「すげぇな」
「すごいねー……!サキちゃんのはなかなか上手な土下座だよー……!」
「土下座に上手とか下手とかあるんだなぁ」
小声の俺たちは扉を少し開けた隙間から中の様子を観察中だ。豪華で広々とした部屋の中にいるのは当然母さんとサキの二人組だ。一方は土下座をし、もう一方はおろおろとしてしている不思議な空間となっている。そこはちょっと面白い。
覗いてるこっちに関しては……
「やっばぁ……私の大事なお気に入りの一人がレイちゃんママに土下座してる……!なんてちょうどいいタイミング……!こんなの見られるなんて長生きする甲斐があるってもんだねー!」
急に魔女がとても面白いことになり始めた。土下座をしているサキの姿を見て息遣いも荒いし、悶えてる。しかも興奮しているのか魔女の目がキラキラと赤く輝いている。キラキラと宝石のように輝いて綺麗だなぁと思うけれど、ヤバいのは魔女の方じゃないか?俺はそう思う。ただ魔女ってこういうところがあるから仕方ない。そこ含めて魔女だ。
俺はというと……まぁずっと見ているのもどうかな?と思い始めたところだ。理由?なんかこう、魔女がヤバそうな情緒になってしまったから相対的に冷静になってしまった。
初めは見慣れない行為に気分も高まったが……正直このままだと魔女がおかしくなってしまうし、部屋の中も結構大変そうだからな。あと土下座って初見以外ではあんまり面白くないな。
まずは静かに扉を閉めよう。それからだ。
「あー!閉めないでー!もっと見たいー!」
「……魔女ダメだぞ。人の土下座を催し物みたいにしちゃあ」
「え……?レイちゃんもさっきまで一緒に楽しんでたでしょー?それにーそもそも隠れて見始めたのはレイちゃんからだよー?私だけ悪者みたいにするのはよくないなー」
正気に戻るなよ。ただ反論は特にない。反論はないし、魔女の意見もごもっともだなとも思った俺は魔女にごめんなさいをしておく。
「いいってことよー!」
俺が謝ると魔女は笑顔だ。そのうえでやはり若干興奮している。なんだこれ。
とりあえず『何見てないよー』と今来た感じを装うために、コンコンと控え目に扉をノックする。ここに入る時は別にノックは必要ないけれど、来客だぞーというのを知らせよう。それで一旦中の状況を取り繕ってもらう…………………………………………もうそろそろいいかな。
「問題ないから入っていいわよー!」
「え。待っ」
普通のサキの声だ!その後に一瞬母さんの声も聞こえたがまぁいいか!興奮冷めやらぬ様子で、膝を突いてはぁはぁと荒く浅い呼吸を繰り返す魔女の肩を揺すってまた正気に戻し、俺は元気よく扉を開け放つ。
「来たよ!」
……ふふふ。取り繕うのに十分な時間をあげたのにサキがまーだ土下座してる。つまりこの状況はサキ的には全然問題ない状況らしい。すげぇぜ!ただ母さんはめちゃくちゃ焦ってるんだよなぁ。あれかな?状況的には母さんが無理矢理サキに土下座させてるようにも見えるもんな。
「レイ、これは違うの。私がこの子に強要させたわけじゃなくて……」
「そうよぉ!気にしないでちょうだい!薬師ちゃんこれはねぇ、私の誠意なの」
「よかったー!まだしてるー!いいねー!せっかくだから間近で見てもいいー?いいよねー?許可なくても私は楽しむよー!」
お!やべぇ!現場が混乱してんなぁ!母さんは勘違いしそうな状況を俺に見られてあわあわとしているし、サキはサキで土下座のままで話し続けてるし。この場で一番自由な存在と化している魔女は非常に楽し気な様子で二人の周りをグルグル回っている。
全員が全員混乱しているとしか言えない。一人はわざとな気もするけど。ふむ……どうしよっかなぁこれ……あ!この混乱した状況は朝と同じではないか!?アリアが上手いこと収拾をつかせてくれた朝の状況と!
俺が思い出したのはしっちゃかめっちゃかになった場をとてもスムーズに収めてくれたアリアの姿である。つまり俺もアリアの真似をすればいいのだ!フフン!アリアはいつも俺の助けとなってくれるなぁ!
まずは、というか混乱の原因のサキをどうにかしよう。こいつをどうにかすれば万事解決であるのだ。
俺は土下座して動かないサキに近づいてしゃがみ込み、優しく耳元でぼそぼそと囁くことにする。それにしてもサキの本拠地に戻ってきているのに、小娘状態から全く変化を解かないな……何でだろ?まぁ俺が言える体格でもないが。
「サキ。一旦土下座は止めるんだ。これのせいでなんかもう面倒くさいことになってるからさ。見てくれよこの状況。あ、そうか土下座してたら見えないか……でもまぁ察してくれ」
「そう?……ちなみに止めると私に何かしてくれる?」
「しないけど」
「そっかぁ……じゃあ止めないわぁ。誠意だし」
「サキ、お前本当にすげぇな」
頑として土下座を止める気配がない。こいつマジかと俺は驚愕だ。でもしょうがないなぁ、サキの要求を呑んでやろうか。俺は再びサキの耳元で囁き始める。それとどうしてサキは俺が囁く度にビクンビクンしてるんだ。くすぐったいのかな。
「サキが好きなこと、後でやってあげるから」
「………………………………………………………………よし乗ったぁ!すぐにでも止めるわぁ!」
そう言ってサキはこれまた元気よく立ち上がる。まぁ等価交換というやつかなぁ。しかしこれで原因が取り除けた。残りの二人は、と。
「……流石に土下座されると驚いてしまうわ。ありがとうレイ。私が何を言っても全く止めてくれなくて……」
「あーあ。ざんねーん。意外と早く終わっちゃったなー」
母さんはホッとしているし、魔女は伸びをしながら何てことない顔をしている。それにしても魔女が自由過ぎる。
さて。サキが土下座を止めてくれたおかげで皆が冷静……?になったところで本題に入るとしよう。俺たちはサキの部屋に設置されているお茶会で使うようなテーブルセットに腰掛けて話をすることにした。サキも魔女も大人しく座っている。そしてサキは喫茶店の時とは違って、妙に晴れやかな表情である。良いことだな!
……?あれ、そういや何の話をすることになるんだろうか。
「……具体的に何の話をする感じなんだ?俺はサキが怒られて終わりくらいに思ってるんだけど」
母さんはサキが俺の魔力を勝手に吸ってたことに結構怒ってたわけだが、俺自身はそんなに怒ってはないのだ。長命種、というよりは種族的に魔力吸いが色々と意味があるのは魔女から聞いたけれど、別に悪意はないし慣れてるし。
だからちょっとくらいはサキのフォローしといてやるかな。
「でも母さんもサキをあまり怒らないであげて欲しいんだ。サキも喫茶店で多分十分に怒られただろうし……」
「……確かにものすごく怒っているわけではないのだけどね?子ども相手にこれ以上激怒するのも、今後を考えるとよくないわ。ただ母親としては……サキさんがやったことをお咎めなしで済ませるの難しいの」
「そんなにぃ?」
ちょっと怒ってそれで終わりじゃダメなのか。俺が不思議に思っていることを察した母さんは口に指を当てて少し考える。そうして何かを思いついた母さんは優しく俺を見つめてきた
「わかりやすく言うと……そうね。あくまで例えばの話になるのだけどね?仲の良い歳の近い子ども同士とはいえ、キースが歳上の女の子に挨拶代わりにキスされてたらどう思う?しかもキースは知らないけれど、相手はその行為の意味を当然知ってるとして」
………………………………………………………………なるほどぉ。
「……あー。それはちょっと難しいなぁ。相手に対して多少は折檻したいような気もする」
そりゃあ母さんも怒るわな。俺もキースが母さんの言ったような状況になっていたら怒る。お付き合いをしていたり、お互いに意味を理解したうえでやってるのならまだしも。
「レイにもわかったでしょう?ただ……結局サキさんもレイよりは歳上だとしてもまだまだ子どもだから、罰というよりはお仕置きというか。その辺りの塩梅を考えているの」
「そっかぁ……んー?」
さっきから若干疑問に思っていたのだが……母さんがサキのことをまぁまぁ子どもだと思ってないか?ははーん?今のサキの姿が小娘状態だからそう勘違いしちゃってるんだなぁ?本当だったらもっと普通に大人のお姉さんだもん。
……いや?でも母さんならサキの変化なんてすぐに見破りそうな気がするんだけど。サキの変化も魔力を使ったものであるなら。聞いてみるか。
「あの、母さんはさ。サキの今の姿がいつもの姿と違うのって気づいてる?何というか魔力を使って変化してるっていうか、本当はもっと大人……あ!」
しまった!今の状況ではサキが小娘であると思われていた方が都合が良いのか!やっべぇ!失言してしまったぞ!お仕置きで済みそうなのが罰になる予感だ!
思わずサキの顔を見ると口元をもにょもにょとしているではないか!すっごい気まずそうだ!やべぇぞ!言わなきゃよかった!
しかし俺の危惧とは裏腹に母さんは目をぱちぱちとしながら首を傾げている。俺の発言を聞いていた魔女も少しだけ困ったように笑っている……え、なんだぁ?
「サキちゃんー?まだそっちの方が色んな意味で勝率高いと思うけどー?」
「うっさいわねぇ。私にも見栄があるから仕方ないじゃない……それに仕事上はあっちの方が便利なの」
ほんの少しだけ不貞腐れた表情のサキと眉を下げて笑う魔女が、なんか二人だけでわかるような会話してるし。俺としては疑問でいっぱいだ。
「……あぁそういうこと。レイはサキさんが『今』変化していると思っているのね?」
「え。まぁ、はい。今まで直接言わなかったけど、今日はいつもと違うなぁと思ってたから」
「レイ、率直に言うとサキさんは変化をしていないわ。今日以前、レイが今まで普段見ていたであろうサキさんの姿が『変化した姿』よ」
「………………………………………………………………えぇ?」
じゃあ何か?今の精々人間で言えば十五歳くらいの姿が本当のサキ?うっそだぁ!
「私の見立てがほぼ正しいと仮定すると、だけど。これ以上は私の口ではなくて本人から聞く方がいいと思うわ」
俺は恐る恐るサキの顔を見る。明らかにばつが悪そうだ。え、マジか?
「そうなのか?」
「……そうよぉ。薬師ちゃんが見ていたのはまぁ何というか……お仕事形態?っていうのかしらぁ。私の本当の姿はこっち」
「マジなんだ……!!」
あ、でもこのパターンで成人してるってこともあるのか。長命種の見た目と年齢はわかりにくいとかって聞くしなぁ。すげぇ気になってきた!
「別に騙してたわけでもないけどぉ、やっぱり幻滅した?」
「うぅん!全然!ねぇねぇ!もしかしてサキって意外と若いの?俺と歳近いの!?教えて教えて!」
「え。えっとぉ。薬師ちゃんよりは確実に歳上よぉ。だけど歳が近いと言えば近いわぁ」
「そうなんだ!俺ってさぁ、今知り合ってる長命種が皆大人ばっかりだから!歳が近いのって嬉しいなぁ。すごい嬉しい」
おいおい!何ということだ!めちゃくちゃお姉さんだと思っていた友人が意外と年齢が近いってすごくない!?結構嬉しいぞ!
「なんかさぁ、歳が近いってわかるとめちゃくちゃ親近感湧くな!」
「そ、そう?よかったぁ……」
サキは思った以上にホッとした顔をしている。あ!もしかしてサキの本当の姿がいつもとちょっと違うだけで、俺がサキのことを嫌うとでも思ってたのかぁ?フフン!見くびられたものだなぁ!友人としてそんなので嫌わないさ!
「俺はサキがどんな姿でも好きなままだぞ!」
「………………………………………………………………ふぅん。そうなんだぁ。それはつまり『イケる』ってことよねぇ。そうよねぇ」
「……?おう!」
まーたサキが含みのあるような言い方してる!ま、いっかぁ!!母さんと魔女が俺たちを見てにっこりしてるのは気になるけど!
「ふふふ。レイが嬉しそうで私も嬉しいわ。まぁそれはそれとしてサキさんにはお仕置きするけど」
「え゛」
「当然でしょう?初めからそういう話だったの。大丈夫よ安心して。全く痛くはないから」
おっと!いつの間にかサキの背後に移動していた母さんがサキの両肩をがっしり掴んでいる!見事な気配断ちからの背後取り、流石だ……!
「色々なお仕置き方法を考えていたけど……サキさんは魔力が大好きらしいからたっっっくさん!魔力を与えるわ。でも与えられ過ぎて気分が悪くなって吐くかもしれないけれど……魔力吸いのお仕置きとしては妥当よ?」
母さんに力強く手を握られたサキは部屋の端まで引きずられていく。サキはジタバタと抵抗しているようだが、母さんには勝てないだろう。何故なら母さんは無敵だから。母さんは強いぞ!
端っこまで行ったところまで直視していたのが、魔女が影を伸ばして俺の目を隠してきた。
「レイちゃんは目を瞑っておこうねー」
「なんでさ」
「………………………………………………………………サキちゃんの名誉のためかなぁ。それにレイちゃんも人が吐いてる姿ってあまり見たくないでしょー?」
「そうかも!!」
そうしてサキはお仕置きとして母さんに魔力をめちゃくちゃ与えられていた。途中で『無理無理無理無理!』とか『やだやだ破裂する!』とか『でも不味くはない!』とか『薬師ちゃんのよりちょっとビター!』とか言っていたが、まぁ元気そうだな!