「あ!ママ!クマがきてるよ!」
「んー?」
完成した咳止め薬に魔力を流し込んでいると、人型になっているキィと遊んでいたキースがそう言って窓を指差す。ちなみに魔女の置いていった置物も遊びに参加していたけれど、何なんだろうなあれ。
それはそうと、なんだぁ?と指差した窓とそのコンコンと叩く音に目を向けると、そこにはいつも御贔屓にしてくれているクマがいた。蜂蜜とか魚をよく持ってきてくれる物々交換クマである。
心なし控え目に窓を叩いているので……いや?控え目だけどすげぇ早さで叩いているな……もうコンコンじゃなく、ココココココンくらいだ。こんなの絶対緊急事態だろ……
「なんか……ヤバそうだな。今行くぞー!」
なかなかの急用だと察知した俺は急いで窓を開けると、クマは身振り手振りで何かを伝えようとしてくる。まぁそれで大体わかるからな。
ふむふむ。森の奥の洞窟?あーはいはい触手の!んで、元気がなくて心配だから見に行ってあげて?きっと元気になるから?…………………………………………なるほどね。つまりはこの最優最高最善薬師エルフの俺に白羽の矢が立ったというわけか。フフン!その選択、正解!何故なら俺を頼ってきた時点で即ち解決であるからだ!
とりあえずそこはかとなく元気の出る栄養剤を持っていくのがいいかもしれない。専用の栄養剤は魔力たっぷりにしてあげると触手の張りが違ってくるそうだ。そんな感じのことを以前伝えてくれたし。触手の動きで。
「よし!把握した!すぐに栄養剤を調合し、早速向かうとしよう!任せてくれ!」
内容を大体把握した俺は胸を張って高らかに宣言する。俺のそんな様子を見たクマは窓の外から鼻先を近づけて嬉しそうだ。うお、めちゃくちゃふんふんしてくる。生暖かいね。
「…………………………………………ご主人、あれで内容がよくわかりましたね」
「余裕だ!調合が済み次第、触手の子のところにちょっと行ってくる!」
「……ないとは思うんですけど、危険だと感じたらすぐに呼び出してくださいね?というか付いていきますって」
俺たちの様子を眺めていたキィが思ったよりも心配している。でも調子の悪い知り合いにただ会いに行くだけだ。何の危険の可能性もないのは確定的である。
「はっはっはっ!平気平気。顔は見たことないけど知らない仲でもなし、危険なんかあるわけないって。ちょっと様子を見に行って大丈夫そうならすぐに帰ってくるし」
「本当かなぁ。ご主人は楽観的なところあるから……やっぱり付いて」
「キィは心配性だなぁ。そもそも俺の危機管理能力はこの森一番だぜ?何の憂いもないよ」
「あ!わかった!こんなポヤポヤした言動だから私も心配になるんだ!納得!」
キィの怪訝そうな目線と冗談を笑って受け流しつつ、俺はすぐさま栄養剤の調合に取り組むのであった。腕が鳴るぜ!
がんばれー!とキースの元気いっぱいな声ともう自己判断で行きますから……と若干諦めの混じったキィの声に対して自信満々な両手ガッツポーズで応え、クマの背中に乗って現場に移動だ。専用の栄養剤もしっかり持ったし、髪もきっちり結んで、お気に入りのローブも着込んだ!もう何の心配もないな!これこそが危機管理能力最大エルフたる所以である。
「出発だー!」
目的地の方に向かって指を差して出発だぁ!楽しそうな俺の宣言に呼応するかの如く、クマもまた同じく楽しそうに動き始めてくれた。ぴょんぴょんと飛び跳ねてるぅ!ぐわんぐわんと縦に揺れて、横に揺れて激し過ぎて吐きそう。しかし流石はノリの良いクマだ。絶妙に高い今日の俺の元気に付いてきている。
え!このままで行こうかって?………………………………………………………………うん。まぁでも普通に行こうか。吐いたら元も子もないし。そんな感じでふわふわした出発になった。
さて、俺たちが住む家よりももっともっと森の奥深く、そこまで奥深くには特殊な薬の素材を採る時にしか俺も行かないけれど……まぁ要は頻繁には行かないくらい場所だな。そんな場所のなかなか禍々しい洞窟に触手ちゃん(仮称)はいる。
実際の姿形を見たことはなく、そもそも洞窟の入り口付近ででけぇぬめっとした触手が出迎えてくれるだけなので正体?はわからない。いや、もしかすると触手が本体なのかもしれないが。
桃色に近い触手が器用にうねうねと蠢き、その動きを見るだけでも割と感情はわかりやすい子だ。しかも会いに洞窟の入り口に行くとすぐに身体に巻き付いてくるので結構人当たりも良い。
ただ度々触手から出る粘液を口に突っ込もうとするが、それも多分友好の印だろう。ちなみにまぁまぁ甘い。
というか。
「ねぇねぇ、元気がなさそうって言ってたけど一体どんな様子なんだ?」
家から目的地に向かって、四足歩行のなかなかの速さで駆けるクマに問い掛ける。ふわっと元気がないーというのは理解できたが、よく考えるとそれが体調不良によるものなのか、それとも違う理由によるものなのか詳しくは聞いていない。
問い掛けたことでぴたっと止まったクマがこちらを見やる。その表情からは『いや……正直自分もその辺の詳しいことはわかんない。ごめんね?』と言いたげである。きゅるんとした可愛らしいつぶらな瞳で見つめられると俺は何も言えねぇ。
え?じゃあ現状、元気がないよーってこと以外何もわからないまま、安請け合いして突撃しようとしてる形か?
………………………………………………………………ま!行けばわかるかぁ!
さて特に問題なく洞窟前まで到着。クマは当然速いのでそこまで時間がかからなかった。今まで乗った中で五番目くらいに速かったぜ。
そしてクマの背中から降り、ありがとうの意を込めて頭や顔を撫でまくる。しかしこれだけではお礼が足りないよなぁ?俺はごそごそと腰に付けた袋を探り、エルフ印の特製蜂蜜玉をあげることにした。蜂蜜を生地に練りこんで、丸めて蒸したもちもちした食感の携帯食だ。六個あるそれを……五個あげる!実際のところ、ほぼクマ用に持ってきていただけだが。
「クマはこれ結構好きだよなぁ。あーんして、あーん」
クマは待ってましたと言わんばかりに、大きく口を開けてくれたのでそれらをひょいっと入れてあげる。五個もぺろりと美味しそうに咀嚼してくれると、作った俺も浮かばれるというものだ。嬉しい。嬉しいから俺も食べちゃうか。
俺たちは洞窟を前にし、並んでもぐもぐと食べ続ける。しかし俺は一個の半分で今は十分だから、物足りなさそうなクマに残りの分をあげることにする。すっと差し出すと『いいんすか?』みたいな顔をしつつも、綺麗に丸呑みしてくれた。そんなに好きならもっと持ってくればよかったかもなぁ。
「うんうん、良い食べっぷりだ!クマ、ここまで連れて来てくれてありがとう。後は任せてくれ。ちょっと様子を見てくるよ」
あげた分の最後まで食べ終わり、満足気なクマがゆっくりと戻っていくのを手を振って見送る。そうして姿が見えなくなってから辺りを見渡す。森の奥深くだからか一層木は生い茂り、そのおかげで周囲は薄暗い。薄暗いけど別に怖い感じはしないな。むしろ気分が上がってきた。
「おーい。元気がないって聞いたから来たけどー!」
俺は洞窟の入り口付近で大きな声で呼びかける……返事はない。恐ろしい程に静かだなぁ。まぁ今まで返事というか声すらも聞いたことないから平常通りではある。だがいつもならば、入り口に近づくとすぐさま触手がお出迎えしてくれるのにそれがないのは心配だ。
むむぅ……まぁ洞窟に入るか。どちらにせよ専用の栄養剤を持ってきているのだ。様子も見に行くのが目的だしな。
「入るぞー?」
一応……?洞窟も触手ちゃんの家のようなものだろうし、もう一度洞窟の奥に向かって声を掛ける。しかし帰ってくるのは反響した音だけである。ここまでくると静か過ぎて変だな。逆にちょっとわくわくしてきた。心にいつも冒険心を宿すエルフの俺はこういった感じなのは嫌いではない。
逸る気持ちを抑えながらも、そうして洞窟内部に足を踏み入れる。しっかりと洞窟内部を探検できる機会もあまりな……
呑気な気持ちでいると洞窟の奥、ほとんど暗闇の中から勢いよく飛び出してきたぬめぬめとしたものが身体に絡みつく。一本ではなく十本は超える数だ。うわっと声を出す暇もなく優しく絡みついたそれにに引っ張られる形で、そのまま俺は洞窟の暗闇へと連れ去られてしまった。
そしてあまりの速さに段々と意識が遠のいていく。あー意識が闇に落ちるー……
「うんしょ、うんしょ。壊さないように、傷つけないように運ぶのってなんでこんなに難しいんだろ?大丈夫かな?おーい、エルフの薬師さん。早く起きないと……」
真っ暗だった意識が少しずつ光を帯びてくる。目を瞑った状態はあるが、妙にぬとぬとした物体が頬を撫でているのだけは感じられる。しかも近くで声もする。しかし身体は何か柔らかく生暖かいものによって縛られているようだ。ただ痛みはない。
………………………………………………………………状況把握のためにも起きなくては。
「んん……」
「あ、よかったぁ。起きた起きた」
目をゆっくりと開けば、眼前には目隠しをした人間の女性?がこちらを覗き込んでいた。しかも地面につきそうな程に長い薄緑の髪である。全身を覆う布を一枚纏っただけで何だか不思議だ。
疑問形になってしまったのは明らかにその女性の背中からたくさんの触手が出ていたからだ。頬を撫でていたのも、今現在俺の身体に巻き付いているのも、その女性の触手のようだ。
この見覚えのある触手……ということは!何者かわからなければ警戒もするが、そうでないなら別だもんな!
「触手ちゃんかぁ!」
「しょ、触手ちゃん?誰それ!?」
なるほど!これが本体ってことかぁ!納得!
洞窟内だと言うのに俺たちのいる場所は非常に明るく、周りをよくよく見ると大きな祭壇っぽいものが鎮座している。ただ若干古めかしいというか、言い方は悪くなるがボロボロである。どれくらいボロボロかと聞かれると、俺がこの国に到着した時の服くらいボロボロだ。ギリギリその役割を成しているといったところか。
「いや、実はな?元気がないってクマから聞いて急いで来たんだよ」
触手ちゃんに洞窟まで来た理由を端的に説明する。流石に一気に洞窟の奥まで連れてこられるとは思いもしなかったけれど。
俺は触手に吊り下げられるようにして、触手ちゃんと目線を合わせている。吊り下げられているのだが、全然苦しいとかはなく、むしろ楽ではある。だが自分の足で立てるんだが?降ろしてー。あ、バタバタしてもびくともしない。強い。
「うふふ、そうだよね。来てくれると思った。クマくんに『うえーん、しんどいよー。薬師さん連れてきて欲しいな?』って伝えた甲斐があったよ。やったね!」
ちょっと泣き真似をしつつも、思ったよりは元気そうだなぁというのが俺の感想だ。もしかすると無理をしているのかもしれないし判断が難しいな。
「何だか見た感じはそこまで体調が悪いわけでもなさそうだな?あ、そうだ!とりあえず専用のいつもの栄養剤渡しておくぞ。簡易的だがしっかり魔力も込めてるし、効果は良いから安心してくれ!」
未だに何故か触手によって拘束されたままのため、俺の手で腰の袋から取りだすことはできない。ほら、ここに入れてるから取ってくれと促す。腰の辺りを揺らすことなんて簡単だ。ここから取りな!
「うーん。目が悪いからちょっとわかりにくいなぁ。くすぐったいかもしれないけど、ごめんね?」
そう言うと、触手ちゃんが手や余っている触手を使って、俺の身体を隅々までペタペタと触り始めた。うむ。やはり触手はぬめぬめしているな。
「違うよ。そこはうなじ。もっと、かなり下だよ。そこは胸だって。下の……腰の袋だってば」
「本体で触れるのって久々だから調整が利かなくて。ふむふむ。あ、これだね。ありがとう!嬉しいなぁ」
思う存分、散々全身を隈なく触られた後に栄養剤を見つけることができたようだ。フフン!世話が焼けるぜ!
「わかってると思うけど、摂取すればすぐに効果が出るからな。これで元気いっぱいだぞ」
「うんうん。こうやって今まで薬師さんが色々とくれたおかげで、とっても元気になれそう。そうそう、森の皆も喜んでたもん」
お!喜んでくれてるな!触手ちゃんは口元の笑みを絶やさずに、声色も明るい。後ろに控えてる触手もうねうねと狂喜乱舞している。わかりやすいなぁ。つーか多くない?さっきよりも増えてる気がするし。
ふと気になって首を動かせる範囲でちらっと全体を見渡すのだが、今ではこの空間の半分を埋める程度の触手が元気に蠢いている。すげぇ活発だな。あ、種類もいつものだけじゃなくて、木の枝っぽいものとか吸盤みたいなのが付いてるのとか……多種多様だ。
「………………………………………………………………本体で会うのは初めてだと思うんだけど、そこに反応はないんだね?」
俺がきょろきょろと見て『触手が大量だぁ』と感心していると、突然そんな風な質問が飛んできた。むむむ?どういう反応が欲しいのだろうか。まぁ見たまんまの答えがいいのかな。
「そうだなぁ……森っぽくて良いと思う!」
「……自分でも言うのもなんだけど、森っぽくはないと思うよ?」
「いやぁ?森の化身らしくて俺は好きだよ」
「………………………………………………………………ふぅん。本体で出てきてよかったよ」
あれ?この答えで正解か?まぁ喜んでるっぽいからいいかぁ!触手が甘い粘液を飲ませようとしてくるし、多分機嫌も良いのだろう。
しかしこの状態は些か動きにくい。しかも今日に関しては、栄養剤を渡して様子を見に行くくらいの気持ちだったし。実は教会に用事があるのだ。常備薬を渡しに行く日だからな。フフン!意外と俺も忙しいのだ!
「でもそろそろ放して欲しいかなぁ。触手がこんなに絡み付いていたら動けないし、家にも帰れないよ」
「まだまだ。今までのお礼もしてないし……それに君はここで暮らすんだから、帰らなくていいんだよ?」
触手ちゃんは心底不思議そうに言う。なるほど………………………………………………………………今日はちょっと帰るのが遅くなるかもしれんな!!