TSエルフ、赤ん坊を拾う   作:面相ゆつ

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自然に触れて

 

 「いつ見ても広いなぁ。無駄に」

 

 ここは俺たちが住んでいる森の中でも見晴らしのいい原っぱだ。ただ見晴らしがいいだけで、薬に使えるような素材は全くもってない、精々丈が低いふわふわの草花が生えているくらいの場所だ。

あとは、たまにウサギとかの小動物が来るくらいか。可愛いけど、ぶっちゃけ薬師的目線で見ると外れと言ってもいいスポットだよなぁ。

 

 要するに、ここには利用できる何かは特にない。景色はまぁまぁ良いけどさぁ。もう本当にマジでそれだけ。そのはずなんだがな?今日に関しては別に構わん。

 

 「キース?ここが連れてきたかった原っぱだぞー?」

 

 抱っこをしているキースに声を掛ける。初めての場所のせいかきょとんとした顔で俺を見つめている。頭から足までをふわふわで覆ったもこもこの服を着ていて、小さな羊のように可愛い生き物。そう、キースである。愛らしい……この服やべぇな……

 

 ちなみにキースの服の提供は教会からである。この間、教会に常備薬を寄付しに行った帰りにもらったアリアお手製の服だ。

 俺は服にあまり頓着しないので、キースのこういった服は非常にありがたい。アリアのおかげでキースの服がどんどん増えていく。すげぇ器用に作るよなぁ。

 

 

 

 話が逸れてしまったな。大事なのはこっちである。実は……とうとうキースが歩き始めたのだ!!もう一度言う。歩き始めたのだ!!!保護者としてこんなに喜ばしいことないだろ……!!

 

 元々物怖じをしない子だったこともあるのか、つかまり立ちをし始めてからあれよあれよといううちに、自分だけで短時間でも歩けるようになった。なんともまぁ人間の赤ん坊って成長が早ぇなぁって思うわけ。

 まだまだよちよち歩きで危なっかしいが、ま、そういうもんだ!

 

 そういう記念すべきこともあって、しかも今日は天気も快晴ってことで森に散歩しに来ている。俺、キース、黒猫のキィの全員参加だ。チーム森の魔法使いだな。いや?森の薬師か?どっちでもいいかぁ。当然俺がリーダーだ。リーダーの肩書ってだーいすき。響きがカッコ良い。

 

 

 まぁ?せっかく歩き始めたのだから外にも出して力いっぱい遊ばせてやりたいし?自然豊かなこの森で遊ばせてやりたいし?今月初めに買ってきた子育て教本にも外で遊ばせるのは良いと書いてあったし?もうそれなら行くしかないだろ。家の中だけで歩く練習をするのはキースもつまらないだろうし。

 

 この森は俺からすると半分、いや8割くらいは仕事場みたいな感覚だが、キースにとっては違う。キースは幼いがゆえに行動範囲を著しく他人に依存してしまう。自分自身で行動が決められる年齢になるまではある意味で、森の中がキースの世界の中心だ。

 

 自分が住んでいる場所を好きになれとは言わないが、嫌いにはならないで欲しいんだ。一応はここがキースの故郷的な立ち位置になるのだから。嫌々住むのは恐らく苦痛だろう。

 

 ならば森での記憶は楽しいものでなくてはならないと思う。初めての経験こそが肝心だ。

 

 

 その点で言うと、この原っぱは素晴らしい。見てみろよ、この足元に生える草たちを。全くもって薬には使えないものだが、綿のように柔らかで踏むと少しの反発の後に足が包まれていく。仮に俺が全身で飛び込んでも優しく包み込んでくれる。白っぽい色も相まって、空を漂う雲が地上で一休みしに来ているのかと思ってしまう程だ。名前もそのまま雲草だ。安直ぅ。

 

 雲草が辺り一面に生えているのはここだけだ。滅多なことがなければ転んでも怪我をしない。利点というか褒められる点というか特徴はそこしかない。

 

 

 見晴らしがいいのも俺的には評価が高い。木が密集しているわけでなく、薄暗さも感じないくらいに空も開けている。見晴らしがよければ、俺たちに危害を加えようとしてくる奴が来てもすぐに対処できる。

 ま、森の生き物とは仲が良いからほぼないとは思うが……外から攫って来ようとする奴が来ないとも限らないしな。来たら来たらで魔法で迎撃するだけだから楽っちゃ楽だ。火は森が燃えるといけないから氷か水の魔法だなぁ。

 

 あと、ここにいる動物は可愛いぞ。草をはみはみしに来るウサギが主だな。意外にもあまり臆病ではなく、目の前に近づいて撫でても『いいっすよ』と別段気にする様子はない。手ずから食べ物を口元に持っていくと何の警戒もなく食べてもくれる。俺たちが危険な天敵ではないと理解しているのだろうな。

 

 ………………………………俺もたまーにウサギを愛でに来るから覚えているのかもしれん。そうでもなければ野生で生きていけないだろこいつら……まぁ草を食べる姿はじっと見る分にはのんびりしたものだ。

 

 それに生き物を見つけると喧嘩を仕掛けてくるタイプの動物はいない。そもそもそんな奴がいる場所にはキースは連れてかないが。護衛も兼ねたキィがいるといえどもだ。

 

 なのでここは森初心者かつ、歩行初心者のキースにはちょうどいいのだ。安全に五感で自然を感じられ、仮によろけてしまって転んでも怪我をしない。なんと最高の練習場ではないか。何よりこの原っぱを選んだ俺の慧眼も素晴らしい。

 俺も森の優秀な案内者を名乗らなければ全方位に失礼かもしれん!!

 

 

 

 

 俺は何度も数え切れないくらいには原っぱに来ているから喜びなんて全くねぇな。面白みもなーんにもない。

 だが初めて見る広い原っぱにキースはそれはもう大興奮で。そりゃあそうだ。キースは辺り一面に広がる白みがかった緑の絨毯が敷き詰められたのを見たことなどない。感動するよな。

 

 

 あまりに嬉しそうなキースの様子に『この原っぱは俺の抱っこよりも興味が惹かれるものか……?』と若干だが原っぱに対抗心も沸いたが、それは些事だ。

 キースにはここで出会うもの全てが初めてだ。そちらに目移りするのは当然だ。所詮初見によるアドバンテージに過ぎない。日常的に求められるようなものになってから出直してくるんだな。ザコが!カス!悔しくねぇからな。

 

 心の内で原っぱに完全勝利を収めた俺をよそに、キースは早く降ろしてくれと言わんばかりにバタバタしていた。そんなキースの興奮っぷりには俺も驚いた。ぐぉお!元気が良すぎる!

 俺は魔法も扱えて薬も作れてしまう類稀な最高級品質のエルフではあるが、如何せん体力及び腕力的なものはないに等しい。秘密だが元の身体の時から力はほぼない貧弱エルフで、今の身体になってからは輪にかけて超貧弱になっている。ので、抱っこ中に暴れられると腕が死ぬ。

 

「こーら。あまり暴れると危ないぞー」

 

 想像を易々と超えたはしゃぎっぷりに冷や汗をかきつつ、キースを宥める。はいはい、すぐに降ろしてやるからなー。よたよたと原っぱの中心まで歩いていき、そこにキースをゆっくりと座らせた。

 

 

 座らせてからはキースの独壇場だ。俺の抱っこから解放されたキースはそれはそれは力強い。両手で草を引きちぎりまくり、草の上を一人でごろごろ転がりまくり、近くにいたウサギにも接近しまくりだ。初めてのウサギに勢いよくはいはいで突撃していくので、こいつに怖いものはないのかもしれないなぁと思ってしまう。

 

 なお、キースの勢いに恐れをなしたのかウサギはさっと逃げていった。脱兎ってあんな感じなんだ。あーあ。

 しかも逃げていったウサギはキィに追い掛け回されていた。捕って食うわけではないだろうが、逃げるものを追いかけてしまうのは猫の本能なのだろう。あのウサギも可哀そうに……あいつらすげぇスピードだ!動物ってすげぇ!

 

 そんなウサギの姿を見て、キースは指を差してきゃっきゃと笑いまくりだ。

 

 「ぴょんぴょん!」

 

 「ぴょんぴょん逃げちゃったなぁ。キース?急に近づいてびっくりさせちゃだめだぞー」

 

 よっと、腰を下ろしてキースの隣に座り込む。ふむ、雲草のふんわり感はいつも変わらないな。クッションだなクッション。これならこけても怪我しないな。

 

 「ん!?ん!?」

 

 これは何?と言わんばかりに雲草を両手でちぎって俺に見せつける。キースの好奇心があふれているのがひしひし伝わる。知らないことを知りたいと思うのは良い傾向だな。将来は博士かぁ?

 

 「それはな雲草……って言ってもまだ難しいよな。えーっとそれは……ふわふわ!ふわふわだぞ!ふ、わ、ふ、わ」

 

 「ふぁー?」

 

 「うんうん。その調子だな。ふ、わ、ふ、わ」

 

 「ふぁーふぁー!」

 

 「……そんな感じ。これはふぁーふぁーだ」

 

 初めはこんなもんだろう。そのうちふわふわに変わる。うーん、まぁ別に変わらなくてもいいか。呼び方なんて正しい答えもないものだしな。キースが話しやすいのならばそれでいい。

 

 キースはふぁーふぁーと口ずさみながら誇らしげに雲草を掲げている。雲草を見るその目は太陽を反射してきららと輝いている。意外と植物が好きなのかもなぁ。俺と一緒に暮らしているんだから目に触れる機会も多いからかかもしれんね。

 

 おっと、そのまま口に入れようとするのはいけないなぁ。いくら毒性がないといっても野ざらしに生えている草だからな。多少嚥下する程度なら大丈夫だろうが。

 俺はさっとキースの口元に指を添えて、目を見つめて首を横に振る。

 

 「キース。口に入れたくなる気持ちはわかる。ふわっふわな見た目で、しかも甘そうでちょっと美味しそうだもんな。その気持ちはわかるが、それは食べるものではないんだ。めっ!だぞ」

 

 「むー」

 

 ぶーと唇を突き出して渋い表情で俺と雲草を交互に眺め、仕方ないなといった様子で雲草を俺に渡してきた。え、何?俺がそれを欲しいから止めたと思ってるわけ?一応受け取るが……

 

 「……ありがとう」

 

 「ん!」

 

 俺がおずおずと受け取るとキースは嬉しそうにムフーとしている。最近、こうやって遊んでいるおもちゃなど手に持っている物を手渡ししてくることがある。どうぞのつもりなのか、遊んでくれのつもりなのかその時々によって違う。今回はどうぞ、なのだろう。

 

 「じゃあ俺からも。お返しに、はいどうぞ」

 

 「あーい!」

 

 俺は受け取った雲草をそのまま返す。キースはそうそう!とぶんぶん頷き、手渡した雲草を両手でまた掴んだ。そして、雲草を握ったままガッツポーズ!そのまま雄叫びを轟かせそうな勢いだ。元気いいなぁ。

 こうやって受け取った後にもう一度渡し返すと驚くほど喜ぶのだ。貸し借りの行為を真似しているのか……これも成長しているという証拠かもな。

 

 

 

 

 「ちょっと……ちょっと座るな……」

 

 追いかけっこをしていたキースにそう言って俺はその場に足を崩して座り込む。つ、疲れる……体力無限にも思えるキースに対し、体力なしエルフの俺が相手をするのは割と堪える。キースとの身長差もありどうしても中腰で相手をするからか、余計に体力を使ってしまうのだ。息が上がるほどへとへととまでは言わないが、なかなか辛い。

 

 「たとーぷ?たとーぷ?」

 

 俺が座ったことに気が付いたキースはすぐさま寄ってきて舌っ足らずなそんな言葉を投げかけてきた。それとすりすりと俺のひざをさすってくれている。

 

 「あぁ、大丈夫だよ。心配させてすまないな」 

 

 たどたどしくも優しい手つきで撫でてくれたキースの手を取り、安心させるためにもできる限りの笑顔で答える。それを見たキースもパッと花開くかの如く笑ってくれた。こんなにも小さな子に心配させてしまうとは……なんたる不覚だ。

 

 「キース、ひざの上においで。一緒に休もうか」 

 

 まぁ結局疲れているのは事実なので、キースも巻き込んで休憩することにする。疲れてるんだからしょうがねぇよなぁ。

 ほれほれと膝を指し示してキースにそう伝えると、おうよとばかりにすんなりとひざに収まってくれた。なんと物わかりの良い子だ。俺としても助かるぞ。

 

 

 

 「ぴょんぴょん?ぴょんぴょん!」

 

 休憩も兼ねて、足を崩した膝の上でくつろいでいたキースが大きな目をぱちくりして後ろを指差した。ぴょんぴょん……あぁウサギか。ここの奴らは警戒心が薄いから、一度逃げたとしてもひょっこり戻ってくるのだ。さっきのウサギかもな。

 

「ふむ?またウサギが近づいて来たの、かっ!?」

 

 今度は俺も触りたいなと思いながら後方を向いたところ……ウサギは俺の後ろに確かにいた。……いたのだがウサギの状況は俺の想像していた状況とは相当違っていたのだ。

 

 そこにいたのはウサギ……とそのウサギを咥えているキィの姿だった。ウサギは生きているけれど全てを悟ったかのように微動だにせず、一方でキィはそれはそれは誇らしげな様子で俺たちにウサギを差しだしている。そんな状況だ。やばぁ……

 キィはしっかり者の使い魔だが、そもそも猫だ。広々とした原っぱでウサギがちょろちょろしていたらそりゃあ狩猟本能が刺激される。その結果がこれだ。

 

 「お、おぉー。キィ、俺たちのために連れて来てくれたんだな。うん、ありがとう……」

 

 「おー」

 

 俺はせっかくの厚意を無下にすることもできず、されど明らかな狩りの成果に若干引きつつ。キースはキィの見事な手腕にパチパチと手を叩いている。反応はそれぞれだな。

 

 褒められて気分を良くしたキィは俺たちの正面に回り、ずいずいとウサギを押し付けてくる。ウサギをちらっと見ると煮るなり焼くなり好きにしろい!と潔い態度で耳をピンと立てている。

 

 警戒心ましましなウサギを引き取るべくとりあえずキースを膝から降ろす……そうするとキースがまた膝に上ってくる。もう一度降ろすとまた元通りだ。それを何度も繰り返すと、とうとうキースは俺のひざにぎゅっと抱き着いて、絶対に降りませんモードに移行してしまった。まるでここは自分の定位置だと主張しているようだ。この甘えん坊め。

 

 仕方なく膝にキースを乗せたまま、キィの咥えているウサギを魔法で浮かせた。突然の浮遊に慌てふためくウサギだ。今まで浮く経験はなかったのだろう。驚かせて悪いな。

 そうしてふよふよ浮かせたウサギを移動させて、キースがしがみついていない左ひざに乗せた。キースの方はというと、相も変わらずがっちりと俺にしがみついている。

 右膝にキース、左膝にウサギという可愛い空間が出来上がってしまった。

 

 膝に置いて気づいたのだが、咥えられていた間は微動だにしなかったウサギがふるふると震えていた。やっぱり怖かったんだなぁ……気の毒に……浮かされたのが怖かったのだろうって?知らんな。

 

 うーん、見るからに怯えている。食われる寸前みたいな状態だったからな。まずは落ち着かせないとこのウサギも不憫だ。

 ならばと、俺はゆっくりとウサギの額を指先でこしょこしょととしてやる。む、毛先が柔らかくて指がくすぐったいな。こういった怯えている時にわしゃわしゃする撫でるのはあまりよくない。そんな時に撫でようとするなという意見は聞かない。

 そうやって丁寧に撫でていくと、ウサギも段々と慣れてきたのか小刻みに震えていたのが止まってきたぞ。もっと、もっと撫でていくと目を細めてぷぅぷぅと可愛らしく鳴き始めた。変な鳴き声、と心の中で笑ってしまう。でも可愛いなぁ。

 ほら気持ちいいんだろう?これがいいんだろう?俺はここのウサギ連中で撫で方を学んでいるんだよ。フフン!ウサギの扱いは上手いんだ。なでなで……なでなで……おっ良い毛並みだねぇ……

 

 俺がウサギを撫でている姿をじとっとした目で窺うのはキースだ。一人だけ触ってずるいとでも言っているようだ。悪い悪い。俺だけが堪能するのはよくないわな。

 

 「撫でてみるか?」 

 

 「なでぇー!」

 

 すっかり警戒心が解けたウサギを見てやはり興味津々なキースだ。さっきは触れなかったもんなぁ。上手いことキースがウサギを触れるように体勢を整えるとするか。どうすっかなぁ……あぁこうすればいいか。

 胡坐をかく座り方に変え、後ろからキース、ウサギを抱える形にした。いけるかなと思ってやってみたが、思いの外ギリギリだ。俺の身体が小さいから仕方ないかぁ……男の身体なら余裕だろうに。

 

 そんなことを考える俺をよそに、キースはウサギを撫でるのを今か今かと待ち構えている。はいはい、慌てるなよー。キースが触れやすいようにウサギの位置を調整してあげる。ウサギに対しても、一応一言『触らせてあげてねー』と言うと、了解の意であろうかぷぅぷぅと鳴いてくれた。物分かりが良すぎる。

 

 「ゆっくりだぞ……そーっとそーっとなでなでしてあげるんだ」

 

 「おぉー……」

 

 俺、キース、ウサギとの間に漂うなんともいえない緊張感に包まれながら、キースはウサギの額を恐る恐る撫で始めた。キースにとっては初めて経験する感触だろうな。キィとも違う毛並みにキースが驚いているのがわかるぞ。どうだ?気持ちいいだろう?

 

 「ふぁーふぁー!」

 

 「うんうん、ふぁーふぁーだろう?」

 

 振り向いて俺を見るキースの顔はいつも以上にきらきらしていた。未知のものが既知に変わる瞬間を目にできるのは幸せなことだ、と俺は思っている。だからまぁ……キースが何かを知って喜んでいると俺も嬉しい。

 

 

 

 

 「じゃあ、そろそろぴょんぴょんにバイバイしような」

 

 「や!」

 

 俺がそう促してみても、キースはぎゅっとウサギを抱きしめていやいやと首を振る。ウサギを愛で始めしばらく経っているが、キースはウサギを離す様子が全く感じられない。キースはウサギが好きなんだなぁ。よくよく考えると、ウサギが主人公の絵本がお気に入りだっけか。実物に出会えたのだから逃がしたくないのも理解できる。

 

 「キース、あっちを見てみろ。ぴょんぴょんのママやパパが待ってるぞ」

 

 「むー……」

 

 本当に家族かどうかは知らんが、数匹のウサギがこちらにいるウサギを遠巻きに見ているのは確かだ。それでもキースはウサギを手離そうとしない。

 

 「帰してあげよう?キースだって、俺やキィがあんな風に待ってたらそっちに行きたくなるよな?それにもしも俺のところにキースが帰ってこなかったら悲しいなぁ……泣いちゃうかもなぁ……」

 

 できるだけ声を悲しそうに、暗くしてキースに語り掛ける。まぁ嘘だが?実際にそうなっても悲しくないが?絶対泣かないが?

 

 「……やー……」

 

 非常に、それはもう非常に不服そうな雰囲気を出してはいるが、キースがすっとウサギから手を離す。キースの拘束から解き放たれたウサギはぴょんっと跳んで草原に降り立った。

 

 「ほーら、バイバイしよ?」

 

 「……ばいばい……ばいばい……!」

 

 キースは恐ろしく渋い表情ながらも手を力なく振ってウサギに別れを告げた。キース……そんなに味のある顔できたのか……新たな発見だ。しかも泣かずにバイバイできて偉すぎる……賢すぎ……以前はお気に入りのものは頑として離さなかったキースが……

 

 自由の身になったウサギは俺たちを一瞥すると、さっさと仲間の方向へと飛び跳ねていった。『いやぁ助かった助かった』と思っているのでは?と感じるほどに生き生きとした足取りで、若干もやもやっとするが……周囲を見渡すと逃げていったのを最後に、あれだけたくさんいたはずのウサギが見る影もない。

 

 「しっかりバイバイできて偉いぞ~。今日だけしか会えないわけじゃないし、また来た時に触らせてもらおうなぁ」

 

 「ぴょんぴょん……」 

 

 見たことがないほど気落ちしているキースを慰めるが、次来た時にウサギが近づいて来るかは謎だ。だってこちらにはキィという狩猟者がいるのだ。じゃあキィを置いてけばと思われるかもだが、それは仲間外れみたいでちょっとなぁ……まぁある程度時間を置けば大丈夫だろう多分……

 

 

 

 

 

 風が爽やかに縛った髪を揺らし、肌で感じる気温も穏やかだ。今日は外で過ごしやすい日だと思う。先ほどまで俺と一緒に座っていたはずのキースを見やると、雲草を踏む感覚が不思議なのかその場で足踏みしている。可愛い。

 楽しんでくれているのかな。そうだったら俺もキースたちを連れて来た甲斐があったというものだ。

 

 そうだ。一つあることを思いついた俺はキースから少しだけ離れた。夢中で遊んでいるキースに気づかれないように。やってみたいことがある。これくらいでいいかな?とちょうどいい位置に移動し、キースに呼びかける。

 

 

 「キースー!ここまで歩いて来てみなー!」

 

 

 子育て教本に書いてあったのだが、世の中の父母は子が歩いて自分のところまで来られるようになると嬉しいらしい。気持ちは……正直わかる。なんだかよくわからんが俺もその光景を見たら多分すげぇ嬉しいと思う。ハイハイでこっちに来られるようになるのとは別で、感慨深いのかもしれない。

 

 呼びかけるとすぐに俺が離れていることに気が付き、ゆっくり、ゆっくりとぽてぽて歩き始めた。キースの歩いている姿を見て、先ほどとは違う個体のウサギを追いかけていたキィもサーッと駆けつけてきた。キィも気になるよなぁ。ある意味晴れ舞台のようなものだ。だが、俺のところで一緒に待つのかと思いきや、キースの方に向かっていったではないか。

 

 あっ、キィが……キースが歩いている前で優雅に先導し始めた。こうやって歩くのだよと言わんばかりに。キィの気分的にはキースが弟なのだろうな。お姉さんしてんなぁ。でも気を付けないとしっぽを掴まれるぞ。キースが虎視眈々と狙っているのが遠目からでもわかる。あっ、掴まれた。ふふふ、おもしろ。

 キースは好奇心旺盛なんだ。目の前で動く物体があれば掴んでしまうのは必然。そこを考慮していなかったキィの油断だなぁ。甘い、甘いぞ。だがしっぽを掴まれても歳上らしく我慢するキィの姿、見事だ。俺は評価するぞ。怒らなくて偉い!

 

 

 キィのしっぽを掴みながらキースがこちらに歩いてくる。キィの悲しそうな顔と対照的にキースはにこにこ笑顔だ。キィ……あとで慰めてやるからな!美味しいものを食べような!

 

 ようやく俺の前までキースとキィが来たが、だいぶ紆余曲折あったなぁ。とりあえずキースが転ばなくてよかった。キィがいたからまぁそんなことはまずないが。キィは頼りになるぞ。

 

 「だっ!だっ!」

 

 「はいはい、抱っこだなー」

 

 キースは褒めて褒めてと言わんばかりに腕を精一杯俺に向けて伸ばす。あそこからここまでを歩き切るとは……歩き始めたばかりの奴になかなかできることではないぞ。

 まだしっかりとした単語は話せないが、抱っこして欲しいのはわかる。もう少ししたらもっと話せるのかなぁ。それは正直ちょっと楽しみだ。 

 

 成果に対して報酬を渡すのは世の常だ。抱っこしてしんぜよう。

 

 「キースぅ、頑張ってこっちまで歩けて偉い!撫でてやるぞー」

 

 「まーまー!」

 

 ママではないが?とキースに言えるはずもなく。そもそも誰がその言葉を教えたんだよ。教会の奴らか?そうだろうなぁ……便宜上はそれでいいのか……?

 ふんっ!と気合を入れてキースを持ち上げた。うぐぅ!!やはり重い!また重くなってる!成長期だもんな!

 抱っこするとよーくわかる。確実に一週間前よりも重くなった。小柄な身体になっている俺にはきついぞ。この先もどんどん重くなるんだろうなぁ……俺、抱っこできるか?

 

 ……そんなこと考えても仕方ないか。そもそも男に戻れば問題ないしな。戻れさえすればどんだけ重くなろうが抱っこできる。どんなに重くなってもばっちこいだ。ただ戻っても俺って細身だからきついかもな。

 ん…………?俺もしかしてキースが育つのを楽しんでる?あれー?子育てなんかただの暇つぶしなのにな!情なんて湧いてもどうせ巣立っていく奴なのにな!

 

 まぁ?今はキースを撫でる方が優先だし?頑張ったキースにご褒美あげる方が大事だし?ふわふわの服と一体となっているキースのもこもこフードを外して、直に頭を撫でてやる。そうするとキースも目を細めて気持ちよさそうにしてくれる。

 

 「きゃあー!」

 

 「気持ちいいかぁ?そうだろうとも!フフン!俺のなでなでを受けられる人間はなかなかいないぞー?」

 

 俺は自信たっぷりにそう言う。事実だしな。多分累計人数も片手で数えられるくらいだからすげぇ貴重だぞ。

 ゆっくりと宝物に触れるように頭を撫でるとキースのさらさらの髪が指を通り抜ける。髪も伸びてきたな。それに白銀の髪が光を反射していて綺麗だ。珍しい色だよなぁ。

 今まで生きてきた中で、人間でこの髪色をした者を俺は目にしたことはない。天からの祝福を受けているかのように神秘的だ。

 

 俺と一緒にいたら金と銀でより目立ちそうだ。まぁ俺の場合、普段はフードをよく被っているからそんなに目立たないだろうが。それにいつまでも一緒にはいないだろうし。

 

 

 

 「むゅう……」

 

 「ん?あぁ、疲れちゃったかー」

 

 奇妙な声が聞こえてキースを見ると、さっきまでは元気だったのが嘘みたいにキースがうとうとし始めている。初めて来た場所で、あんなにはしゃぎまわっていたのだから体力を使い果たしたのだろう。

 

 「あ、寝た。うとうとしてからが早いな……」

 

 あっという間に俺の胸の中でキースが眠ってしまった。子どもって糸が切れたように急に寝るのよな。今日の主役が眠ってしまったのだ。そろそろ帰る時間かもな。

 

 「今日は楽しかったか?そうだったら嬉しいな」

 

 眠ってしまったキースには聞こえるはずはなく、返答もあるはずはない。そうではあるが、キースのこのふにゃふにゃした寝顔を見るだけでも、来てよかったと思える。結局のところ、俺自身が満足してしまったのだから世話ないな……

 

 「それじゃあ帰るかぁ。キィ、帰るぞー」

 

 キィに呼びかけて帰るわけだが、寝たキースを抱いたままかぁ……起きている時に抱っこするよりも重く感じる。うぅ……しんどい……家まではもちろんそれほど遠くはない。遠くはないけどさぁ。

 うーん……しょうがない。歩くかぁ……

 

 結果は普通に筋肉痛になりました……痛いよぉ……

 

 

 

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