ボイスロイドたちと出られない部屋   作:パワーワード大好きおじさん

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ゆかマキは正義。


02.

扉が閉ざされた瞬間、結月ゆかりと弦巻マキは、眩いほどの白一色の空間に放り出されていた。

 

教室の夕闇とは対照的な、影すらも存在しないような無機質な清潔感。

部屋の中央には、高級ホテルのような柔らかそうなダブルベッドが鎮座し、サイドテーブルには二人分の飲み物と、なぜか潤滑剤のような小瓶が置かれている。

 

「……な、なんなの、ここ」

 

マキが周囲を警戒するように見渡し、真っ先に扉へと駆け寄った。外側と同じく取っ手のないその平滑な表面には、発光する文字でこの空間の名前が記されている。

 

 

『セックスをしないと出られない部屋』

 

 

その一文の下には、外の世界と同じく、生理現象の停止や環境の快適さを説く、丁寧な、あまりにも丁寧な説明書きが並んでいた。

 

「嘘でしょ……? なんで私とゆかりちゃんが、こんな……」

 

マキの声が、遮音性の高い静かな部屋に空虚に響く。彼女の頬は、状況への怒りと、それ以上にこみ上げる羞恥心で、夕焼けよりも赤く染まっていた。

 

一方、ゆかりは、その場から動かずに、冷静に、しかし隠しきれない動揺と興奮を瞳に宿して文字を見つめていた。

 

「……マキさん、落ち着いてください。どうやらここは、物理的な手段で脱出できる場所ではないようです」

 

ゆかりは整った指先で顎に触れ、思考を巡らせる。

彼女の視線は、扉の説明書きの最後の方をなぞっていた。

 

『――条件を満たせば、即座に元の空間へ帰還可能です。』

 

「……幸い、というか。中での時間は外には影響しないようですし、死ぬこともないようです。ですが……」

 

彼女は、ある一つの「欠落」に気づいていなかった。

この部屋の説明書きには、「外から経過時間を観測されている」という一節だけが、悪意を持って削ぎ落とされていることに。

 

二人は、自分たちがどれほど時間をかけようとも、外の友人たちには「一瞬の出来事」として処理されるのだと、そう信じ込まされていた。

 

 

「マキさん」

 

ゆかりが、静かに名前を呼ぶ。

 

「……なに、ゆかりちゃん」

 

マキは、ベッドの端に腰を下ろし、落ち着かない様子で自分の太ももをさすっている。

 

「私たちは、ここで……その、条件を達成するまで、ずっと二人きり、ということになります」

 

白一色の閉鎖空間。

外の世界からの視線を遮断されたと感じた瞬間、二人の間に流れる空気が、急速に熱を帯び、重たく沈殿し始めた。

 

気を取りなおすようにゆかりが辺りを見回して「寂しい空間ですね」と独り言ちた。

その瞬間、白一色だった世界が生き物のように脈動する。

 

壁面が滑らかにスライドし、そこには最高級の石材を用いたジャグジー付きのバスルームが出現する。さらには、座り心地の良そうな革張りのソファと巨大なスクリーンを備えたシアターセットまでもが、まるであつらえたかのように姿を現した。

 

極めつけは、壁一面に広がった巨大な窓だ。

マキが「せめて夕日くらいは見たい」と願えば、そこには息を呑むほど美しい、地平線に沈む太陽と燃えるような雲海が広がった。

 

「な、なにこれ……。至れり尽くせりすぎて、逆に出る気を失くさせようとしてるんじゃ?」

 

マキは、突如として変貌した豪華なスイートルームに圧倒されながら、窓の外の絶景を呆然と眺めていた。しかし、いくら設備が豪華になろうとも、扉に刻まれた『セックスをしないと出られない』という呪いのような一文が消えるわけではない。

 

マキは、落ち着かない手つきでパーカーの裾をいじり、隣に立つ少女へと視線を向けた。

 

「ねえ、ゆかりちゃん。これ、本当にやるしかないのかな……。外の時間は止まってるって書いてあるし、誰にも見られないのは救いだけど……」

 

マキの言葉に、ゆかりはふっと視線を伏せた。

 

「……そうですね、マキさん。外の人たちにとっては、私たちが消えてから戻るまで、おそらく一瞬の出来事として認識されるはずです」

 

ゆかりの声は、どこか自分自身に言い聞かせるような響きを帯びていた。

 

「誰にも知られず、誰にも見られず……。この部屋で起きたことは、永遠に私たち二人だけの秘密になります」

 

そう口にしながら、彼女はゆっくりとマキの方へ向き直った。

窓から差し込む疑似的な黄金色の光が、ゆかりの瞳の中に怪しい輝きを灯している。

 

「……マキさん。このまま、ここで何もしないで数日、数ヶ月と過ごすこともできますが……それは、あまり現実的ではないと思いませんか?」

 

ゆかりの指先が、サイドテーブルに置かれた冷えたシャンパングラスの縁を、愛撫するようになぞる。

 

「外からは観測できない、二人きりの停滞した時間……。マキさんさえ良ければ、私は――」

 

 

二人の望みに呼応するように、部屋の境界はさらに曖昧になり、もはや「教室の中に現れた怪しい箱」であることを忘れさせるほどの贅を尽くした空間へと変貌を遂げていった。

 

窓の外に広がるのは、都会の喧騒を地上数千メートルから見下ろすような、宝石を撒き散らしたかのような夜景だ。冷たく澄んだ紺碧の空に、無数の光の粒がまたたき、天の川のように流れている。

 

リビングエリアには、沈み込むような感触のチャコールグレーのソファが置かれ、その前には毛足の長いムートンラグが敷き詰められている。中央のローテーブルには、琥珀色の液体が満たされたクリスタルグラスと、指先で摘めるほど小ぶりで繊細なショコラが並び、甘く濃厚な香りを漂わせていた。

 

壁際のシアターセットからは、二人の好みを反映したのか、穏やかで情感豊かなジャズが、スピーカーの存在を感じさせないほど自然な音響で流れ、空間の密度をより一層濃いものにしている。

 

そして、開け放たれたスライドドアの向こう側――。

バスルームは、淡い乳白色の大理石で統一されていた。円形の巨大なジャグジーからは、薔薇とサンダルウッドをブレンドしたような、官能的でいて落ち着きのある湯気が立ち昇っている。水面には薄紫色の花びらが散らされ、水中照明がゆらゆらと、ゆかりの髪の色に似た淡い光を壁に投影していた。

 

「……ゆかりちゃん、見てよ。ここ、マッサージオイルまで、私たちの好きな香りのやつが用意されてる……」

 

マキはベッドから立ち上がると、大理石のカウンターに置かれた、ラベルのない細身の小瓶を手に取った。指先に触れる液体の質感はどこまでも滑らかで、肌に馴染めば体温を逃さず、互いの境界を溶かしてしまいそうな予感を孕んでいる。

 

ベッドルームへと続く床には、いつの間にか暖かな間接照明が灯っていた。

厚手のシルクのシーツが張られたダブルベッドは、まるで二人を優しく、しかし逃さぬように誘う繭のようにも見える。

 

「……至れり尽くせりすぎて、かえって心臓に悪いよぉ」

 

マキは、窓からの夜景に背を向け、潤んだ瞳でゆかりを見つめた。

空調の効いた室内は、寒くも暑くもないはずなのに、二人の肌は微かに上気し、服の擦れる音さえもが、この静寂の中ではあまりにも雄弁に響き渡る。

 

 

そして、二人の影はどちらからともなくお互いに近づきーー

 

 

 

 

漆黒の立方体が、内側から弾けるように霧散した。

 

 

放課後の教室に、再び二人の少女が姿を現す。

結月ゆかりはどこか憑き物が落ちたような、それでいて頬に消えやらぬ朱を差した表情で。

弦巻マキは、ゆかりの制服の袖をぎゅっと掴み、顔を伏せながらも、その瞳にどこか艶やかな光を宿して。

 

しかし、彼女たちが元の世界で最初に目にしたのは、感動の再会ではなかった。

 

扉の横に鎮座していた、無慈悲なデジタルモニター。

 

そこには、二人が「外からは見られない」と信じ込んでいた、その「愛の軌跡」が残酷なまでの詳細さで刻まれていた。

 

 

> 【経過時間:72時間48分】

>

> 【内訳:】

> 心理的葛藤および談笑:4時間

> バスルームでの前戯(入浴含む):4時間

> メインアクト(本番):48時間

> 事後の睡眠および映画鑑賞:16時間48分

>

> 【総評:】

> ゆっくりしてったね!!!

 

 

「な、……ななじゅう、にじかん……っ!?」

 

マキの絶叫が教室に木霊した。

三日間。彼女たちは、外では一瞬だと思って安心していた時間を、文字通り「骨の髄まで」使い果たしてきたのを知られたのだ。しかも、その内訳まで白日の下に晒されている。

 

それを見た外の面々の反応は、一様ではなかった。

 

 

「……48時間」

 

紲星あかりは、カウンターの数字を食い入るように見つめ、顔を真っ赤にしながらぶつぶつと呟いている。

 

「ゆかりさん……。さすがです、期待を裏切らない持久力……。48時間も何をして、いえ、何となく想像はつきますけど……あぁ、もう……っ!」

 

あかりは想像力のオーバーフローを起こしたのか、ふらふらと自分の席に座り込み、顔を両手で覆った。

 

東北ずん子は、手に持っていたずんだ餅を口に運ぶ手すら止め、驚嘆の眼差しをゆかりに向けていた。

 

「ゆかりさん……あなた、意外と肉食系だったんですね。48時間もマキさんを離さないなんて、ずんだアローでもそこまでの拘束力はありませんよ。良いものを見せてもらいました」

 

ずん子は、どこか悟りを開いたような、清々しいまでの敬意を込めて深く頷いた。

 

一方、琴葉茜は、あまりのガチな数字に、当初のからかうような余裕を完全に失っていた。

 

「……なぁ、葵。48時間って、丸二日やんな? 二日間、ずっと、その……『致して』たんか? うち、ちょっと舐めてたわ。本物のバカエロは次元が違うな……」

 

茜は引きつった笑いを浮かべ、隣の妹を見る。

琴葉葵は、メモ帳を取り出し、無言で何事かを書き留めていた。

 

「……お姉ちゃん、これ、今後の参考に……。ううん、なんでもない。ゆかりさん、マキさん、お疲れ様。……とっても、……『濃い』時間だったんだね」

 

葵の視線は、マキの首元にうっすらと残る、隠しきれない痕跡に向けられていた。

 

「ち、違うの! これは、その! 部屋が快適すぎて、つい……!」

 

マキが必死に弁明する横で、ゆかりは静かに目を閉じ、微笑みを浮かべたまま一言も発しない。その沈黙こそが、中での48時間がどれほど密度の高いものであったかを何よりも雄弁に物語っていた。

 

窓の外は、二人が消えた時と変わらぬ、穏やかな夕暮れのままだった。

 

しかし、この教室の空気だけは、もはや二度と元には戻らないほどに、甘く、気まずく、そして「バカエロ」の余韻に支配されていた。

 

 

ゆかりは、乱れた髪を指先で一撫でして整えると、何事もなかったかのような凛とした佇まいで皆の前に立った。その表情は、まるで図書館で静かに読書を楽しんできたかのように涼やかであり、扉に刻まれた「48時間」という暴力的なまでの性行為の記録とは、およそ結びつかない。

 

「皆さん、ご心配をおかけしました。……いえ、外では一瞬だったようですね」

 

ゆかりは、マキが耳まで真っ赤にして震えているのを横目に、淡々とした口調で説明を続ける。

 

「中は非常に素晴らしい空間でしたよ。高級ホテルのような設備に、温度管理も完璧。食事も注文すれば、温かくて美味しいものが望むだけ用意されました。正直、もう少しいてもよかったかも知れませんね。……ね、マキさん?」

 

その「もう少し」が何を意味するのか。

含みのある微笑みを向けられたマキは、「ひゃ、ひゃいっ!」と裏返った声を上げ、ゆかりの制服の裾を引きちぎらんばかりに握りしめた。

 

ゆかりの「肝心な部分は語らない」という強行突破な態度に対し、残された四人の反応は、さらに一段深い混乱と疑念へと沈んでいった。

 

あかりは、「もう少し」という言葉に含まれた悦楽の余韻を敏感に察知し、鼻血が出そうなのを必死に堪えていた。

 

「も、もう少しって……。あんなに詳細に『メインアクト』って書かれてたのに、ゆかりさんにとってはまだ食い足りない、いえ、遊び足りないってことですか!? 48時間もマキさんを……あぁ、ゆかりさん、恐ろしい人……!」

 

美味しいものを望むだけという言葉も気になったが、その「食事」という言葉に、マキそのものも含まれていたのではないかと、妄想の濁流に飲み込まれている。

 

ずん子は、ゆかりの鉄面皮な態度に感銘すら覚え、感心したように腕を組んだ。

 

「なるほど……『美味しくて好きなだけ食べられる』。比喩表現としても、これ以上ないほど秀逸ですね。マキさんという最高級のメインディッシュを、48時間かけて心ゆくまで堪能した、と。ゆかりさん、わたしのずんだ以上に食欲旺盛だったとは驚きです」

 

彼女は、どこか挑戦的な目つきでゆかりを見つめ、新しいずんだ餅を一つ、わざとらしく口に放り込んだ。

 

茜は、ゆかりのあまりの堂々とした振る舞いに、逆に毒気を抜かれたように肩を落とした。

 

「あかん、この子最強やわ……。あんな数字出されて、ようそんな涼しい顔して『食事美味しかった』なんて言えるなぁ。なぁ葵、これが本当の『プロ』の犯行っちゅうやつか?」

 

隣で葵は、ゆかりの首筋から覗く、わずかに赤くなった肌を凝視しながら、手元のメモに激しくペンを走らせていた。

 

「……お姉ちゃん、違うよ。ゆかりさんは嘘はついてないんだと思う。ただ、ゆかりさんにとってのマキちゃんとの『あれこれ』は、もう生活の一部、つまり食事と同じくらい『日常的で欠かせないもの』になっちゃったんだよ……。怖、ゆかりさん、独占欲が限界突破してる……」

 

葵のペン先が紙を破るほどの勢いで動く。

ゆかりの清廉な説明は、かえって彼女の「底知れなさと情事の激しさ」を、友人たちの脳裏に深く焼き付ける結果となった。

 

教室に流れる空気は、「ほのぼの」を通り越し、ある種の畏怖に近い沈黙へと変わっていく。

 

 

ゆかりの背後で、ようやく弦巻マキが「……ゆかりちゃんの、エッチ……」と蚊の鳴くような声で零したのが、静かな教室に妙に響き渡った。




なあ……そうだろ、松ッ!!
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