「あんなにお昼寝したのにここまでぐっすりとは……寝る子は育つというわけだな!」
入浴で身体がぽかぽか、そしてスヤスヤと眠りにつくキースの頬に軽く触れながら、俺はそう言い放つ。別に誰かに言ってるわけではないが、なんかこう宣言してみたくなったから……でもキースはかなりぐっすりだ。が、勢いよく毛布を跳ね飛ばし、その身に宿る元気さは衰えることを知らない。やるねぇ!
『キースは元気だなぁ』と感心しながらもう一度毛布を掛け直し、キースをベッドに完全に寝かせると俺もちょっぴり落ち着く。先にキースを寝かせること優先だったので、髪とかもしっかり拭いていないし何なら素っ裸だ。頭にタオルを乗せるだけの男らしさ全開の格好である。
所謂びしょびしょ裸エルフだな。なかなか見られない珍しいエルフだな。裸であることと入浴後の少し時間が経ち、そこはかとなく身体が冷えたせいで開放感がすごい。いいのかこんな開放感。
まぁ家だから当然セーフなのだが。
「……前くらいはタオルを巻いて隠した方が良いと思うなー」
おっと?堂々とした態度でそのまま開放感に身を任せようとすると、大人しく椅子に座って本を読んでいる魔女にストップを掛けられてしまった。どうやら本棚に置いていた古い薬草図鑑を眺めていたみたいだ。
魔女はそう言うがそもそも一応下は穿いてるし、大前提としての隠さなければならない部分は何もない。刺された時の首の傷以外は裸であろうが、俺の全ては美しいのだからな。
しかし!親しい仲の相手に対して、礼儀正しくはなかったか。神父にも『レイさん……?もしも僕がレイさんの目の前で同じように裸でうろついていたらどう思いますか?すごい筋肉を見せつけてカッコいいなって思う?……じゃあ礼儀の問題です』と言われたしな!
「悪いな。ちょっと男らしさが出ちゃったか」
「………………………………………………………………ごめんねー?レイちゃんの現状のどこに男らしさを見出せばいいかちょっとわかんないやー」
魔女は俺の上から下までを三往復してから真顔で答える。何か俺と魔女との間に認識の齟齬が出ている。あぁ、わからないかぁ。俺から滲み出るものが感じ取れないかぁ。そりゃあ今の見た目は同性だろうが、醸し出る男の……カッコよさ的な何かは多分出てるはずなのに。
「ほら、この辺の……堂々さというか。出てるだろ?男らしさ的な何かは」
「私から見るとー、エルフの女の子が綺麗な身体を見せつけてきてるようにしかねー?男らしさはいっっっさい!!ないよー」
「そっかぁ」
あれかな、俺の筋肉がムキムキなら感じ取れるのかな。正直見た目でわかりやすくなければ気づけないものだもの。実際今の俺が力こぶを作ってみてもふにふにだ。筋肉に関しては元の身体の時でもそうは変わらないけど。つーか男らしさとは具体的に何だろうな……?
ぱたんと図鑑を閉じた魔女は唇を尖らせて『もー』とでも言いたげにしている。
「レイちゃんはね、男の子なんだけど女の子なんだよ?そうやって無防備すぎると男女問わずにわるーい人に騙されてすぐにがぶっ!といかれちゃうってー」
「大丈夫大丈夫。俺の危機意識の高さはなかなかのものだからな。すごいんだぞ?俺の危機意識。天よりも高いし。そして思慮深さもそれ相応だぞ」
「ほんとかなー」
そもそも俺の周囲に悪い人いないしな!騙されることはほぼないぜ。良い奴ばかりで俺は嬉しい!
「あと刺されて以来、いついかなる時でも背後にはいつも気を配ってるし。いつも着てるローブもそれ対策だし。痛いのはもう嫌だもんな」
俺は更に念を押して自分がどれだけ危機意識が高いのかを力説する。物理的な意識の高さである。これで安心だろう。しかし魔女も意外と心配性だよなぁ。ただ心配してくれてるのはもちろん嬉しいけどな!
「そっちじゃなくて………………………………………………………………それって笑えないよー。あーもー、とりあえず私はお風呂もらうねー」
「おう!いいぞー!あ、タオルはそこに置いてあるのを自由に使っていいからなー!」
「ありがとー」
魔女が色々と何か言葉を飲み込んだであろう雰囲気を纏わせて浴室へと向かっていった。むむむ。俺、間違ったこと言っちゃったのかな。気を付けよう。
「……レイ、風邪を引いてはいけないから早く服を着ましょう?」
「はぁーい」
魔女との会話が終わるのを待っていたであろう母さんに指摘されてしまった。そうだった、今の俺はびしょびしょ裸エルフ!いや違うな……ちょっと乾いてしっとり裸エルフ!しかしながら風邪を引く可能性のある由々しき事態である!
「それに髪もまだまだ濡れてるじゃない。拭いてあげるからこっちにおいで」
「いやぁ、流石に自分で拭けるって」
母さんに拭いてもらうのは恥ずかしいな……ほら!とごしごしと髪を拭いて見せるのだが、がっしりと手を止められてしまった。なんだぁ?
「キースの髪を拭いてあげてる時は優しく拭いてたのに、どうして自分の時はそんなにごしごしと……せっかく綺麗な長い髪をしてるのだからしっかりとね?」
「………………………………………………………………はぁーい」
ぐぬぬ……タオルを取られてしまった。あ、すごい優しく髪を拭かれてる。めちゃくちゃ恥ずかしい!魔女に見られてなくてよかったぁ!
「微笑ましい親子の関わり見てるよー」
「あ!早く入りなってば!」
まだ入ってなかった!!
その後母さんの入浴も終わり、やることはもう寝るだけになった。お泊り会みたいでわくわくするな。しかし、今日はいつもと違って寝る人数が多い。ならば寝る場所はどうするか……そんな心配はご無用だ。
「フフン!うちのベッドは二つあるからな!しかも結構大きい!つまりこれがどういう意味か……二人はわかるよな?」
俺は母さんと魔女に問いかける。この家にあるのは俺とキースのベッドだ。どちらも大きめに作ってあり、二人で一緒に眠っても当然余裕がある。ちなみにキースを寝かしつけたのはキース専用のベッドの方だ。ただキースは大体は俺のベッドで一緒に寝ることが多いのだが……専用とは言うが微妙に専用ではないな!
まぁつまりは俺とキースが一緒のベッドに眠るから、もう一つのベッドを二人で分けるということだ!一つのベッドで三人で寝るのは可能だが、四人は難しい。公平を期すなら二人と二人で分かれるのが良いだろう。
流石にお風呂は一緒に入るのは嫌だったろうけど、一緒のベッドについては平気なはずだ。多分。
「俺はキースと一緒に寝るとして……もう一つのベッドを二人でぇ?」
笑顔で『どう?』と俺は身振りで表現するが、二人は顔を見合わせてそのまま固まってしまう。裸の付き合いは流石に難しいけど、ベッドで一緒に寝るのは大丈夫そうな気がするけど実際どうだろうか。
「魔女、もう一つのベッドは譲ってあげるわ。私は家族水入らず、一緒のベッドで寝ることにしますから」
「レイちゃんママのお言葉に甘えちゃおうかなー。大きいベッドを一人で使わせてもらっちゃうねー!」
………………………………………………………………どうやら二人は一緒のベッドに寝るのもそこまで……らしいな。これも仕方ないかぁ。
「レイ?三人一緒に寝ることも可能よね?」
「うん。それでも大丈夫だよ」
まぁ喧嘩せずに決まるのならそれが一番だな!
ベッドに入り、目を瞑ってしばらく時間が経ったのだが……むっ!眠れない!なんか眠れない!目が冴えまくりである!隣で寝ているキースはやはりぐっすり!やはり寝る子は育つ!しっかり寝るんだぞ!
とりあえず一旦ベッドから降りるかな同じベッドで寝ている二人をを起こさないようにゆっくりゆっくりと。そろりそろりと物音も立てずに降りることに成功だ。
ちらりと周囲を見渡すのだが、母さんも魔女も目を瞑っているから多分寝てるのかな……一応穏やかな寝息を立てているな。つまり起きているのは俺だけか。と、思いきやキィが俺が急に起きたのに反応してか、するりと足元に近づきにゃあと一声だけあげる。『何かあった?』と聞いているようだ。なので俺も小声で答えるとしよう。
キィの目線にできるだけ近づけるためによいしょと屈みこむ。ついでにこしょこしょとキィの顎下を掻いてあげるとんにゃんにゃと気持ち良さそうに喜んでくれている。ここがいいのか?ここが気持ちいいんだな!
「特に何かあったわけじゃないんだ。ただ単に寝れなくてなぁ」
「にゃ」
「なんでだろ?俺って寝つきは割といいエルフなんだけどなぁ。でもいつもの悪夢見たわけじゃないから、心配しないでくれ」
しかしキィとの会話を楽しみつつも、目は冴えていく一方である。これはむしろ再びベッドに入って微睡むのを待つよりかは……
「ちょっと夜の散歩でもするかなぁ」
「にゃにゃ」
「うん、少しの間頼むな。家で何かあったら呼んでくれ」
こっそりと物音も立てないように家を出る。涼やかな風が吹き、ガサガサと何かの動物が音を立てている以外はとても静かな森の中だ。夜ではあるが、天からの月の光は辺りを照らしそこまでは暗くない。夜の散歩日和である。
まぁ目的も何もないから適当に歩いて、適当に満足したら戻るかなぁ。よぉし出発だぁ!そうしてとりあえず森の入り口の方に向かって一歩目を踏み出し……
「レイ。どこに行くの……?」
「うわ!?母さん!?」
背後からの声掛けに流石の俺も驚きである。後ろを急いで振り返るとやはり母さんだ。浅く息を吐いているのが見て取れるのだが、つーかさっきまで寝てたじゃん!
むしろできるだけ声を抑えて器用に叫んだことを褒めて欲しいくらいだ。もうすっげぇ身体がびくぅ!ってなったぞ。
「び、びっくりしたぁ……あぁ、もしかして俺が起こしちゃった?」
できるだけ物音も立てないように気を付けていたけれど失敗したかな。いやでも、さっきまで絶対に寝てたよなぁ。
「………………………………………………………………いえ、そういうわけではないの。偶然起きていただけよ。レイはどうして外に?」
「俺はなんか眠れないから散歩でもしようかなと」
「それなら……私も一緒でも平気かしら」
「もちろん!」
一人で散歩するよりも二人の方がきっと楽しいしな!そうだ!母さんの近くまで戻って、せっかくだから手でも繋ごうか。小走りで近づくと、母さんはほんの少し嬉しそうに笑ってくれた。ただ見上げてみると、その表情は若干疲れてるようにも見えた。
そうして疑問を浮かべながらも母さんの手を握ると、少しだけ汗でしっとりとしているのに気が付いた。あぁ、そっか。
「……ごめんなさい。俺はもうどこかに急にいなくならないよ。大丈夫だよ」
「そうよね……わかってるつもりなのに。少しだけ怖くなってた」
もう一方の手で額の汗を拭う母さんは見るからにホッとしているようだ。心配を掛け続けている俺が悪いということは重々承知で、けれども母さんのそんな姿を見ると心がチクリと痛んでしまう。そうだ。親といえでもずっと
強いわけではないのに。
正直、俺にできることは謝ることだけだ。それでも未だに心配を掛け続けているのは変わることはない。きっと俺がここにいる限り。多分親とはそういうものだ。
「……じゃあ一緒に散歩しようか」
「そうね。そうしましょう」
母さんは穏やかに、優しい声色で返答する。これから始まるのは二人きりでの散歩だ。そういえば今日はほとんどの時間で、母さんと一緒にいる時は大体は他の人がいたんだよなと思い出す。
ゆっくりと二人で手をしっかりと繋いでただ歩いていくだけだ。夜行性の動物もここにはたくさんいるし、森の装いも月の光で別の姿を見せてくれる。
「ガーランジュでは夜の森を歩くことなんてなかったからとても新鮮だわ」
「でしょ?しかも夜の森は昼間と様子が違ってまた面白いんだよ。あれ!見て!フクロウ!めちゃくちゃ目が光ってる!」
「………………………………………………………………私の想像してたフクロウに比べると何倍も大きいように見えるのだけど、気のせいじゃないわよね?」
「なんかこの森の動物って結構大きいのが割と多いんだ。しかも親子連れだ!俺たちと同じだねぇ」
「あ、子フクロウは普通の大きさなの!?どういう成長曲線を!?」
よかった!母さんも驚きつつも楽しそうだ!
そうやって俺は母さんと会話をしながら、のんびりと歩いて夜の森を進んでいく。ふと一つの考えが思い浮かんだ。母さんの今日の姿からもわかったことだ。結局のところ、親は子どもがとても大切だ。生き物であるのなら多分それが自然の摂理なのだろう。
父さんや母さんが俺のことを必死に探してくれていたように。きっとキースが俺と同じような状況なら、俺も親として同じ行動をとる。理由なんてわかりきっていて、やっぱり子どもが大切だから。
様々な事情があるのも頭では理解していて、確かに置いていかれるのは決して珍しいことでもない。ただ……それでもどうして……キースの本当の親はこんな森に小さな赤ん坊を置いていけたのだろうか。