迷宮に盗賊を手放して   作:沙羅屋敷

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明晰夢と買い物

 「ルハト。」 

 俺の名を呼ぶ声がする。

 「ルハト。」

 それは、フレオスであり、ハレイであり、タズマの声だった。

 「ルハト。」

 その呼び声はジェード。もう聞くことのできない声が届くのは、これが夢だからか。

 「ルハト。」

 最後の声はメスリーヌ。その声を聞いた時、全てが繋がり、その衝撃で目が覚めた。

 「ルハト。もう朝ですか。」

 夢の中で彼女の声を聴いた直後で、不可解な動揺が走る。

 「起こしてしまって済まない。まだ朝ではないから、眠っていてくれ。」

 狼狽する内心を抑えてメスリーヌに告げる。

 「そうですか。」

 瞳を閉じて、再び枕に顔を埋めるメスリーヌ。彼女の可愛らしい寝息を感じながら、大きく息を

吐き、心の動悸を抑える。

 俺は、何にこれほど感情を搔き乱されているのか、ベッドに身を横たえながら考えた。

 失われた仲間の声と、今隣で眠っている女の声、その夢はなにを示唆していたのか。

 夢に正答などあるのかと、思考が錯綜する一方で、心は告げている。すでに夢の中で答えはでて

いる、後はそれを認めるだけだと。

 賛同したくない解答。失われた仲間の呼び声は、俺が彼らの消失を容認できておらず、メスリー

ヌにその変わりを求め埋め合わせようとしていること。

 だから彼女には、ご主人様ではなくルハトと名前で呼ばせている。

 ジェードからの呼び声は、彼が情婦を侍らせていたように、メスリーヌを女として扱いたい願望

が漏れている象徴。

 そしてメスリーヌの呼び声は、女を知らずに逝ってしまった仲間達に対して、後ろめたさを感じ

て、彼女に手を付けるのを躊躇している表れ。

 それゆえに、メスリーヌを抱くのを3日後にするなどと、奇妙な引き延ばしを図った。

 3つの感情がそれぞれに矛盾していて、自分のことながら愚かしいこと甚だしい。

 メスリーヌに求めている事が多すぎる。仲間として共に戦う事、女として扱う事、それは相反す

ることなのだが、彼女は今の所それら全てにまともに向き合って、やり遂げている。

 それだけ、適応する素質を持っているということか。つくづく凄い買い物をしたものだ。

 

 俺の錯綜した感情はとりあえず棚上げしておく。任務が成功すれば、明日の夜にはメスリーヌを

抱くことになる。流石にこれは外せない。かつての仲間がもう美味い飯を食うことができないから

といって、俺がずっと食事抜きにできるわけではない。

 本当の意味でメスリーヌと一夜を共にすれば、また状況も変わる。その時に再び向き合うことに

しよう。

 それまで、彼女がこちらの要望に須らく従うからといって、無茶をさせすぎないように留意しな

いといけない。

 

 そんなことを考えるうちに朝になった。

 メスリーヌには『シモンの件以外で辛いことがあったら、出来る限りは対処するので我慢したり

せずに話して欲しい。』旨を伝えておく。

 彼女からはいつも通りの『はい。』という返答だけがくる。

 それでも何度でも言い聞かせるべきだろう。

 

 昨日と同じ様に夜明け前からボーデの迷宮2階層で魔物を狩り、日の出を見計らって宿に戻る。

 今日はスープが冷めきらない時間を狙って食堂に行ってみる。

 客は1人だけだったので、メスリーヌと食事することにする。俺達以外にいる客が1人とはいえ

文句を言われることを警戒して、メスリーヌは床での食事になる。

 メスリーヌはこれに不満だと言わない。俺は内心では嫌なのだが、公共の場で我儘で通すような

真似は控えるべきだろう。

 

 俺達が食事を始めてすぐに、客の男が食事を終えて席を立った。俺は即座に前言を翻し、メスリ

ーヌを席に座らせる。メスリーヌは周りを気にしながらも、従順に俺と対面で食事を摂ってくれ

た。

 

 「私に良い環境を提供しようとしてくださるのは嬉しいのですが、あまり無謀なことをなさらな

いでください。」

 食事の後で、メスリーヌに苦言を呈されてしまった。

 『善処する。』と答えておいたが、彼女のような綺麗処には、床は相応しくないという想いを拭

うのは難しそうだった。

 

 その後は再び迷宮に戻り、ナイーブオリーブを倒すのに専念する。こいつ等は問題なく倒せるよ

うになっていたが、探索者ギルドの情報によると3階層にいる魔物はエスケープゴート。戦闘の途

中で逃げ出す厄介な魔物なので、今の俺達の強さでは相手にするのは得策ではないだろう。

 

 迷宮探索を早めに切り上げて、メスリーヌと2人で街で買い物をする。

 シモンの捜索に必要なものの購入なので、女の子連れの購買でも心が浮き立ったりはしなかっ

た。

 最重要の新品服から探す。扱っている店はすぐに見つかったが、問題があった。

 その店では、エルフ向けの服だけで、外見にそれほど差異の無い人間族である俺にはそれを着用

することができる。だがメスリーヌは狼人族なので尾てい骨のあたりから尻尾を外に出せる意匠の

服でないと着ることができないのだが、この店にはそういった服の取り扱いが無かった。

 仕方なく俺の服だけを購入して、騎士団の詰所に行き、ケリア殿に『クーラタルの街に行く』事

を言づけてもらい、次に冒険者ギルドで金を払い、魔法でクーラタルの街に移動する。

 

 流石にクーラタルは、大きいうえに雑多な種族がひしめく街だった。目当ての狼人族用の未使用

女性服を手にすることができた。

 「…その、ありがとうございました。こんな高価なものを。」

 ついでに購入した買い物袋に入れてもらった服を後生大事に胸元で抱えているメスリーヌ。

 クーラタルという、規模の大きい街だからなのか、メスリーヌの服は俺のものよりも高額だっ

た。その値段に負い目を感じているのだろうか。

 「必要な物だから買った。明日はそれを着て行動するからな。…まぁ、当て布やつぎはぎの無い

服なんて、着たことが無いから、身に纏うだけで緊張しそうだが。」

 軽口を叩いて、メスリーヌが引け目を感じない様にする。

 

 冒険者ギルドに戻る途中で、金物屋を見つけた。その職種から連想されるものがあった。メスリ

ーヌを連れて店の扉を潜った。

 「いらっしゃいませ。」

 女主人が出迎えてくれた。それなりの年齢のようだが若々しく見え、声にも艶がある。

 客商売をしている人間には、こうした年齢不詳と称されるような人物が一定数存在する。

 常に人に見られているという商人の職業柄、外見が磨かれるようなことが起こりうる人が存在す

るのかもしれない。

 

 「なにをお求めでしょうか。」

 「野外で使える小振りの鍋が欲しいのだが。」

 「それでは、こちらの商品はいかかでしょうか。」

 店主が手に取ったのは、球形から切り出したような丸底の形状に持ち手が2つ接合された鍋だっ

た。

 「屋外で、不揃いな石を使って簡単な竈を設営しての調理ですと、平底では安定しずらく使い勝

手が悪いのですが、こちらの丸鍋でしたら、大きさの違う石を並べた石かまどで鍋が傾いていたと

しても、支障無く料理が出来ます。」

 「ふむ。」

 見たことのない形状の鍋を進められる。

 「さらに別売りのこちらの吊り下げ留め具をご購入いただければ、石の上に鍋を置くことなく調

理していただくことが可能です。」

 「ほう。」

 今度は半円状に湾曲していて、両端が逆方向に曲げられている鉄線を紹介された。  

 

 「まず地面に×の字型に木の棒を埋め込みます。反対側にも同じものを作ります。そして鍋を吊

るしたこの金具に横棒を通し×字型の上に乗せれば設置完了です。これで鍋の下で火を焚けば、野

外でも簡単に料理できます。こちらはうちでしか扱っていない商品で他では購入できません。いか

かがですか。」

 

 大きい街には随分と便利なものが売っているようだ。鍋とその吊り下げ具、さらに吊り錠のつい

た大き目のチェスト(箱)を購入する。

 

 笑顔の女店主に見送られて店を後にする。ボーデの街に戻り、1度宿に荷物を置いて、再び市に

顔をだす。鍋を買ったので、今度は肉屋を訪れる。

 店番のエルフ族の兄ちゃんに『野外で簡単に調理できて、部屋で保存しておける食材』を訪ねた

ところ、燻製にした腸詰めを薦められた。

 それを購入しようとしたところで、メスリーヌに上着の裾を引っ張られた。

 「その…申し訳ないのですが、香りとか匂いが強くないものをお願いできますか。」

 匂いに敏感な狼人族にとっては、臭い肉は口に合いづらいのだろう。

 エルフ兄ちゃんに再度聞いてみたら、より上質で臭みの無い腸詰めがあると言われた。もちろん

料金もより高額になったが、言い値で購入した。

 「…その、申し訳ありません。またルハトに高価な買い物をさせてしまいました。」

 「構わない。どれも必要なものだし、不満は口にしろと言ったのは俺だ。」

 「必要でしょうか…。鍋と肉が…。」

 「重要だと思う。宿の食堂でテーブルに座れるかどうかを気にして、落ち着かない食事をしてい

るのでは駄目だと思う。」

 屋外なら他人を気にせずにメスリーヌと食事ができる。必ず明日の捜索を乗り越えて、彼女との

料理を楽しもう。

 

 その後、薪を購入して、ボーデの城での沐浴に挑む。

 担当者から『馬鹿なのか、お前達は。』という視線を向けられながら、壺に薪を入れて火をつけた。

 壺の中で、あがる炎で身体を温めてから、冷水に入る。昨日と同じ様に川の流れに震えながら浸る。

 水から上がると、昨日とは違い、すぐに壺の炎で暖を取った。やはり準備をしておけば辛いことでも和らぐことが可能だと感じた。

 




 ルハトの知らない情報

 金物屋の女店主は原作登場のオネスタさんです。
 手に入れたのは中華鍋。


 購入したチェストは引き出し型ではなく、宝箱のようにフタがパタパタ開閉する
仕様です。
 付いている鍵は南京錠型ですが、異世界で南京錠という表現は変なので吊り錠と
いう聞きなれない言葉に変更しています。
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