メスリーヌが湯に浸した服を、洗って絞る間に、受付で借りてきた洗濯干し用の紐を部屋に張り
巡らせる。
洗って固く絞った服から順に紐に干していく。メスリーヌが全裸という非日常なスタイルで、洗
濯という日常的な行為を行っている。その光景に彼女の尻尾に触れることで減じていた情欲が再び
返ってくる。
先程は彼女の尻尾に触れて、その感触で情欲を抑えたが、洗濯中の尻尾に触れるわけにもいかな
い。どうやって興奮を抑えるかを思案している中、陽が落ちたのか、辺りが急速に暗くなり始め
た。メスリーヌの姿が見えづらくなり、欲望が減退していく。
それでもメスリーヌの全裸洗濯姿を瞳に焼き付けつつ、残りの洗濯を終えて、衣服を干していっ
た。
「…すこし早いが今晩はもう眠ることにしよう。ベッドに一緒ということで、眠りにくいかもし
れないが、明日より早朝から迷宮に入る。寝不足だと戦闘に差し支えがでるので、難しくても無理
にでも睡眠をとってほしい。」
「わかりました。」
「メスリーヌは裸のまま、ベッドの壁側で休んでくれ。」
そう言いながら俺は、今日購入した古着に袖を通す。肌着とシャツ、ズボンだけを身に付ける。
メスリーヌを裸にしてベッドの奥に寝かせるのは逃亡を困難にする為、俺を跨いでベッドから
降りて服を着ないと何処にも行くことができないようにした。俺だけが服を着て寝るのは、裸の
うえに金の入った巾着袋を紐でぶら下げているだけでは不安なのと、もし賊が部屋に侵入してき
た際に服を着ていないと逃げることも対処することも難しくなると危惧しているからだった。
盗賊に堕ちた身の上の俺は、人に全幅の信頼を置くのが難しい。それがメスリーヌを裸にし
て、自分は服を着るような行動の理由なのだろう。
数日前までの盗賊時代、パーティーメンバーとは良好な関係を築けてしたが、完全に信用しき
っていた間柄ではなかった。クローテ村では俺は「堅物のハレイ」と一緒の家で生活していたが
、部屋は別々だったし、服を着て、短剣を枕元に忍ばせたまま就寝していた。
ハレイ達パーティメンバーをそこまで疑いたくはなかったが、ジェードのパーティメンバーの
大人達は危険な存在だった。彼らは俺達を見下していたし、ジェード以外の男達は女気が無いの
で男同士であっても、俺達を性的な目で見る奴もいた。
そいつらから金を奪われたり、ケツの穴を狙われたりしない為に、常に武装をして、俺は警戒
を怠っていないことを示す必要があった。
村人にジョブチェンジしても、盗賊の頃の習慣はそのままだ。騎士団紹介の宿だから、そこま
で気を回す必要はないと思うのだが、心配を払拭することができなかった。
机の上に、明日必要なものを用意して、密やかにベッドの下に短剣を配置する。
そうして先にメスリーヌが横になっているベッドに潜り込む。
肩が触れそうな距離のメスリーヌの体が緊張で強張るのがわかる。おそらく今晩は、メスリー
ヌは不安から、俺は彼女が隣にいる興奮と他人がすぐ近くにいる煩わしさから、熟睡は難しいだ
ろう。そう思いながらも、目を閉じて休もうとした。
牢獄とは比べ物にならないまともな部屋なのに、なかなか寝付くことができなかった。
浅い眠りを繰り返しつつ、朝になった。朝とは言っても、まだ陽は昇っていない。
それでもすぐに、夜明けになるだろうと、俺の感覚が告げているので、起き上がって準備を始
める。
「おはようございます。ルハト。」
メスリーヌも目覚めたようだ。
「あぁ、おはよう。」
挨拶をしながら、暗闇の中で、手探りで机のほくち箱を探り当て、蓋を開ける。中には火打ち
石と火打ち金、消し炭に綿毛、木の削り屑が入っている。
まずは火打ち石と火打ち金を打ち合わせる。二つがぶつかることで、生まれる火花を火口の中
の消し炭に落とす。火花が炭を発火させ、微かに赤く発光を始める。そこに綿毛を押し付け、火
を移すと静かに息を吹きかけ火を大きくする。そうしてできた種火で今度は木くずに引火させ、
その炎でランタンに点火する。
ようやく部屋が明るくなった。
ランタンの灯りのもとで、着替え装備を身に付ける。メスリーヌが裸から着衣していく様は、
朝から悩ましくも、美しい光景だった。
部屋を出て、ランタンで足元を照らしながら、階下に降りる。
受付で、昼間の男が奥から姿を現す。随分早起きなようだ。
「こんな時間から、迷宮に行くのか。」
「あぁ、鍵を頼む。」
男に鍵を渡し、宿を出た。
宵闇の中、ボーデの迷宮まで歩くのは思ったより時間が掛かった。明るい昼間ならもっと早く
たどり着けるだろう。
迷宮の1階に入る。
「朝の内はグリーンキャタピラーを狩ろう。案内を頼む。」
「はい。」
メスリーヌの先導で歩き出す。
彼女の歩みは、宿で裸になるのに狼狽えていた時と違い、迷いを感じなかった。
迷宮に入ると戦闘的な人格に切り替わるのだろうか。
「いました。」
彼女の呟きと共に駆け出す。
先行するメスリーヌが右の壁側、俺が壁の左側に分かれて走る。グリーンキャタピラーの糸を
吐いてくるスキルを喰らってしまうと、粘質の糸に搦めとられてしまう。身動きが封じられると
他の人の動きを阻害しかねないので、邪魔にならないように通路の両端に分かれる。
何も言わなくてもメスリーヌは、この動きをしてみせた。そでだけで彼女が戦いの経験を積み
重ねてきたことが知れた。
グリーンキャタピラーが体をたわめる。こちらに飛び掛かる為の前動作。糸を吐くスキルでは
なく、直接攻撃を仕掛けてくる。だがメスリーヌの足のほうが速い。魔物がこちらに跳躍する前
に背後まで走り抜き、逆手に持った剣を相手の尾部に突き立てる。
メスリーヌの剣で抑え込まれ、飛び跳ねることを封じられたグリーンキャタピラーの側まで走
りきり、俺も剣を振るう。
何度も剣を胴体に叩きつけると、魔物は煙となって消えていった。
「苦戦するほどではなかったな。次の相手を探そう。」
糸を吐いてくるスキルが発動しなければ、恐ろしい敵ではなかった。
「います。でも遠い。」
メスリーヌがグリーンキャタピラーを探し出した。だが、相手は長い直線の通路の端にいる。
魔物に向かって駆け出すも、俺達の立ち位置からは相手まで距離がありすぎる。
グリーンキャタピラーの足元にスキル発動の為の魔法陣が沸き上がる。必死に走るが、グリー
ンキャタピラーの口元から粘液の糸が吐き出される。
狙われたのはメスリーヌの方。糸が彼女に向かって伸びる。
メスリーヌは躊躇することなく、壁に向かって跳躍、さらに壁面を蹴って、空中を飛翔するよ
うに駆けながら、粘液糸を飛び越える。
同じ狼人族のフレオスでも到底真似できない、曲芸じみた攻撃の回避だった。
メスリーヌが俺の側に降り立つ。その間、グリーンキャタピラーは彼女の壁蹴りによる急激な
方向転換に対応できず、最初に彼女がいた場所に糸を吐き続けている。
2人で巨大芋虫がいる所まで到達して、囲んで切り裂いていく。すぐに芋虫が煙となって消滅
した。
「スキルまで躱せるのは凄いな。これならもっと上の階層に早く昇っていけるな。」
「あの糸を躱せたのは、ここが1階層で、敵の動きが緩慢だったからです。もっと上の階層に
いるグリーンキャタピラーだったら、こちらの動きに対応してきて、私が壁を蹴っても、糸で縛
られていたと思います。」
「そうなのか…。だがメスリーヌは、低階層なら敵の攻撃が当たらないということだろう。そ
れは、とても有用なことだ。高い金を出したに見合う女だよ。メスリーヌは。」
「…ありがとうございます。」
奴隷としての有用性への褒め言葉でも、メスリーヌは礼を返してきた。生真面目さを感じさせ
る返答だった。
十数匹の巨大芋虫を狩って迷宮を後にする。宿までの帰り道、木々の間から太陽が昇ってくる
のが見える。宿屋の食堂はもう開いているだろう。
宿に到着し、1階の食堂に目を向けると、扉が解放されていて、1人だけが食事を取っている
のが確認できた。部屋に戻って、装備を外し、少し休憩してから再び食堂を覗いてみる。
食堂には、誰もいなかったので、メスリーヌと朝食を取ることにする。2人でカウンターから
料理の乗ったお盆を受け取り、席に着く。
昨晩と違い、メスリーヌを床ではなく対面に着席させる。
綺麗処と差し向かいで食事する。例え盗賊に身を落としていなくても、夢でしか見られなかっ
た光景だ。その嬉しさを噛み締めながら、スープを口に運ぶ。
「…。」
「…。」
スープが冷めきっていた。他の人が食べ終わるのを待っていて、時間がたてば料理は冷めてし
まう。考えたら当たり前の話だ。食堂がわざわざ俺達の為だけに飯を温め直したりはしない。
冷えたスープが不味いわけではないが、温かければもっと旨く味わえたであろう料理を、メス
リーヌを床に座らせたくないという我儘と引き換えに、美味しく食すことができる時機を逃して
しまった。
メスリーヌはなにも言わずに食事を続けている。
こんな単純なことを見落としていた自分が嫌になる。
食事の後、部屋に戻る。
「メスリーヌ、硬い床で温かい食事を取るのと、椅子に座って冷たい料理を食べるのではどち
らのほうがよりマシな待遇なんだ。」
「主人であるルハトが決めてください。」
こちらに丸投げされた。やっぱり、そうなるよね。今晩までに答えをださないといけなかっ
た。