アリアと神父たちと今日のところはさよならをして、教会を出たわけだが。俺的には母さんはうちに泊まっていく体で考えているけれど、よく考えるまでもなく母さんの都合を聞かなければ。もしかするとどこかに宿を取ってるかもだし……
俺は母さんの上着の袖を控え目に引っ張ってこちらに注意を促す。すると母さんは優しく微笑み『どうしたの?』と首を傾けてくれた。
「ねぇ母さん、うちに泊ってくでしょ?泊ってくよね?」
「おばあちゃんとまってくれるの?」
俺に関してはほぼ強制的な問いになっているうえに、キースも好奇心に満ちたキラキラした目である。でも泊って欲しいしぃ。俺とキースによるおねだり攻撃になっているがなりふり構っていられない。来てくれないかなぁ。
「……ちょっとだけ!ちょっとだけ待ってて!これからのことを部隊の人たちに連絡してくるから!」
母さんはそう言うと、すごい張り切って早歩きでどこかに行ってしまった。恐らくというか確実に一緒に連れてきた魔法治安部隊に連絡しに行ったのだろう。めちゃくちゃ申し訳ない。でも泊ってくれるの嬉しいな。
「ねー私もいいー?」
母さんが向こうに行くと、魔女のそんな声が足元から聞こえてくる。流石に町のど真ん中に姿を晒すのを自重しているのか、俺の影からにゅっと頭を半分だけ出してだ。
「当然だろ。魔女に野宿させるわけないじゃないか。それにそもそも魔女の家なんだから、いつでも帰ってきていいんだよ」
「………………………………………………………………おおう」
なんか今すごい間があったうえに、変な返事だったな。
そうして母さんが戻ってきてから俺たちは町から離れ、そこそこ歩き……うん、やっぱり若干遠いな。ただお喋りしながらだからそんなに退屈でもなかったけれど。
「母さんここだよ。この森の奥の方に住んでるんだ」
「森って……随分と自然豊かな森に住んでるのね……?」
「まぁね。薬の材料が採れるし、森の動物とも仲が良いから快適だよ。動物たちと物々交換もできるし」
「動物たちと仲が良い?物々交換……?」
鬱蒼とした木々が溢れる森の入り口を前にした母さんが多少の戸惑いを見せる。現在、家に母さんたちを招待しているわけだが、どうやらここまでの森だとは思わなかったらしい。もう見るからに『何か出ますよ』と言わんばかりの森だから仕方ない。しかも中は結構広いし。
「ふっふっふー!ここは人呼んで『魔女の森』だよー!私が長い間住んでたから付いた通称だけど、普通に遭難するくらいには深いしそこそこ野生動物もいるし、そもそも私が根城にしてたしであまり人間は近づかないんだよねー」
元々の住民である魔女がしたり顔で横から補足説明をしてくれたわけだが、大体その通りだな。この森に住んでると言えば町の人には『うわぁ……』と引かれる程度にはなんかこう……住むには適してないと思われている。半分くらいは『あの魔女のいた場所かぁ……』のせいではあるけど。
「グルルル……!」
「わっ!何!?オオカミ!?」
おぉ!恐らく見知らぬ人が来たことに反応して、入り口付近に俺の三倍は優にあるオオカミが飛び出して威嚇しているぞ……!
む!!この子はたまに背中に乗せてくれる大きなオオカミだ!俺とキースは当然顔見知りである。
しかし突然のオオカミの登場に母さんが思いの外びっくりしてるようだ。だって大きいもんな。
ただよくよく観察してみると、どうやらオオカミは魔女に対して唸ってるな。魔女もここに住んでた割には、動物たちにはそこまで好かれてないようだ。かわいそう。
「うーん。やっぱり姿が見えたらこれかぁ。私って動物に好かれないなー。でもちょっと離れてただけなのに上下関係忘れちゃってるのかなー?ま、飼いならされてない野生って所詮こんなもんだよねー」
魔女はあははと笑ってそう言いながら、何やら自身の影を槍のように鋭利に伸ばし、オオカミに向かって狙いをつけ始めている……かわいそうじゃなかった。嫌われるべくして嫌われてるな。どうしていきなり戦いを始めようとするんだ。険悪な雰囲気になっちゃうだろ。
頑張ってキースを肩車している俺は魔女のその行動に若干呆れつつも素早く手で制す。このままにしていると、オオカミに攻撃しかねない。
「喧嘩腰はダメだぞ。ここの森の動物たちは友好的に接すればその分だけ応えてくれるんだ」
少しだけ肩で息をしながらキースを降ろし、そのままキースと二人でオオカミの目の前に立つと…………オオカミの顔が一変する。むむ!そしてゴロンと寝転んだぁ!いつものやつだ!
「おなかみせてくれたねー!まま!いっしょになでてあげよー!」
「おう!見てくれ、この子はお腹をわしゃわしゃしてあげると喜ぶんだぞ。可愛いだろ?」
俺とキースは早速なかなかの毛並みのそのお腹に群がり、座り込んでわしゃわしゃと強めに撫で始めた。オオカミは『もっと撫でて?』とその凛々しく意思を感じるカッコいい瞳で雄弁に語ってくる。フフン!可愛い甘えん坊さんめ!大きいけれど若い個体なのかも?
「でもオオカミぃ?魔女が物騒なのはわかるけど、あんまり喧嘩を売らないようにな?見ての通り危ないから」
一応オオカミを優しく諭すと、『いやぁ、それはちょっと……』という雰囲気を出しながらも渋々納得してくれたようだ。あれかな。魔女が森の平和を乱すと思ったのかな?それに関しては俺も否定し難い部分だが。結構魔女もこの森で色々とやらかしてそうだし。
「ほら、こんな風に優しくて気の良い子たちだからな。魔女も危害を加えてきてないのに攻撃しちゃダメだよ。その物騒なものは隠して」
「……まぁいいや、気をつけるよー」
魔女は微妙に納得してなさそうだが、何とか矛を収めてくれた。よかったよかった!
そうして少しの間オオカミのお腹を撫で続けると唸り声は鳴りを潜め、甘え声に変わっていった。あとめちゃくちゃ舐めてくる。甘えてきてくれて嬉しいけど、すげぇべたべたする。
「わしゃわしゃー!おおかみどう?きもちいい!?きもちいいでしょ!?」
キースも楽し気に撫で続けているが、日に日に上手くなっているように見えるな。もしかすると将来は動物撫で職人になるつもりかもしれないな。おいおい、キースの才能が溢れすぎじゃないか?今までだけでもいくつの才能を抱えてしまっているのか……とんでもないことだな!
俺がキースの才能に尊敬の念を抱いていると、オオカミが何か言いたげにしているのに気が付いた。どうしたぁ?ふむふむ。
「ん?あ、乗せてくれる感じ?家まで?やったぁ!ありがとう!キース!オオカミが乗せていってくれるって!」
「わぁい!やったね!」
どうやら家まで背中に乗せて連れて行ってくれるそうだ。キースもオオカミの背中は好きだからとても嬉しそう。そしてそんなキースの姿を見れる俺はもーっと嬉しい!
「二人とも!早く乗せてもらおう!オオカミは速いから家まですぐに到着だ!」
俺は母さんと魔女にうきうきで呼びかける。でも玄関近くまで無理かなぁ。ちょっと前にキィに乗ってるのを見つかった時は『あ。そうなんですね。へぇ、ご主人とキースは私以外の背中に乗るんだぁ。え?怒ってませんよ?ただオオカミより私の方が乗り心地が良いってことを覚えておいてください。あと私の方が速いですよ?』と対抗心バリバリだったから……気を付けよう。
乗って乗ってと伏せてくれたオオカミにお礼を言いながら俺とキースが先に乗る。あとは二人だけだが、むぅ?なんか来ないな。お話し中かぁ?
「………………………………………………………………エルフって動物に異常に好かれやすいとかって……あるわけないよねー?」
「もちろんないわ。けれどレイは昔から言葉の知らない動物と何となく意思疎通ができていて……どうしてできるのか理由を聞いても『意思の伝達方法は種族によって違っても、情熱があればどうにかなるよ』としか」
「その意思疎通できるのはどこ由来のもの何だろうねー……?不思議ー」
「キィただいまー。帰ったぞー」
ただいまの挨拶をして家に入り込むと、キィは人型の状態で俺のベッドの上でくつろいでいるようだった。うつ伏せでキィ愛用の枕を抱えて、尻尾をうようよと滑らかに揺らしているのでかなりリラックスしている。うにゃうにゃ言ってるのでもしかすると睡眠中だったのかもしれないな。
「おかえりなさいー。でもご主人たち遅かったですねぇ、何かあったんです、か……?」
キィがのっそりと起き上がり、俺たちの方を見る。まぁどちらかと言えば俺の後ろにいる母さんに目を向けているというか。初対面……ではないと思うけど、多分会ったとしても結構前だしなぁ。しかも一回だけ。母さんからしても今のキィは人型だしで、お互い実質初対面かもしれない。
「……」
口を半開きにしながらキィは無言でベッドから降りてきた。恐らく一瞬で状況を把握したのだろうか、なかなかに真剣な顔でこちらに近づいてくる。そういやどういう状況だろうなこれ。
そして何故か俺とキースを母さんの近くから素早く引き離し、キィ自身が盾になるかのようにひしと抱き締めてくるではないか。おぉ!すごい力だ!しかし急な抱き締めキースもびっくりである。俺もびっくり。あとシャーシャーと威嚇しててよりびっくりだな。びっくりの相乗効果だ。
「………………………………………………………………い、いくらご主人のお母様でも、ガーランジュに無理矢理連れ帰ろうとするのは絶対良くないと思います……!ご主人とキースの気持ちも考えてください……!」
おっとぉ?キィが絶妙に勘違いしてるぞ?キィの発言に母さんもきょとんとしてる。
「いえ、その話はレイの状態を色々と鑑みて一旦保留にしてるから……って誰かと思ったら、あなたレイの使い魔の子!黒猫から人型にもなれたの?………………………………………………………………なるほど、ところどころに猫っぽさが残ってるようね。うんうん、上手に人型になっていてすごいわ」
合点のいった様子の母さんはすぐさまキィの頭をよしよしと撫で始めた。母さんからするとキィも小さな子どもみたいなものなのだろう。あ、同時に顎も撫で始めてる。
「え。あ、はい………………………………………………………………あのご主人、もしかしてこれって早とちりしちゃった形ですか?」
「うーん。でもあながち間違ってもいないしなぁ。ただまぁとりあえず!今日は母さんここに泊まってくからさ。あと魔女もいるぞ。ほら」
俺たちがわいわいしている間には既にベッドに飛び込んでいた魔女を指差す。これまたうつ伏せになり、どこに隠していたのか黒くて薄い翼を展開してバサバサッとしている。よかったぁ、鳥系の翼じゃなくて。もしも鳥系ならベッドがすごいことになっていただろう。
「レイちゃーん!ご飯楽しみにしてるねー!」
「はいはい。魔女は自由だなぁ」
いつの間にか先程まで着ていたものを脱ぎ捨て、薄着になってくつろいでいる魔女がとても図々しいことを言っている。まぁ気にしても仕方ない話だな。そうそう、魔女が好きなのは……干したキノコだったな。料理にはそれを入れてあげるとしよう。
「おばあちゃんおばあちゃん!きぃはね!すごいよ!いっぱいあそんでくれるんだよ!いいでしょ!」
「いいわねぇ」
こっちはこっちでほのぼのとした会話をしているし。会話しながらでも、撫でる手を止めていないのは流石は母さんといったところだ。こっちも自由だなぁ。
………………………………………………………………そしてこの場において全てに取り残されているのはキィだ。各々が自由気ままに振る舞うが故に、キィはひたすらぽかんとしている。だから俺がしっかりとフォローしてあげなくてはな。
「何はともあれ!今日は大人数だからちょっと楽しみだな!お泊り会だぁ!まずは料理しようぜ!」
「……理解に苦しむ情報が多い!」
下唇を噛みしめながら、濁った音を多めにしてそう言うキィは何だか辛そうだった。
さて。キィは納得いかないような表情を浮かべていたが、頑張って情報を咀嚼して受け入れたのか料理中には普通に戻っていた。皆で一緒に料理をしていると結構楽しい。俺、母さん、キィで手分けして作業をする。キースも味見を手伝ってくれているぞ!
味見用の小皿に注いだニンジンたっぷりの野菜スープをキースに渡し、飲んでもらっている最中だ。
「キースぅ。どう?美味しい?」
「ふむふむ……そこそこ!」
「なるほどなぁ」
キースにとってのそこそこはそこそこである。つまりはまぁまぁ美味しい。すなわちいつも通りの味だってことだな。
ちなみに魔女は座らせておいた。短い間だが一緒に住んでいた頃の経験上、魔女は料理自体にあまり興味がなく、さらに変なアレンジを加えようとするのが目に見えているからだ。ただ待ってるだけでは暇なのかちょこちょこ後ろで賑やかしにきているが。
「魔女は座っててくれよ。多分変なアレンジ加えようとするだろ」
「変なアレンジはしないよー?少し隠し味を入れるだけだよー。これね、旅の途中で見つけたやつ。美味しいよー」
どこから取り出したのか半透明の小瓶に入れた何かをこれ見よがしに見せつけてくる。かなり得意げな顔だ。
「その得体のしれない粉を入れるのなら、お前を今すぐにこの家から叩きだすわよ。そのまま木の下で野宿しなさい」
「……冗談だってばー」
母さんからの至極ごもっともで氷のように冷たい声で釘を刺してくれた。ありがたい。
「そうだぞ。特にキースが口を付けるものなんだからな。変なもの入れたら俺も怒るぞ」
「………………………………………………………………美味しいのにー」
すごすごとベッドに戻っていくのを見ると何だかかわいそうに思えるが、口に入れるものに関してはなぁ。魔女は平気でも他の人が平気じゃない可能性はあるし。良かれと思ってだろうけど。
「ご主人ー?あの人やっぱり危険人物だからせめて縛っておきません?」
「大丈夫大丈夫」
まぁ仮に縛ってもすぐ抜け出すだろうしな!こうして俺たちはわいわいと賑やかに、そして楽しく一緒の時間を過ごしていくのであった。