「せっかくだからこの町の案内をしたいんだけど……どう?」
俺は母さんに対してこの町の案内を提案する。結構広い町だから散歩がてらに回ってみるのも楽しいのではないかと思うのだ。キースも母さんと一緒に歩いてみたいはずだろう。
実際のところ、キースも母さんのことが気になって仕方ないのは『ねぇねぇ!おばあちゃん!』と呼び掛けている姿からもわかる。そして母さんもおばあちゃんと言ってもらえて満更ではない。
まぁそして何よりも……俺が世話になっている町のことも知ってもらいたいなぁというのもある。俺とキースが住んでいるのはここから少し離れた森の方ではあるけれど、やはり拠点となるのはこの町だ。
「それは嬉しいわ。でも……」
「ん?何か問題があるの?」
母さんは俺の提案に賛成しつつも、何だかそわそわしている様子だ……もしかしたら嫌なのかな。そんな俺の気持ちが顔に出てしまっていたのか、母さんは即座に『そういうわけじゃなくてね?』と手振りで否定する。では何故?忙しいから無理だとか?
しかしちらちらと向ける目線は俺のローブに注がれている。あぁ、そういうことか。いや、ローブも何だろうがどちらかといえばその下だろうなぁ。応接室にいる時から指摘されてたし。でも一応抵抗させてもらおうか。
「ローブを羽織って見えないから……ダメ?」
「レイ」
………………………………………………………………母さんのこの短い言葉の中に全ての意味が込められているような気がする。やれやれ。仕方ねぇか。
「ちょっと家に戻って着替えてきまーす。ちょっと待ってて。すぐに戻ってくるから」
「……もしかして、家は教会から遠いの?」
「町の中じゃなくて森の方だからね」
「ごめんなさい。それなら別に着替えなくても……」
「まぁすぐだよ、すぐ」
それによくよく考えると母さんを案内するのならちゃんとした服の方が良いだろう。せっかくだから男性服がいいなぁ。フフン!俺の買ったは良いものの着るタイミングの見つからなかった男性服が火を噴くぜ。買ったのこの町に来てすぐの頃だけど。買ったきり着てもないが入るかな?入るといいなぁ。
俺はそう思いながら急いで教会を出ようとするのだが……目の前にはアリアが立ちふさがってきていた。妹分のこの上なく素晴らしく、そして麗しい笑顔は俺をビクッとさせる。
あ。これは逃げ遅れたな。アリアのこういう場面での反応速度は世界一だなぁ。俺も兄貴分として鼻が高いぜ。
「レイさん?このままレイさんの家まで戻ってしまえば、とても時間がかかりますよね?時間は有限です。着替えをするためだけにわざわざ家と町を往復するのは、時間としても体力としても無駄としか言えません。それでお待たせてしまうのは、効率的ではありませんよね?ね?…………………………でも安心してください!なんと!レイさんもご存知の通り、私の部屋にはレイさん用の服もたっくさん置いています!しかも、この前新たに調整した服です!なのでレイさんが着れないものはありませんので!あぁ何ということでしょうか!これならレイさんは家に戻るまでの時間を短縮でき、その分を町の案内に!今の服から着替えて欲しいというレイさんのお母さまの希望にも沿える!双方にとってこんなにも得なことはありません!そして私も満足!……とても素晴らしいことではありませんか?そうは思いませんかレイさん?……納得して頂けたようでしたら、いつも通り私の部屋で着替えましょう。迷惑かも、だなんて全く気にしないでください。私はいつだって準備万端ですので」
……あわわ、すげぇ早口だ!ものすごーく早口で長い!しっかりと聞くと割と理にはかなっているのだけど、アリアのあまりにも凄まじい勢いにこの場にいる者たちが各々の反応を示す。おぉ……一同揃って感じているのはほとんど同じものだとは思う。つまりは『えぇ……』という困惑である
神父は気まずそうに目を逸らし、キースはアリアの傍に行って腕を組んで頷いている。神父はともかくとして、天真爛漫なキースが『あ、どうぞ。後のことはアリアさんにお任せしますんで』みたいな感じで傍についているのはなんか笑えるな。
そして母さんは口を半開きにして、ほんの少し震えている。当然畏怖である。あと多分驚き?
母さんをここまで驚かせるとは……流石アリアだ。ただ今日のアリアはいつもの二倍くらいは勢いがあるけど。気合、入ってますぜ。それはそれとしてまたまた抵抗させてもらおう。恐らく無理だけど。
「……すぐに戻ってくるから平気だよ。俺、意外と足が速い方だから。サッと走って、サッとここまで戻れば問題なしだ」
問題があるとすれば、俺が全力で走った場合休憩を複数回挟まないとぶっ倒れる可能性があることだけだ……そう考えると時間はかかるけどさ。しかし家に戻りさえすれば、後はキィに事情を説明し、背中に乗せてもらって町まで行けば早いしな。
「………………………………………………………………でも時間……かかりますよね?」
「ふっ……」
アリアに寄る辺のない子犬みたいな顔をされてしまうと、俺も弱い。拒否権はないのだ。つーか既にアリアによって部屋に向かって引きずられているしな。行動が早い。『すぐに戻って』と言ってた部分でもう半分くらいは俺も諦めてたもん。
「じゃあアリアの部屋で着替えてきまーす!待っててくれー!」
「い、いってらっしゃーい……」
母さんが苦笑いをして見送ってくれる。ま、俺はこうやって連れていかれるのも慣れたもんだから平気だけど。初めて見る人にとっては明らかに異常な光景かもしれない。いつかは慣れるもんさ。
「ままー!ぼくもありあおねえちゃんといっしょにいってえらんであげるー!」
あ!!キースもアリアと一緒に選んでくれるようだ!!ぱたぱたと後ろの方から駆けつけてきてくれている!これにはアリアもにっこりである。そして俺もにっこり。もちろんキースもにっこりだ。おいおい、無敵か?
………………………………………………………………でもあまりにも可愛らしいのを選ぶのは勘弁してくれよ!と思いつつも、二人が選んだものを黙って着るのだろうけど!だって二人が真剣に選んでくれるわけだしな!
「……ちなみにレイさんが着ているあの衣装?はキールさん的に、というよりエルフ的にはどんな立ち位置何ですか?普段から着るものではないのはわかるんですけど……」
「………………………………………………………………もしも仮に着る場合があるのなら、今では身内周りの儀式用に極稀にとだけ」
「へぇー儀式用ですかぁ……本当にもしも万が一の話なんですが、あれを模倣したものが別の用途で使われている場合って、どうなります?」
「模倣したもの……?別の用途……??ふむ。ほぼ見る機会はないはずですが、一応は伝統衣装という体なのでデザインを似せたそういったものもあるのかもしれませんね。とても開放的ですけれど」
「そ……うですよねぇ」
「まぁただ……エルフという種族を貶めるためや愚弄するためにおかしな用途で使われる場合は、抗議等は行われます。一応、古来からのエルフの文化的象徴という見方もできますからね」
「……おかしな用途ですかぁ。それって範囲が広そうですねぇ……娼館に置いてる似たようなのはセーフなんだろうか……」
「?」
俺はアリアによって部屋へと連行されたが、思いの外短い時間で解放された。通常ならばもっと長い時間解放されることはないけれど、そこは待ち人ありの力だ。早さが違うぞ。それとも二人で選んだから早かったのか……結論は神のみぞ知る。
「お待たせしました~」
「もどってきたよ~」
三人揃っての凱旋である。何勝ったかと聞かれると困るが凱旋である。強いて言えば俺はどんな服でも余裕で似合うくらいには美しいので、常に不敗だ。当たり前だがローブも似合っている。
「どう?俺って何でも似合うでしょ!」
俺は今、カルグリゾートに旅行していた時に着ていた服と同じようなものを着用している。つーかデザインとか色に関してはほぼ同一だ。違うのは素材だけだな。あの時の服は借り物で返却していたのだが、アリアが似たような服を改造したりして同じようなものに拵えたのだ。手先が器用ってレベルじゃなくないか?
そして髪も下の方で二つ結びにしてくれて準備完了だ。これで俺はどこからどう見てもローブを着ていた不審者ではなく、超美麗完全体最強エルフの誕生である。二人が選んでくれたので倍増で俺は美しいはずだ。
全身が見えるようにくるくるっと回ろうとし……そういえば俺が服を見てもらう時の癖がこれだったなと恥ずかしく思ってやめた。お澄まし顔で立っとくだけにしとこっと!
「………………………………………………………………レイさんが良いところのお嬢様みたいになってますねぇ。かなり似合ってるんだからいつもそんな服にすればいいのでは?」
つっても、俺はそもそも男だしなぁ。似合うのは当然だとしても、自分の意思で着るか着ないかで言えば着ない。薬を作る時にひらひらした服を着ていては邪魔になる。やはり俺は機能性重視の服を選ぶことだろう。
それにしても……神父が感心したように割としっかりと全身を観察してくる。頭の天辺から下はスカートの裾までじっくりと。口笛でも吹きそうなくらいには、にこやかな感じだ。
そういや一番初めにエルフの伝統衣装を神父が見た時は、あまり好きじゃなそうな反応だった気がする。娼館にも似たのがあるけど露骨過ぎて逆に萎えるとか何とか?んで、目線の真剣さで考えるにこういう系統の服が好みってことか。
「へぇ、神父はこういうのが好きなんだな」
「まぁ僕はこういった風なお嬢様系の方が正直……あ。待ってください。これ僕の答え方によっては、変な文脈が生まれそうなんで口を噤んでおきます」
「なんだよぉ。はっきり言えってば」
「言いませーん!また誤解が生まれそうだから言いませーん!!自衛ですよ自衛!」
むむむ!神父が生意気だ!別にいいし!母さんに褒めてもらうし!
「母さんはどう思う?似合ってる?」
「ふふふ、よく似合っているわ。私が今まで生きてきた中で一番よ」
母さんはそう言って褒めてくれるのだけど、何だか複雑そうな表情だ。心の底から褒めてくれているのはわかる。ただほんの少しだけ泣きそうなような……?でも俺はその真意を聞くつもりはない。多分聞くべきではないことなのだろう。
まぁいいや。案内だ案内!
「さぁ着替えも終わって準備完了だ!行くぞー!」
さて俺とキース、母さんの三人……あ、それと俺の影の中に魔女がいるから四人になるのか。四人で町に繰り出していったわけだが……
「ねぇまま?きょうはみんながいっぱいこっちをみてるね」
「そうだなぁ。俺たちが仲良しで羨ましいのかもしれないな!」
「あ!やっぱりそうだよね!ぼくとままとおばあちゃんはなかよしだもん!」
……町を歩くだけでいつも以上に注目を浴びている。それもそのはず、この町では見慣れない組み合わせだろうからな!俺とキースは住民にとっても町に馴染んでると言えないこともないが、そこに母さんが入ると……めちゃくちゃ目立つ!
あと普通に魔法治安部隊の人が数人、安全のためかどうかは知らないが、微妙に後ろから尾行してきてるし!それのせいでさらに物々しい雰囲気が!
「……想像以上に目立ってるわね」
「仕方ないよ。俺たちが美しすぎるから……!」
「そうだよおばあちゃん。ぼくたちがなかよしすぎるから……!」
母さんのごもっともな感想に対して、俺とキースも率直に答えを返す。うむ。どちらの答えも全くもって間違っていないな!遠巻きに見ている町の住民たちも恐らくそう思っているに違いないな!
「あ!見て母さん!ここのお菓子が美味しいよ!俺が依頼で薬を納品した帰りによく買って帰るんだ!入ろ!入ろ!」
「おばあちゃん!このおみせのくっきーおいしいよ!ぼくだいすき!」
おっと!そう言って歩いているうちにお気に入りの焼き菓子屋が目の前だ。視線を気にしている暇はねぇな!?既に町の案内は始まっているんだ!続々紹介していかなくては……!
俺とキースは母さんの手を引っ張って一緒に入るように促す。今日は母さんに町のことを知ってもらいたいんだ!
「………………………………………………………………ふふふ!レイとキースが楽しそうで私も嬉しいわ!そうね、早速案内してもらおうかしら」
俺たちの様子を見た母さんが優しく微笑みつつ、焼き菓子屋に入っていく。これからまだまだ案内したいから母さんには楽しみしていて欲しいぜ!
「ふわぁあ、ねむ……それにしても何だか騒がしいわね……んー?あれは薬師ちゃんとキースくんと……?エルフ?エルフ!?」