ボイスロイドたちと出られない部屋   作:パワーワード大好きおじさん

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アカあか! そういうのもあるのか。


03.

ピロリ、と、まるでオモチャのような軽い音が響く。

 

放課後の教室に漂っていた、呆れと情熱の入り混じった奇妙な平穏は、唐突な電子音によって打ち破られた。

 

 

全員の視線が、再び教室の中央へと吸い寄せられる。

そこには霧散したはずの漆黒の立方体が、先ほどよりも一回り大きな影となって、再びこの現実を侵食し始めていた。

 

「……え、嘘でしょ?」

 

「また、あれが出るんか……?」

 

茜が引きつった声を出し、ずん子が咄嗟にずんだ餅の袋を抱え直す。

ゆかりの背後に隠れていたマキは、恐怖に目を見開いて「もう無理、もう入らないよ!」と叫んだが、無慈悲なシステムは既に次の「獲物」を定めていた。

 

漆黒の壁面に、スロットマシンのように高速で回転する文字が浮かび上がる。

 

『結月ゆかり』『弦巻マキ』『東北ずん子』『紲星あかり』『琴葉茜』『琴葉葵』……。

 

六人の名前が、毒々しい光を放ちながら入れ替わり立ち代わり表示され、教室の緊張感は最高潮に達した。今度は誰が、あの恐ろしい(?)部屋へと誘われるのか。

 

やがて、回転が速度を落とし、二つの名前が決定的に固定される。

 

カチリ、という重々しい決定音が響いた。

 

その場にいた全員の息が止まる。

選ばれたのは、思わぬ組み合わせか、あるいは必然か。

 

教室の空気が凍りつく中、漆黒の壁面に踊る文字が激しく明滅し、運命の二名を決定した。

 

 

『選出:琴葉茜 & 紲星あかり』

 

 

「……はえ?」

 

琴葉茜が間抜けな声を上げる。とっさに隣にいた妹の葵の手を掴もうとした瞬間、その指先は虚空を掴む。

一方の紲星あかりは、手にした水筒を床に落として、あわあわと両手を振り回しながら、急速に迫る闇に飲み込まれていった。

 

「嘘やろ!? なんでうちがあかりちゃんと……! 葵! 葵ぃーっ!」

 

「ゆかりさーん! マキさーん! 助けてくださーい!」

 

二人の絶叫は、重厚な扉が閉まる音と共に断ち切られた。

 

あとに残されたのは、先ほどまで主役だった結月ゆかりと弦巻マキ、そして姉と引き裂かれた琴葉葵、一人取り残された格好の東北ずん子の四人。

 

しんと静まり返った教室で、扉に刻まれた『経過時間:00時間01分』の文字が残酷に明滅を始める。

 

「おねえちゃん……。あかりちゃん……」

 

葵は、姉が消えた場所を呆然と見つめ、その場に力なくへたり込んだ。

先ほどまでは「お姉ちゃん、不謹慎だよ」などと余裕を見せていた彼女だが、いざ自分の片割れが「あの部屋」に連行されたとなると話は別だ。その手には、先ほどゆかりの事後報告を克明に記していたメモ帳が握りしめられている。

 

「……あかりさん。あんなに食べることとゆかりさんのことしか考えていない子が、茜さんと二人きりで、どうなってしまうのでしょうか」

 

ゆかりは、唇に指を当てて、どこか楽しげに、あるいは同情的に目を細める。

 

「ちょっと、ゆかりちゃん! 悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ! あかりちゃんはともかく、茜ちゃんが相手じゃ……その、色々、大変なことになっちゃうんじゃないの!?」

 

マキは、自分たちが部屋で味わった「48時間」の過酷(?)な経験を思い出し、顔を引きつらせている。

 

「……ふふふ、面白くなってきましたねぇ」

 

ずん子は、新しいずんだ餅を一つ取り出し、観客のポーズを決め込む。

 

「茜さんのあの勢いと、あかりさんの底なしの生命力がぶつかり合えば……もしかすると、ゆかりさんたちの48時間を超える大記録が出るかもしれませんよ?」

 

ずん子のその言葉に反応するかのように、カウンターの数字が『00時間10分』へと進む。

外の四人は、扉の向こう側で今まさに始まろうとしている「ツッコミ不在の狂宴」に思いを馳せ、複雑な表情で黒い壁を見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

そして漆黒の扉が再び、今度は重厚な音をたてて開かれた。

固唾をのんでそれを見守る四人。

 

そこから這い出すようにして現れたのは茜だ。

彼女は、制服のネクタイをどこかに置き忘れたのか、首元を大きくはだけさせている。

常に威勢の良い彼女の瞳はどろりと潤み、焦点が定まらないまま、床にへたり込んで荒い息を吐いていた。

 

 

その後ろから、頬を林檎のように真っ赤に染めてあかりが現れる。

彼女は熱いため息をつき、どこか満足げな、とろんとした表情を浮かべている。

ゆかりのときと同様、隠しきれない情愛の香りを全身から漂わせていた。

 

再び静まり返った教室。

四人の視線が吸い込まれるようにカウンターへと向く。

そこには、先ほどの「48時間」という記録を塗り替える、驚愕の数字が刻まれていた。

 

 

> 【経過時間:102時間15分】

>

> 【内訳:】

> 状況把握および過呼吸の処置:2時間

> 高級懐石料理・フルコースの注文(計12食):15時間

> 室内プライベートプールでの戯れ(入浴含む):5時間

> メインアクト(本番):78時間15分

> 事後のマッサージチェア利用および昼寝:2時間

>

> 【総評:】

> たっぷりしてったね!!!

 

 

「な、ななじゅう……はち、じかん……」

 

葵が、手にしたメモ帳を落とした。姉が自分以外の相手と、丸三日以上にわたって「メインアクト」に耽っていたという事実に、彼女の顔は蒼白を通り越して無表情に固まっている。

 

扉の向こう側、二人が過ごした空間の残滓がモニターからかすかにうかがえる。

あかりの食欲を反映してか、中には超一流シェフが常駐するキッチンスタジアム級の調理設備が備わり、さらに茜の好みに合わせたのか、最高級の檜を贅沢に使った展望露天風呂が、夜景の見えるバルコニーに設置されていたようだ。

 

アメニティとして利用されていたのは、特注の「極薄シルクのネグリジェ」と、使い切られた形跡のある「蜂蜜入りの高保湿ローション」の空き瓶。

さらに、あかりの旺盛な体力を支えるために、糖分補給用の「最高級和菓子盛り合わせ」が随時デリバリーされていたという。

 

「……茜、さん。あなた、あかりさん相手にそこまで……」

 

ゆかりが、信じられないものを見るような目で、床に転がっている茜を見下ろす。

 

「……ちゃうねん、ゆかりさん……。あの子、……あかりちゃんが、あんなに……食べても食べても……体力が……尽きへんのや……っ!」

 

茜は、震える指で、隣で幸せそうに微笑むあかりを指差した。

 

「……へへ、茜さん、とっても美味しかったです……。あ、料理もですよ? でも、茜さんも……」

 

あかりは、うっとりとした表情で、自分の唇を舌で湿らせる。

 

「78時間……。ずんだアローでも、これだけの時間は拘束しきれませんね……」

 

東北ずん子は、感心を通り越して畏怖の念すら抱き、手元のずんだ餅を一つ、敬意を込めて二人に捧げるように差し出した。

 

「お、お姉ちゃん……。あとで、ゆっくり……じっくり、お話、聞かせてね……?」

 

琴葉葵の背後には、先ほどまでの困惑は消え、どす黒いまでの執念が渦巻いていた。

 

夕闇がさらに深まり、放課後の教室は、二組の「生還者」が放つ、濃厚な事後の空気で満たされている。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。睡眠時間は……睡眠時間はどうしたんですか! 」

 

ゆかりは、信じられないものを見るようにカウンターに表示される『78時間15分』という数字を指差した。

 

「私たちだって、いくら老化や衰弱をしないとはいえ、心身を整えるためにこまめに寝てたんですよ!? それなのに、あなたたち……!」

 

彼女の悲鳴に近い問いかけが、放課後の教室に虚しく響き渡る。

 

その声には、先ほどまでの「余裕ある勝者」としての面影は微塵もない。

自分たちが48時間をかけて築き上げた、ある種のプライドさえも混じった記録が、睡眠時間を削るという暴挙によって塗り替えられたことへの、純粋な驚愕と困惑。

 

ゆかりの鋭い追及に、床にへたり込んだままの茜は、白目を剥きながら力なく首を振った。

 

「寝てへん……。いや、寝かせてくれへんかったんや……。あの子……あかりちゃん、ほんまに底なしや……。うちが『もう勘弁して、寝かせて』って言うてるのに、あかりちゃん、口いっぱいに最高級の和菓子詰め込みながら、『茜さん、エネルギー補充しました! 次、行きましょう!』って……あんなキラキラした目で……っ!」

 

茜の告白は、もはや武勇伝ではなく、過酷な戦場からの生還報告だった。

 

視線を向けられたあかりは、ゆかりの詰め寄りにも怯むことなく、むしろ花が咲くような笑顔で応えた。

 

「はい! ゆかりさん、不思議なんです。あの部屋、どれだけ動いてもお腹は空くのに、全然眠くならないんですよ! それに、茜さんがとっても……その、美味しそうで、楽しくて……。寝るのがもったいないなって思っちゃったんです」

 

あかりは、何一つ悪びれる様子もなく、むしろ「ゆかりさんもそうすればよかったのに」と言わんばかりの純真な瞳を向ける。

 

「寝るのが、もったいない……?」

 

ゆかりは絶句し、その場に膝をついた。自分たちの「48時間」が、適度な休息と映画鑑賞を挟んだ優雅な「休暇」だったのに対し、彼女たちはそれを超える時間を、純粋な食欲と性欲のデッドヒートに費やしたのだ。

 

「……ゆかりちゃん、私たちの負けだね。体力的に」

 

マキが、ゆかりの肩にそっと手を置き、遠い目で呟いた。

 

「負けとか勝ちとか、そういう問題やないやろ……」

 

茜がプルプルと震えながらツッコミをいれる。

 

「お姉ちゃん。寝る時間もなかったってことは、一分一秒、ずっとあかりちゃんと密着してたってことだよね? ……ねえ、どんな感じだったのか、詳しく、一秒も漏らさず教えてくれる?」

 

葵が、冷徹な声でそこに割って入った。彼女の瞳には、寝る間も惜しんであかりと睦み合った姉への、筆舌に尽くしがたい感情が渦巻いている。

葵の手に握られたメモ帳のペンが、パキリと音を立てて折れた。

 

 

「その手があったんですね……。私は、どうして……映画を見たり、紅茶を飲んだりして、なぜあんなムダな時間を……過ごしてしまったのでしょう……っ」

 

ゆかりは、崩れ落ちた膝をついたまま、震える拳を床に叩きつけた。

その瞳には、敗北感を超越した、ある種のアスリートのような、あるいは求道者のような、歪んだ後悔の炎が宿っている。

 

彼女の脳内では、有意義だったはずの「48時間」が、今や「甘えに満ちた惰眠の時間」として再定義されていた。

 

「ゆかりちゃん? ちょっと、何にショック受けてるの……」

 

マキは、半眼の、心底呆れ果てた眼差しを親友へと向けた。

先ほどまで恥ずかしさに震えていたはずのマキだったが、ゆかりがあまりにも明後日の方向へ全力疾走し始めたため、急速に冷めていくのを感じていた。

 

「無駄な時間じゃないでしょ。普通は寝るの! 普通はあんな不気味な部屋で、そんな72時間以上もぶっ続けでなんてできないんだよ! 私たちの過ごし方が正解なの! あかりちゃんたちが異常なだけ!」

 

マキが懸命にゆかりの肩を揺さぶって現実へと引き戻そうとするが、ゆかりの視線は虚空を彷徨ったままだ。

 

「……あかりさんにできて、私にできないはずがありません。次にあの部屋に選ばれた暁には、私たちも不眠不休で……」

 

「次なんてないから! あっても行かないからね!?」

 

マキの鋭いツッコミが教室に虚しく響く中、隣ではずん子が、何やら感心したように頷きながら、空になったずんだ餅の袋を畳んでいた。

 

「なるほど。ゆかりさんの負けず嫌いが、ついに生命の神秘にまで挑もうとしているわけですね。……あかりさんの『食欲』というガソリンに対し、ゆかりさんは『マキさんへの独占欲』という無限のエネルギー源を燃やすつもりでしょうか」

 

「ずんちゃん、煽らないでよ!」

 

マキの怒号もどこ吹く風。

床では、葵の執拗な視線に晒されたまま、茜が「もう……ほんまに、うちは被害者やねん……」と虫の息で訴え続けている。

 

 

窓の外は、いつの間にか完全に陽が落ち、夜の帳が降りようとしていた。

 

放課後の教室には、二組の「生還者」たちの、それぞれの敗北感と高揚感、そして嫉妬が入り混じった、言葉にできないほど濃厚な「バカエロ」の余韻だけが、夜風に揺られて滞留していた。




こういうのでいいんだよ、こういうので。
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