「レイさん、どうしたんですか?そんなに眉間に皺を寄せて。というか外で顔を出してるのは珍しいような」
「……ん?なんだ神父かぁ」
教会の敷地内にある横に長いベンチに座って、キースと教会の子どもたちが元気よく遊ぶのを眺めていると神父が話しかけてきた。外出中だったようで、誰かしらに渡されていたであろう袋に入った野菜を両手いっぱいに抱えている。
そういや今日は病院へ慰問をしに行ってるとアリアが言ってたっけか。んで、その帰りにどこかの人にお土産でもらったんだろうなぁ。神父も意外とちゃんと業務やってんな。
「隣、いいですか」
「もちろんいいぞ。慰問、お疲れ様」
「ありがとうございます。いやぁ、見ての通り野菜をたくさん頂いてしまって。ありがたいですが、なかなか重くて腕がパンパンですよ」
よっこいせと袋を地面に置きながら座る姿はやはりくたびれている。こいつもまだまだ若いはずなんだけどなぁ。疲れてんか。
腕を摩ってひぃひぃ唸っているのを見ると、鍛え方が足りないのではないかと思ってしまうが……俺も人のことは言えねぇからなぁ。元々筋肉がつきにくかったが、この身体になってからはより顕著になった。キースを抱っこするのが割ときついのは秘密である。
「それで、キースくんに関しての悩み事ですか?」
「えっ、わかるのか?」
「……わかりやすいくらい険しい顔でそのうえ腕を硬く組んで。長い耳をへんにょりさせてたらねぇ?流石に何かはあるでしょ?」
……やるじゃん。じゃあ神父に聞いてみるか。俺の今の悩み事をな。
「キースがな、俺のことを『まま』って呼ぶんだ」
遠くで遊ぶキースから目線を隣にいる神父に移し、俺は努めて神妙かつ真剣に言う。少し首を傾けないと神父の顔が見れねぇのは不便だなぁ。神父もアリアも背が高くて羨ましい限りだ。
「……うん?それって何かおかしいことあります……??あぁ、『おかあさん』とかの方が良いって話ですか。呼ばれ方って悩んじゃいますよねぇ。そういった悩みは町の会合でも聞きますよぉ」
神父が『は?何言ってんだ、こいつ』みたいに一瞬困惑した表情を浮かべた後、勝手に自分で納得したように補足してきた。うんうんと頷き、訳知り顔でだ。
違うんだよなぁ。そこじゃないんだよなぁ。
「そこじゃなくてな。そもそも俺、男。ならどちらかと言えば『ぱぱ』だ。それはわかるよな」
頷いていた神父の動きが止まった。そして清々しく晴れた空を見上げ、大きく首を傾げ。俺の方を穴を開く程、何度もじぃっと観察してくる。じっくりと俺の上から下を往復し眺めた後、十秒ほど経ってから神父がようやく口を開いた。
「………………………………いえ、全く!わからない!レイさん、何をバカな言ってるんですか?本当に!!何を言ってるんですか……?おかしくなるのにはまだ早いですよ……?もしかして熱あります?」
「はぁ?俺は真剣に話してんだぞ!!『まま』と『ぱぱ』ではかなり違うだろうがよぉ!!」
心配そうな目で、しかも引き気味に言われるとちょっと傷つくぞ!
キースが話し始めてからそこそこ経った。それに伴って俺の呼び方も完全に固まってきたのは言うまでもない。前まではあまり気にならなかったし、キースが呼びやすいんならまぁいっかぁとも思っていたがよくよく考えると!良くないような気がする!
神父は眉間を指で押さえ、若干ヒートアップ気味の俺をもう一方の手でどうどうと制してくる。神父は真面目くさった顔だ。
「いいですか?一旦!一応!当然のことを確認しますけど、あなたは立派な女性ですよね」
「今の身体はそうだな。ま、変身薬が出来次第、そのうち男に戻る予定ではある。俺は超超超優秀な最高ランクの薬師だから何年かすれば完成予定。余裕余裕!」
腰に手を当てえっへんと胸を張って答えてやる。俺という日常的に叡智があふれ出てしまうエルフにとって、変身薬の制作など簡単だ!ささっと作って、はいおしまい!である。
………………………………実際は材料等の問題やまぁ色々とあって、正直進捗は全然芳しくないが。研究所にいた頃は割と潤沢に材料となる素材を取り寄せてバンバンと消費していた。が、この国では探しにくい素材もあるから……
すぐに完成すると思ってたんだがなぁ。だってあれ自体未完成品だったわけだし。
結局予定は予定ってことだな。仕方なし。それでも戻るつもりは当然の如くある。エルフは時間があるんでな。余裕だ。
「まーだそんな与太話を」
「むぅ、男だったのは本当なのに」
信じてねぇなぁ。俺も同じ立場なら『こいつヤバい』ってなると思うから別にいいけど。嘘。少しは信じて欲しい。
「……そうだとして『今』この瞬間、男性に戻ってないんですよ?キースくんにとってはあなたの女性の姿が正常なんだから呼び方も『まま』でいいじゃないですか。今更『ぱぱ』は無理がありますって」
やれやれと首を振って呆れている神父の言葉はぶっちゃけ一理ある。結局そこに行きつくんだよ。キースにとってはこの姿が通常なわけで。急に今から『俺はぱぱだぞ~』とキースに言い始めたら絶対混乱するよなぁとかも思うわけで。
「言っちゃあ何ですけど、呼ばれ方なんてそこまで重要ですかねぇ。変な呼ばれ方ならまだしも。それはキースくんの良いように呼ばせてあげなさいって。蓋を開けてみれば、深刻に悩んでるわけじゃなさそうですし」
「うぅむ。でもさぁ……いや、まぁそうだよなぁ……キースの呼びたいようにするのが一番か」
神父のそれはもうごもっともな提言に納得する。俺としてもこうやって神父に諭されると収まる程度の小さな悩みだ。呼ばれるんなら『まま』より『ぱぱ』がいいなぁって感じだけだ。
俺は頭の後ろで手を組み、ベンチの背もたれにぐでっと背中を預ける。あぁ、天気がめちゃくちゃ良いなぁ。真っ白な雲が形を変えてゆったりと流れていくのを眺めていると、ふぅっとため息が漏れてしまう。疲れてんかなぁ俺。
「……なんかさ、こんな感じの小さな悩みが近頃多いんだよ。子育ての教本を何冊も買って読んでみても、しっくりこないっていうか。これだ!って答えがないっていうか」
キースの成長は嬉しい。自我をしっかりと持ち始め、今後益々キースは成長していく。だが、その分キースに対しての未知の部分が増えていく。幼子に行動の意味を問うのは難しい。だから何となくの分析やら推測やらで判断しているが……
俺にもやっぱり少しは不安が出てくる。俺の選択次第で、キースの今後が決まってしまうような不安。それに……
「それにさ。俺ってどこまでいってもキースの仮の保護者でしかなくて、親じゃないんだよ。いつ本当の親が迎えに来るかわからないんだ。その方がキースも……」
ぼそりと音にするつもりもなかった言葉が口から零れ落ちてしまう。その瞬間、ピシりと空気が冷たく固まるのを何となく感じたのは恐らく間違いではない。
「は……?レイさんは……あんな森にキースくんを着の身着のまま置いていった親が、いつか引き取りに来て全部解決なんてバカげたことを思ってるんですか。自分よりもそんな親にキースくんを任せるのがいいと心の底から思ってるんですか」
普段はへらへらしている神父が目を見開いて唖然としているのを見てしまった。
「………………………………すまん、失言だった。忘れてくれ」
神父の顔を直接見るのはばつが悪い。俺は神父から顔を逸らし、そっぽを向いて謝る。そうすると神父も咳ばらいを何度かして、場の雰囲気を取り戻そうとしてくれる。
「い、いやぁ!そんな面白くもない冗談を言うなんて、レイさんらしくもない!いつも通り自信満々で偉そうにしておいてくださいよぉ!そんなじゃあ僕も調子狂っちゃいますから!」
「……それもそうだ!!悪い!俺らしくなかった!つーか神父に気を遣われちゃあ俺も負けた感じがするな!」
さっき言ったことをかき消すためにお互いに笑いあって有耶無耶にする。あっぶね!あのままだったら美しい晴天の中で空気が死ぬところだった!
「あーうん!ま、話聞いてくれてありがとな!とりあえず何かお礼をさせてくれ!」
「……一応今日は、お礼目当てで友人のお悩み相談受けたわけではないですけどねぇ」
!!!!聞き逃してはいけない単語が俺の耳に届いたなぁ。俺の長い耳は都合の良いことを聞き逃したりはしない。ベンチの上をずりずりと移動して神父に詰め寄る。
「ひぇ、何ですか急に。怖いですって」
「なぁおい、今なんつった?」
俺の俊敏な動きに恐れおののく神父。俺は満面の笑みで近づき、神父の膝をぺしぺしと叩く。
「え。お礼目当てではない?」
全然違う。首を横に振る。
「お悩み相談?」
全くもって違う。首を勢いよく横に振る。
「そこじゃなくて!」
「えーーーーっと……?他に何か言いましたっけ……?あぁ、友人?」
フフン!力強く首を縦に振る。もう一度ぺしぺしと神父の膝を叩く。これこれぇ!
「ふへへ。えぇ~?なんだなんだぁ?神父ぅ。お前、俺のこと友人だと思ってくれてたのかぁ?んー?言ってくれよぉ」
「えぇ……」
神父は何故かドン引きしているが、俺は気にしない。神父の肩をぱしぱしと軽く叩きながら俺はにっこりだ。
何を隠そう俺には友人と呼べる存在がめちゃくちゃ少ない。幼少時を含めたとしても今までの生涯において、両手も必要ないくらいしかいない。なので『友人』とか直接面と向かって伝えられると………………………………嬉しい!
「うわぁ……どれだけ友人に飢えてんですか……」
「飢えてないし!」
神父のあまりにも直球な言い草に俺も反論する。が、事実である。
故郷の国で過去の俺はそれはそれは傲慢なエルフだった。そんな奴に友人が多いはずがない。研究所にいた頃のエルフの友人には『君はそのままでいい』と慰められていたが、普通にダメだったわけで。
俺の行動の酷さによって巡り巡って今があるのは間違いないだろう。結局、俺の言動のせいで傷つけてきた人たちは多分たくさんいる。それを思い返すと落ち込んでしまう。
「飢えてないけど……でも嬉しい」
「レイさん?そんなにきらきらした上目遣いで僕を見るのは本当に勘弁してください。近い近い。いや、距離感が本当に近い!」
「いつもこんなもんだぞ。気のせい気のせい。で、お礼何がいい?気分がめちゃくちゃ良いから何でもいいぞ?」
イェーイと頑張って神父の肩に腕を回し、嬉しさを共有するためにくっつく。俺はもうウッキウキだ。今の俺なら何でもできる。それぐらいに気力が充実している。気合が燃え盛ってるぜ!!つっても神父が欲しいお礼なんてたかが知れてる。精々、また精力剤が欲しいとかだろう。こいつも好きだよなぁ。
「……何でもいいって……あぁなるほど。アリアが言うようにこれは危険だ。チョロいとかの次元じゃない…………………………ごほん!じゃあ友人からのお願いなんですけど」
「おう!」
腕を引き剥がされつつ、逆に神父に両肩を掴まれる。なんだなんだ?
「絶対に!交流の薄い人から『友人だろ?』みたいに言われても!気軽に付いて行かないこと!わかりましたか!?」
……む?
「はぁ?そんなの当たり前だろ。俺を何だと思ってるんだよ。大人だ」
「大人であったとしてもあまりにも危ういから忠告してるんでしょうが……!そもそもエルフ的には成人年齢に至ってるんですかこのチョロエルフさんは!」
………………………………成人年齢の話はあまり深堀されたくないなぁ。何でもないように顔を逸らして流れるような動作でフードを被る。
「……少なくともお前より年齢は上だぞ。あ、そろそろ帰らなきゃー。あと希望がないようなら、お礼は前と同じように精力剤渡すから。また今度なぁ」
「その反応って……」
おっと!忘れずに買い物して帰らなきゃな!ベンチから急いで離れ、キースと教会の子どもたちのいる場所に向かって歩いていく。うん、さっさと煙に巻いて逃げてしまおう。
砂場で遊んでいる子どもたちに近づいていくと、キースがすぐに俺に気づいてくれた。全身が泥まみれでなかなか激しく遊んだようだな。
「おーい、キースぅ。帰ろうぜー」
「まま!あげる!」
「めちゃくちゃ綺麗な泥団子じゃねぇか!?嘘だろ……こんなに美しい球形をキースが……!」
にこにこ笑顔のキースから受け取った泥団子はピカピカだ。おいおい、末は芸術家かぁ?とんでもねぇ才能の塊がこの世に存在してもいいのか!当然いい!
頑張って作ったんだなぁと思うと断然愛おしく感じる。キースの頭を優しく撫で、ぎゅっと抱きしめる。ポカポカしててあったけぇなぁ。
「皆、キースと遊んでくれてありがとう。大変だったろう?今度来た時に菓子でも持ってくるからな」
「ううん!私たちも楽しかったよ!」
「またキース連れてきてー」
「キースまた遊ぼうね」
……良い子ばかりだ。
「じゃあキース!お姉ちゃんたちにバイバイしようなぁ」
「バイバイ!」
皆に向かって大きく手を振って別れを告げ、魔法で水を出して手を洗ってからキースと手を繋ぐ。キースもご満悦だ。森の中には人間の子どもはいないから、教会の子どもたちと遊ぶのが楽しいんだろう。
「キース?楽しかったか?」
「うん!」
結局の話、キースが笑っていると俺は嬉しいんだ。それだけでいいんだ。
色々と悩むことはあるけれど、なんか……小さい悩みも覆い隠すような喜びってこういうものなんだろうな。でもそれはきっと……