▽▽▽
「……うぅ」
「……」
穴が開きそうな程にじぃっと見つめられている私は黙っているほかできることはない。もしも下手なことを言ったら……終わる!
薬師ちゃんたちが呑気に席を外してしまった喫茶店にて、私は地獄の雰囲気に結構な時間耐えている。周囲のお客さんたちも尋常ならざる空気を察しているのか、敢えて見て見ぬふりだ。こんなの私だってそうするわぁ……
薬師ちゃんが帰ってくるまでただ俯き、この場を乗り切ろうとしているのだけど……目の前のエルフの超絶美女は許してくれないと思う……!
その証拠にサッと少し見上げると、『物』を品定めをする時のような感情のない目と薬師ちゃんとは違って切れ味鋭い魔力が私を射抜いているから……!やっばい!しかし『薬師ちゃんが順当に成長していったらこんな感じかぁ』と思える見た目だから、それに少し興奮するのも事実。薬師ちゃんの今後がとても楽しみ!
……現実逃避している場合じゃないわよねぇ。えっ。どうしよう。仮にあの子が戻ってきたところで、私ってこの状況乗り切れる?えっ?若い身空で死?いやいやまさかねぇ?
「夢魔によく効くのは…………」
………………………………………………………………ボソッと呟く言葉からわかるのは、このままではただでは済まない何かが私の身に起こるかもしれないってことかしらぁ?今まで以上に震えてきた。
そもそもよく効くのはって何よ。夢魔に対して特別に効果のある何かがあるっていうの?こわぁ……しかも本当にありそうなのが余計に怖さを感じるぅ……最後の方が聞こえないのもより怖さを引き立てる。
そして薬師ちゃんはまだ戻ってこない!教会に行ってキースくん寝かせて戻ってくるだけじゃない……いや、時間はかかるはずかぁ。子どもを寝かせるのって結構時間かかるらしいし、そこは仕方ないわねぇ。
いいなぁ、キースくん。薬師ちゃんに寝かせてもらって。私も母性を感じながら甘えたい。なんか頼んだらいけそうだし、今度薬を納品しに来てくれた時に頼もうかしら。
もう薬師ちゃんに抱き締めてもらいながら魔力吸いつつ寝たい。多分『やめろよなー』とか言っても、甘えさせてくる気がする。
………………………………………………………………あー!あー!!本当にダメ!ずっと現実逃避しちゃってる!今度が来るかもわからないのに!全く乗り切れる方法が思いつかない!
「ねぇ?あなたの様子を見るに、どうやらここできちんと話すのは難しいようね。人目の付かない場所に変えましょう?」
私が震えながら俯いているのを、飽きもせずにじぃっと見ていた美女エルフがそう提案してくる。このままでは埒が明かないと判断したのか、それとも周囲の『あれ、流石にヤバいんじゃない?』の雰囲気を感じ取ったのか。はたまた、単純に私が心配になったのか……これはないか。どれにしても私にとっては好都合かも。状況打破のために少しでも環境変化が必要だもの。
何故か最初よりも柔らかさを持ち始めた美女エルフの魔力に疑問は出るものの、深呼吸を繰り返しできるだけ平静を保つ。さらにしっかりと十回は深呼吸をしたうえで、流れ続ける額の冷汗を拭い、そこからたっぷりと時間を掛けて半分は残されていたカップの中身を飲み切る。
そしてお店の人にグラス一杯の水を頼み、それを飲み干してから返答することにした。もちろん『余裕ですけどぉ?』と態度で表すのは忘れない。
「……ありがたい提案だわぁ。それならいい場所があるの。案内してあげる」
「あ、よかった。聞こえてないのかと思った。それで……それはどこなの?」
「私のお店」
正直遅かれ早かれのところはあるしぃ……まずは自分の有利な場所に連れていくのが最善だと思う。この場合の有利とは自分の安心できる場所という意味。
「そう。ちょうどよかったわ。私もあなたがどんなお店をしているのか、気になっていたもの。レイもあなたもお店の中身については微妙にはぐらかしていたから。楽しみね」
美女エルフはそんなことを言って薄っすらと笑みを浮かべている。絵画に出てきそうな程に綺麗な笑顔で眼福だわぁ。薬師ちゃんはパァッと花開くような笑い方が多いので新鮮。というか薬師ちゃんにこんな笑顔をされてしまうさらに甘えたくなりそう。
……ん?何だか違和感が?怒ってるのよね?あれかしら、怒りが限界まで行くと逆に落ち着いてくるパターンなの?それか『相手が最後に見る美しいものは私の笑顔にしといてやろう』という傲慢な思いやりがあるのかも?とてもヤバいかもしれない。
………………………………………………………………上等よ。考えるまでもなく、私はこうなるリスクを取ってまで薬師ちゃんにアプローチしてきたわけじゃない?薬師ちゃんの素性を調べてからもずっと。むしろこれは願ってもないチャンス!
薬師ちゃんが私を好きになって、私から離れさせないようにする準備はこれっぽっちも!全く!間に合わなかったけど!順番の問題!やるしかない!
そうして私たちは私のお城である娼館へと赴くことになった。美女エルフはお店の人に何か伝言を頼んでいるけど、多分薬師ちゃんへの言伝かしら。私のお店に行くって伝えたらすぐにわかるでしょうし。
「さぁ行きましょう?これで場所を変えたら、サキさんとしっかり『お話』できるはずだものね?」
こっわぁ。言葉全てに含みがありそう。私死ぬかもなぁ。なんで危険物に興味持っちゃったかなぁ私。でも、でも。好きなものは仕方ないじゃない。
……今更ながらだけど、こんな既婚者の美女エルフを娼館に連れていくのって結構背徳的よねぇ。まぁ薬師ちゃんが頻繁に出入りしている方が背徳的かもだけどぉ。
もしかするとかなりヤバい素性かも?と思い、薬師ちゃんを調べたのはいつの頃だったか。確かそこまで前でもなかったと思う。ただ調べる前の時点で、確実に私より歳下だとは何となく気付いてはいたけど。
『エルフなんだからガーランジュの方を調べれば素性なんてすぐわかるでしょ!』くらいの軽い気持ちで、伝手を使って特徴に合致するエルフを調べた結果……想像以上に危険物だった。正直迂闊に触らない方がいい。
薬師ちゃんこと、レイ・エルリードの危険なところはいくつかある。一つ目はそもそも単純にガーランジュという大国の秘蔵っ子エルフであるところ。しかも『子』の部分が比喩ではない。ヤバすぎる。
とんでもなく貴重なエルフの子どもで、しかも現在失踪中で、どこにいるかも生きているのかもわからないという……のが調べた当時の情報だった。どうしてこんな遠く遠くのゴーンまで来れたのかは謎だけど……しかもそんなに騒動になっているのに帰るつもりがなさそうなのも謎。訳が分からない。
これだけでもさっさとガーランジュの誰かしらに連絡でも何でもして、すぐにでも引き取ってもらった方がいい。その方が私にも利益があると思うし感謝もされる。それにガーランジュ自体に恩が売れるのなら、後々良いこと尽くめだもの。
……そういえば私が今よりもっと子どもの時、ガーランジュで何百年か振りにエルフの子どもが生まれたと伝え聞いた記憶もある。もっとも、その時はそんな話は自分に関係のない話だと記憶の彼方へと放り捨てちゃったけど。それを思い出したのは調べてからの話だったし。
二つ目はガーランジュにおける薬師ちゃんの立場、というよりは家柄だ。薬師ちゃんはいつも誰に対しても『レイ』としか名前を言わないし、それ以外でも基本的にエルフとか薬師としか名乗らない。
それは『エルリード』まで言ってしまうと素性がすぐにわかってしまうから。薬師ちゃんもそれがわかっていて、口に出さないのだろう。そこまで真剣に隠している様子はないけど。
ガーランジュのおける『エルリード』の家柄を敢えてこの国で例えるとすると……ほぼ大貴族。ガーランジュではそもそもエルフの時点で相当な融通が利くけど、その中でもこれまたヤバすぎる。普通に他国に影響が出るクラスだ。
基本的には穏やかでのほほんとした気質の家柄らしいけれど、やろうと思えばガーランジュが大陸に誇る魔法による武力部隊をそれはもう容易に動かせる程の家格を持っているって。そもそもそれら全部を子ども扱いできるのが薬師ちゃんの両親らしいんだもん。それって歴史書に載るような偉人レベルでしょ………………………………触っちゃダメでしょこんなところの子を……
そして三つ目……これが私にとっては一番危険な部分。調べた結果出てきた一つ目や二つ目の危険な部分なんかよりも大きい気がする。
それはもうやっぱり……私の気が狂いそうな程に何もかもが好みなところ。美味しくて甘い魔力も、染みついた薬草の匂いも、息を呑んでしまう程に綺麗で美しい顔も、背は小さい癖に出るとこは出た体型も。
元々は男の子だというけれど、その辺りはどちらでも構わない。そもそも本当に戻るかどうかも知らないし。仮に戻ってもそっちもきっと好みだもの。
初めて会った時は意味がわかんないくらいには邪教みたいな気持ち悪いローブ着てるのに、声が生意気で妙に可愛くて。ローブから出ていた手が細くて小さくて。
興味本位でその手を握ってみると、何というか本能でビビッときた感じで。せっかくだから挨拶代わりにちょっと魔力吸ってみたらこれがまた甘美で。あれから私はおかしくなってしまった。以前までは一応、夢魔といえどももう少し慎みは持っていた。
ある意味……一目惚れかも。
どこまで大丈夫かしら?と探ってみても、最終的に『仕方ないなぁ』と何だかんだで平気な顔してる薬師ちゃんは、自分で言うのもアレだけど心配になる。元々エルフの生殖本能が薄いのを差っ引いても、恋愛事情に関して無垢過ぎる。というよりは子ども過ぎる?年齢的にはそんなものだろうけどねぇ。
だから無理矢理に手籠めにされても……想像したら吐きそうになった。想像させないで欲しい。私は純愛派だもの。
それでまぁ、誰かに横取りされたくはないなぁと思ったわけ?これって結局先着順で、しかも薬師ちゃんは恋は知らないせいで種族や老若男女問わず、誰に転んでもおかしくはない。ならば今のうちにどれだけ親密さを高められるかが鍵になる。正直私のやり方は間違っている気もするけどねぇ……でもこれ以外に私もアプローチ方法を知らないしなぁ……
ただ確実に言えるのは、薬師ちゃんに嫌われない限りは負けていない。それに薬師ちゃん、いやエルフと付き合っていくのなら私は割と優良だと思うしぃ。種族的に。
何だかんだと結論をまとめると……どれだけ危険なところがあっても好きなものは好きなんだから仕方ないじゃない。リスクがあってこそ燃えるものよ。そのためにも生き残らなくてはね!
あの喫茶店からしばらく歩き、ようやく私のお城に帰ってきた。流石に遠かったわねぇ。目の前に堂々と鎮座するはこの町の中でも大きく立派な建物。周囲を見渡す限り、今日のところはお客さんが疎らねぇ。ま、お昼時ならこんなものかしら。
「さぁ着いたわぁ」
「………………………………………………………………途中、そういった雰囲気の場所になっていったから薄々気付いていたけれど。あなたのお店って」
「そうよぉ。ここが私のお店……自慢の娼館へようこそ!この周辺地域、いやこの国で一番のおもてなしを自負してるわぁ!以後お見知りおきを!」
隣で若干困惑している美女エルフに対して、私はとびきりの営業スマイルをお披露目する。上手く生き残れるように頑張るわぁ!ま、見せてやりますか。私の生き様を。
△△△
フフン!俺にとっては勝手知ったるサキの娼館だ。どうせいつも通りサキの部屋にいるはずだ。前にサキに教えてもらった裏口から入り、すいすいと歩いてサキの部屋へと向かっていく。目を瞑っても行けるくらいには余裕だな!
「……レイちゃんってさー。結構ここに来てたりするのー?」
「おう!もちろん!薬を納品しによく来るぞ!媚薬とかをな!」
「………………………………………………………………まぁそうだよねー。うん。これレイちゃんママびっくりしただろうなー……」
人がいないからか普通に出てきている魔女が困ったように笑う。今日は魔女の色んな笑顔が見られるなぁ。うんうん。新鮮だな!
そう言ってるうちにサキの部屋の扉の前までやってきた。いつ見ても無駄にまぁまぁでけぇ扉だ。まず初めに隙間から覗いて見るかな。ちょこっと開けて中の様子見てやろ!理由?面白そうだからだな!
……!!!!!
「おい!魔女!魔女!すげぇ!見てくれ!サキが土下座してるぞ!」
「え!嘘!見たい!!!」
覗いた先にあったのは……サキがとてつもなく綺麗な土下座をしている姿だった!す、すげぇ!友人が土下座してるの初めて見たかもしれん!!
「これが私の誠意!」
土下座しながらなんか言ってるー!