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『もー!一応、これって正当防衛だからねー!ちょーっと挨拶しに来ただけなのに……でも手間が省けた。宣言通り今この瞬間から、私が森の支配者ってことで!あ!もちろん仕返しに来てもいいけどー……って無理だよねーその状態じゃ。元通りに再生するまで時間がたくさんかかるもん』
『そうだ!ついでに血の呪いも掛けとくねー。いわばー弱体化ってやつ?でも私ってばほら、平和主義者だから!無益な争いも苦手だしー、命までは取らないよー。ま、だからさー。しばらくの間そのまま乾いときなよ。元、森の主さん?よーし、好き放題しちゃうぞー!まずは家からかなー、道も作りたいなー』
女吸血鬼は楽し気にそう言って去っていった。悔しいが敗者はその結果を受け入れなければならない。それに今は少しでも再生するのに集中しなければ。
どれ程の時が経ったのか。呪いとやらで阻害されながらも少しだけ再生できた。しかし、ほんの少しだけ。小さな細い触手を一本動かせる程度。洞窟からそれだけを伸ばして、這いずって。
栄養、栄養が足りない。このままでは朽ちてしまう。何かないか。森の皆を呼び出すのにも、力が戻っていない。このまま動き続けること自体、きっと命を縮める行為だ。
あぁそれでも。洞窟の外が見たい。光を感じたい。森の仲間たちは平気だろうか。
『魔女はあまり奥の方には行かない方がいいよーつってたけど、普通に素材採集しに行くよなぁ……………………あ。行き倒れの触手だ。初めて見た。触手って森で生まれるもんなんだなぁ。世界はまだまだ広いぜ』
そうして洞窟から這いずり出たところで幼くも美しいエルフを見つけた。しかし本来ならこの森にエルフはいないはずだ。どこから来たのだろうか。いや、ちょうどいい。森の部外者からなら、多少手荒に栄養補給をしても良いだろう。そう決めて狙いを定めようとする。しかし、力が出ない。そもそも手荒な手段を取れるだけの力さえ残っていなかった。
こんなにも警戒心なく近づいて来ているのに。己の手で栄養補給することすらできない。できるのは、ただ幼いエルフの細い腕に巻き付くことだけだ。
『わっ!巻き付いてきたぁ!え、よわ……あーはいはい。あの洞窟の奥から伸びてて?そこから這い出てきたとか?あーあ、すげぇカサカサに干からびてるなぁ……ふぅん、要は死にかけなんだ………………………………………………………………ふぅーん』
力ない触手を丁寧に解きながら、幼いエルフは何でもないように呟くとそのままどこかへ走り去ってしまった。これでもう無警戒で近づいて来ることはないだろう。
無駄なことに貴重な力を使ってしまった。これで洞窟内に戻る余力もなくなってしまった。予想していた以上に消耗が激しい。このまま誰にも気づかれずに朽ちるのを待つのみだ。
ところが日が落ちる寸前、再び幼いエルフが現れた。ふらふらと足取りは覚束ないが、明確な意志を持ってこの場に来たという様子だ。手には何かしらを携えて。
『うえぇぇ……いっぱい走って気持ち悪くなってきた……………………おい、まだ生きてるか?魔女の家にあった素材での間に合わせだが、一応栄養剤作ってきたぞ。ガーランジュの誇る……こんなこと言ってもあれか。じゃあ口を……………………口……?触手の口ってどこだ?とりあえず先っぽに直接かけるぞ?いいな?』
無造作に掛けられたそれは全体に染み込んでいく。不思議なことに触手だけではなく、洞窟内の本体だったものにも染み渡る。急激に力が戻っていくのを感じ、思わず触手を叩きつけてしまう。叩きつけた地面にはしっかりとした跡が付いた。
『急に元気になるじゃん!でもぉ、フフン!効果あり!って感じだな!まぁ?この地に轟く予定の薬師である俺の手に掛かれば造作もないっ!魔力もある程度込めてるから効果増大だしな!』
暴れる触手を抱える幼いエルフは自身の成果に喜ぶ。ただ無邪気に大きな声で笑っている。
…………………………………………どうやら助かったようだ。
それから度々幼いエルフがここに来るようになった。ニコニコと最初と同じように警戒心の欠片もない。しかしこちらとしても都合が良い。来る度に持ってくる異常に魔力が込められた栄養剤……?のおかげか、触手だけは見違える程に動きやすくなった。そして余剰分は本体の再生にも回すことができる。
本体が再生するにはまだ時間はかかるが、百年もはかからない。上手くいけばもっと大幅に短縮できるかもしれない。
しかも探知して確認してみても、女吸血鬼は現在この森に滞在していない。死んではいないだろうが、あれから随分長い時間が経っている。拠点を別の場所に移動したのだろう。大きな行動をとったとしても邪魔をされず、再生に時間を費やせるわけだ。
ある程度力を取り戻せば、幼いエルフの身体から直接栄養補給をした方が手っ取り早いのは確かだが……まぁ焦ることもない。生命の危機は既に去った。それにこちらの気が変わればすぐにでもどうとでもなる。こちらが飽きればその時は……
『調子はどうだー。お!肌?がつやつやしてるし、まぁまぁ元気になったんだな!よかったよかった。わわ、めちゃくちゃ巻き付いてくるじゃん。すげぇぬるぬるしてる。でも粘液も薬の素材になるんだよなぁ。くれるのか?ありがとう!』
まぁ、これくらいは……
『わぁ、触手が太くなってる。しかも綺麗だな。まぁ?俺の特製栄養剤を定期的に摂取すればこうなることも予想通りだな!え?本当はもっとでかい?すげぇなぁ』
……ふふふ
『来たぞー……触手が増えてる!!これは!?って持ち上げられるー!高い高いは恥ずかしいからやめろぉ!』
その気になればまだまだ増やすこともできるけど
『ん?あぁ、初めて会うよな。使い魔のキィだよ。キィ、この子は……子?まぁいいか。よく考えると説明が難しいな。あれ?なんか二人とも警戒してない?平気?』
へぇ?この場に他の雌を連れてくるんだ?
『ここに来る度、真っ先に触手が身体に巻き付くのにも慣れたなぁ。あとどうして触手を口に突っ込んで甘い粘液飲ませてくるんだ?美味しいっちゃ美味しいけどさぁ』
当然美味しく飲んでもらえるようにしてるからね
最近、ここに来てくれる頻度が減ったような気がする。違う。来てくれてはいる。恐らく、そのような気がするだけだ…………………………………………正直物足りない。物足りなさがそのような錯覚を起こしている。では何故物足りないのか。そんなのは明白だ。
触手も自分ではあるけれど、あくまで一部分に過ぎない。もっと触れ合いたい。もっともっと……一緒にいたい。
そうしてようやく本体の再生も終わった。呪いはこの身に残ったままでも十分だ。今すぐ会いたい。見てもらいたい。でも自分から行くのはちょっとなぁ。できれば向こうから偶然会いに来て欲しいなぁ。ただこの前来てくれたばかりだ。今までの傾向からすると来るのは先になる。
……………………………………………………………………………………そうだ。
うぅ……!これは体調が悪い!熱がある気がする!節々の倦怠感が!あぁ、もしかすると本体が再生できたから、身体のバランスが微妙に食い違ったせいかもしれない。あー本当に体調がー。あ、よし来た来た。そこのクマさん。今、実は体調が悪くてー、エルフの薬師さんを呼んできて欲しくてー……
は?いや別にそういうんじゃないから。え?何その表情。茶化さないでって!もう!いいから連れてきて!お願い!
ふぅ……これで来てくれることだろう。まぁ直接本体で会うだけ。真の姿を見せるだけの話だ。それだけそれだけ。変に距離を詰めようとするつもりは微塵もない。
うん、会うだけ。所謂顔合わせ。急に気分が上がらなければ、それ以上のことはしない。多分。
△△△
「一緒に暮らす前段階として、まずは触手空間に慣れることから始めようか。あそこに用意したのがそう」
「えぇ……何それぇ……」
触手空間って何?そんな疑問をよそに指差した方向に目を向けると、たくさんの触手が球形に集まりぐちょぐちょと音を立てている空間が作られていた。ちらりと見える中は、触手たちがそれはもう元気に蠢き、ぬるぬるしてそうな粘液塗れである。何あれぇ。本当に何?
「もしかして不安?でも入ってみるとわかると思うけれど案外心地良いし、それに……温かいからね。一緒に入って、一緒に触手塗れになろう。きっとあなたも気に入るよ」
「お!どんどん話が進んでいっちゃってんなぁ!」
「ふふふ、冗談冗談。あれはもっと慣れてからにしよう。相互理解を深めて、その後。いきなりあんなのに入ったら刺激が強いもの。一緒に入って全身を触手でぐちゅぐちゅに絡み合わせるのは気持ちいいだろうけど…………………………………………大事なエルフの薬師さんを嫌がらせたくないの」
そうやって妖艶に笑う触手ちゃんはどうやらウキウキである。本体とやらで話し始めてから、右肩上がりに楽し気になっていくのが明らかだ。うんうん、笑顔なのは良いことだな。
まぁそれはそれとして……どうすっかなぁ。見るからに気分上々な触手ちゃんが『ここで一緒に暮らす』と言い始めてしまったわけだが、今日の俺には用事がある。
つーか予定よりも遅くなってしまう場合、間違いなくすぐさまキィが跳んでくるは確実だ。今日に限って言えば、キィも何だか警戒心が強めだったし……何ならもう既にここに向かっている可能性すらある。そして触手に拘束されてしまっている今この状況をキィが見たら……襲われていると誤解する!とんでもない誤解である!
事態は急を要するのだ。キィが来る前に良い感じにしておかないと、このままでは洞窟内でキィVS触手ちゃんの決戦が始まる。
で、もちろんキィが勝つ。何故ならキィは強い。キィはすごいのだ。そして触手ちゃんがボコボコにされて痛い目に合うのだ。せっかく元気になっているのにそんな誤解で傷つくのはあまりにもかわいそう。それは避けねばならないだろう。
…………………………………………じゃあ説得だな!!俺の話術を見せる時だ!説得開始!
「まぁ少し落ち着くんだ触手ちゃん。一緒に暮らすと言うけど、俺たちは既に一緒に暮らしてるじゃないか。触手ちゃんはそれに気付いていないだけなんだよ」
「?」
触手ちゃんが俺の手をにぎにぎと触れつつ、可愛らしく小首を傾げる。周囲の触手も思い思いに、俺の全身を撫であげてくるのだが楽しいのかな。
「触手ちゃんは洞窟、俺はここから離れた一軒家で暮らしている。でもこの森で生きているのは変わらない。それは確かなはずだ。俺たちは森という一つの家に住んでいる……つまり大きな範囲で同居してると言ってもいい。そう思うと、一緒に暮らしていると言えるんじゃないかな。俺はそう思うよ?」
「……ごめんなさい。そういう拡大解釈は違うの。この洞窟を一つの家として暮らしましょう?」
「そっかぁ……じゃあ聞かなかったことにしてくれ」
「うん……忘れるね?」
説得失敗!なかなか思い通りにはいかないものだ。これで俺は説得の材料がなくなってしまった。触手ちゃんも言葉には出さないが『何を言ってるの……?』と困惑がその表情からありありと伝わってくる。何ならあまりにも変な説得だったのか周囲の触手たちもへにゃっと曲がり、若干の戸惑いが見られる。なんで俺が滑ったみたいになってんだよ。
しょうがないなぁ。説得に失敗したのなら手段も限られてくる。でも選びたくない手段もある。触手ちゃんを傷つけたいわけではないのだ。ただ、とりあえず無理矢理魔法で拘束を解いて……ん?待てよ?俺はそれをするうえで重大な懸念事項に思い至った。
「ねぇねぇこの触手ってさぁ、えっと今俺に絡みついてる触手のことね?感覚ってどうなってるんだ?例えば……痛みとかって本体と同調してる感じ?」
「痛覚?末端の触手の痛覚との同調は切っ…………………………………………ある。うん、痛覚あるね。すごいある。あるから乱暴にしないでもらえると嬉しい。優しく撫でて?」
触手ちゃんは一度口を閉じてから考え込んだ後、早口でそう答えてくる。
ぐぬぬ!それなら手荒な魔法が使えねぇ!でもそうだよな!触手って言うなれば手足みたいなもんだよな!切られたり刺されたりは痛いよな!痛いのは怖いもんな。
でもこうしている間にも……
「おいこらー!触手女ぁ!触手でそこへの入り口を塞ぐなぁ!入れないだろうがぁ!こっちはこのまま食い破ってもいいんだぞ!痛いのが嫌ならさっさとご主人を返せー!クソボケェ!」
あーあ!キィ来ちゃった!どうしよっかなぁ!?