現在は『まぁ一応話も付いたし、もうそろそろお開きにしよっか』という雰囲気である。のだが……
「え……見学、しないのぉ?全部を見学するのが疲れるなら、一部の部屋だけ見てみるぅ?掃除も行き届いているし、当然綺麗よ」
「気遣い……?は嬉しいけれど、今回は遠慮しておくわ。ほら、サキさんも疲れているでしょう?」
「私は平気よぉ。じゃあ衣装室だけでも。ここで使用される衣装がたくさん……」
サキは粘る。お仕置きを受けた相手にずいずいと迫っているではないか。すごい。サキの何がそこまでさせるのか。
サキによる娼館見学ツアーは無慈悲にも当然の如く却下されたのだが、そこからも思った以上の粘りを見せている。何がサキをそこまでさせるのか……それは自身の娼館に絶対の自信があるに他ならない。多分。
実際、サキのこの娼館に対する愛は並々ならぬものを日頃から感じる。俺における魔法薬をはじめとする薬づくりが、サキにおける娼館経営なのだろう。要は割と誇りがある事柄なのだ。
………………………………………………………………しかし微笑みを浮かべてはいるけれど困っているのは母さんである。怒っているわけでは全くなく、どんなに上手く隠せていても息子の俺の目は誤魔化せない。あれはものすごーく困っている!確実に!
しょうがない。俺が助け舟を出してあげよう。魔女?魔女は二人の様子を見て、いつも通りにやにやしているぞ。この場面において役には立たないし、自覚的に役に立とうともしていない。平常運転である。流石だ。それでなくては魔女ではない。とても安心する。
「サキ。今日のところはそのくらいで止めときなって。母さんが困ってるぞ」
「……いや、よぉく考えたらねぇ?将来的に恐らく私のお義母さんになるわけでしょう?だったら私のお城を少しでも案内したいじゃない。今日を逃すと次はいつになるのかわからないわ」
俺が二人の間に割って入り、会話を程よく止めようとするのだがサキはそこはかとなく強情だ。つーかそれ以上に気になる部分が出てきたのだが。
「ん?サキの母さんにはならないんじゃないか?」
「まぁ後々の話よねぇ。最終的なポジションがそうなるだけの話で、今は気にしなくてもいいわぁ。楽しみにしておきましょ?私は間違いなく楽しみ!」
え、怖い。つまりは養子になるのかな。どういう経緯で?やだなぁ、最終的に友人が急に自分の姉さんになるの。それって友人であり姉でもあるってよくわからない関係性になるぞ。ただ怪しく、そして妙に熱のこもった目をしてこちらに笑いかけるサキは何だか楽しそうだ。
うむぅ。ただ本題はそこではない。なんかこう良い感じに折衷案を出して満足してもらうことにしよう。母さんも本当はあまりに無碍にしたくないのだろうし。
「むぅ……その辺は置いておくとして。サキが自分の宝物を紹介したい気持ちはめちゃくちゃわかる。だって真剣にやってきたのは何となく知ってるからな」
「………………………………………………………………まぁねぇ」
「でも母さんが微妙に困っているのも事実だ。だからさ、どうしても母さんに見てもらいたいもの一つだけにしない?こう……一般的に見せられる範囲のやつで真剣さが伝わるようなものをさ。サキにはそれが選べるはずだ」
「……それもそうねぇ。特殊なものを見せて引かれるのは私も本意ではないわぁ。なら、一つあるわね。私のこだわりと、そしてあなた以外の本場のエルフに判断してもらいたいものが……!!」
俺が暗に『大丈夫なものを見せてね?』と伝えると、得意げにそう言ってサキは意気揚々と部屋から飛び出していく。何だぁ?サキのその自信満々さは?俺に負けず劣らずの自信満々さに、対抗心が出てくる。何に対抗するつもりなのかは自分でもわかっていないがな!
「あの子は何を持ってくるのかしら」
「安心してくれ。サキのあの自信……期待していいと思う。相当こだわったものを見せてくれるはずだよ」
「……サキさんの厚意はありがたいの。でも正直に言うけれど、私は娼館のこだわりの品をとっても見たいわけではないのよ………………………………………………………………?」
母さんは片手を額に当て、困惑が混じっているのがありありと感じられる心からの言葉を絞り出した。それもそうか!
さて、部屋から飛び出していったサキの帰りは早かった。戻ってきたサキの表情は楽しげである。腕に一着の服のようなものを抱えているが、衣装室にでも行ってきたのであろうか。隣にいる母さんは何を見せられるのかと戦々恐々としている。魔女も何だかんだで気になるのか近くに寄ってきて、興味津々な感じだ。
「私が見てもらいたいのはこれよぉ」
そうして嬉しそうなサキが見せつけるように広げたのは……以前にも俺が見たことのあるエルフの伝統衣装、っぽい服だ。あぁ母さんに、つまり本場のエルフに見てもらいたいって言うのはこれのことかぁ。
「え!!!ちょっ!えぇ!!??」
「サキちゃん……?どうしてそれをわざわざ持ってきちゃったの……?」
「なるほどね。サキが自信をもって出せるのはこれってことか……むむ!」
……いや、待てよ。これは違うぞ……!俺が以前衣装室で試着したものとは違う!急いで俺はサキが持ってきたものを手に取ると、圧倒的に違うことを確信した。
「サキ!これは!?」
「やっぱり薬師ちゃんはわかってくれるようねぇ……!そう、この衣装は薬師ちゃんが以前着てくれたものとは違うわぁ……!」
俺が驚愕した顔をサキに向けると今日一番の得意げな顔で笑いかけてくる。そう、違うのだ。まず何より明らかに質感が違う。使用している布材料が以前のものに比べると、非常に良くなっている!すべすべ!すべすべだ!着心地が絶対に良い!
「レイに着せっ!?着せてぇ!?」
「サキちゃん……?それをレイちゃんに着せちゃったの……本当に?レイちゃんもなんでわかってて着ちゃうの……?」
大人組が各々で何やら驚きを隠せていないが、それもそのはず。このエルフの伝統衣装っぽいものは、限りなく本物に近づけようとする強く真剣な意志が感じられる一品となっている。デザインも俺のタイプに似せて作っているようだ。俺の場合は男性タイプのだから、若干の違いが出るのも当然か。
しかし、これは……!!サキが自信を持って取り出してくるのも納得の出来だ。薄っぽさを微塵も感じられない程度にはよくできていると思う。まぁ露出も多いが。
「流石だサキ……やるな」
「私もこれはかなりイケてると思うわぁ。薬師ちゃんが試着してくれていた時の反応を元に、色々と試行錯誤したの。材料費は異様に高くなってしまったけれど、渾身の出来だわぁ」
「見せてもらったよ。サキの自信作。これなら着る人も喜ぶと思うぜ」
「ほぼオーダーメイドだから仮に貸し出しするにしても高額だし、そもそも一着しかまだ作れていないけれどねぇ?いつかこれも娼館に正式に出せれるようにしたいわぁ……!」
そうして俺たちは人目を憚らずに熱い握手を交わす。なんかよくわからないが、その場の雰囲気で握手を交わしてまったなぁ。何とも温かい雰囲気に包まれているぞ。
この素晴らしい出来ならば、母さんもすごい褒めてくれるのではないか?俺はそう思う。心が一つになった俺たち二人は共に笑顔で母さんを振り返る。
「……」
母さんは無言だ。あれ?
「……ごめんねー。私もちょっとどうかと思うから、一緒に怒るねー?」
先程まで何が出るかなぁとにやにやしていた魔女も真顔だ。あれ?
………………………………………………………………結論から言うと、この後俺たちは二人からめっちゃ怒られた。普通に怖くてサキと抱き合って泣いた。理由?流石に健全ではないからだ。魔力吸いより?それに関しては一般的な常識に照らし合わせると、魔力吸いよりもダメとのことだ。遊びで娼館の衣装は着ちゃダメらしい。
まぁ他のも着たのは黙っておくの良い気がするので白状しなかったのは正しいと思う。つーかよく考えずとも言わない方が丸く収まることが多いしな……
あとエルフの伝統衣装っぽいのは、ぽいとはいえあまり良くないらしい。似すぎというか……まぁ一応伝統衣装だもんな。母さんからの抗議によって、これから先娼館ではそれが出ることはない。サキはさらに泣いた。かわいそう。
……結局最後は俺も怒られてしまったが、しょうがないっちゃあしょうがないか!
夕暮れ時、娼館での出来事も無事……無事?収まって、母さんと共に教会に戻る。魔女は『じゃあ総合すると面白かったから』と俺の影へと入っていった。自由だなぁ。
さてお昼寝中であったキースは既に起きており、アリアと一緒にお絵かきをして遊んでいた。一度お昼寝を挟んだことによってキースの体力は万全へと回復しているようだ。絵を描いているだけなのにとてつもない元気さを発揮している。
「キースただいまー」
「あー!まま!もー!いままでどこいってたの!」
後ろからキースに声を掛けると、ばっと勢いよく振り返ってぷくーっと頬を膨らませている。利き手に持った色鉛筆を優しく置いてから、素早く抱き着いてきてくれる。正面から抱き着いて、上目遣いで見上げるキースは何とも愛らしい。
しかしお昼寝していたキースを教会に預けたことに対し、見るからに不満が大ありだ。キースからすれば、起きると俺がいないのは気分が良くないだろう。
どこに行っていたかは……具体的にはちょっと言えないから曖昧に答えるしかない。娼館に行ってたよーとは言えねぇよな。
俺は申し訳なさがいっぱいになり、キースの頭を撫でることしかできない。
「実はサキの家に行ってたんだよ。でもキースが気持ち良さそうに寝ていたから、起こしちゃダメだなぁと思っちゃって……キース、ごめんなぁ」
「………………………………………………………………いいよ!ゆるしてあげる!」
「キースぅ!こんな自分勝手な俺を許してくれるなんて……優しい子だ!」
そうして俺はかなり気合を入れてキースを抱き上げる。うぅむ、やはり重い!たくさん大きくなってくれているな!
「ままちからもちー!」
「そうだぞ!俺はキースのためなら力持ちにだってなれるんだ!」
俺とキースが戯れている姿を、この場にいる皆に見られるのは若干気恥ずかしいけれど……腕の中のキースは喜んでくれている。ならそれでいいかぁ。
「アリアもキースを見ていてくれてありがとう。すごい助かったよ」
「いいえ。キースは良い子なので構いません」
キースを見ていてくれたアリアにお礼を言うのだが、少し素っ気ない気がする。ツーンとしているようにも見えるな。むむむ。キースを預けたあの時は急いでせいもあるが、投げっぱなし任せっぱなしにしてしまったからかもしれない。どうしたものか。
俺が首を傾げ悩む素振りすると、キースがこそこそ話をするかのようにして小声で語り掛けてくる。
「まま、まま。ありあおねえちゃんもままにだっこしてほしいんだとおもう」
「アリアが?……もしかしてキース、天才かぁ?」
「ふふん!ぼくえらいからありあおねえちゃんにゆずってあげるの!」
キースはそう言って抱っこから降りると、母さんと神父の下へととことこ歩いていく……た、確かに!アリアのその目線は抱っこして欲しそうに見える!そうだよ!キースみたいにアリアを抱っこしてあげるなんてずっとしていないよな。
「アリア」
名前を呼ぶとアリアはこれまた素っ気なく『はい』とだけ返事をする。何だかその声色の中には寂しさが混じっているようにも思える。俺はそこから間を置いてからもう一度、名前を呼ぶと少しため息をついてアリアがこちらを見やる。
「……なんです?別に私になんて構わないで、ずっとサキさんとイチャイチャしてればいいじゃないですか」
「んー?サキとイチャイチャなんてしてないけど……そんなことより、ほらおいで。抱っこしてあげるから、甘えてもいいんだぞ」
「………………………………………………………………ど、どういうことです?」
俺は困惑するアリアの傍で腕を大きく広げる。準備完了、いつでも平気だ。ただいつでも平気ではあるが、体格差的にはお姫様抱っこでギリギリな気がする。まぁその辺は気合でどうにかする。ここでアリアの兄貴分としての力を見せておこう。
「さぁ来い!」
「えっと。じゃあお願いします」
「……ごめん無理かも。でも頑張る!」
「…………………………………………………………ふふふ」
おっ!アリアが笑ってくれたぞ!頑張ってる甲斐があるってもんだぁ!あぁ!でも持ち上がらないぃぃ!あぁでもキースが戻ってきて応援してくれてるぅ!
「いやぁ、キールさんの目の前でこんなこと言うのもあれなんですけどね?レイさんって察しが悪いですねぇ……あ、逆にレイさんがアリアにお姫様抱っこされて、奥に連れ込まれていった。見てください、あれは所謂アリア構い状態です。あれに移行すると長いですよぉ」
「……どういう関係何ですかあの二人は。親密さが想像以上で」
「………………………………………………………………レイさんはアリアをずっと妹みたいに思ってますよ。アリアの方は……本人がいない前で言うのはよくありませんがずっと片思いです」
「我が子ながら、かなり酷いことしている気がします……」
しばらくしてアリアから俺が解放された時、母さんにすごい目で見られた。なんで?まぁいっかぁ。何はともあれそろそろ家に帰るとしよう。今日は母さんが泊まるんだから、ご馳走作らなきゃだしな!あと魔女もか!