さて魔女の説明を聞き、魔力吸いが親しい間柄で行われるものだとは理解した。そしてそれを嬉々として行うサキが長命種、特にエルフにとっては割とえっちな存在だということ……いや、そこは今更か。以前にもサキって性に奔放なんだなぁとか思った記憶があるし。
「……というかレイちゃん。サキちゃんに魔力吸われた時って身体に影響とか全くないの?」
「ないが?いや、あるが?」
俺の踵を返すかのごとき答えに『どっちなのー?』と言いたげにしている魔女である。あるっちゃあるけど、ないっちゃない。そんな感じだもの。だって魔力を吸われるとぞわぞわする感覚があるくらいのもので、それ以外は特に何もない。判断が難しいね。
「………………………………まぁ、背筋がぞわぞわするだけだな。だけど魔力を吸われたせいで体調不良になるわけでもなし、完全最強無敵エルフだぞ」
「ふぅん。夢魔からの魔力吸いに対してその程度かー。サキちゃんからの『贈り物』も全く効果なしとはレイちゃんやるねー」
感心した魔女の様子が俺に疑問を浮かばせてくる。おいおい。魔力吸いに新たな情報が追加されそうだぞ。初めての知識がどんどん増えていくはないか。
つーか魔力吸いという項目を学校の教科書に載せといてくれよ。どの分野になるかは知らないが。これじゃあガーランジュの学業超優秀エルフの名が廃ってしまう。それはそれとして知識が増えるのは楽しいけど!
「贈り物って?そんなものもらったこと一度もないぞ」
「気持ちよくなったりは……多分レイちゃんにとっては未知の感覚になるからわかんないよねー。まだ子どもだもんねー」
「もー!母さんといい、魔女といい、俺を小さな子ども扱いし過ぎだ!これでも成長してってるんだからな!」
「あはっ!ごめんごめんー」
頬を膨らませて遺憾の意を示す俺の反応に対し、魔女がまるで慈しむかのように微笑んでくる。むぅ。魔女は俺のこと何だと思ってるんだ!
非難を込めたじっとりとした目線を向けると、魔女も改めて説明をし始める。
「…………………………夢魔は魔力を勢い良く吸う見返りに、自分の魔力をちょっとだけ逆流させて相手をふわふわな夢見心地な気分にさせるんだよー。それが贈り物。気持ちいいからハマっちゃう人もいるけど……途方もなく膨大な魔力があるレイちゃんの場合は、無意識のうちに入ってきた魔力をかき消しちゃうんだねー」
「すっごい気になるんだけど!?夢見心地!?めちゃくちゃ楽しそうじゃねぇか!」
ぞわぞわする感覚と絶対に正反対なやつじゃん!くそぉ!俺が魔力ムキムキエルフなおかげで、なんか面白そうなことを逃してる気がする!もったいなさ過ぎる!
俺はその場で地団駄を踏み、悔しさを露わにするしかできない。くそぉ!気になるぅ!
「ふっふーん。レイちゃんにはまだ早い『大人』の世界ってやつー?ただレイちゃんは魔力の大きさ的に、味わうのは今後も難しいと思うけどー………………………………それで、どう?詳細を聞いてみて、レイちゃんはサキちゃんが嫌いになった?嫌な気分になった?」
魔女はほんの少しだけ目を細めて笑いながらそう言う。暗がりの中ではよく目立つ、血のように赤い魔女の目は怪し気に爛々と輝いている。嫌いになるとか、嫌な気分になるとかか……まぁ俺が言えるのは一つだな。
「別にならない。サキのことは『しょうがない奴だなぁ』って思うけどさ」
「……どうして?私は偉そうに言える程良い人では全くないけどー、客観的に見ると相手が何も知らないのに付け込んで自分だけが利を得て楽しそうにしてる。それなのに?」
むむ。思いの外魔女がぐいぐい聞き出そうとしてくるなぁ。一体魔女はどの部分に引っかかっているのだろうか。でも考えても仕方ないか。俺は聞かれたことに答えるだけだし。
「いやまぁ……魔力を勝手に吸ってくるのは怒られた方がいいのは当然だ。でも、俺がそれでサキを嫌う理由にはならないんだよ。その行為に隠された意味も、要は仲良しに向けた親愛の表れみたいなものなんだろ?じゃあ別にいいんだ」
正直俺が激怒する程の害はない……んだよな。魔力を吸うのは面倒くさいとは思ってるけど。
「………………………………」
うぅむ。魔女は微妙に納得してなさそうな気がする。ただなぁこの件に関して、俺も上手く説明ができるわけでもない。結局は俺の判断基準によるのだから。
そうだなぁ。魔女には俺の判断基準を知ってもらうのが一番なのかもしれない。
「なぁ魔女?例えばさ、魔女が過去にどれだけ他人に迷惑を掛けてきて、どれだけこの町の人に疎まれていたとしても……俺は魔女のことは嫌いじゃないよ。森で初めて出会った時から今までで、俺が見てきた魔女が全てなんだ」
町から漏れ聞く声では魔女は結構迷惑を掛けてきたようだ。詳細は知らないが事実だと思う。そうでなければ、町の警戒心があれだけ高くなることはないし、魔女もこそこそとする必要もない。つーかあの人の良い神父ですら真剣に警戒する程だもの。
そして確実に魔女は……直接怒られていない!反省しているかもわからない!お仕置きみたいなのも受けていない!と思う!
でも俺は魔女を嫌いじゃないのである。もちろん、俺が見てる中で一線を越えた変なことしようとすれば止めはするし、『こら!』って怒ってあげるとは思うが。
正しくはないのかもしれないのだけど、俺が見てきたものを信じたいっていうか……道理に合わないような気もするのは仕方ない。
「魔女は俺にとって、この国で初めて出会った頼りになる歳上のお姉さんみたいな存在なんだ。短い間でも森で一緒に過ごして、すごい楽しかった。それは他の誰かが何を言っても一切変わらないよ」
魔女はただ静かに茶々を入れることもせず、俺の言葉を聞いてくれている。多分、魔女にとっては『何の話?』だと思うことだろう。
「だから……それと同じなんだよ。俺が今まで接してきたサキは魔力を吸ってきたり、普通に拘束してきて匂いを嗅いできたり、妙にベタベタと色んなところを触ってくるのが面倒くさいけど……話すと楽しい。直した方がいい欠点はたくさんあっても、嫌いになんてならない」
俺は暗がりに浮かぶ魔女の目をしっかりと見る。俺の目線に対し、ゆっくりと瞬きを繰り返す魔女は小さな声で『そっか。そうだよね』と呟くだけだ。そこにある感情は読み取ることはできない。でも笑っているのは確かだった。
「まぁその……つまりサキは俺の大切な友人の一人だってことだ。魔女も同じようにな」
俺はとりあえず説明にならないであろう説明を終える。要は悪いところがあったとしても、俺にとっては嫌いにはなれない友人だってだけ話だ。
母さんにサキのことを『お友だち?』と聞かれた時は曖昧な感じだったけれど。まぁ……しっかりと友人だな。考えてみると俺も友人が増えたのだなぁ。昔じゃ想像できないことだよ。
……これ、魔女は納得するかなぁ?『俺が大丈夫だからよし!』と言ってるだけだもの。でも理屈じゃねぇんだよなぁ。
「………………………………レイちゃんはさー、他人を自分の良いように信じ過ぎだよー。それって傲慢だしズルいねー。私のことも良いように信じ過ぎー」
ほら!俺がまぁまぁ道理に合わない言ったせいか、魔女が可愛らしく膨れっ面してる!何だよ!そもそも魔女はどういう答えを欲してたんだよ!
……まぁいっかぁ!全部に納得するなんて上手い話はねぇもんな!あとは勢いで何とかする!いけぇ!
「つまり嫌いじゃないもんは嫌いじゃない!それだけだ!」
「………………………………ま、試すような意地悪な質問しちゃった私が大人げなかったしなー。レイちゃんがどう答えるかなんて初めからわかってたしー。私の見てきたレイちゃんはそんな風に答えるよねー。うんうん予想通りー」
魔女はしたり顔で頷きながら、鋭い八重歯を見せつけるように口角を上げてにやっと笑う。わかってたんなら今までの時間は何だっただよ。俺、恥ずかしがらずにかなり真剣に答えたんだぞ。
「じゃあなんで聞いたんだよ」
「………………………………私は人を試さないと、信じられないタイプだからー?」
「お!魔女も面倒くさいタイプなんだな!」
魔女はめちゃくちゃ面倒くさいタイプだった!思わず口から出てしまったがまぁそうだよなぁ。面倒くさいタイプじゃないと、町の人たちがあそこまで『うわぁ……』みたいな感じにならないもんな!
しかし魔女は俺の失礼な発言にも意に介していない。逆に満足そうでなんか不思議。そして妙に浮かれている様子の魔女は俺の影へと入っていく。魔女も割と自分勝手じゃないかな……
「それとお気に入りたちには、幸せになってもらいたいんだよねー?片方が無理そうならさっさと次の相手に移って欲しいの。でもサキちゃんにチャンスがありそうなら応援しとかないとねー?恋敵もいるようだし」
「ん?何の話?」
「こっちの話ー。ねぇ喫茶店に早く行こうー?急いで急いで」
元々の話の始まりは魔女だったのに急かすのか……あ、確かにそういやまぁまぁ時間経っちゃったかも?
そうして紆余曲折あったにせよ、無事喫茶店に辿り着いたのだが……先程までいた席に二人の姿はどこにもない。んー?場所ここだったよな?
「よかった!薬師さんやっと戻ってきた!」
俺が首を傾げてきょろきょろと周囲を見渡していると、喫茶店の人が慌てて声を掛けてくる。うむ、顔見知りの店長だな。そうだ!どこに行ったか聞いてみるか。
「ここにいた二人ってどこに……?」
「そうなんですよー!薬師さんが席を外してから、あの二人とんでもなく重い空気で!可愛らしい女の子は下を向いて黙ってるし、綺麗なエルフのお姉さんはじぃっとその子を見てるし!それで最終的にはエルフのお姉さんがお店に迷惑になるからって場所を変える言伝を薬師さんに!もーびっくり!」
「はぁ」
店長も早く話したくてたまらなかったようだ。早口で何があったのかを端的に教えてくれた。とりあえずすごい空気だったらしい。喫茶店側もいい迷惑だっただろう。
「連れが申し訳なかった。それで二人は?」
「そうそう!これまた不思議な話なんですけど、場所は言わなかったんです!ただ『私の魔力の痕跡を辿ってきてと言えばわかる』とだけ。薬師さんわかります?」
「あー………………………………なるほど。大丈夫、わかるわかる」
店長の困惑もその通りだ。場所じゃなくて魔力の痕跡かぁ。それは困惑するだろう。まぁ場所を言うよりは確実かもしれん。
「じゃあちょっと行ってくる!ごちそうさまでした!」
「はーい!また来てくださいねー!」
さぁて母さんの魔力の痕跡を辿るとするかぁ。
大きく残していってくれたから母さんの魔力はわかりやすい。色付きで残していくようなものだから迷うこともないのだが………………………………実際のところ迷うはずもないところだった。俺もよく行く場所だから。途中からあれ?とは思ったけど。
町の中でも特別大きいその店は、俺にとっては馴染みのお店だ。
………………………………サキの娼館かぁ。確かにここならじっくりお話できそうだもんな。多分サキが提案したんだろう。