迷宮に盗賊を手放して   作:沙羅屋敷

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ボーデの迷宮2階層

 朝食を取った後、宿を出る際に、旅亭の主人に洗濯をしてもらえるのか尋ねたところ、別料金を

払えば、洗濯も請け負ってくれるとのことだった。

 今日は天気も良いので、服を天日干しにしたほうが匂いがとれると判断して、部屋に戻り、掛け

てあった洗濯物を手渡し、料金を支払った。

 

 その後は、再びボーデの迷宮に戻ってくる。

 

 「1階層での戦闘は問題なかった。ならボス戦は無しで2階層に行ってもよいかと思うが、どう

だろうか。」

 迷宮の入り口でメスリーヌに聞いてみる。迷宮を上がっていくには、各階層を守るボスを倒すか

上の階層に登ったことのある人間に案内してもらう方法がある。

 俺達は、前日に2階層に行ったことがあるので、迷宮に入る際に1階層と2階層に行くことを選

択できる。

 「2階層でも戦えると思いますが…。」

 メスリーヌが佩刀した剣に目を落としながら、言い淀む。

 「なんだ。懸念することがあるのか。」

 「…。」

 メスリーヌが困った顔で口を噤んでいる。

 「怒ったりしないから、言ってくれ。」

 「その…申し訳ないのですが以前に使っていた剣よりも威力が劣っていると感じるので。」

 彼女に持たせているのは、広く一般的に使われている鉄の剣だ。それで攻撃力が低いと感じて

いるとなると、前はよほど強力な武器を使っていたことになる。

 「そんなに、高価な武器を使っていたのか。」

 「私の実家は裕福な豪農だったので、迷宮に入るにあたって上質な武器を与えられましたから

…。」

 俺へのあてつけになると思ったのか、彼女の声は話すにつれて小さくなっていった。

 だが彼女の話に不快感は覚えなかった。

 「いや、話してもらって良かった。そういうことなら不満や不安に思うことも理解できる。ただ

今は、低階層で普通の剣でも敵の対応には十分だ。もっと上の階に登って苦戦するようなら、高価

な武具を購入する。これが一般的な手法なので、俺達も倣うべきだろう。だから当面はこの装備の

ままにしておきたい。それと、低階層でピカピカの高級品を持っていると、目を付けてくるような

輩もいるしな。」

 「そう…ですね…。」

 「それと俺は人を扱うことに慣れていない。だから今回のように、俺にとって不快なことであっ

ても、話してほしい。俺の不興を買うかもと躊躇するかもしれないが、頼むな。」

 「…はい。」

 メスリーヌのか細い声の返事を聞きながら、俺は、何故彼女に稼ぎが悪く甲斐性無しの吝嗇家

と同然のことを言われながら、不快にならないかが気になった。

 少し考えて分かったのは、盗賊時代の価値観を引きずる俺は、人に対して信頼の重きを置くこと

をしたがらない。だから『なにも不満はありません』などと返答されると、本心を隠して話してい

るのではと疑ってしまう。こうして文句の一つでも言われたほうが、よほど安心できた。

 我ながら、歪んでいるなとは思う。とはいえ、人は偉くなると疑心暗鬼になるというから、人を

使うとなると、こんな風に感じる様になるのかもしれない。

 思い返してみると、俺達の頭領であったジェードにはそんな様子が微塵も感じられなかった。

 やはりジェードは凄い奴だという結論は、俺を安心させた。

 

 迷宮に入れば、戦いに集中する。2階層の敵はナイーブオリーブ。手のような葉のついた、腕の

ような枝で攻撃してくる直立した直物型の魔物だ。枝を振るって攻撃してくるが、それほどの脅威

ではない。糸で搦めてくるグリーンキャタピラーのほうがよほど厄介な相手だと皆が言うだろう。

 

 メスリーヌと2人で魔物を屠り続ける。

 闘っていると突然、敵に対する攻撃の回数減った。明らかに今までより剣を振るう頻度が減った

状態で、敵が煙となって消滅した。

 メスリーヌと顔を見合わせる。

 「俺が強くなったのだろうが、おそらくパーティー編成の魔法で繋がっている騎士団のケリア殿

とニイル殿がどこかで戦っていて、その戦闘経験がこちらに流れてきて、強化に繋がっているとみ

るべきだろうな。」

 

 意識を凝らすと騎士団の2人がどの方角にいるかが、ぼんやりとだが判る。ボーデの城とは

違う方角で2人以上の人間がいるのが判る。おそらく騎士団の2人が、パーティーにさらに人員を

増して、どこかの迷宮で戦っているのだろう。

 「そうでしょうね。騎士団の方々がここまでしてくれるのはありがたいことです。」

 「そうだな…。」

 メスリーヌに合わせた返事をしておくことにする。

 

 その後もグリーンキャタピラーとナイーブオリーブを狩っていく。攻撃の回数はさらに減ってい

った。騎士団はおそらく俺達よりはるかに高い階層で闘っているのだろう。結果、俺達は多くの経

験を共有して短期間で強くなっているのが実感できる。

 元盗賊である俺にここまでするのは、シモンの探索については騎士団も、本腰を入れている証だ

ろう。

 

 戦闘が楽に終わるようになったことに、心の中で歓喜しながら少し早めに迷宮を後にする。

 探索者ギルドで戦利品のドロップアイテムを売却する。1千2百ナールちかくの金を手にでき

た。階層を上がって1度に出現する魔物が数が増えればもっと稼げるだろう。

 得た金を使って、迷宮に出現する魔物の情報とボス部屋までの道のりを記録した簡単な絵図も買

っておく。10階層ぶんだけだが、今後の迷宮攻略に役立てるようにする。

 

 宿に戻り、手拭いを手にしてボーデの城にある騎士団の詰所を訪ねる。そこで沐浴をしたい旨を

伝えると、怪訝な顔をされる。

 それでも料金を払うと、案内を引き受けてくれた。

 どうやら沐浴をする場は、城の外、城壁と側を流れる川の間にあるようだ。建物を出て、先導す

るエルフについていく。城壁の外側に沿って歩いていき、石段が設置されている所まで移動する。

 そこは川の水を引き込んだ溜まりに石段で降りて行けるようになっていた。その一角だけ木製の

衝立が設置されていて、周囲から見えないようになっている。

 衝立で仕切られた脱衣所で服を脱ぎ、階段を下って水に浸り、流れで身体を禊ぎ、穢れを落とす

らしい。

 男女に分けられた仕切りで、早速服を脱いでいくが、金の入った巾着袋は首から下げたままだ。

 金を手放していない時点で、邪気を払うのとは程遠い状況だが、水浴びで匂いを落とすのが目的

なので、構わないだろう。

 

 夏が近くなっているとはいえ、まだ季節は春。水は冷たく、水浴びには全く適していない。だが

狼人族シモンの嗅覚に対抗する為には、こうした準備を重ねていく必要がある。

 

 水際に立って、足から水に浸かる。冷水に震えが走る。それでも足を入れ続けて、慣れてきた所

で、全身を沈めた。寒さで震えが止まらない中、必至に体を洗う。衝立の向こうからメスリーヌの

短い悲鳴が聞こえた。寒さに強い狼人族の彼女でも川の冷たさに難儀しているようだ。

 

 川から上がり、濡れた体を拭いて服を着ると、エルフが心底呆れた顔をしていた。

 「寒い時には、そこの壺で薪を燃やして、温かくしてから川に入るのですが。」

 「何故、それを先に言ってくれないのだ。」

 震えながら文句を言う。

 「騎士団では、薪は販売していません。この場所の使用者に準備してもらっています。」

 明日には市が立つ。薪も買っておこう。

 

 宿に戻って、干してもらっていた洗濯物を受け取ると部屋に籠る。

 メスリーヌと2人、毛布に包まって暖を取る。

 「…。沐浴は大変だったが、明日も薪を購入して、続ける。大変だろうが、頼むな。」

 「…。はい。」

 「それと今日は温かい食事の為に、早めに食堂に行く。床で食べることになるが、我慢してく

れ。」

 「はい。」

 

 言葉通りに食堂に顔を出し、温かい食事を取る。それで人心地がつけた。メスリーヌも床に座り

熱いスープを早いペースで口に運んでいる。温かい食事はそれだけで、心を落ち着けてくれる。こ

れで彼女と同じテーブルで食べることができれば、もっと良いのにな。

 

 部屋に戻り、昨日と同じように桶に入った湯を受け取る。

 「今日も体を拭くのと、洗濯をする。湯が冷めないうちにな。」

 メスリーヌは嫌がるかと思ったが、手早く服を脱ぐと桶の湯に浸けた。

 俺には少しくらい嫌がった方が興奮するといった趣味は無いので、素直に応じてくれて良かった

と思う。

 俺も裸になり、桶に服を沈める。手に触れる湯が温かくて気持ちいい。

 「この桶に飛び込めれば、身体も温まるのにな。」

 メスリーヌは手で、裸体を隠そうとするだけで、俺の言葉になにも言わなかった。

 

 今日も無言で恥じらうメスリーヌの体を拭く。至福の時間。昨日よりも大胆に彼女の柔肌を磨き

上げる。骨董品のように磨くだけだ。味わいはしない、約束は破らない。

   

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