迷宮に盗賊を手放して   作:沙羅屋敷

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クローテ村捜索へ

 今日もメスリーヌの体を拭き上げてから、2人で眠りにつく。

 昨日と違い、首から下げていた金のうち、半分をチェストに入れて施錠してから就寝した。

 金を肌身離さずではない状態にするのは不安だったが、メスリーヌと真なる一夜を共にするの

に、金を首から下げたままでは行為に支障をきたすので、金が懐に無いことに慣れる必要があっ

た。

 

 いつも通りに朝から迷宮に潜る。今日は狂犬と謳われた狼人族のシモンの捜索にあたらなくて

はならない日だ。命懸けの任務になる緊張からか、ただ淡々と魔物を狩り続け、俺もメスリーヌ

も無言のままだった。

 

 日が高くなるころに、迷宮探索を切り上げ、宿で新しい服に着替えてボーデの城を訪ねる。

 要件を告げるとすぐに公爵様の元へと案内された。

 メスリーヌを執務室の外に待たせて、入室するとこれ以上はないほどの渋面を隠そうともしな

い公爵様の姿があった。どうやらセルマー伯爵との会合は不首尾に終わったようだ。それで子供

のように拗ねているのか。

 取り敢えず挨拶をするとハルツ公爵は渋い顔のまま、まったく予想していないことを言ってき

た。

 

 「随分とめかし込んできたではないか。余の前に出てくるにはそのくらいの高価な装束に身を

包む必要があることを会得してきたか。」 

 流石にハルツ公は貴族様だけあって、俺の服がおろしたてであることにすぐに気が付いたよう

だが、そのことで誤解を与えてしまったらしい。

 「いえ、この服はシモンに嗅覚で気取られるのを避ける為に、匂いの無いまっさらな服を着用

してきたのです。」

 俺の返答に公爵様はため息をついた。

 「こういう時は嘘でも、『公爵様の御前に出るにあたり、真新しい服が相応しいかと思い用意

しました。』と言うのが出世への道に繋がるものだ。」

 「まだ実績の無い者が、おべんちゃらを言って出世したら、そのほうが問題でしょう。」

 俺の返しにハルツ公の隣に立っているゴスラー殿が頷いていた。

 「お前本当に、元盗賊なのか、融通の利かない堅物のようなことを言いおって。それと勘違い

するな。余としても最初から世辞を言う奴など信用してはいない。若い騎士は手柄を立てる機会

も少ないし、仕事は雑用が多い。それでもそれらの雑務を誠実に行っているかどうかを常に見定

めているのだ。」

 「…。」

 「それらを見て、騎士としての適性を図っている。それに合格した上での世辞を言えるかどう

かが重要なのだ。騎士団員は人と接する機会が多いからな。社交辞令としてのお世辞の一つも言

えなければ他種族との円滑な交流は望めない。お前も騎士団と契約したからには、団員との付き

合いのなかでご機嫌取りの一言くらいは言えるようにしてもらわねばならない。」

 面倒なことを要求された。

 どうもセルマー伯爵は自分に礼と世辞を言うべきだったのに、それをしようとしなかった、あ

いつは道理を弁えない男だ、と言外に匂わされている気がする。

 そしてお前は、そんな分別のない人間ではないよなと圧をかけられいるようだ。

 

 「盗賊団では裏切られることが横行しているので、上役は猜疑心が強くて相手のケツを舐める

ようなおべっかを言うような奴は逆に信用されなくなる状況でしたので。」

 ジェードが世辞を要求してきたのは、酒に酔って自慢大会が開催された時だけだ。

 「そのような環境にいましたので、お世辞の適切な運用に関しては、期待されても難しいか

と。」

 「ごほん。」

 俺がそこまで言うと、ゴスラー殿がわざとらしい咳払いで、公爵との会話を打ち切った。

 

 「お世辞談義は今日の仕事が終わってからです。先にシモンの件を片付けましょう。」

 ゴスラー殿の声に嫉妬を含んだ苛立ちを感じる。

 元盗賊の俺が、公爵様と近しくしているのが不快らしい。

 至極真っ当な態度だと俺でも思うので、ゴスラー殿の意に従うようにする。

 

 「では、俺がシモンに殺られたとしても、メスリーヌが生きて情報を伝えられるようにする為に

、奴隷商人殿を呼んでいただきたいのですが。」

 以前に騎士殿に依頼していたことを確認の為に口にしてみる。

 直ぐに冒険者殿がマントに付いたフードを目深に被った人物を連れてきた。

 フードで顔を隠しているので、どうやら男性らしいということしか分からない。エルフ族なの

かさえ不明だ。

 

 「はじめまして。私が奴隷商人です。顔を見せないこの姿に不信感を持たれるかもしれません

が、かつてこの地では、人間族にとって美の極致となりえるエルフ族を無理矢理にでも奴隷にし

ようと、法外な手段を取るものや、横暴な振る舞いをする連中がいました。そして愚かしいこと

にそれに加担した奴隷商人もいた為に、今でも忌避される職業になってしまいた。それ故のこの

姿です、ご容赦くださいませ。」

 この土地における奴隷商人の待遇についての話だったが、元凶である人間族である俺への非難

にも聞こえる。

 

 発言であたりの空気が少し重くなったので、話題を変えることにする。

 「今日は、俺が死んでも奴隷が生き続けられるように移行してもらいたいので、来ていただい

た。」

 「それでしたら、貴方様のインテリジェンスカードに奴隷の死後開放、あるいは死後に誰かに

奴隷を譲渡することを遺言として書き込むことで、主人と共に死ぬ定めから免れることができま

す。何方かに奴隷を譲り渡すようにカードの内容を変更されますか。」

 何方かなどと言われても、奴隷を相続させるような親しい間柄の人はいない。

 死後開放にしておくべきだろうか。いや、何の後ろ盾も伝手もなく世間に放り出されても、そ

の後の生活に困るだろう。ならば誰か権力のある人に託したほうが良いだろう。

 

 「では、もし俺が亡くなった場合には、メスリーヌはゴスラー殿に引き継いで頂くということ

で。」

 「はぁっっつ。」

 俺の一言にゴスラー殿が呆けた顔をした後、激しく狼狽した。

 「いけません。いけません。そのような若い娘が我が家の敷居を跨いではいけません。」

 ゴスラー殿の家は男所帯なのだろうか。それにしても動揺しすぎだ。

 「よいではないか、ゴスラーよ。」

 取り乱すゴスラー殿を面白がって公爵様が茶化し始める。その様子を見て遅まきながら、気が

付いた。

 おそらく年齢からしてゴスラー殿には妻も子もいるのだろう。そんな家庭に妙齢の美女奴隷を

連れてきたらどうなるか。妻には軽蔑され、もし娘がいたら毛虫か蛇蝎のように嫌われること間

違いなしだ。これは全力で拒否するだろう。

 流石に、これは止めておくべきだろうかと思ったものの、ハルツ公爵様が『いいぞ、もっとや

れ。』と目線で送ってきたので、俺も悪乗りに参加してみることにする。

 お世辞を言うのは苦手だが、仲間内で馬鹿なことをするのは盗賊時代に経験がある。

 

 「ゴスラー殿であれば安心してメスリーヌを託すことができます。それと彼女には、朝には目覚

めのキスをするように命じているので、ゴスラー殿にも引き続いて、朝から彼女との接吻を楽しみ

にしてただきたい。」

 メスリーヌとキスしたことなどないのだが、ゴスラー殿をからかう為に言ってみる。

 まぁ、それが実現した暁には、ゴスラー家の朝の平穏など木っ端微塵に打ち砕かれることになっ

てしまうと思うが。

 公爵にもそれくらいは判っているだろうが、それでも笑っている辺り、この人も相当に性格が

悪いのかもな。

 「そのようなことをしては、なっぁりません。」

 「ゴスラーよ、其奴の最後の頼みになるかもしれんのだ。聞いてやるのが世の情けというものだ

ろう。」

 絶叫するゴスラー殿と、笑うことを隠そうともせず全力で騎士団長を茶化す領主様。

 俺の一言から引き起こされた状況だが、相当にシュールな光景だった。

 

 奴隷商人が困惑しながらも、公爵様に促されて俺のインテリジェンスカードに書き込みを行う。

 所属奴隷メスリーヌの項目に『死後相続』が加わった。

 「さぁ、捜索に出発しろ。ぐふふっ。」

 笑いを堪えきれない公爵に促され、俺と騎士殿、冒険者殿と退席する。

 「ルハト殿。絶っつ対に死んではなりませんぞ。」

 ゴスラー殿の魂の咆哮が去り行く部屋にこだましていた。

 

 俺達と共に行く騎士殿と冒険者殿の先導で部屋を出て、絨毯の置かれている部屋に移動する。

 2人とも公爵の執務室では笑いを堪えていたが、今は声を出して笑っている。

 

 「あの、なにか物凄い声が聞こえているのですが。」

 後について歩くメスリーヌが心配そうに問いかけてきた。

 「気にするな。ただ俺達を応援してくれている声援だ。」

 部屋からは未だにゴスラー殿の慟哭の叫びが漏れ聞こえてくる。

 「そう…ですか。」

 事情を知らない彼女は困惑している。

 「あの激励に応えられるように仕事を完遂するぞ。」

 「はい。」

 メスリーヌが真面目に返答するのを聞きながら、俺も少しだけ緩んだ心を引き締めた。




 ルハトの知らない情報

 ルハトは男所帯の盗賊団で過ごしてきたので、男性上司の機微や言外の意味を汲む
ことのは長けています。
 逆にメスリーヌの反応には鈍感です。
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