迷宮に盗賊を手放して   作:沙羅屋敷

11 / 21
ボディ洗いへの道程①

 メスリーヌが今までにない声で、叫んでくる。

 「まぁ、落ち着いて聞いてくれ。誰もシモンと闘えとは言っていない。生死の確認するだけだ。

その為に嗅覚が鋭いお前を高い金を払って買ってきた。先に匂いで相手を感知できれば、それだけ

でも優位に立つことができる。」

 「相手のシモンも匂いでこちらを察知してくる可能性もありますが……騎士団の方々は何人くら

いで守ってくれるのでしょうか。」

 メスリーヌが青ざめた顔で言う。

 「騎士団は同行しない。奴のアジトと目されている場所は、隣のセルマー伯領にあるから、許可

が無いとハルツ公領騎士団は入ることができないんだ。騎士団に変わって、そこを秘かに探りに行

くのが俺達だ。」

 メスリーヌがさらに顔色を失っていく。

 「どちらが先に相手の匂いを察知するかの勝負だから、大人数の騎士団では察知されやすくなっ

て不利だ。それよりは俺達2人のほうがいい。それと捜索する場所はハルツ公領側から向かえば風

下になる。これは俺達の有利な点だ。」

 「それは…。そうですが…。」

 「それとこちらの匂いを低減させることでさらに優位にたてる。」

 「低減とは…。どうするのですか。」

 俺はこれまでになく強い言葉で宣言する。

 「これから毎日お互いに体をお湯で拭きあげて、清潔に保つことだ。これをやるのとやらないの

で大きく違う。それにボーデの城での沐浴やお湯での洗濯も行うぞ。」

 「……。あの、それだけですか。」

 「それだけでも、匂いを消す効果が高い。…俺は以前はお前と同じ狼人族が率いるパーティーに

いた。」

 「…。」

 「そいつは匂いで魔物を探り当て、先導する役目だったから、香りとかに敏感だったんだよ。そ

れで、俺達の体臭がきついと頻繁に怒られて洗濯をやらされたり、川に沈められ無理矢理洗われた

りしたことが何度もあった。寒い時期には、お湯に浸した手拭いで体を拭うだけでも、匂いは相当

に低減できた。それらを行えば、狼人族のあいつも文句は減ったし、迷宮でも魔物より臭くなくて

察知がしやすくなったと言われたしな。」

 「…。」

 「だから効果はある。食事の後に実践するから、メスリーヌ自身が確かめてくれ。」

 「…はい。」

 消え入りそうな小声で答えるメスリーヌは、ほとんど涙目になっている。

 彼女にとっては無謀な賭けにでようとしているように見えるのだろう。メスリーヌにはシモンへ

の復讐心が無いので、無茶な計略でも俺のように突き進むということは困難だな。

 

 どうしたものか。人を動かすには、対価がいる。相手に無理な要求をするほど、対価は高くな

る。奴隷であっても、ただ命令すれば動くというものではなく。危険を無理強いすれば、投げ遣り

な仕事をやりかねない。

 

 しかも今、俺に払える対価はほとんど無い。それでも何もしないのは駄目だ。

 考えたあげく苦しい選択をする。

 

 「それと、3日後まで、夜伽は止めておこう。」

 「…。よろしいのですか。」

 彼女の声色に嬉しさが滲む。今日初めて会った俺との夜伽に抵抗があるのは当然なのだが、やっ

ぱりちょっと悲しい。

 「シモンの件は最優先で絶対に完遂しなければならない。とはいえ実力に見合った階層に入れる

迷宮と違って、シモンの捜索は危険が大きい、だからなるべくメスリーヌの負担になることを減ら

すようにしたい。」

 「…。その…ありがとう、ございます。」

 先程よりは肯定的な返事か返ってくる。

 初めに高い要求をして、こちらが譲歩することで相手の妥協を引き出す。アランの店では失敗し

たが今度は上手くいったようだ。シモンの生存は脅威なので、その探索の前に童貞でなくなりたか

ったのだが。

 

 メスリーヌを説き伏せ、武器の手入れをしながら夕方まで過ごす。

 武具防具に触れているメスリーヌは、迷宮で見せた戦う者の顔になっている。

 その横顔をチラ見する。やっぱり綺麗だと思う。整った顔立ちにシルバーグレイの髪、その上に

三角形の耳がピンと立っている。尻尾は髪と同じ色でフサフサしている。嗚呼、どんな感じなの

か、触ってみたいが夜まで我慢しよう。

 

 陽が翳り始めたので、1階に降りるとすでに食堂は開けられいて、数名が夕食をとっていた。

 カウンターで人数を告げて、しばらく待つと料理が乗ったトレイが2つ並べられる。パンとスー

プ、何かの肉を焼いたものが少し。質素だがこれで十分だ。

 トレイを持ってテーブル席に移り、椅子に腰かける。スープを口に運ぼうとして奇妙なことに気

付いた。

 メスリーヌが俺の隣で、床に直接座り込んで食事を始めようとしていた。

 「なんで、そんなところで食べようとしてるんだ。」

 「なぜって…。奴隷は床で食べるのが当たり前なのですが。」

 テーブルで食べようとしないことを不思議に思って尋ねたら、それが常識であることを知らずに

逆に彼女に不思議がられてしまった。

 周りのテーブルを見てみる。机にトレイを載せた商人風の男が食事している横で床に座りなが

ら、パンを口に運んでいる大柄な体躯の男性がいる。おそらく荷運びとか荷卸しをする奴隷なのだ

ろう。荷降ろし奴隷はちゃんとした服を着ているし、顔に傷も無いように見える。酷い扱いを受け

ている様子でもない奴隷でも、食事は床で当たり前らしい。

 ジロジロと見ていて不審な者と思われても駄目なので、食べることを再開する。質素でもいいと

思っていた食事が急に味気ないものになった。美人を引き連れても隣で飯を食べることもできない

とは。盗賊時代には、野外で石組みのかまどを作り、大きな鍋で煮た物を皆で食べていた。ざく切

りにした食材を放り込んだだけの馬鹿男料理だったが、パーティメンバーで鍋を囲めば不思議と美

味しく食べることができた。彼女をテーブルにつかせれば、この食事もよりうまく摂ることができ

るだろうか。

 少し考えたが、その思考は廃棄する。もし他の客が自分達と同じテーブルに奴隷を座らせるとは

何事だと、騒ぎたててくることは十分にありえる。騎士団から紹介されてこの宿にいるのに揉め事

を起こすのは良くない話だ。

 結果モソモソと食事をする以外にはなかった。

 

 食堂を出て、受付カウンターに行くと、最初に出迎えてくれた男がまだそこにいた。

 「なぁ、食事を最後に摂ることはできるか。」

 ダメ元で男に聞いてみる。

 「ん。最後だぁ。遅めに食堂に来ればいいだけの話だな。」

 「なるべく他の客がいない状態で食事したいんだ。」

  男がちらりとメスリーヌに目をやる。

 「食堂が閉まる前にここに来い。ある程度は客の動向は把握しているから、お前らが最後かどう

かくらいは教えてやれる。ただ、それほど正確じゃないし、時間になれば食堂は閉めるぞ。」

 「助かるよ。それと奴隷もテーブルで食べてもいいか。」

 「…。美人の奴隷を手に入れてアレコレできると調子に乗っていたが、奴隷は奴隷だと思い知ら

されたか。お前さんみたいなわけぇ奴にありがちなコトだな。」

 「……。」

 「テーブルは好きにしていい。ただし他の客とトラブルになった時は自分で対処しろ。こちらは

関知しない。」

 「ありがとう。」

 礼を言って男に小銭を握らせて、その場を後にした。

 

 部屋に戻って、再び椅子に座る。

 メスリーヌはベッドに座らせる。

 「奴隷は床で食べさせる扱いなんだな。知らなかった、すまない。」

 奴隷の所有者としては失態モノだろう。

 「あの…。奴隷は夜伽の時以外は…床で寝る様になっています。」

 自身の腰かけているベッドで居心地悪そうにしながらメスリーヌが告げる。

 奴隷はなにもかも床でなのか。

 「せっかくベッドがダブルであるんだ、2人ともベッドで寝るようにしよう。誰も見ていないな

らいいだろう。」

 こんな美人となら夜伽でなくても褥を共にしたい。

 「…。」

 「わざわざ床で寝るなんて、そんな辛いことをしなくてもいいだろう。それとも一緒のベッドは

そんなにイヤなのか。」

 「いえ、イヤなのではなく。私の婚約者の家は大きくて、使っている奴隷に厳しく接することで

有名でした。でのそのおかげで婚約者の家の奴隷達はよく働くと評判でした。」

 だからと言って自分自身にそんな扱いを要求する必用はないと思うのだが。

 「まぁ、そういう家が大多数だとは思うが…。俺は順序が逆ではないかと思う。働きが悪いから

厳しい環境に追いやられたのであって、まっとうな働きをしてくれるのなら、それなりの待遇をす

るべきだろう。」

 

 後、婚約者というワードが引っかかるんだが。

 「メスリーヌの家ではどうだったんだ。」

 「うちも大きな家でしたが奴隷を買うほどの家ではありませんでした。ただ一族のなかの三男と

か四男とかの人達が家業を手伝いに来ていました。父は初めのころはどの人達に優しかったのです

が、彼らが私に好色そうな視線を送ってくるようになると、厳しい態度に豹変しました。」

 帝国では、種族、部族により差異はあるが長兄相続が多い。長兄が土地などの資産のほとんどを

相続するから、次男が予備としているくらいで三男以降は下手したら穀潰し扱いで、迷宮に入らさ

れたり、奴隷として売られたりすることもざらにある。

 そんな境遇なので支払われる賃金も少なく、当然のようにやる気のない人間が大半だ。結果とし

てメスリーヌの家のように鉄拳制裁を含む厳しい態度で管理しようとするものもでてくるのだろ

う。あと同じ立場だったら彼女を色目で見るのは俺もやるな。

 「厳しく接するのもわかるが、農作業ならまだしも、迷宮探索でそれをやると背後から刺されか

ねないのでやりたくない。折角床より快適なベッドがあるのだから夜は一緒に寝て、食事もなるべ

く一緒にテーブルで食べよう。これはメスリーヌを粗末に扱わないという証だ。迷宮探索はともか

く、シモンの件は危険が多いから、鉄拳で言う事を聞かせるのではなく、その危機の分はなるべく良い待遇にしたい。」

 

 唯々、俺がそうしたいという理由も大きいのだが。相手が男奴隷だったら、ここまで言ったかど

うかは、分からない。酷いな、俺も。

 

 奴隷は主人が死ねば殉死するようになっているので、裏切る可能性は低いのだが、あまりにも扱

いが酷いと自滅する覚悟で主人を手にかけて、自分も死ぬようなやつが現れると聞く。ジェードは

そうした事態を防ぐ為には、適度に希望を与えるのが有効だと言っていた。希望と言ってもそれほ

ど大袈裟なものでなくてもよく、偶には旨い飯を食べさせる、今よりはマシな服を与える程度でも

反乱を防ぐことができる確率はあがるらしい。

 

 「わかりました。ベッドで眠るようにします。」

 こうして反乱は未然に防がれたのだった。




 ルハトの知らない情報
 
 ボディ洗いまで行けなかった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。