どれほどの金が詰め込まれているのか。その袋は重く、その重さが全て金貨なのだとしたら、如
何ほどの金額になるのか、想像の埒外にあった。
しかも同じような袋が5つある。袋の口を開いてみると5つのうち3つが金貨、残りは銀貨と銅
貨だった。この金貨でギチギチの袋が3つあるとか、この金を持って、どこかへ逃げることこそ人
としての正しい道だと錯覚してしまいそうだった。
「盗賊が…こんなにたくさんの金貨を…これなら…。」
メスリーヌの心の闇を具現化したような呟きが、俺を真っ当な思考に引き戻した。
「盗賊団は確かに、これだけの金を稼いだが、それを豪奢に使うことはできなかった。派手に散
財すれば人目につくし、高額な買い物にはインテリジェンスカードの確認が必須だ。金があっても
使えないからこれほどの金額が溜まったんだろう。…まぁ、これだけの金があれば自分が奴隷に落
ちることもなかったのに…とか考えるのは判るが、盗賊に憧れるなどという馬鹿なことを考えるの
は止めておけ、奴隷以下の生活を送る羽目に陥るぞ。」
「…はい。」
落胆を隠せないメスリーヌの声。彼女の意識を金から反らす必要があるな。
「金は後で回収する。それよりも俺達がここにいる理由はシモンの捜索だ。この部屋には、狼人
族の匂いは無いのだな。」
「はい…ありません。」
「ならこの金は討伐されたエルフ族の盗賊首領ハインツが残したものか。エルフ族の匂いはある
か。」
ジェードもエルフなので、この金の持ち主である可能性が高いのだが、メスリーヌを混乱させ
るだけなので、黙っておく。
「複数人のエルフ族の匂いがします。それと人間族の匂いも。」
「エルフの匂いがするというのなら、やはりこの金は凶賊ハインツが隠したものだろう。死んだ
ハインツはともかく、シモンがこの金の回収に来ないのは、不自然な話だな…。狼人族で鋭敏な嗅
覚を持つ奴が、この隠し場所に気が付かないとは思えん…。」
「…。」
「…。今までの調査の感じだと、狂犬のシモンはいないようだが…ただ単純に『シモンはいませ
んでした』と報告してもな…信憑性を欠いた子供の使いのような話にしか聞こえないのはまずいよ
な…しかも、存在しないことの証明は困難と言われているとはいえ…なにか…決定的ではなくても
証拠になるものを探したほうがいいだろう。」
シモンがいた時を考えてきて、鼻の利くメスリーヌを同行させたのだが、いなかった場合を想定
してこなかったは間が抜けていていたな。それにしても狂犬と呼ばれた男は、居たら居たで、居な
かったら居なかったで、こちらを悩ませてくれる恐るべき存在だった。
「メスリーヌ。金は一旦ここに置いておき、後で取りに来る。他の家でのシモンの捜索を優先す
るぞ。」
「…わかりました。」
メスリーヌは肯定の返答を返してくれたが視線は金の袋から直ぐには離れなかった。
それを叱るわけにもいかなかったので、無言で彼女に行動を促す。足を踏み入れていなかった村
長宅の2階を探索し、誰もいないのを確認して、家を出た。
シモンを探すなら1軒1軒虱潰しにしていくのが、確認漏れが無くてよいのだが、俺が住んでい
た家にメスリーヌを案内すれば、ここで盗賊をしていたことが発覚しかねないので、この方法は使
えない。またフレオスの住んでいた家に連れて行けば、シモンと同じ狼人族の匂いがすることで混
乱を招いてしまうので、そこへメスリーヌを近づけるのも駄目だ。
結果、俺が怪しそうだと判断した家屋を、メスリーヌに狼人族の匂いがあるかを判断してもらう
形式で探りを入れる方法で捜索を開始した。
フレオスや俺の住んでいた家を避けて、大き目の屋敷を探っていく。
3件目でメスリーヌの体が震えるのが判る。
「この家か…。」
「はい。狼人族の匂い、嗅ぐだけで戦慄が走るほどの強さを感じさせる匂いです。」
再び短剣を手にして、家の扉を開ける。
村長の家の時と同じく、扉が動いても人の反応は返ってこない。だが、部屋の中に踏み込むと、
村長の邸宅とは違い、床がギシギシと音を立てた。
もしこの家に息を潜めて待ち受けているものがいるのなら、この音でこちらの動きがまるわかり
になってしまうことが予見できる。そう思わせられる程の軋み音があたりに響く。
それを見越してシモンは村長宅ではなく、この家を拠点に選んだのだろうか。流石にそこらの盗
賊と違って用心深いな。
ならばこそ対抗馬たりえるメスリーヌを振り返って、小声で聞く。
「待ち伏せがあると思うか。」
「今この家に狼人族がいるという匂いはしません。」
彼女の言葉を信じて、ゆっくり慎重に家探しを続けた。
全ての部屋を回った。シモンの姿はなし。暖炉も窯も冷たかった。
狂犬盗賊の影も形も見えないことに、緊張を緩めて大きく息を吐いた。
「シモンは家にも村にも、姿が無いようだが、なにか、シモンが居ないことを納得させられるよ
うな証拠を捜さないといけないな。簡単には見つからないだろうが。」
「ベッドのあった部屋から金属の匂いがしていました。」
存在しないことを証明するという難題に頭を悩ませていた俺に、メスリーヌがあっさりと返答し
てきた。
「金属って…。金を隠しているのか。」
「おそらく…。」
シモンが金を隠していて、それを持って逃げていないとなれば、奴がもうこの世にいないことの
証左になるな。これは良い話だ。ただこの金の持ち主がシモンだと証明できるのは、メスリーヌだ
けで、物証は匂いのみという他の人には全く検証ができない証拠だ。それでも何も無いよりはマシ
だろう。
「上出来だ。よく教えてくれた、メスリーヌ。お宝を掘り起こしに行くぞ。」
ベッドが置かれている部屋に戻り、メスリーヌに金属臭がする場所の詳細を探ってもらう。
通常、隠し場所と言えばベッドの下がお決まりだが、メスリーヌが指し示したのは、部屋の隅
で、そこには引き出し収納が置いてあった。
「この収納の下か。」
「はい。」
収納箱を脇に除ける。想像していたより軽く持ち上げられた。中にはほとんど物が入っていない
のだろう。床板も外してみると、床下収納は無く、地面の土が見えていた。
目を凝らすと、何かを埋めて、土を被せた痕跡があるのが判る。そこの土砂を掘り返し、隠され
ていたものを引っ張り出した。
袋が2つと櫃が出てくる。
どちらの袋からも、金貨がこぼれ出てくる。彼奴らはどれだけの略奪をしてきたんだよ。
俺が憤慨している間にもメスリーヌは金貨の袋をじっと見ている。
奴隷に売られた彼女にしてみれば、例え汚れた金でも、それでもその金があれば、自分が今の境
遇になることは無かったという想いを拭い去ることが難しいのだろう。
あまり思い詰められても困るので、彼女の視線を遮るように櫃の蓋を開ける。中には複数の武具
が収納されていた。
「両手剣に槍、杖もある。シモンの得物はレイピアと聞いていたが、高額で売れそうなものを収
集していたのか…でも、金なら山のようにあるのにな…。」
「狂犬のシモンは、名の知れた騎士や冒険者を何人も殺して、その装備を奪いました。その中に
は、希少なスキルが付いたものや魔法を秘めたもの、その家に伝わる家宝となっていたものまでも
ありましたが、多くが略奪されてしまったと聞きました。」
俺の疑問にメスリーヌが答えてくれた。
「そうか…奴の強さを誇示する戦利品という訳か。」
「その両手剣を見せていただけますか。」
メスリーヌに両手剣を渡す。彼女は剣を矯めつ眇めつしながら呟いた。
「乱雑に削られていますが、鞘に家紋が刻まれた跡があります。名のある狼人族の家の家紋です
。」
「…家紋を削って、これは自分のものだと標榜したかったのか…。ともかく、そうまでしたお宝
を打ち捨てて身一つで逃げるとは考えられんな。今ならハインツの分の秘宝まで持ち逃げできる状
態だ。それがどちらも残されているとなれば、シモンはもはや、この世にいないと考えるのが妥当
だろうな。」
「…。」
「金を回収して帰還するぞ。」
「はい。」
今日初めて明るい声でメスリーヌが返事をした。