▽▽▽
「じゃあー、私は朝にはここを発つけど何か共有しておきたいことあるー?」
「…………………………………………何かわかったらどんな方法でもいいから、すぐに連絡をしなさい。それだけよ。相応の報酬は出す」
「あはっ!そのセリフと同じようなことレイちゃん探してた時も言ってたねー!まー今回は任せちゃってくれていいよー?」
「そうね。任せる」
「……なんか素直でつまんないなー。もっと悪態つくかと思ったのにー」
「契約まで結んだ協力関係の相手に対して、これ以上言うことはないわ。それに……」
「え?なになにー?それにー?」
「あなたはレイを決して裏切らない」
「……………………………………………………………………………………まぁはい。そうだけど?やっぱりはっきりと面と向かって言われると恥ずかしいんだけど?止めてくれない?」
△△△
「じゃあ今日も少し出かけるわね。今日で色々とまとまるはずだから、安心して」
「はーい。いってらっしゃーい」
そう言うと朝早くから母さんはまた出かけていった。その後ろ姿を見送るのは俺とキースである。隣のキースを見下ろすとむむむっとした顔で手を振っている。キースがむむむっとした顔の時は大体は『残念……』という意味である。
「おばあちゃん、いそがしそう……」
「そうだなぁ……よし、キースは俺と魔法で遊ぼうか」
「ほんと!?じゃああれがいい!しゃぼんだまでどらごんつくって!」
「いいぞぉ!ドラゴンバトルしよっか!」
想像以上に嬉しそうにはじゃぐキースに笑みが零れる。そうして朝からシャボン玉によるドラゴンバトルが始まるのであった。楽しいぜ。
さて、もう何だかんだで母さんが来てから五日が経っている。なかなか衝撃的な一日目が終わると、二日目からは母さんも何やら忙しくバタバタと動き回っていた。しかもこの町に留まらずに、町から少し遠くにも行って忙しそうだ。
訳を聞こうにも『……実はこの国自体に色々と無茶して来てて。その後処理とちょっとした『お願い』をするために、ね?』と内容をぼかされてしまい、深くは聞けずじまいである。多分表向きには出張という体なのだろう。
…………………………………………だが『色々と動き回っている』というのは俺関係のことなのが推測できるため、申し訳ないやら何やらだ。流石にその内容まではわからないが。
あと魔女も当初の宣言通り、来た次の日の朝には普通にどこかへ行ってしまった。『それじゃあ私も色々とやることあるからー、まったねー!』とあっさりである。急に来て急に行く、なんと自由な。
まぁそれなら仕方ない。俺も別れ際、魔女用に買って保管していたカルグリゾートのお土産を手渡すと、お返しに……形容が難しい丸くて赤い置物をくれた。
見た目は石のようなのにぷにぷにした触感かつ、つるつるした手触りでたまに蠢いているのだが置物らしい。
置き場から勝手に移動していることもあるが置物らしい。置物とは?ちなみに今日の朝はベッドに潜り込んでいた。置物か?
……今ふとその置物を見たら、ぴょんぴょんと床を飛び跳ねてキースと一緒に遊んでいた。最近の置物はすごいなぁ。まぁ仲良く遊べるならヤバいものでもないだろう。つーかヤバいものなんて魔女も渡さないだろうしな。
それにしても色々とは便利な言葉だなぁ。二人ともぼやかし過ぎだぜ。しかしそこに対して深く追求しないエルフこそが俺なのだ。いつものように薬の個別依頼をこなしつつ、普段通りの一日だ。キースとキィも母さんがいる生活に溶け込んで、日常の一部になり始めている。母さんも忙しそうに動き回る一方で、夕方頃にはこの家に帰ってくる。
ただ…………………………………………何となくだが、『そろそろ』だろうなとも思うわけだ。何故なら母さんが来ている目的を初日には知っていて、それは俺自身の状態のせいで達成できない。
結局のところ、やはり俺はガーランジュには帰れないのだから。ならば、できることなんて決まっている。これ以上母さんの時間を無駄にするべきではない。
夕方になり、母さんがいつものように帰ってきた。そしてここ数日の日常となっていたように、皆で夕食をとり、取り留めのないお喋りをして……キースを寝かしつけた後、頃合いを見計らっていた母さんが曖昧な微笑みを浮かべて俺に声を掛けてくる。
そこから読み取れるのは寂しさが入り混じったものだ。うむ、じゃあ明日なのかなぁ。
「レイ。お話があります。少し、いいかしら」
「うん、もちろん。薬草茶を淹れるから座って待ってて?」
長い話でもないだろうけれど、まぁゆっくりと話すためにも。それでも結論は決まっているのだけど。
温かい薬草茶をカップに注いでテーブルに置く。夕食時には料理の皿で賑わいを見せていたテーブルも、今ではそれだけである。足元をうろつくキィが心配気に見上げているのをひと撫でしてから俺も席に着くことにする。キィも何を話すのか気になっているのだろうな。
お互いに薬草茶を一口飲み、二口飲み。喫茶店で飲んだものとは違う種類の薬草茶は気持ちを穏やかにしてくれる。母さんも同じだといいな。
それでも無言の時間は長くなく、母さんはカップを置くと儚いけれど柔らかな笑みでふっと息を吐きだす。そこはかとなく真剣さも滲んでいる。
「…………………………………………最終確認のために聞くわ。現時点ではあなたはガーランジュに戻ることはできない、ということよね?」
「そう……だね。自分自身のことは自分がよくわかってると思うから。ごめんなさい」
俺も自分の至らなさを自覚しつつ、はっきりと母さんに意思表示をする。多分、今のまま帰ったところで意味はない……単純に怖いというのもある。自業自得の結果なのに、怖いと思うのはズルいだろうけど。
そうでなくても、責任の何もかも放り捨ててこの国を出る選択肢もない。俺自身の『帰るのが怖い』という自分勝手な理由がなくてもだ。キースに関しても急に明日俺と一緒にこの国を出て、遠い遠いガーランジュに住むのはあまりにも乱暴すぎる。
「謝らなくていいの。これは事情を知って、レイがそう言うであろうことを予想したうえでの最終確認。そのためにここ数日は色々と準備していたの。無理矢理連れ帰るつもりは全くないわ」
母さんは目を伏せ、ゆっくりと首を振る。実際答えありきの問いだったというわけだ。
…………………………………………母さんが忙しく動き回っていたのはやはり俺のためだったようである。予測していた通りであり、申し訳ない気持ちにもなる。その『準備』の内容までは敢えて聞かないけれど。
そして最終確認と明言するには相応の理由があるはずだ。
「ねぇ、母さんがこんなことを改めて聞くってことは?」
「レイが察しているように、明日にはガーランジュへ発つ手筈になってるの」
「…………………………………………そうだよね」
大方の予想通りの返答だ。母さんとしても、当初は俺をガーランジュに連れ帰るつもりだったと思うが、それは叶わない。ならば、うん。そうなるのは当然の帰結である。正直、相当な無理をしてこの国まで来たのは俺にも理解できる。それ程までにここは遠いのだから。そして無理を通すのなら、ある程度のコストを支払っている。
決定したことを淡々と話しているように見えて、母さんは唇を噛みつつ、眉間に皺を寄せて申し訳なさそうで。母さんがそんな悲しそうな顔をする必要なんてないのに。
…………………………………………そうだ。そんな顔をさせるべきではない。母さんが申し訳なく思う必要もないのだ。
だから俺がやるべきなのは……本当でも嘘でも母さんを安心させることだけだ。遠くの国にいても『それでも平気』だと思ってもらえるように。未だに温かみがある薬草茶を飲み、その後に俺は話すことにした。できるだけ笑顔で。
「母さんはさ、ここに来てどう思った?俺の周りにいる人たちを見て、どんな風に感じた?」
俺からの質問に母さんは何度も瞬きし、口元に手を当ててほんの少しだけ考えるような素振りを見せる。だけど考える時間は短い。
「……率直に言えば『あぁよかった』と。ここで会った人、話した人、町での雰囲気……感じたものを総合するとそうなるわ。レイが受け入れられてると、確かに思えた」
多分これは母さんの心からの言葉だと思う。もしもここで俺が受け入れてもらえていなくて、泣いているようだったら無理矢理にでも連れて帰るだろう。でも違う。母さん自身が見たものが全てだ。
眩い程の日常がここにもある。その中で俺は暮らしている。それを知ってもらえたと思うんだ。
「うん。母さんも俺と同じで、そう思ってくれてよかった。手紙に書いてた通りだったでしょ?」
「……」
「だからね、うん。大丈夫。心配しないでとはもう決して言わないし、自信を持っても言えないけれど……俺の周りにいる人たちが、住んでいる場所が俺は大好き。楽しいことがあったり、面倒くさいこともあったりするけどみんなみんな、大好き。俺はここに来れてよかったと思ってるんだ」
面と向かってこんな普通のことを言ってしまうのは照れるが、この結論に尽きる。ここにやってきたきっかけはどうあれ『俺は何だかんだで楽しく過ごせています』と母さんには見て欲しかった。本当は父さんにも見て欲しいけどね。それはまた今度の機会だろう。楽しみは取っておくのが一番だ。
「…………………………………………そっか。そっかぁ」
母さんは俺の言葉を噛みしめるように呟く。きっと母さんは完全には安心してくれていない。当然で仕方ないことだ。だけど俺が、俺自身がしっかりとここで生きていることを伝えるのが大事なんだ。
それから俺と母さんは寝るまでの間、他愛のないの話を続けた。今までのことであったり、これからのことであったり。まぁ本当に大したことではない。ただ話をしていると、明日が来るのを遅らせられる気がしただけだ。
「えー!?おばあちゃんっていっしょにすむんじゃなかったのー!?」
「キース、ごめんなさいね。私も本当はもっといたいのだけれど……」
「やだぁ!かえっちゃやだぁ!」
次の日の朝、家の皆で母さんを見送りしようとしたのだが……思いの外キースがやだやだしている。珍しい。魔女が去る時には『またねー』くらいの温度感だったのに。
この短期間でここまでキースの好感度を稼ぐとは……流石は母さんと言ったところだろう。母親の先輩なだけあるぜ!しかしこれでは埒が明かないのも事実。俺はキースの目線に合わせてしゃがみ込む。
「キース?母さんが困ってるぞ?」
「ままぁ……だってぇ……」
キースは母さんに涙を見られたくないのか俺に抱き着いて顔を押し付ける。むむ、涙を見せないように隠すその心意気!立派である。
「でもねキース?ずっとお別れじゃないよ。また会えるよ」
「…………………………………………ほんとう?」
「本当本当」
生きてる限りはいつだって会える。そういうもんだ。キースはそれから少しの間は泣き止まなかったが、しっかりと涙も鼻水も出し切り、渋い顔をしながらもきちんと母さんに『ま゛た゛ね゛』をしていた。こうやって男の子は成長していくのだ。偉いぞキース。
俺は頑張ったキースの頭を優しく撫で、母さんに目を向ける。爽やかで晴れ晴れとした表情だ。しかしそれは表面上だと思う。俺も同じ気持ちだ。お互いに安心していると、心配なんてしていないと虚勢でも張っていないと辛いのだ。
だけどまた会えるから。前回みたいな置手紙ではない、言葉と言葉を交わせるこの距離でのお別れだ。
「母さん。一応今回はちゃんとしたお別れになるね。置手紙なんかじゃない、顔と顔を合わせたしっかりとしたお別れだ」
「もうあんなことしちゃダメよ?あれはなかなか堪えるもの」
「わかってるってば」
そこを突かれると俺は正直気まずい。目を逸らして『俺、気まずいです』という意思表示を行っていると、母さんががばっと抱き着いてきた。
「手紙も出しなさい。たまにでいいから」
「うん」
「あなたはちょっとたらしな部分があるから女性関係……いや、同性関係にも気を付けなさい」
「うん……うん?」
そうして母さんはたくさんの言葉を俺に投げ掛ける。時折ううん?と首を傾げそうになるのもあるけれど。それにもきっと意味があるはずだ。
「……レイが安心して帰って来られるように頑張るから」
「…………………………………………うん」
強く抱き締めてくれる母さんに俺も応える。本当は離れたくなんてないけれど、俺は結構我慢強いエルフだ。だから、大丈夫。会えなかった時間を埋めるように長く長く抱き合う。
「…………………………………………あと魔法陣を書いた布を二枚置いていっているわ。魔力を込める時間はなかったけれど、レイならすぐに込められると思う。赤線は緊急用で、青線は……見てからのお楽しみよ」
「えぇ、いつの間に……まぁ込めるけどさぁ」
小声で俺にしか聞こえないくらいの声量でそんなことを伝えてくるではないか。赤線のが緊急用で、青線が、何て?最後の最後で茶目っ気を出されると俺も驚いちゃうぞ。
「じゃあ名残惜しいけれど。レイ、キース、キィさん。また会いましょう」
そうして笑顔で去っていく母さんの後ろ姿を見て、何だか寂しくなって。キースとキィにはバレないように涙を零してしまった。だけど、それでいいんだ。寂しいのは本当のことだもん。そう思うことは我慢しなくてもいいんだ。
母さんが去って少し経ってから、いつも通りキースと共に教会に行くと神父が辛気臭く書面を確認していた。なんだなんだぁ?
「おー?神父ー?どうしたんだよ、そんな微妙な表情しちゃってさぁ。困りごと?」
「困りごとってわけじゃあないんですけどね?あの……レイさん?とんでもない寄付金がうちの教会に来たんですけど……これってやっぱり?」
神父が差し出した文書をちらりと読む。ふむふむ。なるほどね。
「寄付者がエルリードだから、確実に母さんからの寄付金だと思うぜ。うわすっごい金額だな。せっかくなんだし教会の修繕費用に使っちゃえば?あそこの屋根、結構ぼろぼろになってそうだし」
俺が指差した部分の屋根はお世辞にも綺麗とは言えない。あれ、絶対その内雨漏りするんじゃねぇかなぁ。剝がれかけてるところもあるじゃん。むむむ!こうして眺めるとだいぶ傷んでるじゃないか!
「…………………………………………いや、修繕費用にしてもだいぶ余りそうな気が……」
「……じゃあ余った分も何かに使っちゃえば?あ!例えば神父の好きな」
「はい、待ってください。レイさんが何に使えと言いたいか予想できてしまったので、言わないでくださいねぇ?そんなのに使えないでしょうが……」
「冗談だってば」
俺は笑いながら神父の背中をぺしぺしと叩く。あぁやはり良いな。こんな感じに過ごすのって。俺はそんな風に思いつつ、ガーランジュの家族に向けた手紙の内容を考えていくのであった。