「ねぇねぇまま」
「ん?」
リンゴジュースを飲みながら、愛らしく首を傾げてサキの方を見ていたキースが小声で俺に呼びかけてくる。ちなみに大き目な丸テーブルを挟んで、俺から見て対面が母さん、右斜めにはキースで左斜めがサキである。
「さきおねえちゃん、きょうはいつもよりちっちゃいね……」
おっと!早速キースが変化しているサキの姿に疑問を持ってしまったぞ!これはいけない!
母さんは初対面だから特に疑問はないだろうが、何度か会ったことのあるキースが疑問を持つのは当然だ。だって変化している今のサキは俺よりも大きいが、通常よりは小っちゃい。そりゃあ普通に気になるよな。母さんみたいにカッコイイ大人の女性のサキが、今は人間でいうところの精々十五歳くらいにしか見えない。俺が言える体格でもないが小娘状態だ。
ただ服はいつもみたいにドーン!と胸が大きく開いたものだけど……そういう服が好きなのかな?
それはそうと、これでは紹介どころではない。上手く俺がフォローしなくては!
「一部の大人はこうやって小さくなりたい時もあるんだよ……そうしないと甘えられないから……そんな感じでサキにも色々事情があるからあまり聞かないようにしてあげような?」
俺は椅子をガタガタと移動させてキースの傍まで近づき、ぽそぽそと同じく小声で耳打ちする。流石に実はずっと後ろから付いてきていて、俺たちを遠くから見るために変化して小さくなっているんだよとは言えない。だってそれを言えばキースも『なんで?』ってなるだろうし、事実俺も『なんで?』ってなっているのだ。
よってそれっぽいことを言っておく。いや、小さくなりたい時ってなんだよ……と自分自身でもうん?ってなるが。ねぇよなそんな時。
耳元でこそこそと喋ったため、くすぐったそうに笑うキースは何だか嬉しそうだ。内緒話っぽくて楽しいのかもしれないな。そしてお返しと言わんばかりにキースも俺の耳元でこそこそである。可愛い。
「そうなんだ……おとなってたいへん……ままもちいさくなりたいの?」
「ううん……俺はこの青空よりも大きくなりたいエルフでな……小さくなりたい時はないかな……」
つーか今でさえ結構背が小さいのに、これ以上小さくなってしまえばおしまいだ。将来的にできれば父さんくらいは背が高く、そして神父のようなしなやかな筋肉を身に着けたい所存だ。その前に男に戻らないと話にならない気もするけれど……先は長いぜ。
「なんか失礼なこと言われてる気がするんだけどぉ?」
俺とキースのやり取りの内容を何となく感じ取ったサキがむっとしているようだ。おいおい、失礼なことは一切ないぞ。むしろ気遣いの一環である。
「むぅ。便宜を図ってあげてるんだぞ。それにこの場を程々に良い感じにするから、まぁ任せとけって」
「薬師ちゃん本当に?本当にできる?私すっごく不安になっちゃってるわよ?」
「失礼な。俺はいつだって真剣に事を運ぶエルフだから平気だぞ。だけど不安になるくらい緊張するんだったら、ほらいつもの……」
俺はサキに向かって手を差し出し、魔力をあげようとする。サキは一瞬だけ身体を硬直させながらも喜色満面で手を伸ばしかけるが、俺たちの様子を楽し気に眺めている母さんを見て止まった。
「はっ!!あー!?あー!大丈夫!平気!」
「そうか?ならいいか」
急いで手を引っ込め、全力で首を振って拒否するサキは何だか面白い。ただいつもなら跳ねるかのように喜ぶのになぁ。遠慮しなくてもいいのに。俺がちょっとぞわぞわする感覚に襲われるだけの話だ。慣れた慣れた。
だがサキの様子がいつもと違って何だかこう……びくびくしているのも事実だ。むむむ?意外と初対面である母さん相手は緊張するのか。それともサキのことをじぃっと見つめている母さんの視線が気になるのか……?
「ふむ?」
母さん自身も『なんか怯えられてる気がするなぁ』と感じてる一方で、サキの一挙手一投足を観察しているようだ。何故そんなにもじぃっと見ているかはおいておくとして、サキがびくびくしてるのはそれのせいじゃないか?
………………………………………………………………しかし俺はあることに気づいてしまった。重大なミスである。俺が呼び出したのに、これは全くもって失礼だった。
「……すまん。まだサキの飲み物を注文してなかったな……何飲む?」
そう。サキの目の前には何もない!呼び出しておいてこれはなんか……意地悪をしているみたいじゃないか!備え付けのメニュー表をサキに手渡し、何か注文するように促す。フフン!値段が高いやつでもいいぞ!当然俺の奢りだぁ!
「さきおねえちゃん!りんごじゅーすおいしいよ!」
「俺の飲んでる薬草茶も後味が爽やかでいいぞ!」
俺とキースはサキに向かって自分自身が飲んでいるものを勧める。実はこの喫茶店に薬草類を提供しているのは俺である。最近は健康志向の人が増えてきたみたいで、こういった喫茶店でも薬草が売れるのはありがたい。ただその場合は摘んだ薬草を乾燥させ、炒ってから袋詰めして売るので意外と手間になるうえに少量になるのだが……まぁ希少性があるとも言えなくもないか?
「ふぅん……じゃあ私はこれにするわぁ」
俺たちのおすすめを聞いたサキがメニュー表を指差す。どれどれ……コーヒーかぁ。
「……どちらでもない、か。キース、この勝負は」
「ひきわけだね……」
キースと共に肩を落とす。俺たちの戦いは引き分けに終わったようだ。サキが飲みたいものを選べばいいので別に構わないけれど、おすすめ力が足りなかったか。
「あ!ついでにケーキも頼んだら!?ここのはすっごく美味しいぞ!遠慮しなくていいんだぞ?」
「そうだよ!さきおねえちゃん!けーきはすごいあまくて……すごいよ!」
さらに追加でケーキを注文するようにも促してみる。せっかくの客人なんだからいっぱい食べて欲しいな。俺が割と強引に呼んだっていう手前もあるし、これくらいはおもてなししたいのだ。
「ふふっ。薬師ちゃんもキースくんも、どうしてあなたたちはそんなに元気がいいのぉ?私、気が抜けちゃったわぁ」
おっ。サキがくすくすと笑ってる。俯いて青ざめていた表情が幾分か和らいでいるのが確認できる。どうやらちょっとは元気が出てきたのかな?よかったー!
「仲が良いのねぇ」
俺たちのやり取りを黙ってみていた母さんがこれまた嬉しそうにボソッと言う。まぁ、仲が良いといえば仲が良いのかな。思えば付き合いもそこそこの長さだもんな。
初めの微妙に固くなっていた雰囲気から和やかなものへと変わり、サキの注文した飲み物が届いたことで改めて紹介を始めることにした。サキの表情も穏やかだから、気を張らずに自己紹介できるだろうし。
さて!俺が先陣を切って紹介していこうかな!俺は自信満々でサキについて母さんに教えてあげるぜ。
「サキはこの町でも大きなお店やっててね!そこに俺が薬を持って行ってるんだ!もう一回言っておくけどお得意様だよ!お得意様!」
実際のところサキはお得意様である。定期的に決まった数を納品しに行くので、収入的には結構太い。ありがたい話である。
「あら、そうなの?サキさん、うちの子がいつもお世話になっています。若いのにすごいのね」
「えっ。あぁまぁはい。すごいかどうかはともかく、私の方も納品してくれてる薬にはお世話になってるのでぇ……薬の質も王都の方で取り寄せるものより異様に良いからこっちも助かってるっていうかぁ。あまり高くもないし」
フフン!サキが褒めてくれてるぞ!しかし薬の質が良いのは当然だ。何故なら俺が作っているからな!何ならもっと褒めてくれもいい!他で宣伝してくれてももちろんいいぞ!
「そうだろう!?俺って超優秀薬師エルフだからな!サキ?俺は薬師としては信用してもらっても構わないぞ!」
俺は胸を大きく張って意気揚々と宣言させてもらう。何といっても俺はこの地域では敵なしの薬師であると自負している。最強である。しかも成長中である。将来有望だな!
「………………………………………………………………ガーランジュの薬学のトップがここでちまちま薬作ってるのもかなりの損失のような気もするけど」
「さきおねえちゃんむずかしいかおしてる」
「……それは薬師ちゃん、じゃなくてあなたのママがすごいから困っちゃうの」
「そうなんだー!」
キースとサキが仲良く話していて俺も嬉しいぞ!一方母さんはというと、何か疑問があるのかサキの顔を眺めながら不思議そうに口に指を当てている。考え事でもあるかな。
「……それでサキさんはレイとは?」
「と、言うとぉ?」
「お友だち?」
母さんは聞きたくてうずうずしていたのか、そんな質問をサキに投げ掛けてきた。なるほど、考え事はそれを聞くかどうかだったのか。もー、親にそんな質問されるの思ったより恥ずかしいんだぞー。そして俺は敢えて咎めないでおこう。ほんの少しだけ知りたいし。
母さんからの質問にサキはゆっくりとコーヒーを飲みつつ、一呼吸分は時間を取ってから口を開く。
「………………………………………………………………薬師ちゃんがどう思ってるかは別にして、私は薬師ちゃんのことは好きよぉ。広義で言えば友だちだと思ってるわぁ」
サキは目線を下に向け、母さんとは絶妙に目を合わせないように答えた。正直そこはもっと堂々と答えて欲しいぞ。
しかし……聞いたか?サキが俺を友人だと思ってるんだって!これって俺からも友人宣言しても全くもって構わないってことか?おいおい、俺ってガーランジュ離れてから結構たくさん友人増えたんじゃないか!?これって素晴らしいことだぞ……
俺はにやにやを隠すことができない。自分がそうだと思ってるのとは別に、相手からそうだと思ってもらえると嬉しいのだ。
「えー?サキぃ?サキは俺のこと友人だと思ってくれてたんだぁ。ふぅん。まぁ一応一緒に旅行した仲でもあるし?」
「へぇ、レイそうなの?一緒に旅行に行ったというのは」
「フフン!そうだよ!実はカルグリゾートのチケットをくれたのがサキで、向こうに着いたら合流して一緒に遊んだんだぁ!キースとアリアとキィと一緒に!すごいでしょ!」
正直俺は嬉しくなってしまっている。友人って直接言ってもらえる機会ってなかなかないもん!やっぱりすっごい嬉しい!!
そうして俺はサキのことを元気よく紹介し、母さんはにこやかで穏やかな顔で頷きながら聞いてくれた。キースも一生懸命にサキとお喋りし、このテーブルの空間は非常に和やかなものになっていくのであった。
「あとね母さん、サキはね!長命種なんだよ!」
「あぁやっぱり……夢魔よね?」
「え!すごい!」
流石母さんだ。一目見るだけでわかるもんなんだなぁ。俺も長命種っぽいなぁとは何となくわかるが、種族自体までは一発では判別がつかない。サキに関しても、話して情報を集めて『多分夢魔なんだろうなぁ』と判別したくらいだ。
俺が尊敬の眼差しを向けていると、照れながらも母さんが理由を答えてくれる。
「夢魔特有の魔力の性質があるの。種族によってその傾向というか、色が違うもの。私が直接この目で、『見るぞ~』ってその気になって見ればすぐにわかるわ……もしも何故か夢魔なのに、夢魔ではない違う魔力が混ざっていれば……どうしたんだろう、おかしいなって思うくらいには」
「へぇー!だってさサキ!……サキ?」
俺はサキに『すごいよね』と同意を求めるべくサキの方向を見やるのだが……両手で顔を覆ってガタガタ震えてしまっている。
「さ、サキ?どうしたんだ?体調悪い?」
さっきまではあんなに元気だったのに……心配になってくるんだけど。冷や汗みたいなものが流れ続けているのが目に見える。
「ねぇサキさん?魔力が混ざってしまうってなかなかないのよ?仮に混ざっても体内で吸収されて、少し時間が経てばその人自身の魔力に置き換わるから。でも、日常的に混ざり合っていると長く残ってしまうの」
「……」
サキは黙ったままだ。一方で母さんの表情は涼やかなもので、一切の動揺などはなく淡々と言葉を発していくだけだ。しかし母さんから出てくる魔力は刺々しい。
「母さん?どうしたの?」
「まま……おばあちゃんがこわい……」
並々ならぬ圧を感じ取ったのかキースも怖がってしまっている。これはいけない。キースを安心させるためにすぐに近くに行って、抱っこしてあげることにした。そうするとキースも怖がらなくなってくれた。
「サキさん。私が何を言いたいか……わかる?でも敢えて言ってあげる。どうしてあなたはエルフの、レイの魔力が混ざってるの?」
………………………………………………………………?いや、それは普通にサキが魔力吸うのが好きだからじゃない?別に問題ないのでは?さっきも吸ってたし。