「………………………………待って欲しいわぁ。そのぉ、これはあくまで友好関係の結果というか……」
「友好と、子どものエルフの魔力を吸うのが同列だとでも?あなたも長命種なら、エルフが魔力を勝手に吸われるのをどれだけ嫌がるかくらい知っているのではなくて?それもいくらお友だちだからって……」
異様な雰囲気のテラス席の一角は、近付けるものがいなくなる程度には修羅場である。まぁ別に見かけ上は座っているだけで普通なのだが……母さんが氷のように冷たく鋭い目でサキを射抜いているのだから問題ありだよなぁ。あと溢れ出る刺々しい魔力がサキに纏わりついているのも問題である。
しかし冷静なのは流石の俺だ。一呼吸分程は焦ったが、神父と魔女を含めると揉め事は本日三度目である。慣れたもんだぜ。
揉め事の理由も俺の超優秀な頭脳によって直ちに判明である。要は『サキが魔力を勝手に吸う問題』だ。ここへ連れてくる前もそうだが、サキは俺の魔力を大層気に入っている。そして会う度会う度、身体のどこかに触れてきては気持ちよさそうに吸うのだ。俺も慣れたとはいえ、特有のぞわぞわした感覚は別に好きではない。
ただまぁ……サキもたまには誰かに甘えたいんだろうし?ちょっと俺が我慢すればいいことだからな。
ま、今はそんなことより仲裁である。抱っこしているキースの背中を摩りながら、俺は落ち着いて母さんを言葉で制することにした。
「もー!母さん!教会の時と同じ状況になるってば!またちょっとした行き違いってやつ!」
「本当に?」
「そうだよ!まぁ普通にさっきも魔力を吸われたのは事実だし、サキと会う度に勝手に吸われてるけど問題ないよ」
そもそも俺の魔力総量的には全くもって問題ないのだ。サキが吸ってくる魔力なんて極少量。例えるなら湖の水を小さじ一杯取る程で、ふらふらになって倒れる量では決してない。その辺りの配慮はしっかりされてるのである。配慮かこれ?
生まれつき虚弱な俺が日常生活を送るために、総量の半分程度の魔力を常に身体の強化に費やしているとはいえ、サキがちょこっと吸うくらいなら余裕であるのだ。吸われた分もどうせすぐに元通りに回復するし。
「………………………………じゃあ行き違いはないと思うのだけれど」
母さんは『今回は誤解も何もなくない?』と言いたげな表情を浮かべている………………………………そうだな?サキが勝手に魔力を吸うのが問題なんだから。すぐに元通りになるとか、吸う量とかは関係ないか。
「ごめんなさい。特に口を挟む必要もなかったね。とりあえず収まりがつくまで俺はキースと離れておくからさ。終わったら呼んで欲しい」
多分邪魔になりそうだし、俺はキースを抱っこしながらその場を離れることにした。
……俺も我慢しているし慣れもしたが、サキが魔力を勝手に吸ってくるのは良くないんじゃないかなぁとも思うわけで。まぁ何というか……ちょっと怒られた方がいいんじゃない?
「ままー……」
……む!この声は!キースが案内で歩き疲れたせいか、俺の抱っこで安心したせいかうつらうつらとおねむな状態だ!そうだよな……色々なことがあったもんな……キースの顔を覗き込むと眠い時特有の反応をしているな。
これは遊んでいる場合ではない!早急にお昼寝タイムに移行しなければ!睡眠は大事!流石に家まで戻るのは遠いから教会か?
「キース?眠い?教会まで頑張れる?」
「がんばるー……」
半分閉じかけた目を頑張って開けようとするキースは非常に愛らしい。キースはゆらゆらと何かを探すかのように片手を彷徨わせ、最終的に俺の耳に触れる。そうして軽く握るとへにゃりと笑顔になってくれた。可愛い。
「母さん。やっぱり教会でキースを寝かせてくるね。少し時間がかかるかも」
「ゆっくりで大丈夫よ。この場は任せてちょうだい」
母さんに予定を変更する旨を伝えると、先程までの荒々しい魔力が消えて微笑みながら優しく了承してくれた。よかったよかった。
とりあえずこっそりと会計だけ済ませてからにしようかな。俺が奢るって言ったし、そこだけはやっとこ。そうだ!あれやってみたいな。少し多めに出して『残りはとっときな』ってやつ。迷惑かな?
………………………………お店の人に聞くといつの間にか母さんが先に払っていたようだ。どのタイミングで?でもサラッと気付かないうちに払っているのってカッコイイ……!!母さんみたいにできるようになりたいものだなぁ。
「おばあちゃんあとでー……さきおねえちゃんもー……」
キースは片手でバイバイと手を振るかのような動作をしつつ、残った二人に一旦『またあとで』の挨拶をしている。おいおい。こんなに眠そうなのに礼儀までちゃんとしているのではないか。これはとんでもないことだぞ。幼い身空でそれができるとは……将来は国のお偉いさんか?楽しみである。
「眠いのにちゃんと挨拶できてキースはえらいなぁ」
「すごいー……?」
「フフン!しっかり挨拶できるキースはとってもすごいぞ!だから無理せず寝ててもいいよ?」
「やだがんばるー……」
流石キースだ。今までならこてんと眠ってしまうところを頑張って耐えている。常に今までの自分を超えていこうとするその姿勢に成長を感じてしまう。
教会はこの喫茶店からそこそこ近いこともあって、時間はかからない。キースを抱っこしている俺の体力もそこまでは持つことだろう。二人を残して教会の方向へと歩き始めることにした。
「……あ!ダメ!待って!薬師ちゃん!薬師ちゃん!!薬師ちゃん!!!あなたがここにいてくれないと私がとんでもないことになっちゃう!行かないで!」
「あーはいはい。戻ってくるから」
「できれば早く!この人と二人きりにさせないでぇ!」
後ろから必死に叫ぶサキは焦っているようだ………………………………サキがかわいそうだから早めに戻るかぁ。
教会に辿り着くまでの間にキースは結局眠ってしまった。途中までは頑張って起きていたのだが、キースの好きな子守歌を口ずさむとすぐだった。気持ちよさげにすぅすぅと静かな寝息をたてるのを耳元で聞くと、何だか俺自身も安心した気持ちになる。何というかこう……キースにとっての俺は曲がりなりにも『親』ができているのだとそう思えるから。
キースを抱っこする度に思うのだが、どんどんと重くなっていくのがわかってくる。キースもたくさん大きくなっているのだなぁと感慨深い。きっとその内、俺の背よりも高くなってしまうのだろう。
教会の門に着くと、花に水やりをしていたアリアがありがたいことに出迎えてくれた。俺が眠っているキースを抱っこしているの見て納得したように頷く。
「レイさんおかえりなさい。キースは眠っちゃったんですね」
「今日は色々あったから疲れちゃったんだと思う。キースも母さんにいっぱい話しかけてたし、いっぱい町の案内頑張ってくれてたしな」
「そうですかぁ。ふふっ、キース頑張ったんだね。えらいえらい」
そう言いつつ、アリアは嬉しそうにキースの頭を撫でてくれた。そうだぞ!キースがえらいぞ!
「………………………………あれ?キールさんはどうされたんです?一緒にはいらっしゃらないようですけれど」
「母さんは今……サキと『お話』してるんじゃないかなぁ。あ、サキとは町の案内中に会ってさ。せっかくだから母さんに紹介したくって。それで一緒に喫茶店でお茶してたら、まぁ説明が難しいけどこれまた色々あってな」
「ふぅん。サキさんを紹介したかったんですか。わざわざ喫茶店でお茶しながら『お話』を。そうですか別にいいですけどね」
「……?そうだ!また戻らないといけないんだった!一応サキが心配だ!悪い!キースを教会のいつもの場所でちゃんと寝かせてくる!」
アリアが何か物言いたげな様子なのだが、非常に申し訳ないけどすぐ戻らないと!俺はそこそこ急いでキースをちゃんと寝かせるべく教会内に入る。急げ急げ!
「別に、いいですけどね」
さて教会でキースを寝かせて、喫茶店に戻ってる最中であるのだが、ほとんどずっと黙っていた魔女が影の中から話しかけてくる。なんだぁ?
「レイちゃんさー、ああいうのは良くないと私思うんだよねー?しっかりご褒美あげてるー?」
「ああいうの?ご褒美?何のことだよ」
「………………………………うっわ。なるほどー。レイちゃんは釣った魚に餌をあげずに放置するタイプかー。いつか痛い目に、ごめんあった後だったねー……」
魔女は呆れが混じった声色である。多分失礼なこと思われてる気がするぞ!?めちゃくちゃでかいため息をつかれるとこっちももやっとするんだけど!?
「まぁそれは置いとくとしてー。そんなお子様レイちゃんが今回の事の重大性に気付いていないので言っておきまーす」
「えぇ……」
なんかよくわからない話が置いとかれたうえで、急に違う話が始まったっぽいぞ。あと魔女が影の中から話すせいで俺は小声で話さないといけないのも面倒くさい。ちょっと物陰になるところに行くか。
建物の影になる人目につかない場所で魔女もようやく姿を現す。ぬるぬると自分の影から出てくる様子はなかなか慣れないなぁ。
「ふぅ。それで話の続きだけどー?レイちゃんママが何に怒ってるのかってわかってないでしょー?」
「わかってるって。サキが俺の魔力を勝手に吸ってるのがいけないって話だろ?量とかは別に問題ないんだけど、たまにはサキもちょっとは怒られた方がいいんじゃないかと思うしなぁ」
俺は近くにあった手頃な箱の上に座り、魔女へと何の気なしに答える。それに対し魔女は真剣さの欠片もなく、ただ面白そうに笑っている。
「ぶっちゃけサキちゃんが悪いのは確定だし、怒られた方がいいよねーっていうのは同感ー。人前で魔力を吸い始めて、レイちゃんの匂いを堪能しつつ甘えまくってたのには流石に引いたけど。あんな子じゃなかったんだけどなぁ……レイちゃんほどではないにしろ、サキちゃんも若いから変な性癖に振り切ることもあるのかなぁ……」
魔女が微妙に哀愁漂わせている。ふむ。魔女とサキは思ったより長い付き合いなのだろうな。あれかな腐れ縁ってやつ?しかしそんな様子もすぐに切り替え、魔女はまた話し始める。
「……でねー?ガーランジュではレイちゃんに対して魔力を吸う行為に及ぶ、命知らずはいなかったと思うんだよー。暗黙の了解というかお国柄もあるし、特にエルフは魔力に対して結構重きを置く種族だしでー。多分、レイちゃんがもう少し大人になったら教えておこうとは思ってた……はず?」
「はぁ」
魔力を吸う行為に何か意味があるような口ぶりだ。ただ魔力を吸うだけなのに?俺は魔女の続き言葉を静かに待つことにした。
「………………………………言葉を濁しておくけど、エルフにとって特に魔力吸いは恋人とか夫婦とか、そうじゃなくてもかなり親しい間柄じゃないと、ダメかなー?ってなるくらいにはアレな行為というか。長命種ならエルフじゃなくても多少躊躇する行為なんだよねー」
「お、おぉ?」
「しかも夢魔って割とその辺は大らかだから、結構見境なく吸っちゃってねー。その中でもサキちゃんはドスケベだよー」
話を総合するとつまり………………………………サキはとんでもなくえっちな長命種だってことか?