺、他に何かしたっけ!?
「うぅ……まだ何かあるの……?」
俺は次なる説教に耐えるべく、ぐっとお腹に力を込めて待つ。こちらは準備万端である。
「どうして?どうして、あなたは一人でこんな遠くの国まで来てしまったの?誰にも見つかることもなく」
しかし俺の予想とは裏腹に、母さんに掛けられた言葉はその程度のものだ…………これはもう説教ではない。純粋なただの疑問だと思う。うぅむ。
「どうして、かぁ。聞きたいのはこの国に来た理由?来た手段?それとも、その両方?」
「両方よ」
理由と手段。どちらもかぁ。まぁ別にそう難しい話でもない。俺は母さんの疑問に答えるために、正座を止めて足を崩してぺたんと座る。正座じゃダメな理由?痛いし……
「………………………………………………………………僕は席を外しておきますね」
「別にいても大丈夫だよ。隠してることでもないし」
なんか神父が気を遣って出ていこうとしたが、いても構わない話だ。せっかくだから聞いてもらってもいいかもしれないな。
「まずこの国に来た理由は…………それに関しては何となく、つーか成り行き?そもそもガーランジュを出ることが一番の目的だったからさ。遠くに行くのは決めてたけど、ここまで来たのは偶然だよ」
正直なところ、ガーランジュから遠く離れたゴーンまで辿り着いたのは全くもって偶然だ。特にここでなければならなかった理由はないが、薬師としては自然が豊富な場所で助かっているのは事実だな。薬師として金も稼ぎやすいし。
母さんたちは口を挟まずに黙って聞いているようだ。区切りの良いところまで聞くのかな?んでもって、多分知りたいのは今話した部分ではないのだろう。
「でも多分、母さんが本当に知りたいのはそこじゃないんだろうね。確かに今言ったのは本質的な理由ではないよ。あくまで、ゴーンに辿り着いた理由なだけだもん。ガーランジュを出ると決めた『思い』の部分は答えてない」
俺が答えたものは、母さんの求めるものではないのは理解している。母さんが知りたいのは『何故、自分の意志でガーランジュを出ていったのか』だ。母さんや魔女から聞いた今までの情報を合わせると、俺は自分の意志で出ていったわけではないと思われていたようだからな。例えば人攫いに合ったとかそんな風に。
しかし実際は俺が自分で決めたことで。そして本質的な理由を話したのは幼かったアリアに対してだけだから。
「俺が出ていった理由の一つは変身薬を作るのに集中したいから。俺もやっぱり男に戻りたいからね?しかも未完成品の変身薬で性別が変わった理由もわからないままでは、色々と問題があるし。だからガーランジュにいて、研究所の所長をしていたらかなり時間がかかると思ったんだ」
……ただ、未だにあの時の未完成品にまで到達していないのは秘密だ。いやぁ、ガーランジュにいる頃は潤沢に素材を集められる環境だったもんなぁ。恵まれていたぜ。
「……………………それでも、ガーランジュにいた方が環境は整っているのよ?作っている間は所長なんてやらなくたって」
母さんの言い分はごもっともだ。『変身薬を完成させる』という部分において、ガーランジュを出る理由はほぼない。俺もそれは正しいと思う。だから母さんもそこを指摘しているのであろう。全く間違っていない。だけど……
「そうだね。母さんの言う通りだ。きっと今よりもずっと環境も整ってるし、素材だって豊富だし良いこと尽くめだよ。ガーランジュに戻って研究する方がずっと、ずっと、ずっと合理的だ。所長なんてしなくても、許されるとも思う」
「なら、もう」
母さんが何を言わんとしているかは想像がつく。想像がつくからこそ、俺は首を振って否定する。
「……母さん。でもダメなんだ…………………………………………………………俺が出ていった理由のもう一つは。俺が故郷を出ていった理由は、怖いからなんだ」
「あ……」
母さんは息が漏れるかのように声を出す。そうだ。合理的なものを捨て去ってでも、出ていった最大の理由は『怖い』からだ。
「俺、さ。あの夜にいっぱい刺されて、すごく痛かった。血がたくさん出てきてて、声が出なくて寒くて寒くて死ぬんだなって思った。それに、俺って刺されるようなことをしてしまったんだなって……」
「レ、レイ」
母さんは青ざめた表情だ。わかっている。きっと言わない方がいい。本当ならば痛い話はあまりしない方がいいしな。だけど俺がガーランジュに帰らない理由は知って欲しい。
ローブを脱ぎ、ペンダントの下に隠している首の傷跡を見てもらう。母さんは目を見開きながらも、しっかりと確認してくれている。
「身体が変わっても、何故かこの首の刺された傷跡だけは消えてないんだ。他は綺麗さっぱり消えてるのに。いつもは気にしないよ。でもたまに、本当にたまにだよ?その傷跡から血が出てきて死んじゃう夢を見ちゃうんだ。その度に飛び起きて首を触ってみるんだけど、平気なんだ。夢だから当たり前なのに」
傷跡に触れてみるが、別に痛くはない。ただの傷跡だ。痛いわけがない。
「でも、やっぱりちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怖いんだ。悪いのは自分だけど、あそこにいたら殺されるんじゃないかって」
好き勝手やってきたことの罰なら受け入れるしかない。誰かに恨まれるようなことをしてしまった。それなのに……怖い。
「俺を刺した犯人ってまだわかってないんだよね?魔力の痕跡すらないって聞いたから、多分そうだよね。今でもわからないなら、もう見つからないと思うんだ」
「………………………………………………………………確かに見つかっていないわ」
「うん。そうだよね。別にどうでもいいんだよ。見つからないものは仕方ないよ」
そもそも俺が皆に酷いことを言った結果の出来事だろう。誰が犯人でも構わない。どっちにしても俺の口が悪かったのが原因だ。そう思っているのに……ガーランジュに戻るのが怖いと感じてしまうのだ。
それにきっと怖いと感じてしまうのは、俺がまだ大人になり切れていないからだ。もっと俺が大人だったなら、こんなこと思いもしないんだろうなぁ。どうやって皆は怖いものを乗り越えていくんだろうか。
応接室の雰囲気は寒々しい。母さんも神父も黙ってしまっている。母さんは口を覆い、神父に至っては両手で顔を覆ってしまっている。まぁ痛々しい話をしてしまった俺が悪いな。
「……ごめんなさい。これが俺がガーランジュを出ていった理由で、帰りたくない理由。置き手紙にしっかりと書いてなかったのがよくなかった」
あの時は身体が動かせるようになったらすぐに出ていかないと!!って思ったんだもん。仕方ねぇよなぁ!?そう自分を納得させていると、母さんが座り込み抱き締めてきた。なんだぁ!?
「レイ、謝らないで。私の方こそごめんなさい。そこに思い至らずに辛いことを聞き出してしまって……」
「いや、母さんが謝るようなことでも……」
うぅむ。出ていった理由を言わなければならなかったとはいえ、ここまで重苦しいものになるとは。何ならまだ説教を食らっていた時の方がマシな空気だぞ。
むむむ!どうにかして雰囲気を柔らかくしなければ!ここは俺の小粋なお喋りでどうにかするしかねぇなぁ!
「そうだ!この国まで来た手段も聞きたいんだっけ!?なかなか苦労したんだぁ!聞いて聞いて!」
とりあえず一応俺の出ていった理由は納得してもらったみたいだし、来た手段も聞いてもらお!
「………………………………………………………………すごい身内話だったけどこれって僕も聞いてよかったのかなぁ?」
「それでさぁ!交易商人たちの船に忍び込んで湖を越えたり、怪我した赤い竜を助けたお礼に背中に乗せてもらったり!特に竜の背中なんて初めて乗ったんだ!山々をとんでもない速さで飛んで楽しかった!母さんは乗ったことある!?ないでしょ!?すごくない!?」
「うん、すごいわ……どう考えても子ども一人でいけない国までやってこられたのは、そのおかげなの……竜……竜かぁ。どこの竜かしら……」
母さんの膝の上に乗って俺が興奮しながら話していると優し気に相槌を打ってくれている。髪を梳いてくれながらだから気分もいいぞ!
何だかんだで説教されていた場の雰囲気は消え去り、ようやくほんわかしたものへと変化した。よかったよかった。あんまり説教されてると何だかなぁって思うし!
「レイはすっかり女の子なのねぇ。髪もこんなに綺麗に長くなって」
「男だよ?でもキースもアリアも綺麗って褒めてくれるんだ!」
「ふふふ、そうねぇ」
母さんがそんな冗談を言うくらいに穏やかだ。フフン!ただ何故か神父がこちらを見ながら感謝っぽい祈りを捧げているが、気にする程でもないな!
「良い光景だ……親子はこうでなくてはいけませんよねぇ」
なんか言ってる!どういう目線何だろうな?まぁいっかぁ!
そうして幾分か時間が経ち会話が落ち着くと、母さんがソワソワし始めた。
「あのねレイ?これは聞くタイミングが取れなかったから、今更なんだけどね?たまたまだと思うことなんだけどね?」
「おう!いいよ!」
「その、今レイが着ているものって?」
「何ってローブ……」
母さんもこのローブの良さがわかってくれて……ん。そういやさっき首の傷跡見せるために脱いだから……?今はローブの下に着ていたエルフの衣装だな、うん。
「……ローブじゃないね」
「……そうね」
………………………………………………………………母さんがすごい難しい顔してる!
「神父さん、レイは普段から?」
「うーーーーーん。外を出歩くときは大体はローブを着てますよ?だから、まぁ見えません。それにアリアが色々と違う服を着せるので。そのぉ、はい……嘘をつくべきではありませんね。普段からです」
「エルフの女の子が男性タイプの伝統衣装を着用するとこうなるのね……」
……でも楽だもん。